ミッダーガルデン王国は交通の要所にあり、国も比較的豊かであった。
 今を去ること17年前、何年も子宝に恵まれなかったこの国の国王夫妻にやっと待望の第一皇子が誕生していたのであったが、その命をつけ狙う宰相デューク・シンラから守るために、国一番の剣の使い手であったザンカンに託し、都から離れたところで育てさせていた。
 ザンカンは国王夫妻の言いつけを守り、町から離れた山奥の小屋で鍛冶屋を営みながら皇子を育てていたのであるが、胸を患い自らの命の終わりを悟り始めていた。
 そんなとき旅の剣士セフィロスと出会い、剣をうつ代わりに皇子を託したのであった。
 セフィロスはそんなザンカンの言葉に従い、皇子クラウドをミッダーガルデン王国国王夫妻へと無事に送り届けたのであった。
 親子の対面を果たし、命をつけ狙う宰相を排除し、国民に皇子をお披露目して安心したのか、国王はそれから間もなく老衰で眠るように息を引き取った。
 国葬が執り行われ、喪に服す期間を終えた後、皇子クラウドは正式にミッダーガルデン王国の国王となった。


 The Day After … 



 国王の執務は多岐にわたっている。
 他国との折衝、国民や貴族からの陳情や謁見などなど…
 それまで一般庶民として野山を駆け巡っていたクラウドはいきなり180度違った世界に戸惑いながらもなんとか政務をこなしていた。
 皇子として生まれた事実も変えられないし、目の前のやらなければいけないことは逃げるわけにもいかない。過去に一度逃げ出そうとしたこともあるが、戻ってきた時にすでに年若くもない実の両親の涙を見せられては、二度と逃げることなど出来なくなっていたのであった。
 ミッダーガルデン王国の老王が崩御されて、まだ少年の域を超えない皇子が王国を継ぐと知った近隣諸国は、国力のある若き国王になんとか取り入ろうとある手段を取り始めていた。

「ええ?!お見合い?!この僕に?!」
 素っ頓狂な声を張り上げて玉座でクラウドがびっくりしている。前王の頃から王佐として勤めていたハンニバルが丁寧なお辞儀をしながら話を続けた。
「はい、さようでございます。すでに5つの国から王女、もしくはかなりの貴族の子女との見合いを申し込まれています。」
「じょ、じょーだんでしょ?!まだ即位して半年もたっていないんですよ?!まだ何もやっていないし…だいたい僕はまだ17歳なんですよ!」
「それでもクラウド陛下がミッダーガルデン王国を率いているのは事実です。そんな陛下と近しい仲になりたいと思う国は多いという現れです。」
「却下!すべて却下!!僕はお見合いなんてしません!!」
「陛下…わがまま言わないでくださいませ。どの国も仲を違うわけにはいかない国なのです。」
「だからって、したくもない見合いをする気にはなりません!」
 聞く耳を持たずにクラウドが見合いを拒否するのは理由があった。彼には恋人と呼べる存在が既にいたのである。その人物が一礼して部屋に入ってきた。
「陛下、お呼びでしょうか?」
 近くまで歩いてきて臣下の礼を取った人物こそ、クラウドをこの国の国王夫妻のもとに帰した男セフィロスであった。
「あ、うん。あのね、明後日なんだけど前王が御隠れになられて150日になるんだ。だから祭祀で王家の墓まで行かなくちゃいけないんだけど、一緒に行ってくれないかな?」
「そのようなことでしたらわざわざ聞かずとも、ご命令くださればいつでも護衛いたします。」
「だって、セフィロスはこの国一番の勇者で、今では国軍を率いているんだから…何かと忙しいと思って…」
「陛下、あなた様のご命令に従わない臣下は一人もいないのです。長く庶民として暮らされていらっしゃったのは存じていますが、そろそろ命令する立場に慣れていただかねばいけません。」
 きっぱりと言い切る美丈夫にクラウドは恨めしげな視線を投げつけていた。

(僕のこと…好きだって言ってくれたのは…セフィロスさんなのに。)

 9か月前、クラウドは自分の運命を左右することになるこの男に出会った時、一目で恋に落ちたのであった。
 国王夫妻にクラウドを合わせ、少年の命をつけ狙っている男を亡きものにした後、セフィロスは一人でこの国を後にするつもりだった。その前にザンカンの墓に報告がてら足を向けた。それを後からクラウドが追いかけてきたのであった。
 結局、クラウドの涙にぬれた蒼い瞳に別れを告げることができずに、放浪をやめてミッダーガルデン王国の近衛隊長としての生活を始めたのであった。それ以降メキメキと現した実力で国軍を統括する将軍の地位を手中にしていたのであった。
 一つの国、一つの組織に与することなく旅を続けてきた男が、自らの自由を手放しても欲したのがクラウドだった。それまで何を見てもむなしく、色のない世界に彩りを与えてくれた少年はセフィロスにとってはとても大切なものになっていた。
 今では一国の王となった少年が自分を慕ってくれているのは知っている。
 しかし、そのままで良いとはセフィロスは思ってはいなかった。
 クラウドが王の立場であるが故、これからも政略結婚の申し込みはきっと続く。その中にはどうしても断れないようなものとて現れるかもしれない。
 自分に正直になって心を告げたこともある、クラウドも自分のことを好きだと言ってくれた…しかしそれは立場を踏まえていなかった。

 セフィロスが一線を引いていることをクラウドもなんとなくわかっていた。
 そしてその理由も彼なりに理解しているつもりだった。

(僕がこの国の王だから…)

 絶対君主制の世界において国王の一言はすべてが絶対であった。クラウドがそばにいてほしいと言えば、ミッダーガルデン王国に属する人であれば逆らうことはできない。逆に王位にあるからこそ、その人の人生を縛りかねないこともある。
 セフィロスがクラウドに好きだと言ってくれたのもそのあとであり、触れるだけの口付けをくれたのもそのあとだった。
 それは自分が皇子であるからなのか、それともひとりの少年として好きなのか、いまだに問いただせないままであった。
 去って行ったセフィロスを見送ったクラウドの瞳から涙がこぼれ落ちようとした時に、奥の部屋から実母である皇太后陛下が現れた。
「ハンニバル、クラウドはまだ幼い上に国を治め始めてまだ間がありません。お見合いはまだ先にして、交友を深めるために舞踏会でも開いてたくさんの人に新しい国王を知ってもらう方が先なのではないのですか?」
「これは皇太后陛下、ごもっともなご意見です。なるほど、舞踏会を開けば国王様のお望の御相手も探せるかも知れません。わかりました、早急に手配いたします。」
「じょ!冗談じゃない!僕ダンスなんて踊れません!」
 嬉々とした顔で王佐が一礼して下がると、クラウドがあわてて後を追いかけて出て行ったの見て、苦笑しながら皇太后が後ろに控えていた男に話しかけた。。
「あらあら…ハンニバルにも困ったものですね。ネルウァ、あなたも知っていてどうして止めないのです?」
 それまで黙って控えていたネルウァが一礼して歩み寄った。彼は質実剛健さを認められて宰相に指名された男である、それゆえ求められれば答えるが差し出がましい真似は決してしないという性格だった。
「それは私の口から述べるよりも、陛下…もしくは閣下ご自身の口から言われた方が良いと判断したからです。」
「それはその通りなのですが…さすがに言えないのでしょうね、二人とも。」
 同性婚も認められている国ではあるが、一国を統べる国王の結婚相手が同性ともなると世継には絶対恵まれない。この国にはもう一人王位を継げる男がいたが、その男は自らその権利を放棄している。
 クラウドが同性の男と結婚すると世継は生まれず、この国の王家は絶えてしまうのである。
 それならば、王制から共和制に移行すればいいと、第二王位継承者だった男がクラウドに知恵を貸してくれた。まるで唯一の光のように思える制度の移行をしようと決意していた矢先にお見合いの話が持ち込まれたのである。
 自分の気持ちは譲れないクラウドにはどうしてもお見合いは避けねばならない。しかし王になってしまった今では社交的な場を逃げ出すわけにもいかなかった。
 ハンニバルに追いつき、舞踏会を辞めるわけにはいかないのか?と、問いかけたが、彼は諸国との友好のためにはぜひ開くべきであるというので、クラウドは舞踏会を開くことをしぶしぶ承知した。


* * *



 一か月後、ミッダーガルデン王国の王宮で新国王のお披露目のための舞踏会が開かれた。
 まだ幼さを残すが整った顔立ちに掃天のような青い瞳、見事な輝きを放つハニーゴールドの髪の毛に立派な宝石をあしらった王冠を載せている王の姿はあっという間に我こそは…と思う女たちに取り囲まれた。
 そんな女性たちの後ろで静かに扉が開くと、すらりとした長身に黒い軍服をまといセフィロスが入ってきた。日の光を集めたような銀色の長い髪の毛、神がつくった奇跡のような顔立ちはどうしても周囲の目を集めてしまう。
 セフィロスが歩き去るのをぼぉーっとした顔で見送ると、はっと気を取り直したように妙齢の女性たちが後ろを追いかけはじめる。
 いつの間にかセフィロスの周りに女性が群がり、クラウドの周りには友好を深めるために集まった貴族や近隣諸国の実力者だけになっていた。
 セフィロスはたくさんの女性に取り囲まれても、焦ることなくそつなく対処している。そんな様子をクラウドも半ば呆れるように見ていた。

(まったく…神様って不公平だよなぁ、顔も声もスタイルもいいし、腕も立てば、女性のあしらい方も様になっている。こんな完璧な人がこの世の中にいるんだもん、女の人が夢中になるのも仕方がないよなぁ。)

 そんな視線を感じたのか?囲んでいた女性たちを軽くあしらうと、セフィロスはクラウドの前まで歩いてきて、優雅に臣下の礼をとった。
「こちらでしたか、陛下。」
「どうしたの?遠慮しないで踊ってくればいいじゃない。」
「いえ、陛下の護衛としてここに詰めていますので追い払わないでください。」
 まだあどけない少年王の少し後ろにセフィロスが控えると、あっという間に自薦他薦の美女たちが周りを囲んだ。クラウドが助けを求めるような視線を見知った男に送った。壁際で自分の恋人と語りあっていた青年は、そんな視線に気がつくと隣に立つ美女をさそってクラウドのもとへと歩み寄った。
「すっごいなぁクラウド陛下。モテモテじゃないか。」
「ザックス〜苛めないでよ。モテモテなのは後ろの人でしょ。」
「あはははは、この兄さんならモテモテも当たり前か。まあ、今夜は陛下のお披露目なんだから、せいぜいセフィロスにひっついてもらって目立っていろって。」
 目の前の明るい笑顔の青年は自分の苦労を知っていて見ぬふりを決め込むらしい、カチンときたクラウドは彼が嫌がるであろう言葉を思わず口にしてしまった。
「あ、そう。そんなこと言っていいのかなぁ、”あ・に・う・え!”」
 ザックスはもともと隣国の王家に生まれた青年だった。その王家がクーデターで廃絶され、国王夫妻はその時殺されたが、まだ幼かったザックスは乳母に守られて母親の遠縁にあたるミッダーガルデン王国国王夫妻のもとに身を寄せた。
 その時にミッダーガルデン王国国王夫妻はザックスを信頼できる侍女に15歳になるまであずけ、15歳になってからは王宮警備隊の近衛兵として身近においたのであるが、国王夫妻と養子縁組をしていたので実質的には第二王位継承者でありクラウドの義理の兄にあたるのであった。
 ところが畏まったことが大嫌いなザックスは自ら王位継承権を放棄し、もともと恋人だった女王つきの侍女エアリスと婚約しそのまま近衛兵として生活していたのであった。
「うわ!陛下それはなしだって言ったではないですか!」
「僕の兄を名乗るのだったら”陛下”はおかしいでしょ?ザックス兄上。」
「たのむって〜〜〜、クラウドちゃん。」
「”ちゃん”は余計です。」
 本当の兄弟がじゃれあうかのような言葉の応酬に、周囲の人たちがくすくすと笑っている。ザックスの隣に立っていた女性が優しげな瞳でクラウドに話しかけた。
「あの、ね。後の方でいいから踊って下さいませんか?」
「喜んで…と、言いたいところだけど、僕いまいち自信ないんだ。足踏んだらごめんね。」
 王冠がずれるのもかまわずに頭をかこうとして、周りにいる人たちの苦笑を誘っているが、本人いたって真面目なので誰も何故ダンスに自信がないのか?という疑問すら持っていない。
 後ろに立っていたセフィロスが右手を胸に当てて軽く腰を折り、クラウドの耳元で囁くように話しかけた。
「私でよろしければ、お教えいたしますよ。」
「ホント?あ、でも…まさかセフィロスさんが女性パートを?」
 目の前の美丈夫が何でもそつなくこなすのは、この半年で呆れるほど見てきた。
 軍を率いさせてみればほぼ完璧なまでに統率し、一般兵たちからの絶大な信頼をあっさりと勝ち取り、政策協議に参加させてもそれなりの策を口にする。経済にも精通し、地理はもちろんのこと歴史もかなり詳しい。ありとあらゆることに天才的な才能を見せるこの男である、まさかダンスができないとも思えない。しかし流石に国王陛下であるクラウドに教える立場に回るのであれば自然と女性パートを踊らねばならないのである。
 しかしセフィロスはクラウドの言葉を軽くうなずき否定することはなかった。
「恥ずかしいのでしたら、隅の方でお教えしますよ。」
 ミッダーガルデン王国の皇子であるとわかったとたん、クラウドには王佐であるハンニバルがぴったりとつき従い、この国の地理、歴史、社会情勢、経済情勢などの政務に関係する数多のことを教えてきた。
 当然、社交的な場を踏むことにもなるであろうからダンスも教えてはいたのであったが、やはり政務優先だったため後回しにされていたのであった。
 流石に自分が主催するダンスパーティーなので踊らないわけにもいかない。そう思ったクラウドはセフィロスの瞳を見ながらうなずいた。
「うん、頼むよ。」
 二コリと笑うクラウドの手を取ってセフィロスがあまり人目のない場所へと歩いていくと、ダンスのポジショニングを始めた。
「手の位置はわかりますね?では、いちばん簡単なボックス・ステップから行きますよ。」
 セフィロスはうまくクラウドをリードしながらも、傍目からすればリードされているように見せかけている。さりげなくコーチをしながらターンを決めると長い銀髪が光の帯のようにきらめいていた。

 一曲が終わり、一礼すると再びわっと周りを妙齢の女性に取り囲まれた。
 冷静に対処するセフィロスの横で、困惑気味のクラウドは助けを求めるような視線を王佐に送った。その視線に気がついたのか、ハンニバルが中に入って女性たちを裁き始めた。
 相手の国、地位を考えて順番にクラウドに紹介していくと、ダンスを申し込まれて踊らざるを得なくなる。
 しかし先ほどの手ほどきのおかげか、クラウドがなんとかそつなく踊れるようになっていたため、見守っていたザックスがにやりと笑った。
「まーったく、あのにーさんったら何をやらせても抜かりがねえって…そんなのありかよ。」
「ほんと、凄い人、ね。」
 ザックスだとて元々は隣国の皇子である、幼いころはそれなりに教育されていたのであろうが、10年前から一般庶民として暮らしてきた彼が器用にダンスを踊れるとも思えない。
 やっとこさ一曲踊ってはいたが、何度がエアリスの足を踏んでしまい、そのたびに平謝りしていたという自分との差に羨望とほんの少しの嫉妬を感じていた。
 女性が入れ替わりながら2,3曲踊ったところで、クラウドが逃げ出すように二人のもとに駆け寄ってきた。
「もうやだーー!知らない女の人に”可愛い”なんて言われたくないーー!」
 半べそをかき始めているクラウドを見てくるりと周りを見渡したあと、ザックスが隣に立っていたエアリスに何やら耳打ちした。その言葉に軽くうなずいたエアリスがクラウドににこりと笑いながら話しかけた。
「じゃあ…踊ってくれる?踊りながら出口に近づけば…抜け出せるかも、ね。」
 エアリスの差し出した手を取りながらクラウドは一瞬キョトンとした顔をしたが、ザックスがしたように周りを見渡すと、あることに気がついた。
「うん、お願いするよ。」
 クラウドとエアリスが踊り始めると曲に合わせてゆっくりと移動しながら出口へと進んでいった。そしてもうすぐ曲が終わりそうな時に出口近くのカーテンにクラウドをそっと隠して、エアリスが不安げな顔であちこち見まわした。
 ざわつく様子もないので、そのままこっそりとホールから抜け出したクラウドは、まっすぐ自分の部屋へと行くと、重たい王冠と着慣れない服を脱ぎ、簡素な服へと着替えると誰にもとがめられることなく近衛隊の宿舎へと入り込んだ。


* * *



 夜も更けた近衛隊の宿舎の廊下を慣れない様子の足音が近づいてきているのをセフィロスは聞き取っていた。
 その足音が自分のよく知っている者の足音で、あちこちうかがうような気配は一人で歩いていることを指示していた。扉の前で立ち消えた足音だが、気配はいまだにそこに人がいることを教えてくれている。どうやら入ろうか、どうしようか迷っているのであろう。そんな足音の主に思わず口元に緩やかな笑みを浮かべてセフィロスは扉を開けると同時に声をかけた。
「どうかしましたか?陛下」
 いきなり目の前で扉が開いてびっくりした顔の少年王がそこに立っていた。
「感心いたしませんね、供を連れずにお一人で歩かれるなど…」
「忘れた?僕、一応半年前には武闘大会でベスト4まで入ったんだけど。」
 腰に剥いでいる剣は彼が幼いころからザンカンに見せられていた守り刀であり、この国の紋章が入った王家のものしか持つことが許されなかった剣である。きちんと手入れされていた剣は実戦で十分使えるものであり、目の前の少年の剣の腕もザンカンとセフィロスという二人の男に鍛えられていたおかげでかなりのものであった。
 しかし国王となってしまった今ではクラウドもそろそろ守られることに慣れてもらわねばならない。
「陛下の腕は私が一番よく知っています。しかしいい加減守られる立場であることを自覚してください。」
「も〜〜!!陛下って呼ばないでって言ってるでしょ!だいたいもう夜だし…」
 国王であることはすでに譲れないことである。クラウドだとてそれは理解していたが、どうしても譲れないのが目の前の大好きな人に”陛下”と呼ばれることであった。公的立場にある時ならいざ知らず、こうやって平服で遊びに来た時ぐらい臣下としてではなくあの時の小屋でのセフィロスのようにふるまってほしかったのであった。
「まったく、お前はいつまでたっても王らしくない王だな。」
「僕がこの国の王なのは認めるよ、でも一番納得していないのも僕自身だよ。今でも目が覚めたらあの山小屋にいるんじゃないのか?って思うこともあるけど、朝一番に見るのはあり得ないぐらい広い部屋と高そうな調度品なんだもん、認めるしかないんだ。でも、17年過ごした時間は偽れないよ。」
 クラウドの言葉は偽りのない真実の心の言葉だった。山小屋で世話になっていた時から素直な少年で、偽りのない瞳とまっすぐな心が、他人とかかわることなく放浪してきたセフィロスの心を安らがせたものであった。
 彼がこの国に残ったのはクラウドのお願いではなく、セフィロス自身がこの少年のそばにいたかったためであった。しかしクラウドはセフィロスが残ってくれたのは自分が無理なお願いをしたからだと思っていた。
「ねぇ、セフィロスさん。あなたがこの国に残ってくれたのはやっぱり…僕が無理なお願いをしたからですか?」
 まっすぐに見つめる青い瞳は不安げに揺れていた。そんな少年の優しい気持ちがセフィロスは好きだった。
「俺はたとえ国王に言われたからと、その国にとどまるようなことはしない。それはわかっているのであろう?」
「うん…わかっているつもりです。けど、セフィロスさんは何も言ってくれないから…」
「見合いのことか?おれが断りを入れられる立場ではないことぐらいわかっているんだろう?」
 クラウドが国王であることが変えられない事実であるなら、これからも数多くの見合いの申込がくるであろう。今はまだ早いという理由で申し込みを避けることはできるかもしれない、しかし国王として経験を積んだらきっと断れなくなってしまうであろう。
 でも、目の前に…手の届くところに…自分の好きな人がいると言うのに見合いなんて受けられるわけない。それが言いたくてここに来たつもりだったのだが、目の前の思い人はもう自分のことを思ってくれてはいない。そう実感したクラウドがさみしげにつぶやいた。
「ごめんね…迷惑だったよね。僕、もう二度とここには来ない。」
 振り返ることもせず、扉を開けようとしてドアノブに手を伸ばそうとしたら、先にドアノブを握られていた。
「お前がここに来ないのであれば、俺はもうこの国にいる理由がない。出ていくなら俺だ。」
 私物を何も持っていないが故、セフィロスなら着のみ着のままでも十分この国を出て行けるであろう。それを知っているが故クラウドの瞳に涙があふれ出した。
「ず、ずるいよ、それ。僕、どうしたらいいのか分からないよ!!」
「ならばどうしろというのだ?お前を抱いてこの国から逃げろとでも言うのか?」
「あなたが何も言えないのはわかっているつもりだけど…僕がまだ子供だから言葉にしなければわからない時もあるんです。」
 ぼろぼろと涙をこぼしながら心情を告白するクラウドの頬を伝わる涙を唇で受け取ると、いきなり真っ赤になって後ずさる。そんな初心な様子も可愛らしいとクスリと笑みを漏らすとセフィロスは少年をゆったりと抱き寄せた。
「今はその時ではないが、俺の気持ちはあの時となんら変わっていない。だから信じていろ、いいな。」
うん…うん!」
 やっと顔をあげたクラウドの笑顔はまるで太陽のようであった。満面の笑顔に軽くうなずくとセフィロスはそっとまろやかな頬に手を当てて上を向かせるとついばむような口付けを与えた。
 ちゅっ!ちゅっ!と何度も軽くつつかれるようなバードキスが次第に深い口づけにと変わっていくと、クラウドの腰が逃げるようにふらつく。するとたくましい腕がしっかりと背中に回り抱き寄せられる。
 唇から気持ちが伝わってくるようなキスにクラウド酔いしれていると、不意にぬくもりが離れていった。
「さあ、もう遅いですからお休みください、お部屋までお送りします。」
 いつの間にか護衛の顔に戻ったセフィロスにクラウドはさもつまらない顔をしてしまった。つんととがった唇がどうやってもキスをねだっているようにしか思えない。誘われるままもう一度セフィロスが唇を重ねると、そっとクラウドの肩を抱いて王の寝室へと歩いて行った。


* * *



 それからしばらくして、再びハンニバルが見合い話を持ち込んできた。
「陛下、先日の舞踏会でお呼びした貴族の方々からたくさん見合い話が来ているのですが…」
「えー?!またぁ?!僕、まだ王位について間がないんだから、この先10年はお見合いなんてしません!」
「いえ、今度は陛下ではなくセフィロス閣下への申し込みなのです。陛下のおそばにお仕えしている者の見合いや結婚は陛下の許可がいるのです。」
「僕じゃないのか、よかった…じゃなくて!!どうしてセフィロスさんが!!」
「あれほど格好良くて、美しく、国軍を率いる将であられる上に、先日の舞踏会でのマナー。女性の視線をくぎ付けにしていた閣下を隣国の王がどこの王族だとお尋ねになるほどでした。」
「まあ、僕より王にふさわしいのは認めるけど…ネルウァ、こういう時どうしたらいいのかなぁ?」
 クラウドが後ろに控えていたネルウァに問いかけると、にこりと笑った宰相が答えた。
「陛下の御心のままに…、ただ、セフィロス閣下は陛下の護衛と国軍の指揮をされていらっしゃいます。それだけではなく国策のことも時々お付き合いくださってます、女性と付き合う時間があるともおもえません。」
「ん〜〜、でも一応セフィロスさんの意見も聞かないとダメだよね?」
 そう言ったクラウドの蒼い瞳がこずるそうに輝いているのを見逃すようなネルウァではなかった。

(まったく…大好きな癖に意地悪をしたいなんて、あとでどうなっても知りませんよ。)

 ため息交じりで一礼すると、ネルウァは一歩下がってセフィロスを呼ぶ。すぐに扉がノックされてセフィロスが部屋に入ってきた。
「お呼びでしょうか?」
「あ、うん。ハンニバルがね。セフィロスさんにお見合いを山ほど持ってきたんだ。」
「は?!お見合い?!誰が?」
「セフィロスさんが申し込まれているんだって、頑張って断ってね。」
 そう言うとクラウドは手をひらひらさせてニコニコと笑って玉座に座った。

 その夜、王の寝室から悩ましげな声が一晩中漏れ聞こえてきた。

Tne End



 カウンター77777記念リクエストプロットの一つ「想いのゆくえ」
 本篇終了後、約半年後の物語です。

 主従で恋人…どこかで見たようなシュチエーション!!というか、そのまんま「今日からマ王!」ですよね、これ。
 おもいっきり中の人(CV)つながりだ。

 最後の1行が書きたくて、うちの純情クラちゃんではありえない腹黒なセリフを言わせてしまった。

 あはははは…バニッシュ!!