それから一ヵ月後、ティモシーとミッシェルに引き合わされた本日のクラウディアのエスコート役は、同じ事務所の先輩で兄貴分であるザックス・フェアーという青年だった。
 常にないきっちりと決めた正装姿に、ミッシェルが思わず褒めた
「おー、ザックス君。今日は決めてるねぇ。」
「ひどいなぁ、ミッシェル。今日はうちのお姫様のエスコート役だからこのぐらいの格好じゃないとダメなんでしょ?」
「まーね、うん。君に打診しておいて良かったわ、しっかりお姫様を守ってくれたまえ。」
「りょーかい。」
 ふざけて敬礼する青年にミッシェルがけらけらと笑う。その背後から声がかかった。
「ザックスさん、お待たせしました。」
 扉の向こうから現れた金髪碧眼の美少女は、その瞳と同じ色のドレスを纏い、同じ色をしたアクセサリーで飾られていた。
「うひゃ!こーれはまた高そうなアクセサリーだな。」
 ザックスの言葉に思わずミッシェルが吹きだした。
「ちょっと、ザックス君。それだから君は彼女ができないのよ。普通こういうときは、アクセサリーじゃなくって、つけてる本人を第一にほめるべきでしょ?」
「いやー。クラウディアは世間じゃ、妖精とか、天使とか、姫とか言われてるけど、俺にとっては、妹がこんな高そうなアクセサリーして、すっげー綺麗なドレスを着てるってだけですから。」
 けらけらと笑うザックスにクラウディアは軽くうなずいた。
「うん。ザックスさんは、私のおにいちゃんだもんね。」
「おう!じゃ、ミッシェル。行って来るよ。」
「はいはい、アクセサリーはレンタルだから傷つけないようにね。もし壊したらザカリアス君のポケットマネーで買い取ってもらうわよ。」
「うわ!そりゃ大事に扱わなきゃ!」
 そういってザックスは丁寧にクラウディアをエスコートしていった。

 モーダ誌発刊25周年記念パーティーは、都心のホテルで行われていた。
 会場は人気モデルやデザイナー達で埋め尽くされている。それでも人気のモデルを伴っているからか、ザックスの周りに雑誌の記者や、新進気鋭のデザイナー達が集まってきては声をかける。
「おや、ザックス君とクラウディア。君たちこういうパーティーだといつもペアだね。」
「ええ、まあ。妹分ですから、兄貴の俺が面倒見ないと。」
「ザックスさんが恋人見つけたら、私はお役ごめんになるんだから、はやくみつけてきてね。」
「そういうクラウディアも、彼氏の一人もまだ出来ないじゃないか。」
「私はいいんです。まだ学生だし、16歳なんだもん。恋とか恋愛ってまだ良くわからないわ。」
「うひょ!クラウディアってまだ16だったっけ?それで天下のベルンハルトの特待生って、凄くない?!」
「うーん、どうやら私は二番煎じだったみたいなのよね。私よりも前に、ベルンハルトをトップで卒業した人がそこにいるわよ。」
 ザックスが振り向くと、そこにはライバルであり、親友の一人が立っていた。
「え?セフィロスの兄さんって、ベルンハルト卒業だったんか?って、まーた嫌みったらしく、すごい美女連れてるじゃないか。」
 ザックスの声が聞こえたのか、びしっとタキシードを着こなして、トップモデルの一人をきっちりエスコートしている美青年が、苦笑しながら近寄ってくると、しなだれかかるかのごとく、セフィロスの腕に絡んでいた美女が甘えるように訴えた。
「ねぇ、セフィロス。紹介してくださらないかしら?私も世界の妖精といわれ始めたモデルと知り合いになりたいわ。」
 有名デザイナーの一点物のドレスは、胸のふくらみを惜しげもなくさらし、その女性が性的アピールをしているということを如実に訴えていた。それでも顔色一つ変えずにセフィロスは伴っていた女性をクラウディアに紹介した。
「ああ、クラウディア。こちらはモーダ誌のトップモデル、ルーシー・ウィンターさんだ。」
「はじめてかしら?よろしくね、クラウディア。」
 すっと差し出したルーシーの手を両手で握り返し、クラウディアは挨拶をした。
「クラウディアです。ルーシーさんのご活躍を拝見しています。先日ハロルド・オーウェン氏の秋冬発表会で、シックなスーツを着ていらっしゃいませんでしたか?」
「え?ええ。確かに地味なスーツを着たけど…会場に居たの?」
「はい。私もその発表会でランウェイに居ました。」
 ランウェイというのはドレスなどの発表会で歩く花道のことである。クラウディアも発表会のモデルとして呼ばれていたのだが、ルーシーはまったく覚えていないのであった。
「ごめんなさいね、私まったく覚えていないわ。」
「仕方が無いです。私ちょこっとしか出させてもらえませんでしたから。」
 クラウディアの言葉に思わずザックスが突っ込みを入れてしまった。
「嘘だろ…。クラウディアはあの時、たしかランウェイでオーウェン氏にエスコートされていたじゃないか。」
 ザックスの言葉にクラウディアは一瞬顔をしかめたが、もっと顔をしかめたのはルーシーだった
「ぐっ…。」
 デザイナーと腕を組んでランウェイを歩くことが出来るのは、ラストを飾るドレスを着ているモデルだけである。
 つまり、ハロルド・オーウェンが選んだ最高のモデルは、ルーシーではなくクラウディアということになる。その事実を知るとルーシーは真っ赤になり、目の前の少女の頬を思いっきりひっぱたき、あやまりもせずにつかつかとその場から足早に去っていった。
「ちょっとまてよ!あんた、クラウディアに何の恨みがあんだよ!」
 妹分をたたかれて頭にきたザックスが追いかけていくが、セフィロスはその場で涙をこらえながら小さくなっていた少女に声をかける。
「ザックスも正直すぎるのが難点だな。せっかく君がルーシーに気を使ったというのにね。大丈夫かい?せっかくの白い肌なのにこんなにあとが付いちゃって。」
「大丈夫です、本当ならルーシーさんにあわせて『はじめまして』と、いわなきゃいけなかったんですから。」
「いい子だ…。」
 クラウディアのセットした髪型をくしゃくしゃにしないようにセフィロスが頭をなでていると、取り巻いていたほかのモデルやデザイナーたちがこぞってクラウディアを励ましだした。
「気にすること無いよ、クラウディア。あれはルーシーが悪い。」
「オーウェン氏にとって君のほうが魅力的だったってだけだから。」
「え…でも。ルーシーさんのほうがはるかに人気があるし…私なんてまだまだヒヨッコですから。」
 落日の感があるルーシーよりは、飛ぶ鳥を落とす勢いのクラウディアのほうがはるかに人気がある。そのせいか、みなこぞってクラウディアを慰め続けていると、横からすっと手が伸びてきて、赤くなっていた頬に水で湿らせたハンカチが当てられた。
「早く冷やしたほうがいい。」
 セフィロスが気を利かせてハンカチを冷やしてくれたのであった。
「あ、ありがとうございます。」
 本当の優しさを感じて、クラウディアは心から笑みを浮かべた。その飛び切りの笑顔に、周囲のモデル仲間やデザイナーたちが思わず癒されると、中の一人がセフィロスの肩をぽんとたたいた。
「どうやら妖精を守るナイトが不在のようだから、しっかり守ってあげなさい。」
「え?あ、はい。しかしザックスはどこまで行ったんだろうか…」
「さあ?彼は直情短気だからね…。」
「ここ最近出始めたドラマがそういう路線だからなのかな?ともかく彼らしいよね。」
「そうですね。ザックスは裏表のない奴ですから。いい奴ですよ、本当に。」
 そういってさわやかに笑うセフィロスは好青年そのものである。周囲も彼なら大丈夫と思いその場を後にした。
 セフィロスがクラウディアの正面に立ち、優しい瞳を向ける。
「綺麗だね。その青いドレスはマダムセシルかな?俺との撮影の時はだいたい白かピンク系のドレスが多かったけど、青のドレスも良く似合ってる。君の瞳と同じ色だ…。」
「そ、そんな…。」
 戸惑うクラウディアの目の前で優雅に一礼して右手を伸ばす。
「お嬢さん、お手をお借りできますか?」
 BGMにワルツがかかっていた、そこかしこに踊りの輪が出来始めていたので、クラウディアはやっと納得する。
「わ、私躍ったこと無いわ。」
「大丈夫、君なら出来るよ。」
 そういってクラウディアを抱き寄せると、耳元でささやく。
「ゆっくりと俺についておいで。」
「…はい。」
 ゆっくりと二人が踊りだすと、まるでそこだけスポットライトが当たっているかのようであった。周りのペアがどうしてもかすんでしまう、そのぐらい二人の息はぴったりだった。遠慮なくフラッシュが瞬いていたが、二人はもう既にお互いしか眼に入っていなかった。
 そこにふらりとザックスが戻ってきた。
 フロアの中央でみんなの目を集めるかごとく踊っている妹分と、親友でライバルをみると、思わず頭を抱えた。
「あっちゃー。こりゃ帰ったらティモシーとミッシェルに怒鳴られるな。でも、まぁセフィロスの兄さんなら、間違いは無いからあきらめろとでも言っておくか。」
 絵にかいたような美男美女、ともに文武両道で性格もいい。そして二人に何が会ったかわからないが、まるでお互いが求め合うようにあっという間にかみ合ってしまっていた。


* * *



 翌日のワイドショーではトップ項目で出版社のパーティーのことが報道されていた。
 会場から出る二人をTVカメラが囲み、まるで矢のような質問を浴びせかけていた。
「パーティーのペアとは違う人と居るみたいですけど。お付き合いなさっているんですか?」
「俺たちのペア同士でちょっとしたいざこざがあって、まあ俺はペアに振られて、クラウディアは偶然、俺の目の前に残されていただけで…。」
「ええ、おかげで独りぼっちにならずに済みました。いろいろと助かりました、ありがとうございます。」
 ふたりのテンプレ通りの返答にTVのレポーター達が思わず突っ込みを入れた。
「えーっと、嫌味を言っていいですか?二人とも出来すぎの答えですね。」
「ひどいな、本当のことを言っただけなのに。」
「じゃあ思いっきり宣伝してもらうというのはダメかしら?」
「あ、いいね、それ。スーパー・ロール・プレイング・ゲーム「お姫様クエスト」近日発売予定です。俺たち、敵同士で出ています。」
「セフィロスさん、あの黒騎士の格好、素敵でしたよ。」
「クラウディアの超絶ミニスカートもなかなかだったね。来月の発表会もあの衣装着てほしいな。」
「あれミニスカートじゃないですよ、スクール水着に羽が生えたような衣装なの。」
「ああ、ティンカー・ベルかと思ったよ。実にかわいらしい妖精スタイルだったね。」
 その報道は誰が見てもゲームの宣伝にしか思えなかった。
 おかげでゲーム会社は大喜びし、ティモシーとミッシェルは二人の機転のよさに安堵するのであった。
「まったく、クラウディアもセフィロス君も機転が利くからほっとしたよ。それにしてもザックスは何やってたんだろう?」
 ティモチーの独り言のようなつぶやきにミッシェルが答えた
「あの場に居た知り合いのデザイナーに聞いたんですけど、どうもルーシー・ウィンターといざこざを起こしたようなの。最も悪いのはルーシーらしくて、あっちの事務所の社長から昨日のうちに丁寧な謝りの連絡もらったって社長が言っていたわ。」
「なるほどね。しかしセフィロス君がクラウディアの先輩だったとは知らなかったな。しかもあのヘーゲンドルフ大学を主席で卒業したらしいじゃないか。社長がそれを知ったら『クラウディアのお相手にするなら彼しか居ない』なんていいかねないな。」
 ティモシーが想像したとおり、それぞれの事務所の社長同士がお互いのトップモデルの素性を知って、ペア指名のお願いをしあったのはそれからすぐのことだった。


* * *



 翌月のゲーム発表会でもセフィロスの機転のよさと、クラウディアの頭のよさがきわどった発表会になった。
 撮影とまったく同じ容姿のセフィロスが、隣に立つお姫様ドレスだけどミニ丈スカートのクラウディアを褒めちぎれば、彼女もニコニコと撮影の裏話をする。
 そんな二人にポーズを決めてくださいと記者が注文を出すと。顔を見合わせて相談し始める。
「ポーズって…何かあったかしら?」
「あれじゃないかな?君が俺の胸に剣をつきたててる奴。」
「ああ、あの背中をそらしたポーズですか?体操やってて良かったと思いましたけど、顔が近くてちょっと…恥ずかしいな。」
「俺は役得だからなぁ。なにしろ剣を向けられているとはいえ、こんな可愛い子を腕に抱けるんだから。」
 思わず取材記者から声がかかった
「それって後ろのポスターですか?」
 そのポスターには、まるで口づけをする寸前の体勢でありながらも、黒騎士の腕に抱かれたお姫様が、身体をそらしながらも右手の剣を相手の胸に突き刺そうとしている姿で、発表されたゲームのテーマであり売り文句でる「殺したいほど愛してる。」という文言がぴったり当たっている。
「あ、これこれ。ちょっと体勢苦しいけど、身体鍛えていて良かったと思いましたよ。」
「ひどいんですよセフィロスさんったら…。撮影の間、冗談ばかり言うから、もう笑いをこらえるの必死で、怖い顔できなかったんですから。おかげでこんなひどい顔になっちゃって…。」
「必死さが伝わってすごく可愛いいと思うよ。」
「私こっちのポスターのほうが好きなんですけど。」
 そういって彼女が指をさしたポスターは、ドレス姿のクラウディアの足元に、片ひざでたたずみ右手の甲に唇を寄せている黒騎士のセフィロスだった。当然カメラもそのポスターをアップで抜く。
「これは女の子の憧れのシチュエーションだよね。俺はこっちのほうが見ていて恥ずかしいよ。でも策士だよね、この黒騎士。ほらここ、きっちり背中に剣隠してるんだよ。」
「どっちがどっちを殺したいのか良くわからなくなっちゃった。ゲームやったこと無いけど、やってみようかしら。」
「ソフトだけじゃ動かないからハードも買わないとダメだよ。」
「そういえば本体とソフトの同梱版もでるんでしたっけ。」
 あまりにもあっけらかんと撮影秘話を話しながらも、うまくゲームを買わせたくなるように話を持っていく二人に、恋愛感情は一切見えない。それどころかスポンサーが喜ぶ話ばかりをお互い振っている。それに気が付かないレポーターたちが何か突っ込みどころが無いかと探りを入れる。
「世の中の女の子の憧れといえば、お姫様抱っこといわれていますが?」
「彼女なら軽く抱き上げられる自信はありますが、先月週刊誌に『クラウディアとの交際発覚!』なんて出た後に、ハイスクールの恩師や大学の恩師からお小言をいただきましたので、遠慮させていただきます。」
 セフィロスの言葉を受け取って、クラウディアがまっすぐな視線をTVや雑誌のレポーター達に向けた
「なぜ、皆さんあんな嘘を書かれるのですか?あの後大変だったんですから。先生には泣かれるし、クラスメイトや後輩たちに疑いの目で見られるし…。セフィロスさんにお勉強教えてもらいたくても、皆さんのおかげで出来なくなっちゃったじゃないですか。私が大学進学できなかったら皆さん責任とってくださいよ。」
「そういわれても、クラウディアは学校ではトップクラスなんですよね?確か。」
「セフィロスさんの教え方が良かったからなんです。次に順位落ちたら皆さんの取材受けるの考えちゃいますよ。」
「君が元々出来る子だったからだよ。ちょっと考え方を変えたおかげで点数が上がったのがその証拠だろ?」
「ええ、おかげで物理も苦手ではなくなりました、ありがとうございます。」
 きっちりとお礼を言うクラウディアにレポーターが尋ねた
「クラウディアはどこの大学を受けるつもりなのですか?」
「先生も推薦でいけるとおっしゃっているし、ヘーゲンドルフの人文学部を…。」
 クラウディアが全部を話す前に、レポーターが悲鳴のような声をあげた
「ヘーゲンドルフって最難関大学じゃないですか!そこに推薦って…クラウディア。あなた、ハイスクールはまさかベルンハルト・ハイスクールなの?」
「え?ええ。」
 きょとんとしながらも肯定したクラウディアの言葉を聴いて、レポーターがその前に聞いたセフィロスの言葉を思い出だしたように訊ねた
「セフィロスさんも…ハイスクールの恩師とか大学の恩師って先ほどおっしゃっていましたが…。まさか…。」
 びっくりした顔をするレポーターの言葉の裏に隠された問いに答えてセフィロスがうなずいた。
「はい、ベルンハルトの第105期生で、ヘーゲンドルフの理学部を卒業しています。」
「うわ!」
 まさに絶句するしかない。秀才と才女、美男美女、おまけに性格もいい。絵に描いたような出来すぎのカップルである。
「なんだかお二人が一緒に居るのは事務所の方針に思えてきました。」
 雑誌の表紙すら飾れそうな笑みを浮かべてセフィロスがうなずいた
「あ、それは間違いないと思います。社長経由でしっかり家庭教師をやってくれと頼まれましたから。」
「ガイアアクト事務所のルーファウス社長。私のお勉強を助けてくださって感謝します。そして私の所属するメディアプレスのコールマン社長、大学進学を認めてくださってありがとうございます。」
 深々とお辞儀をし社長を名指しで礼を言うすがたに、取材に訪れた記者たちは、どこからどこまでが本音で、どこからどこまでがあらかじめ決められた筋書きなのかまったくわからなかった。
 一連のVTRをみた情報番組のキャスターがぼそりと感想を漏らした。
『頭のいい二人に野暮なことを聞くから、うまく切り返されるんだよ。この二人から本音を聞きだすなら、本音と建前を使い分けることに長けた相手の番している記者じゃないと無理だろうね。』
 TVの実力派キャスターにばっさりと切られて、二人を追いかける3流ゴシップ記者たちがあっという間に霧散したのは、それから間もないことだった。


* * *



 事務所もスタッフも学校すら味方に引きずり込んで、セフィロスとクラウディアは堂々と学校の図書館で勉強していた。
 もっとも、当日の担当の先生や彼の妹のエリス。そして一緒に勉強をしたいといい始めた第三学生寮の生徒たちと、わいわいやりながで、爽やかで性格のいい二人は常に嫌な顔をせずに、ニコニコと周囲に笑顔を振りまきながら一緒に勉強をしていたのであった。
 そんな二人だからこそ、いまではハイスクールの生徒のほとんどがあこがれ、ひそかに応援されるほどになってしまっていた。
 そんなある日、クラウディアがいつものようにセフィロスに図書館で教科書を挟んで勉強を教えてもらっていると、いつものように生徒が数人なだれ込んできた。
「宝条先輩!お渡ししたいものがあります!」
「え?俺に?なにかな?」
「わがベルンハルト・ハイスクールの学校祭への協力願いです。」
 後輩達の答えにセフィロスは側に座っていた顔なじみの先生に尋ねた
「ヴィンセント先生、学校祭への外部協力なんて聞いた事無いんですが?」
 セフィロスの質問に答えず、ヴィンセントは生徒達に尋ねた
「………。校長先生の許可は取ってあるのか?」
「もちろんです!このお話をしたら大喜びで『しっかり協力してもらえ。』と言われました。」
「なら、私が止める筋ではない。」
「はぁ、先生は相変わらずですね。それで、俺は何を協力すればいいのかな?」
「わがハイスクールの姫君をきっちりとエスコートして欲しいのです。」
「は?クラウディアを?たしか学祭のプリンセスをエスコートするのは同じ学生の仕事だと、昔、言われた覚えがあるぞ。」
 セフィロスの言葉に嘘はない、確かにその通りであるが、生徒達も理由があって急な願いをしたのである。その理由を話し始めた。
「実は2年前から、彼女がわが校のプリンセスでありアイドルだったのですが、校内からエスコートする相手を出すと、誰がやっても男子生徒があまりにも下手で…外部に見せられたものではなかったのです。それで2年間ずっと相手が居なくて、仕方なく姫一人でいろいろとやってもらっていて…」
 生徒達の言葉に今度はクラウディアがびっくりした。
「え?私は一人でやってもかまわないものだといわれましたけど?」
「そういうしかないじゃないですか。所作でも何でも優雅にこなされてしまう姫に、僕たちみたいに下手な奴がエスコートして、姫まで笑いものにされたくなかったんです。」
 生徒達の言葉ももっともであった。エアリスがうなずきながらも、まったく違ったことに感心していた。
「クラウディアは姫って呼ばれているのね。初めて聞いたけど違和感無いわ。」
 セフィロスも後輩達の思いを足蹴にしたくはないのか、一応確認のために訊ねた。
「一応事務所に許可を通してくれるかな?これでもモデルの端くれだからね。それと、これは例外的措置だろう?俺の名前は絶対に表に出さないようにすること。それと、こんなこと慣例にするべきではないな。」
「もちろんです!事務所の許可はすでに取ってあります。卒業生が協力するだけだから、無料で良いと社長さんがおっしゃってくださいました!ちなみに衣装もスーツ、タキシードから舞台衣装まで、指示すれば何でもそろえてくださると約束していただいて…、いい社長さんですね。」
 まさか社長がそこまで協力的とは思わなかったのか、セフィロスが思わずつぶやいた。
「まったく、うちの社長は何を考えているんだ。」
 しかし、隣で聞いていたエアリスは、すでに兄の衣装の事を考えているようだった
「王子様の衣装がいいわ!お兄ちゃんなら似合うと思うわ。次のお仕事が決まりそうね。」
「俺はシェイクスピア悲劇にでも出さされるのかね?」
 妹の突っ込みに嫌な顔をするセフィロスとは真逆に、エアリスはノリノリであった。
「いいわね、それ。ロミオとジュリエットなんていいんじゃない?もちろんお相手はクラウディアで決定ね。」
「エアリス、私まだ演劇の勉強をしたこと無いんですけど。」
「大丈夫、あなたならそのままだから。」
 真剣に語るエアリスの言葉を思わぬ人が肯定した。
「………。そうだな、二人なら悪くない。」
 ヴィンセント先生の言葉を継ぐように生徒達が思わず大きな声を出した。
「先輩!それいいです!僕たちも見に行きたいです!」
「あのなぁ、まだ決まってもいないんだがな。」
「今の話そのまま事務所に通せば、きっと社長さんも喜ばれますよ。と、いうか…通さざるを得ないように仕向けちゃいます!!」
 胸を張って自信がありげにいう生徒達を思わずエアリスが応援した
「キャー!みんながんばってねー!」
「はい!!」
「これだからベルンハルトの生徒は…。」
 セフィロスが苦々しくつぶやくが、それも仕方がないことであった。
 頭が良くて機転が効く生徒が多く、立案、起業、行動と何をやらせても卒が無いがゆえに、一度方針が決まるとそれが揺るがないものになるのがベルンハルトの生徒たちの特徴なのである。
 生徒たちが確約したとおり、事務所にロミオとジュリエットの衣装を借りることを約束すると、事務所側も大喜びでその衣装を手に入れ、おまけにスタイリストまで派遣してくれると約束してくれた。

「で、私が呼ばれちゃったわけ。」
 にこにこと二人分の衣装を持って現れた人と一緒に居たの、はクラウディアの専属スタイリストのミッシェルであった。
「ミッシェル、どうしてあなたが?」
「どうしても何も、クラウディアを一番輝かせることが出来るのは私だもん。社長経由で今日の話を聞いた時に、思わず立候補しちゃった。学祭もみたかったし!」
「と、いうことは、今日のことは私の事務所も知っているってことなのね?」
「知っているも何も、ガイアアクトの社長からうちの社長経由で話が入って、この衣装を調達したのも社長なの。ちなみに貸してくれた劇場主任が『いつ、どこで上演されますか?』って聞いてきたから、本当の事言ったら「貸したよしみで自分を学祭に入れるようにしてください!」ですって、だから一緒に来たの。この方、ミッドランドオペラハウスの劇場主任よ。」
 横でその話を聞いていた教員のシド・ハイウィンドがけらけら笑いながらうなずいた。
「なるほど、うちの学祭のチケットがプラチナ化している理由はそれだったのか。お前らしっかり磨かれてこい、今日は何社かTV局が入っているらしいぞ。」
「シド先生、どうして断ってくれなかったんですか?!」 「いやぁ、うちの校長がいい宣伝になるからかまわないと、ニュースソースという条件で許可したらしいぞ。」 「ベルンハルトの学園祭がニュースになるのかしら?」 「ああ、超進学校のベルンハルトにカメラを入れること自体が少ないからな。ものめずらしさでは十分ニュースだ。」 「宣伝になるなら仕方ないか。せっかくだからドラマとか舞台の仕事が来るようにしっかり宣伝してもらうか。」  ジョセフの言葉にクラウディアはくすくす笑いながらうなずいた。 「そうですね、私もまだお仕事したいから、思いっきり宣伝してもらいましょう。」  二人が目を合わせてにこりと笑うと、横で見ていたシドがけらけらと笑い、ミッシェルが思わずため息をついた。 「まったく、あなたたちって本当に息が合うのね。」 「カートライトもストライフも頭の回転が速い上に機転が効くから、似たもの同士だな。ほれ、そろそろ時間だ。着替えて綺麗にしてもらえ。」 「まったく、先生にはかなわないな。」 「あー?天下のヘーゲンドルフの理学部物理学科を首席で卒業した男が何を言うか。お前がその気になったら俺なんて足元にも及ばないよ。」 「ヘーゲンドルフの物理学って…ノーベル賞受賞者のアムゼン教授をはじめ世界トップの物理学者のいる学部じゃないですか。流石先輩、僕あこがれてしまいます!」  生徒が尊敬のまなざしでジョセフを直立不動で見上げているが、本人はまったく気にすることも無く舞台衣装に袖を通し終えて、ミッシェルにチェックを受けていた。 「アムゼン教授はあまり教壇にたたれないけど、ゼミに入れば気さくに話しかけてくれるよ。そうだ、いい事を教えてあげるよ。先生は甘いものが好きなくせに沢山たべられないから、コンビニスイーツが大好きになったんだ。」 「うえーー!ノーベル賞学者がコンビニスイーツ?!」 「そうだよ。もし君がヘーゲンドルフに入って物理専攻して単位を落としそうになったら、コンビニスイーツもって教授に教えを請うといいよ。何でも教えてくれるから。」  気さくに話しかけてくれる兄貴的存在、在校生にしたらそういったところであろう。ミッシェルが笑顔でパピヨンマスクを渡しているところにジュリエットの衣装を着終わったクラウディアが現れた。 「ひ…姫。」  クラスメイト達が絶句するが、衣装をつけただけの姿なのでクラウディアは顔をかしげている。 「似合わないかしら?」  その一言にミッシェルが苦笑して口を開くより先に、ジョセフが立ち上がってクラウディアの前でひざまづき、すっと右手を取って騎士の礼をした。 「ああ、ジュリエット、僕の魂よ!!荒くれ男の剣などよりも、貴女の眼のほうがよっぽど怖い。優しき貴女のまなざしさえあれば、僕は不死身になれる。」  有名なロミオとジュリエットのセリフのひとつである。ジョセフがいきなりそんなセリフをしゃべりだしたというのに顔色をひとつ変えずにクラウディアが優雅に笑顔を浮かべて話しかけた。 「まあ、ロミオ様。どうしてここへいらしたの?塀は高くて登るのも大変だし、貴方の身分を考えたなら、死も同然のこの場所へ…。」  あまりにも完璧な対応に学友たちは見惚れ、先生は唖然となってしまった。 「クラウディア、どこでそのせりふを覚えたの?」 「シェイクスピア悲劇の本よ。それよりもミッシェル、私の跳ね髪なんとかして。これじゃジュリエットじゃないわ。」 「OKまかせなさい。とびっきりのジュリエットにしてあげるから。そこの青少年、惚れるなよー。」 「大丈夫です!もうすでに惚れていますから!」  どん!と胸をたたく後輩にクスリと笑みを漏らして、ジョセフがパピヨンマスクを装着する。やがて美しく磨かれたクラウディアが現れるとジョセフが一礼しクラウディアの前に右手を差し出す。差し出された右手に自分の右手を重ねながらクラウディアがパピヨンマスクを装着すると、きっちりとジョセフにエスコートされて歩き始める。  その姿は顔半分をマスクで覆われていても十二分に美しかった。 「たしかに、ザカリアス君じゃあ…あそこまで出来ないわね。」 「眼福です。これは本当に劇場で見ないと損ですよ、ミッシェルさん。」 「劇場よりもアップが多い映画とかTVがいいです!劇場だと遠い人は顔まで見られません!僕たちは姫の笑顔が大きく見えたほうがいいです!」 「はいはい、私はプロデューサーでもなんでもないから聞くことぐらいしか出来ないからね。」 「ビデオ班とフロート班に伝令!姫と王子がご出立だ!」 「了解!それと会場整理の開始ですね!では参ります!」 「総員配置につけ!」  手際よく生徒達がてきぱきと行動を始める。  赤いじゅうたんがロビーまで連なり、その先にフロートと呼ばれる山車が止まっている。  その山車はどこかの夢の国のようにいろいろなシーンに応じて作られていた。 「は?この学校はここまでやるようになったのか、どこの夢の国だい。」  目の前のフロートをあきれたような顔をしてみたジョセフがつぶやくのをクラウディアはくすくすと笑って聞いていた。 「本当、今年はすごいですね。去年は森に模したフロートだけだったんですよ。」 「すると去年はスノーホワイトかスリーピングビューティーだったのかな?どっちでも君に似合いそうだ。」  ゆっくりと赤いじゅうたんをクラウディアと談笑しながら歩くジョセフの両側に生徒が一列になって並んでいる。ロビーに出たとたんに周囲を囲んだ生徒や、たくさんの来場者の持つ携帯カメラのフラッシュがあちこちでたかれるが、二人ともプロのモデルである。カメラのフラッシュなどなれたもので、ゆっくりと周囲を笑顔で見渡す。  フラッシュが一段落した頃、すっと一歩先に階段を下りたジョセフが後ろを振り返ってクラウディアを優雅にフロートへとエスコートすると、そこかしこで生徒たちから感激のため息が漏れる。その姿に衣装を持ってきた劇場主任がニコニコ顔で見ていた。 「あそこまでやられると、本当に劇場で拝見したくなります。ぜひ社長さんにお話を進めてください。」 「まあ、今日のニュースを見ればきっと映画か演劇かわからないけど、決まるとは思うわ。」 「はい!」 「天下無敵の秀才同士の美男美女があれほど完璧に見せ付けるんですから、仕事が忙しくなりそうだわ。」  ミッシェルのつぶやきはあっという間に本当の事になった。  ベルンハルト・ハイスクール学園祭のニュースを見た一般視聴者がかん口令をひかれていて完全部外秘だったはずのプリンス役とプリンセス役を演じている二人をあっという間に突き止めて、「映画のワンシーンのようだった!ぜひ二人を起用した連続ドラマなり映画が見たい。」とツイートしたとたん、TV局がスポンサーを探したのか、スポンサーがTV局に持ち込んだのかは知らないが、先ごろ発売されたロールプレイングゲームの実写化があっという間に決まった。 「えー?あの水着もどきをまた着るの?ちょっと恥ずかしいよ。」 「そこは衣装を変えて中世の甲冑のようなものに変わるらしいわ。あれはゲームだからだわね。」 「クラウディア、いまのところヒロインの君とラスボスで君の恋人役のカートライト君しかキャストが決まっていないらしいけど、誰か入れて欲しい人はいるのかな?」 「うーん、ザカリアスさんがお兄さん役だったら、いつものままいけそうでうれしいんだけど。」 「なるほど、彼なら当たり役になりそうだな。」 「でも…ジョセフさんを敵に回すことが、全然考えられないの。私、いい演技できるかなぁ?」 「まあ、このお姫様に感情移入できれば大丈夫だろう。しっかり台本を読むことだね。」 ティモシーにぽんと肩をたたかれて、クラウディアはうなずくが、やはり心配なのか暗い顔をする。 「どうしたの?クラウディア。」 「う…ん、恋人ってどうすればいいのかよくわからないの。」  クラウディアの言葉に思いっきりミッシェルが固まり、ティモシーは唖然とする。 「だ、だってクラウディア、あなたカートライトさんと一緒に居ても何も感じないの?」 ミッシェルがあわてて尋ねる。 「ジョセフさんと一緒に居ると?あの方とても頭が良いから機転を利かせた会話を振ってくださるんだけど、それがいつどんなせりふが来るのかワクワクすることはあるけど…そのぐらいかしら。」  きょとんとするクラウディアがあまりにもかわいらしくてミッシェルが抱きつくと、ティモシーが安堵の息をついた。 「安心したよ、クラウディア。カートライト君が君に対して紳士だったということは認めるけど、あれだけの好青年を好きになるとかは無かったのかな?」 「ドキッとしたことはあるけど、それはあの方が演じた黒騎士さんだったの。それもなんだか…すごく懐かしくて、大切な気がして…。」 「くははははは!!ザカリアス君に言われた時はどうしようかと思ったけど、これなら安心だ。今までどおり頼むよ。」  ミッシェルもティモシーも純真無垢なままのクラウディアにほっと安心したのであった。  ちょうどその頃、とあるメンズ雑誌の撮影でザカリアスはカートライトと一緒になった。 「よーぉ、兄さん。お久しぶり。俺の妹、可愛がってくれてありがとな。」 「妹?お前妹なんて居たのか?」 「クラウディアだよ、俺の妹分なんだ。あったまいいうえに可愛いだろー?」 「自分のことのように自慢するんだな。まあ、そのとおりだが。」 「で、正直に答えて欲しい。妹のことどう思ってるんだよ?」 「さぁな、俺にも良くわからん。いまはお前ではないが良い兄貴分で良いと思っている。なにしろ本気で口説き落とすには彼女はまだ16歳だ、少し早いだろ?」 「あんた、本気だったのか?」 「他の女に目が行かなくなってしまったぐらいには…な。」 「…そりゃ、めっちゃ本気じゃないか。いつからなんだよ?」 「モーダ誌の発刊記念パーティーでルーシーへ話しかけたときだよ。あれは一人前のレディの対応だ。」 「え?じゃあ兄さんも、クラウディアがラストを飾っていたのを知っているのか?」 「知っているも何も、あの時オーウェン氏を挟んでクラウディアの反対側のランウェイにいたからな。」 「それを知っていてなぜ?」 「クラウディアの考え方がわかったからだよ。あの場でルーシーの気分を害さないようにしていたというのに、それをお前がひっくり返したんだぞ。」 「だ、だって悔しいじゃないか。」 「それはお前の自己満足であって、結果彼女はルーシーにたたかれたんだぞ。もう少し考えて行動しろよ。」 「………、す、すまん。」  ザカリアスがしょげたところに、扉を開けてエリスが入ってきた。 「お兄ちゃん、呼んだ?」 「ああ、エリス。少し頼みたいことがある。着替えてくるから待っててくれ。」 「はーい。」  兄に対して手をひらひらと振るエリスを隣でぽかんとザカリアスが見ていた。 「あ?おにい…ちゃん?」 「え?あ、始めまして。私エリス・ホワイト・カートライトです。兄がお世話になっています。」 「あ、ああ。はじめまして、ザカリアス・フェルナンです。」 「お兄ちゃんと同じモデルさんですよね?雑誌でよく拝見します。事務所はどちらですか?」 「メディアプレスだけど?」 「キャー!クラウディアと同じ事務所の方?彼女元気ですか?最近全然会えなくって。」「ああ、カートライトの兄さんと一緒に会ってるんだったっけ?いま例の映画の準備と、学校の最終年度テストで忙しいらしいからなぁ。」 「そうなんだ…。彼女、ハイスクール卒業したらどこに住むのかなぁ?おうちから遠くないと良いんだけど。」 「ヘーゲンドルフのキャンパスから近いところにすむんじゃないのかな?あいつの仕事だと学生寮ってワケには行かないだろ。」 「やっぱりそうだよね、うちからヘーゲンドルフって遠いからお兄ちゃん大学卒業するまで学生寮に入ってたの。今みたいに会いにいけなくなっちゃう、せっかくお友達になったのに寂しいな。」 「クラウディアが一度友達になった子を疎遠にする子じゃないってぐらいわかってんじゃねぇの?だったらどーんと待ってんだな。お、それより良いこと考えた!引っ越し祝いを贈るとか、それこそ引越しを手伝っちまえば良いんだよ。」 「キャー!それ最高!」  エリスとザカリアスが意気投合していると、ジョセフが普段着に着替えて戻ってくる。その姿はどこにでもいる若者だった。 「あん?兄さん眼鏡なんてはめてんの?」 「ああ、この黒縁眼鏡をかけて髪の毛をばさばさにするだけで、まったくと言って良いほど声がかからないからな。行くぞ、エリス。」 「はーい。あ、ねえお兄ちゃん。あの人の連絡先知ってる?」 「ザカリアスか?なにかあったのか?」 「うん、クラウディアが学生寮からお引越しする時にお手伝いしたいからその日を教えてもらおうと思って。さっき聞いたけど彼女と同じ事務所なんでしょ?」 「ああ、そうか。学生寮から出ないといけないんだな。それなら後でティモシーから連絡入れてもらえば良いじゃないか。」 「私一般人なんだよ?お兄ちゃんみたいに彼女のナイトだったらまだしも、普通そんなこと教えてもらえないでしょ?」 「へぇ、エリスちゃんって良い子なんだな。カートライトの妹ってだけで十分教えてもらえそうだと思うんだけど、全然自分を特別に思っていないじゃん。携帯、赤外線通信できる?」 「あ、ええ。ありがとう。」  番号を交換し合ってザカリアスと分かれたエリスは兄と歩きながらたずねた。 「それで、お兄ちゃん。頼みたい事ってなに?私、なにをすればいいの?」 「ん?ああ、次に上がるステージのデザイナーの店にこっそり入ってみたいんだ。」 「高いお店なの?」 「いや、どっちかというと若者向けでカジュアルといううわさだ。」 「じゃあもう少しぼさぼさにするよ。」  そういってエリスは背を伸ばしてジョセフの髪をくしゃくしゃにするのであった。 「へへ…可愛い子だったな、エリスちゃんって。それに良い子だった。」  少し照れながらザカリアスはその場を後にした。  それからしばらくジョセフとクラウディアの二人がペアで居ることがなかった。クラウディアの学業が忙しかったことと、演出家の下で演技を少しずつ勉強し始めたと同時に、ジョセフは既に入っていた別の仕事をこなしていただけであった。  クラウディアの撮影の相手はそれなりに人気のある俳優かモデルが率先してやってくれたのであるが、誰一人として彼女の真の笑顔を引き出すことが出来なかった。  そんなある日、ベルンハルトを首席で卒業したクラウディアは、新しいアパートに引っ越すことになり、かねてから約束していたとおりエリスに電話をした。 「エリス、私明日引っ越すことになったの。」 「あ、そうなんだ。お手伝いに行くw」 「本当?うれしい!ザカリアスさんも手伝ってくれるって言うからきっと早く終わると思うわ。」 「え?ザカリアスさんって…お兄ちゃんとよく一緒に仕事してる人よね?ね、クラウディア、どういう関係なの?まさか、恋人?」 「違うわ、事務所の先輩で私を妹のように扱ってくれる、本当に兄のような人よ。ちょっとそそっかしいけど、すごくまっすぐな人なの。」 「そうなんだ。じゃあお兄ちゃんも呼んじゃおう。男の人が沢山いたほうが良いでしょ?」 「え?そんなに荷物ないし、それにお礼が大変そうだわ。」 「大丈夫、手料理のひとつも食べさせれば黙って言うことを聞かせるわ。」 「え?だってジョセフさんお仕事かもしれないでしょ?」 「ザカリアスさんから引越しの日取りを聞いたときにあけておいてってお願いしたんだけどなぁ。車出してくれると良いんだけど…。」 「ベルンハルトの学生寮に車をつけて良いものかなぁ?先生に聞いておこう。」 「それで、クラウディアはどこに住むの?」 「うん、この間ティモシーたちと決めてきたんだけど、大学から10分ぐらいのところにあるアパートよ。だけど、ぱっと見た目はホテルみたいなの。」 「セキュリティーは?変な奴に追いかけられたりしたら?」 「ティモシーもそれを心配して、入り口に管理人が居るところにしたの。まるでホテルのクロークみたいなシステムなの。」 「うわ、高そう。」 「まあ、一応お仕事していますから…でも次のアパートでは食堂なんてものがないからお料理作らないといけないわね。」 「うん、うん!」 「そうと決まったら、お料理の本とお道具と食器とかも買わなくっちゃ。」 「そうだね、お料理上手の女の子って家庭的って思うもの、あなたの魅力もアップするわ。クラウディアならきっとすぐに美味しくできるようになるわ。食器は5枚ね。」 「え?なぜ?」 「だって、私たち4人分とスペアで1枚の5枚でしょ?だいたい5枚一組で売ってるし…。」 「もう、エリスったら、私のお部屋でご飯食べるの大前提なのね?それじゃ、張り切らなきゃ。」 「きゃー!じゃあデパートに行こう!荷物もち呼ばないと。」 「引越しの日に全部出来るわよ。どれだけ荷物があると思っているの?」  たわいも無い話をしながらも、クラウディアは不思議と明日のことが楽しみで仕方がなかった。  翌日、本当にエリスはジョセフを引きずり込んでクラウディアのいる学生寮へとやってきた。 「はぁ〜い、クラウディア。荷物持ち引っ張ってきたわよ。」  エリスの声に学生達が顔を出すと、皆かおなじみになっていたので挨拶をし始める。 「あ、エリスさん、先輩おはようございます。」 「今日は姫の退寮の日ですか…寂しいです。」 「えー、カートライト先輩が来たら僕達が姫にいいところを見せられないじゃないですか!」 「なんだ?お前たち、俺が邪魔なら帰るぞ。」 「男子、おーぼーだわよ!だいたい寮長の許可がないと女子の部屋に入れないでしょ?!」 「え?そうなん?」  カートライトの後ろから黒髪の男が顔を出す。 「あ、ザカリアスさん。ありがとうございます。」  兄貴分の顔を見て安心したのかクラウディアが笑顔を向けると、エリスがほっぺを膨らませる。 「クーラーウーディーア、ひどーい。私たちも居るのよ〜!」 「ごめんなさい、エリス。寮長の許可は取ってあるので今日だけは中にどうぞ。」 「引越しだからな、流石にお固いベルンハルトでも手伝いする男手は断らないか。」 「うーん、それもあるけど…ジョセフさんとエリスとザカリアスさんだって言ったら、身元のしっかりしているモデルとここの元寮生で卒業生とその妹さんならOKだって。」 「え?兄さん、ここに住んでたの?」 「お前知らないのか?ベルンハルトは全寮制だぞ。いくら家が近くても入学したら全員寮生活をさせられるんだ。しかも学年順位で入寮先がきまる。第三学生寮は各学年のトップクラスの集まる寮だ。なにしろ一番環境が良くて校舎も図書館も食堂も近いのがここだ。その辺は先生も考慮してるんだろうな。」 「そ…そりゃ怖い学校だ。」 「じゃあ、この寮のみんなもヘーゲンドルフに行くの?」 「「「はい!もちろんです!」」」  顔を出した学生のほとんどがうなづいて返事をする。 「うっわー、さすが超進学校っていうかこぇぇ学校。」 「えへ、私もそれを聞いてうれしいと思ったわ。またみんなと会えるんだもん。」  クラウディアが学友たちに飛びっきりの笑顔を見せるとみんなも笑顔になる。 「はい!姫とキャンパスで会えることを楽しみにしています!」 「あんた理学部でしょ?私は経済だから同じ単位があるから教室でもあえるわ!」 「ばぁろぉ!俺だって外国語とかなら一緒になれる!」 「私、クラウディアと一緒の人文学部なの!」 「えー、ステファニーも?!うれしい!!」 「姫!俺、医学部だけど…姫と一緒にいたい!!」 「クラウディア先輩!絶対追いかけていきますからヘーゲンドルフで待っててください!」  学生達がそれぞれはしゃぎながらクラウディアの退寮を手伝い始める。そこに寮長で先生のプーゲンハーゲンがやってきた。 「フォフォフォ…にぎやかだと思ったらストライフとその一行か。おお、カートライト。久しぶりだな。」 「プーゲンハーゲン先生、お元気そうで何よりです。ここは全然変わってないですね。」 「そうだな、おまえの退寮の時もこんな感じだったな。」 「ええ、仲間意識が強い良い寮でした。」 「ほれ、早くいってやらないと、うちのお姫様は人気があるんだから、運ぶ荷物何もなくなるぞ。」 「あはははは…。それは楽でいいや。」 「もーう、お兄ちゃんったら!」 「今は好きにさせてあげるんだ、向こうに行ったらあの子たちは手伝えなくなるんだからな。」 「あ、そうか…お兄ちゃん、さすがだわ。」 「彼女にも良い思い出になるよ、きっとね。」  優しげな瞳で学友たちと明るく動くクラウディアを見る兄にエリスはぼそっとつぶやいた。 「そんなに好きなら早く好きだって言っちゃえば良いのに。」 「な?!」 「すんごい大切なものを見るような目でそんな事いわれたらいやでもわかるわ。」 「……。お前が怖いって本当に思ったよ。」 「大丈夫、彼女なら。うん、大丈夫よ。」 「変な自信だな」 「えへへ…。だって、クラウディアだもん。」 (やっとあなたの片翼をみつけたんだね…。)  エリスは前世の記憶をほんの少しだけ少し持っていた。  ごくまれにちらりとよみがえる前世の記憶には、兄とクラウディアに良く似た男の人がたまに出てきた。  エリスの夢は二人がお互いを追いかけているような夢であまり具体的なものではなかった。時折、黒髪の男の人も加わってじゃれるようにしている姿に「ああ、いい関係だったんだな…。」と思っていたものであったが、そんなある日兄がモデルとして出ていたから買った雑誌に夢に出てくる男の人そっくりのモデルと読者モデルの美少女がいたのでびっくりしたものであった。 (これって、やっぱり運命だとおもうの。だからお兄ちゃんが他の女の人と一緒になる時は邪魔してたんだよ。)  今の兄は以前よりも力強く輝いていて、まぶしいばかりである。そしてその輝きに負けないほどの輝きを持っているのが今のクラウディアであった。