峠の小道を一人の男が歩いていた。
銀色の長い髪を風になびかせ、隙だらけのようで全く隙のない立ち居振る舞いは、その男の剣の腕を物語っていた。
サイト運営7周年突入記念作品 ー 想いのゆくえ ー
峠の小道を一人の少年が駆け下りてきた。
自由奔放にはねた金髪に空の青を切り取ったような瞳、白磁のような肌に桜色の唇、まだあどけない顔立ちは、少年と言うよりも少女のようであった。
その少年が勢いを付けたまま、坂を転げ落ちるように駆け下りていた。
(勢いが付いていると言うよりも、転げ落ちているという方が正しいな。)
このままではいずれ少年は道を踏み外して崖を転げ落ちるであろう。そう考えた男は、少年を追いかけるように駆けだした。
「わわわわ!」
やはり勢いを殺せずに、少年が道を踏み外したようであった。あっという間に目の前から姿を消した少年を、青年がすかさず助け上げた。
「大丈夫か?」
「あ、ありがとうございます。……うっ!」
地に足を付けた途端、少年の顔が苦痛にゆがんだ。どうやら足をくじいているようであった。その時通りすがりの人が声をかけた。
「なんでぇ、鍛冶屋のザンカンの所のクラ坊じゃねえか。またドジ踏んじまったのか?」
男は声をかけた人の良さそうな男に問いかけた。
「その鍛冶屋は遠いのか?」
「ん〜、ここから北に小一時間といったところか。あのオヤジ、なぜか人里離れた所にぽつんと住んでいるからなぁ。あ、まさか足をくじいているのか?」
「どうやらそのようだ。」
「へ、平気で……うっ。」
少年が立ち上がろうとしたのであるが、やはり足が痛くてまともに立てなかったようである。人の良さそうな男が目の前の青年に話しかけた。
「兄ちゃん、おまえさん旅の人だろ?この辺じゃあ見かけない顔だ。俺は今から南に行かないとダメなんだ、悪いが兄ちゃんがザンカンの所まで連れて行ってやってくれないか?」
「何故、俺が?」
「かぁ〜〜〜!!”袖すり合うも多生の縁”って言うじゃねえかよ!今から行けば一宿一飯ぐらいはタダでありつけるぜ。じゃあ、頼んだぜ!」
そう言うと人の良さそうな男は、あたふたと峠の小道を南へと走り去っていった。
「まったく、予定外だな。」
ため息混じりにつぶやくと、青年は目の前の少年を軽々とかかえ上げて歩き出した。
「ご、ごめんなさい。」
「喋るな、舌を噛むぞ。」
少年は抱え上げられてはじめて青年を間近に見た。日の光を集めたような銀色の長い髪、神が作り上げたとしか言いようのない秀麗な顔立ちに、凜と輝く翡翠色の瞳はまっすぐ前だけを見つめている。
(かっこいい人だなぁ……、こんなに素的な人がこの世界にいたんだ。)
少年は自分を抱きかかえている青年に思わず見ほれていた。
* * *
北に小一時間あるくと粗末な小屋が見えてきた。
どうやらその小屋が腕の中の少年の住処のようであった。そのまま歩み寄ると、まるで人が訪れたのを悟ったかのごとく、扉が開いた。
「ようこそ、旅の方。クラウドが世話になったようですな。」
「貴方がザンカン殿か?」
「はい。粗末ですが、どうか入って食事をなさってください。」
山間の鍛冶屋とは思えない風体の老人は、少年を抱いた男を何の疑いもなく招き入れた。
質素ではあるが暖かみのある室内の真ん中に炉が切ってあり、その中で鍋が温まっていた。
少年をその炉のすぐ脇におろすと、にこりと笑ってお辞儀をした。
「ありがとうございます、おかげで助かりました。僕の名はクラウドと申します。あ、あの。まだお名前をお聞きしていなかったのですが……。」
男親だけとはいえ、きちんとしつけられている少年に、男は名前を名乗った。
「セフィロスだ。」
そう言うとセフィロスはついっと立ち上がって、おもむろに外に通じる扉を開けようとしたので、クラウドがあわてて追いかけようとした。
「ま、待ってください!せめてお礼ぐらいさせてください。」
はいずるように追いかけたクラウドに、セフィロスではなくザンカンが答えた。
「クラウド、おまえのその足では2,3日の間は満足に歩けぬであろう?少し戻ったところに薬草が生えていた、セフィロス殿はそれを取って来ようとされただけだ。」
自分の行動を見抜かれてセフィロスが、ザンカンを一瞬鋭い目で見つめたが、ひょうひょうとした風体の老人は、ちらりと見返して意味深に含み笑いをしていた。
(この老人、ただ者ではないな。)
言われたとおり薬草を採りに行こうとしたのであったセフィロスだが、ザンカンに先を越されてしまい、再び炉の近くまで戻った。
常に何者にも干渉されなかったセフィロスであったが、今日ばかりは何故か干渉され続けていた、しかし不思議と違和感もなければ嫌悪感もない。
彼にしては珍しく自称鍛冶屋という老人のことを詮索し、目の前の少年になつかれてしまっていたのであった。そのせいか、言われたとおりにその日の宿を借りることになった。
質素であるが温かい食事が振る舞われ、当たり前のように少年に通ってきた街のことや手合わせをした人たちのこと、倒してきた害獣の事を聞かれるままに話していた。
気がつけば少年は自分の服の裾をつかみながら、居眠りを始めていた。
「ずいぶん懐かれてしまったようですな。クラウドが人に懐くなんてあまり無かったのだが…、あなた様はどうやら特別なようです。」
「人に懐かない?峠で通りすがりの男に”クラ坊”と呼ばれていたが?」
「ああ、それなら南の村に住むシドだな。あの男は人がよいので向こうから関わってきたのだ。」
「なるほど、貴殿がここに居を構えて見えるのは人目を避けるためか。」
「ふっ……。まあ、いろいろとありましてね。深く関わらないおつもりなら、理由は聞かないでください。」
「そのようだな。」
そう言うとセフィロスはクラウドをそっと寝床に横にして布団を掛けてやると、自分は炉の近くでごろりと横になろうとして、ふと顔を上げた。
「貴殿を見込んで頼みがある。自分の剣をたたき直してはいただけないであろうか?先日大きな熊と渡り合ったときに、刃こぼれしてしまって以来切れが悪いのです。」
「ええ、明日からやらせていただきます。」
「報酬は?」
「そうですね、クラウドに剣を少し教えてあげてください。貴方様の言葉ならクラウドも喜んで聞くことでしょう。」
「まったく、関わるなと言っておいてそれか?」
「ええ、貴方様に願い事をするには、一筋縄ではいかないことぐらい承知しています。」
(まったく……食えない親父だ。)
そう思いながらもセフィロスは、目の前の老人と少年に興味を持っている自分に少し驚いていた。鍛冶屋といいながらも、まるで一流の剣士と渡り合っているかのようなザンカンとのやりとりは、十分セフィロスを刺激していた。そして安心したようにぐっすりと眠る金髪碧眼の少年にも少しばかり興味があった。
(しばらく厄介になるか。)
腹をくくったセフィロスが炉のそばに横になると同時に、ザンカンが炉の炎を埋み火にして同じように横になった。
* * *
翌朝、まだ明け切っていない頃にセフィロスがふと気がつくと、自分のそばに昨日の少年がうずくまるようにして眠っていた。まるでひな鳥が親鳥にすり寄るかのような……暖かさを求めてのすりより方をされていたというのに、セフィロスは目が覚めるまで何も感じ取れなかった不覚を覚えた。
彼は常に戦闘能力のすべてを引き出せるだけの剣士であった。
それだけに自分の縄張りの中に他人が入ってきたら、たとえ睡眠中でも飛び起きて誰何をすることが出来る男であった。なぜこの少年が自分の懐近くまですり寄ってきている事を察することが出来なかったのが自分でも不思議であった。
少年の寝顔は安良かで、瞳を閉じているとまだあどけなさが残っている。自由奔放にはねた髪をくしゃりと撫でてやると、安心したかのように微笑んだ寝顔に目が釘付けになった。
(この少年の気配を気づかぬほど、俺は深く眠っていたのか……)
ふと身体を起き上がらせると、寝るときに置いた所に剣があった。
「う……うん……。」
セフィロスが身体を動かしたからか、クラウドが覚醒し始める。しかしまだ明け切っていないので、もう少し寝かせておいてやりたいと思い、再び身体を横たえて、ポンポンと軽くクラウドの身体を撫でてやると、少年は再び安らかな寝息を立て始めた。
しばらく添い寝をしているうちに、不覚にもセフィロスも再び寝入ってしまったようであった。気がつけば朝日が煌々と輝いていて、ザンカンがすでに食事の支度を終えていた。あわてて起き上がったセフィロスにザンカンは何事もなかったかのように話しかけた。
「旅のお疲れが出たのでしょう、ぐっすり休まれたようですな。」
話しかけられて、初めて人がそこにいたことに気がついたセフィロスが、困惑した顔をしていたのであろうか?ザンカンは含み笑いをしていた。
「何を驚いておられるのかな?」
「いえ、自分らしくないと……。」
「己の腕一つで生き抜いて来た者にとって、安息という物は蜂蜜のように甘い物です。しかし、慣れてしまうと二度と戻れなくなります。」
「まるで我が事のように言われますね。」
「なに、老人の戯言じゃて……。」
ごまかすように鍋の蓋を開けて中身を確認する老人に、ちらりと視線を投げかけたとき、クラウドがあわてて跳ね起きた。
「うわ!!寝坊しちゃった!!ごめんなさいお父さん。」
「これ、クラウド。客人にご挨拶を忘れているぞ。」
「あ、セフィロスさんおはようございます。」
満面の笑みというのがふさわしいクラウドの笑顔に、セフィロスが思わず笑みを浮かべると、はねた髪をくしゃりと撫でた。
「あー、セフィロスさん意地悪うーー!」
「は?!」
「だって、僕の髪をくしゃくしゃにした。」
青い目に涙混じりで見つめてくる少年に、思わずセフィロスは吹き出していた。
「くっ……くっくっく…。」
「あー!笑った!!もう本当に意地悪なんだから。」
「くっくっく……クラウド、おまえは本当に可愛いな。」
ぷんすか拗ねるクラウドが本当に可愛くて、セフィロスははねた金髪をひとしきりなで回すのであった。
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