ふいに非常ベルがフロア中に鳴り響いた。

ジリリリリリリリリリ

「キャーーーー!」
 女の子達がいっせいに頭を抱えて逃げ惑うと、店員が首をかしげながらも逃げ惑う客を誘導していった。
 フロアマネージャーなのか、店員がインカムでアナウンスを入れる。
「本日はミッドガルデパートにご来店くださいましてありがとうございます。ただ今非常ベルが鳴ったため、確認のために特別展示場を一旦閉めさせていただきます。スィーツフェスタを目的にご来店くださったお客様にはご迷惑をおかけいたしますが、なにとぞご理解くださいませ。」
 客の大半がぶつぶつ言いながらも仕方がないとフロアからいなくなっていく。すると目的が達成できない反抗勢力の連中があわてだした。
「おい、このままでは客を人質にとれないぞ。」
「まずいな、仕方がない、出るぞ!」
 かなり人が少なくなったところにマシンガンを抱えた10人ぐらいの男たちが現れる。いきなり目の前にマシンガンを見た女性客が悲鳴を上げた。
「キャーーーー!!」
 まだ残っている女の子達の金切り声が聞こえてきた。
 クラウドが声に反応して駆けつける。
「やい。静かにしやがれ!俺たちは「ミッドガル・イーグル」という反抗勢力だ!おとなしくしねぇとマシンガンをぶっぱなずぞ!」
 先ほどまでインカムで話していたフロア主任らしい男が一歩前に出る。
「我々店員が人質になりますから、どうかお客様を解放してください。」
「残念だが店員だけじゃダメだ。どうしても客の人質がいる。」
 反抗勢力のリーダーがかぶりを振った時、凛とした声がフロアに響き渡った。
「ならば…私だけでいいでしょう?!」
 声の主は黒縁メガネで三つ編みおさげ髪のごく普通の女の子だった。
「わらわせらぁ…お前みたいなやつ一人で何が取引できる。」
 リーダーがげらげら笑っているのを受け流し、目の前の少女が三つ編みを解くと、ちょっとはねた金髪がふわりと広がった。黒縁メガネをはずしながらほほ笑んだ笑顔は、すぐ横の柱に張ってあるポスターと一致した。
「私の名はクラウディア、職業はモデルです。それでもご不満ですか?」
 噂に高いスーパーモデルで、天使の笑みを持つ少女がそこに立っていた。

 その場にいた全員の視線がクラウディアに集まっていた。
「人質は私だけで十分でしょ?一般のお客さんを解放しなさい!」
 凛とした態度はとてもではないがモデルには見えない。しかしクラウディアという女性は英雄セフィロスの隣に立っていれば清楚で可愛らしいが、彼に仇なす者があれば容赦がないという噂である。
 反抗勢力とてその噂を知っているが為、目の前の女装したクラスAソルジャーをたやすく信じた。
「いいだろう。お前さえいれば銀鬼は手足が出ない。俺たちの思い通りに行く。」
 フロアマネージャーがあわててクラウディアの隣に寄ろうとした。
「クラウディア様、危険です。」
「大丈夫です、彼らは私を殺せません。だって…私を殺した後の方が彼らにとっては地獄ですもの…」
 美少女がにっこり笑って言うセリフではない。しかし、その一言が目の前の華奢な女の子が英雄と呼ばれる男の婚約者で同棲相手であることを思い出させた。
 反抗勢力のリーダーが青くなる。
 それを知っていても、あくまでもわからないふりをしてクラウディアは小首を傾げる。
「でも…おかしいですわね。神羅カンパニーは魔晄の力を封印しようと努力しているというのに…、あなたたちの言う星の力をそのままにしようとしているのに…なぜこんなことをするんですの?」
 クラウディアの言う通りである。
 そのおかげで反抗勢力の中でも最大組織である「ミッドガル・フロンティア」はリーダーのダインの一言で解散してしまったのである。今ではミッドガル郊外を耕して農地を作り始めてもいる。
 ダインの一派が解散したあとは、反抗勢力も反抗することが、魔晄の力を封印する神羅カンパニーの邪魔をすることになるので、かえって逆効果であったのか徐々に活動を停止していたのであった。
 ところが、反抗勢力の数は減ってはいたが、居なくなったわけではない。中には何かに反抗するために組織に属しているものもいたのであった。
「うるさい!ともかく俺たちの言い分を聞いてもらわねえと気が済まないんだ!」
 反抗勢力のリーダーは床めがけてマシンガンを乱射した。


■ ■ ■



 特設会場にマシンガンの音が響いていた頃、ミッドガル・デパートの入り口前でエアリスとミッシェルはちょっと蒼い顔をして立っていた。
 やがて軍用トラックが横付けされて、中から紺色のスーツを着た一団が降り立った。
 いつもは黒髪を後ろに流して逆立てている青年が、珍しく7・3別けに髪型をセットしているのを見て思わず待っていた二人が噴き出した。
「ぷっ…ザ、ザックス。すごぉく似合っていないわよ。」
「おまけになぁに?後ろのみんなもまるで借りてきたスーツね。」
 二人の目の前には神羅カンパニーの精鋭ぞろいで最前線を担当する第13独立小隊の隊員たちが勢ぞろいをしていたのであった。
 その場のリーダーを任されていたのかザックスがミッシェルに話しかける。
「俺達が似合っていないのは認めるが、その前に確認だ。中はどうなっている?」
「わからないわ、私達がエレベーターに乗ってしばらくすると非常ベルが鳴ったの。そのおかげで大半の人は店から出ることができたとは思うけど…」
「あいつが機転を利かせているんだな。よっしゃ、わかった!あとは俺たちに任せてくれ。おい!ジャン、二人を守ってバリケードまで下がってくれ。」
「アイ・サー!」
 呼ばれた隊員に連れて行かれようとするとき、ミッシェルは手元にあったカバンをいきなり開け出した。
「その前にやることがあるわ。君たちは一流デパートマンに見られないと意味がないんでしょ?ならばおとなしくしていなさい。」
 そう言ってミッシェルがザックスを捕まえたと思うと、ヘアワックスで固めた髪型をリムーバーで戻し、ささっと清潔そうな髪型に整える。その横を隊員たちが通ろうとした時、エアリスが両手を広げて邪魔をした。
 リックが厳しい目で睨みつけようとするが、彼女だって何度も英雄の睨みつけるまなざしを浴びている。平然とした態度できっぱりと言い切った。
「あなたたちがデパートマンに見えるようにミッシェルが変えてくれるって言うのよ。プロのスタイリストに任せないでどうやってその姿でクラウディアを助けようって言うの?!」
 エアリスの声にニヤニヤしながらジョニーが答えた。
「ま、せいぜい綺麗にされて来いよ。悪いけど、俺は先に行くぜ。いいよな、ミッシェル?」
「ああ、君か。流石お坊ちゃまね、手を入れる必要がないわ。言っておくけど、うちのモデルに怪我させたら、ただじゃおかないからね。」
「ああ、じゃあ先に行くぜ!」
 人の流れに逆らってジョニーがデパートの中へとはいって行った。その背中を見送ると隊員たちは仕方なく一列に並ぶ。エアリスはふと気が付いて、身支度を終えたザックスにたずねた。
「ね、あの人は?」
「ああ、あいつにはあいつにしかできないことがあるんだよ。」
 そう言って天空を指さす。するとどこかからヘリコプターのローターの音が聞こえてくる。
 その音を聞いてエアリスが蒼い顔をするのをザックスが笑い飛ばす。
「大丈夫、今回あいつは動けないふりをしている役。そう言うのも必要なんよ。で、クラウディアは何階にいるんだ?」
「15階よ、特設ブースがあるの。」
「オッケー、じゃ行ってくるよん!」
 ザックスがジョニーの後を追うように人込みをかき分けてデパートの中に入っていった。


■ ■ ■



 非常階段を駆け上ってジョニーが15階にある特設ブースへとたどり着いた。
 そっと気配を消してショップの陰から近寄ると、火薬のにおいが漂っている。しかしケガをしている人は誰もいないようである。少し安堵したところで再びフロアを覗こうとした時…
「どうやらけが人はいないようだな。」
 行きなり聞こえてきた声に振り向き隣を見ると、さっきまでの7・3別けよりは幾分まともなデパートマン風になったザックスがそこにいた。
「さて、どうします?副主任。」
「思ったよりも人数が残っているな。って、待てよ…女の子が一団、出ていくぞ。」
 フロア主任の指示で店員二人に案内されて数十人の女性がフロアから出て行こうとすると、その後ろから声がかかる。
「おい、店員!貴様たちは戻ってくるんだぞ!」
 その言葉を聞いてザックスとジョニーは顔を見合せ裏からそっと出て行こうとする人たちの正面に回った。そしてあわてて駆け込んできたふりをして店員に話しかける。
「非常ベルはこのフロアか?確認は終わったのか?」
「え?」
 見知らぬ男2人に声をかけられてびっくりするが、よく見れば一人は上得意様のご子息で彼の職業まで知っている。店員はすぐに彼らの行動の真の意味を悟り答えた。
「いえ、まだ中に100名近い女性と10名の男性、そしてショップのスタッフと店員が数人残っています。」
「もうすぐ他の店員たちも応援に駆けつけてくる、お客様はいったん避難させて安全確認だろ?」
「はい、ではお客様を安全な所までご案内いたします。」
「お願いします、私たちはほかのお客様をお守りします。」
 店員が二人の男たちに軽く会釈をして客を誘導していった。
 こうして店員と入れ替わったザックスとジョニーがフロア主任のもとへと駆けつけると、驚いたことに彼はクラウディアと一緒にゲスト・パティシエの一人にケーキと紅茶でもてなされていた。
「いかがです?レディ・クラウディア。」
「うふっ。すっごく美味しいです。さっき帰っちゃった友達にも食べさせてあげたかったわ。」
 真っ青な顔をしているフロア主任とは対照的に、ケーキを平気でぱくついてニコニコと笑っているのはさすがとしか言えない。その場にいる全員と顔見知りであるジョニーがさりげなく近づいていく。
「ムッシュ・アデナウワー、レディ・クラウディア…いったい何をなさっていらっしゃるのですか?非常ベルが鳴っています、恐れ入りますがいったん安全確認のため建物から外に出ていただけませんか?タイニー主任も…なぜ一緒になって?」
 声をかけられたフロア主任は目の前のスーツの男を見て一瞬目を丸くしたが、よく知る男だったので笑顔を取り戻し、彼に指示を出した。
「私はここに最後まで残らねばならない。先にあちらのお客様を誘導してくれ。」
「了解しました、しかしクラウディア様は?」
「いやよ!私も最後まで残ります!だーーって目の前にこんなにおいしそうなケーキがたーーーくさんあるのよ。」
 つん!と横を向いたしぐさは間違いなくモデルである。ジョニーは苦笑しながら後ろにいる仲間に合図をした。
 いつの間にかそこには、第13独立小隊の面々がそろいつつあった。
 クラウドはそのメンツを確認し軽くうなずくとフロア主任とゲスト・パティシエをどうやって解放しようかと思考をめぐらせていた。