「ねぇ、クラウド君。ミッドガル・デパートでスィーツ・フェスタやってるの、知ってた?」
「え?スィーツ・フェスタ?どこの店が出ているか知ってる?」
エアリスからかかってきた電話にクラウドは嬉々として答えていた。
「んーとね、ル・パティシエ・アデナウワーは当然として、パティスリー・ブランジェリでしょ、ミッドガル1番街ガトー・ミリオ、カームのファーマーズ・ファクトリーも出店するんだって。」
「ええ?!ガトー・ミリオ?!あそこのフランボワーズ・ケーキ食べたかったんだ!」
「うふっ、イート・インもあるの。だから…ね!」
「うん!行く、行くよ。」
ごく普通のエアリスからのお誘いであった。
しかし、甘いケーキを求めていった先には…甘いことは起こらなかった。
カウンター 77777 記念 ー 甘いものはお好き? −
夕食後のゆったりした時間にかかってきた電話に、クラウドの瞳はきらきらと輝いている。話の内容からするとまた甘いものを食べに行く話をエアリスとしているのであろう。
その瞳が自分に向けられていないのを少し残念に思いながらも、セフィロスは愛しい少年が喜んでいるのを見つめていた。
クラウドは甘いものが大好きである。
いつだったか忘れたが、ホテルのケーキバイキングで、いくら小さいとはいえ25個もケーキを食べたのは、隣で見ていても胸やけがするほどであった。
それでも好きなものを食べているキラキラした瞳をずっと見つめているのをやめられなかったセフィロスだったが、さすがにデパートのスィーツ・フェスタともなると人が多くてかなわない。そんなところに彼が行くと大騒ぎになるからなるべく行きたくはなかった。
電話を終えたのかクラウドが上目づかいで聞いてくる。
「あの…ね、セフィロス。今度の日曜日だけど…エアリスとミッドガルデパートに出かけていいかな?」
「あまり混雑したところには行きたくはないが?」
「うん、俺だけで行くよ。」
二コリと笑顔で言われるとダメとは言えない。もっともミッドガル・デパートはその安全性や保安性から言っても十分な場所である故、セフィロスも首を縦に振った。
「ああ、行っておいで。だがな、お土産と称してケーキを山ほど買ってくるのではないぞ。」
「大丈夫、俺が食べる分しか買ってこないから!」
「しかし、どう考えても女性ばかりの場所にしか思えないが?そんなところに行くのか?」
「うん!ミッシェルにも電話して3人で行こうって。でも…俺女装だって。」
「それは仕方がなかろう?少年の姿よりは少女の方が似合いそうな場所だからな。」
「それもあるけど、ミッシェルの趣味だって。衣装も用意するからって…さ。も〜〜う、あいつ俺のことなんだと思ってんだろう?」
「クックック…、可愛い妹か体のいい着せ替え人形だと思っているのであろうな。」
クラウディアのスタイリストでメイク担当者であるミッシェルは、仲良くなるにつれてクラウドの私服にまで口を出すようになってきていた。もっともクラウドはセフィロスとともに公の場所に出かけるためには女装せねばならないので、それはそれでありがたいとは思っていたのであるが、最近ではいつのまにか姉のようにふるまい、”妹”が泣くようなことがあろうものならば、泣かせた相手がたとえ英雄といえども刃向かっていこうとすることもある。
セフィロスの言ったことが的を得ていたのか、クラウドはブチブチいながらもシャワーを浴びに行った。
■ ■ ■
約束の日曜日はあっという間に来た。
待ち合わせ場所は、8番街のエアリスの家だった。クラウドが訪れると、すでにミッシェルはパステルピンクのワンピースとメイク道具一式を持参してエアリスとお茶を飲んでいた。
「クラウド君、おはよう!いい天気ね。」
「ご機嫌だね、ミッシェル。」
「そりゃもう!可愛い妹と一緒においしいケーキが食べられるんだもん、最高の気分よ!」
「俺は最悪の気分…」
「え〜、なんで?この間電話した時は喜んでいたでしょ?」
エアリスに笑顔で聞かれるとクラウドはすぐさまミッシェルの持っているものを指さした。
「女装ってのが最悪なの。今回は場所が場所だから仕方がないけどさぁ、ミッシェルったらやたら俺にベビーピンクとかパステルピンクとか、ピンクばかり着せるんだもん。」
「あら、じゃあなに?白のウェディングドレスも仕事に入れていいの?」
「ったく…何考えてるんだよ、俺男だよ。だいたい一度着てるし!」
「似あうんだからいいじゃない、そう何回も着られるものじゃないわよ。着て似合ううちが花!」
「あー!もう早く着替えないと、今日は最終日だから早くいかないとおいしい店のケーキは売り切れちゃうわよ!」
時計を指さしてエアリスが言うので、クラウドも衣装よりケーキのほうが重要なのかしぶしぶと着替える。ミシェルがいつもとはちょっと違い短いが三つ編みにやわらかめのメイクと顔立ちごまかすための黒縁ダテメガネをかけさせると、二人でクラウドの両腕を抱えて家を出る。
「ママ、行ってきます!」
「はいはい、いってらっしゃい。あまり欲張らないようにね。」
「わかりませーん、ケーキの種類次第でーす!」
大喜びの二人に挟まれて「まあ、いいか…」などとあきらめつつも、クラウドは腕のおしゃれなバングルに、ひそかにマテリアを2つはめ込んでいたのを確認して、駅に続く道を歩きはじめた。
電車に乗っても黒縁メガネがあまりにも印象に強すぎるのか、だれもスーパーモデルが一緒に乗っているというのに振り向きもしない。
そうなるとクラウドも次第に大胆になってきて、エアリスやミッシェルとケーキフェアでどこを回るか、あらかじめホームページからプリントしておいた配置図をみてキャーキャー騒ぎだした。
「ムッシュ・アデナウワーのモンブランはいつでも食べられるから後回しでいいでしょ?ミシェル。」
「えー!ひーどーいー!そりゃあなたはいつでも食べられるかもしれないけど…あそこ高いからなかなか入れないのよ!」
「そうよねー、妹のあなたが一番お小遣いを持っているんだから、今度ミッドガル・デパートの15Fにジュノン風のアフタヌーン・ティーを出す店があるから、おごってもらいましょうよ。」
「あ、それいい!賛成!!」
「も〜う、二人とも…いつの間にそんなに仲良くなったの?」
すねるクラウドにエアリスとミッシェルは顔を見合わせてからニコッと微笑んで答えた。
「だ〜〜って、私たちあなたの姉だもん。ねーーー!」
エアリス一人、ミッシェル一人だけでもクラウドを妹扱いする時は手ごわいというのに、二人束になってかかられてはたまったものではない。通り名を聞けば反抗勢力ですら恐れるというソルジャーである彼だが、両手をあげて降参という形に陥ってしまうのであった。
(でも…こういうのも悪くないかも…)
そんなこと思いつつクラウドは二人に従ってミッドガルデパート間近の駅に降り立った。
正面玄関には何度かイベントに来た為に見知った顔の店員がお辞儀をして迎えてくれたが、まったくモデルのクラウディアとはわかっていないようだった。
そのまま真っ直ぐエレベーターに乗ってスィーツフェスタが開かれている階へと直行する。一緒に乗り合わせた女性のほとんどは同じ目的を持っていたようであった。
エレベーターが開くとミッシェルとエアリスがクラウドの両腕を抱えて目的のケーキショップへと駆け出して行った。
■ ■ ■
クラウド達がミッドガルデパートに入っていくちょっと前、ちょうどデパートの裏口の物陰でごそごそと何かやっている人たちがいた。
「おい、本当に手引きしてくれるはずなんだろうな。」
「ああ、ミッドガル・デパートはアルバイトですら身分証明がいるのだが…今回だけは別だ。デパートの企画で入った店にアルバイトで入っていたからノーチェックだったそうだ。」
「なるほど、日頃の身の隠し方が功を奏したってことか…」
「とにかくこんなチャンスはない。われらの言い分を聞いてもらうためにもミッドガルデパートを占拠する!」
不穏な空気をまとっていた連中は反抗勢力の一部のようであった。
しばらくその場に身を潜めていると、裏口がひっそりと開き、中からどこかのケーキショップの制服に身を包んだ男が顔をのぞかせた。
周りを見渡し、目的の男を見つけると合図を送る。その合図を見て反抗勢力のリーダーが声をかけた。
「よし、行くぞ!」
足音を忍ばせて反抗勢力の男たちがひそかにミッドガルデパートの裏口から中に入り込んでいった。
■ ■ ■
「やったー!ガトー・ミリオのフランボワーズ・ケーキ!」
満面の笑みでクラウドはケーキにフォークを突き立てていた。
そんな様子が可愛らしいのか、エアリスとミッシェルが顔を見合わせてクスリとほほ笑む。
ごく普通の…いや、いささか騒ぎ気味の女の子3人組だったが、周りもそれなりに騒がしいため全く気にならない。
フロア全体が女の子の熱気で満ち溢れていたのであった。
そこへいささか場違いな男たちが裏口より現れた。
視野の隅にどこかで見た覚えのある男が横切ったため、先ほどまで笑顔でしゃべりまくっていたクラウドがいきなり黙り込み、隣にいるエアリスとミッシェルに耳打ちした。
「エアリス、ミッシェル、そのままで聞いて。今さっきミッドガルでも危険な反抗勢力の一員を見かけた。それと知られないうちにそっとデパートから出るんだ。」
「え?」
「早く!」
二人の手を取ってクラウドがエレベーターへと歩いて行き、中に押し込めるように入れる。
「クラウド君…」
「大丈夫、俺はなんちゃってソルジャーだから…」
青い顔をするエアリスとミッシェルに左腕にはまっているバングルを見せると、そこの中にマテリアの輝きを確認する。
「いいね、外に出たらあの人に連絡を…」
「わかった、でも無理しないでね。」
目の輝きが先ほどまでと違い冷淡で鋭くなっている。こういうときは何を言っても無駄と悟っているエアリスがうなずくと扉のスイッチを押した。エレベーターの扉が閉まり二人はフロアから去っていった。
クラウドは再びイートインテーブルへと戻ると周りの様子を確認する。
かなりの混雑の中、ケーキを物色することもなく、ただうろうろしているだけの男の数を、店の配置を見るふりをして確認していた。
(3…、5…、7,8,9…10人か、ちっ!この人数を人質に取られたらどう動けばいい?!)
ふと壁際を見ると、非常ベルが設置されていた。
作動中の電気を確認すると、クラウドがそっとバングルを口元に持って行き、こっそりとトラインの魔法をかけた。とたんに非常ベルが動き出してフロア中に大音量をばらまきだした。
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