朝食を取った後、クラウドが後片付けしているうちに、剣をザンカンに打ち直してもらう為に、鍛冶場へとセフィロスは出かけた。
すでにザンカンは火をおこして準備していたのか、セフィロスを待っていた。
「お願いできますか?」
「はい。」
剣を渡されたザンカンが鞘を払い刃をじっと見る。
「ずいぶん荒い使い方をされていますな。」
「貴殿ではないが、剣の腕のみで今まで生きてきたような物だからな。」
「ほお?ワシを鍛冶屋とは思わないと?」
「思えませんね、貴殿はきっと名のある武将に違いない。」
「ワシが名のある武将だったら、このような田舎にはいませんよ。」
話しながらもザンカンはセフィロスの剣を打つために、赤々と燃える火に剣を差し入れ剣を打ち始めた。
「クラウドに剣を教える約束、違わないでくださいませ。」
「二言はない。」
「そうですか、それは安心いたしまし……ゴフッゴホゴホッ!!」
突然ザンカンは真っ黒な血を吐いた。
「ザンカン殿!まさか胸を?!」
「ええ、この仕事をやっていると、どうしても金属片を吸ってしまうようで…ゴホッ!」
「今、薬草を探してきます。」
「辞めなされ、胸の病に効くような薬草はない。それよりも老人の戯言を聞いてはくださらぬか?」
セフィロスが黙ってうなずいたのを確認すると、ザンカンはぽつりぽつりと話し始めた。
今セフィロス達がいる国の名前はミッダーガルデン王国といい、老齢の国王夫妻が政を行っているように見えるが、その実は宰相のデューク・シンラとその長男ルーファウスが恐怖政治を取り仕切っていた。
今から15年前、国王夫妻に世継ぎが生まれたことで、デューク・シンラの目的が、そのお世継ぎを亡き者にして、自分の息子ルーファウスに、実権を継がせる事に変わったのであった。それを知った国王夫妻が、当時王宮警護隊長だった男に幼子を託して逃がしたのであった。
「まさか……貴殿がその警護隊長で、クラウドは王の……。」
「言ったではないか…老人の世迷い言と…ゴホッ!!」
世迷い言などではないという確信が、セフィロスのどこかにあった。
もしザンカンがただの鍛冶屋であれば、剣の打ち直しの代償にお金を要求すればよいことである。しかし金の代わりにクラウドの剣の相手を要求する理由があるとすれば、少年を剣のみで生きる世界に送り込むつもり…か、そうでなければ何か重要な理由があると踏んでいたのであった。
ザンカンから聞いた話は矛盾が一切無く、筋が通っていた。
だからセフィロスにとって、信ずるに値する話であったのだ。
「いつから吐血を?」
「かれこれ1年になります、ワシはもう長くないでしょう。しかしクラウドの将来を思うと…グフッ!!」
クラウドがたとえ王族でなくとも、あの華奢な少年が力仕事である鍛冶屋を継げるか?というと答えは見えている。ならば彼が生きていく道を探せるように、せめて剣の腕を高めておけば、セフィロスのように旅をしていても生きていける。
「だから俺に剣を教えろと?」
ザンカンはセフィロスの問いかけに答えずに、口元を腕でぬぐうと剣をたたき直すことに再び力を注ぎ始めた。
(まったく…、これでは最後まで面倒見ろと言われたような物だな。)
ため息混じりに小屋に戻ると、小屋の中でやっと立ち上がれるようになったクラウドが、心配そうな顔をしていた。
「よかった……剣も無くなっていたので、もう出立なさったかと…」
涙に濡れた蒼い瞳に思わず目が釘付けになった。
「剣を打ち直すのに時間がかかるそうだ。もう少し世話になる。」
泣かせたくない一心でセフィロスは思ってもいなかった言葉を口に出した、途端にクラウドの顔がぱあっと明るくなる。その顔はセフィロスの心の中まで照らすように明るかった。
「よかった……。」
何が良かったのかはわからない、しかしクラウドの笑顔はセフィロスにとって守りたい物となってしまったようであった。
小屋の壁をふと見ると剣が飾ってあった、セフィロスが吸い寄せられるように近づくと、その様子に気がついたクラウドが話しかけた。
「その剣ですか?父が言うには僕の守り刀だそうです。」
「見せてもらっても良いかな?」
「はい、僕にはどんな剣かわかりませんが、父がこれだけは売らずに時々刃を研いでいます。」
壁に掛かっていた剣を手に取ると、普通の剣よりは少し大きめなのか持ったときにずしりとしたが、あっという間に手になじんだ。鞘を抜き払うと両刃の剣が姿を現した。
両刃剣の腹の部分、柄の近くに何かの紋章のような物が掘ってある。
よくみると頭に王冠を抱いた翼の生えたライオンが盾を持っている。その紋章に見覚えのあったセフィロスが口元を引き締めた。
(やはり……。ミッダーガルデン王国の王家の紋章だ。)
ずっとセフィロスの行動を不思議そうな顔で見ていたクラウドを振り返って、緩やかな笑みを浮かべると、彼は剣を鞘に戻して再びあった場所へと飾った。
「この剣を使えるようにならねばいけないと、言われたことはないか?」
「はい、父は常に『この剣が使いこなせる剣士になれ。』と僕に言います。」
「そうであろうな…、この剣を使いこなせるようになれば一人前だ。」
「はい……、わかります。たまに父に教えてもらっていますが、凄く重くて……まめが出来ちゃうんです。」
「身体に余計な力が入っているからであろう。足が悪くとも型を見ることは出来る、この棒を持ってみろ。」
手近にあった樫の棒をクラウドに渡すと、まだあどけない顔をしていたはずの少年の顔が豹変した。下段に構える姿は年齢にふさわしくなく鍛えられた感じがする。
「父上にかなり絞られたようだな。型は良いがやはり力が入りすぎている。」
そう言うとセフィロスはクラウドの後ろに回り、あちこち手で触り始めた。
「まず肩に力が入りすぎているな、それから……」
セフィロスが力を入れるべき所、力を抜くところを説明するが、クラウドの耳には届いてはいなかった。
(ちょ……ちょっとやだ。なんで?!男の人に触られているのに……なんでこんなになっちゃうんだよ?!)
いつの間にか自分の下半身にあらぬ反応が起こっていて、その感覚にクラウドはとまどっていた。
クラウドが聞いていないことに気がついたセフィロスは、身体を触るのを辞めて正面に回ったが、少年は彼と視線を合わせることなくうつむいたままだった。
「どうした?クラウド。」
「い、いえ。ちょっと足がまだ痛くて…」
「そうだったのか、気がつかなくて済まない。」
翡翠色の瞳が、やや低いが通る声がクラウドの心を揺さぶる。
(ぼ、僕……一体どうしちゃったんだろう?)
セフィロスの視線が自分を見ている、身体が触れていると想うだけで心臓が跳ね上がるような気がする。そばにいると胸を鷲掴みにされたように息苦しいが、彼がいないとそれはそれで心の底に重たい石でも投げ入れられたように重苦しい。
生まれて初めての感覚にクラウドはどうして良いのかわからなかった。
セフィロスはクラウドが押し黙ってしまったため、薬草を採りに行こうと小屋を後にした。
峠道を10分ぐらい南に歩くと目的の野草が生えていた。
薬草を採っていると昨日すれ違った男が小道を降りてきた。
「お、昨日の兄ちゃんじゃねえか、やっぱザンカンっ所に厄介になったんだな。クラ坊の足はどうでい?」
「立ち上がれないほどではないが、まだ痛むようだ。」
「そっかぁ。後で寄るからなんか欲しい物があるか?」
「そうだな、クラウドに会っていってやってくれないか?」
「なんでぇ、ケンカでもしたのかよ。」
「俺にはわからんが、クラウドの様子が変なんだ。」
「ほぉ?まあ、クラ坊に会うのならお安いご用だ、まかせておけ。」
そう言うとシドは鍛冶屋のある方向へと足早に去っていった。
シドが小屋にはいるとクラウドが片隅でうずくまっていた。
「クラ坊、まだ足が痛いのか?」
「シドさん……違うんです。足の痛みはもうないんです、けど……」
「けど?なんでい?!」
クラウドは自分の中のもやもやとしたことをすべてシドに話し始めた。
「あのね、よくわからないんだけど……僕、セフィロスさんと一緒にいると変になっちゃうんだ。」
セフィロスがそばにいてくれると嬉しいけれど、近くにいすぎると心臓が破裂しそうになって何をやっていても理解できなくて…身体の中の血が変に駆けめぐっているのがわかるし、自分の身体が妙な反応をする。しかし彼がいないと寂しくて、一刻も早くそばに行きたいのだけど、そばに行ってなんて言って良いのかわからない。
シドは答えに困った。
ミッダーガルデン王国では同性愛を禁じてはいないが、あまり友好的な目では見られてはいない。
目の前で涙をこらえながら話す少年自身の理解できない感覚は、間違えなくあの旅の剣士に対する慕情である事ぐらい、シドにはすぐわかった。しかしクラウドの思いがほんの一時の憧れであるのか、どうかわからない。同時にあの剣士がクラウドのような少年を相手にするとも思えなかった、だからありきたりに答えた。
「クラ坊、おまえはあの旅の兄ちゃんに憧れているんだな。でも、あの兄ちゃんは旅の途中だ。今はここに厄介になっているのかもしれないが、いつかは出て行くんだぞ。」
「あっ……。」
セフィロスが旅の剣士であることをすでに忘れていたのか、シドに”いつかは出て行ってしまう”と言われてクラウドは真っ青になった。
(そ、そうだよ……セフィロスさんは旅の途中だったんだ。シドさんの言うとおりいつかは出て行ってしまうんだ。)
クラウドの蒼い瞳からぼろぼろと涙がこぼれ始めた。
「うひゃ!逃げろ!!」
やはりクラウドの涙には弱いのか、シドが取る物もとりあえず小屋から飛び出した所に、薬草を抱えてセフィロスが戻ってきた。
セフィロスの顔を見るとシドは片手を上げて声をかけた。
「おう、兄ちゃん。クラ坊は不治の病だ、兄ちゃんにしか治せねえよ!しっかりやんな!」
「不治の病?俺にしか治せないって……俺は医者でも呪術師でも何でもないのだがな。」
あわてて鍛冶場の方へ走っていくシドの後ろ姿を見送って、セフィロスが小屋にはいると、クラウドが泣きながら抱きついてきた。
「セフィロスさん……セフィロスさん!」
「どうした?クラウド。シドになにか意地悪なことでも言われたのか?」
「違います。僕、僕……セフィロスさんがどこかに行ってしまうと思うと……なぜか涙が出ちゃうんです。うっうっうっ……」
クラウドが自分に抱きつきながら涙ながらに訴えるのを聞いていると、セフィロスはまるで告白されているのを聞いているようであった。
(まったく……参ったな。)
まっすぐで自分だけを求めている瞳に思わず答えたくなってくる。
その時、シドがあわてて飛び込んできた
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