あわてて飛び込んできたシドがクラウドに叫んだ。
「クラ坊!ザンカンが!ザンカンが倒れた!!」
「え?!」
「何ぃ?!」
 セフィロスとクラウドが扉を開けて飛び出していくと、鍛冶場で剣を片手にザンカンが血を吐いて倒れていた。クラウドがあわてて抱き起こすが息すら絶え絶えであった。
「父さん!父さーーーん!!」
「ザンカン殿!」
 クラウドとセフィロスの声が聞こえたのか、ザンカンの瞳がうっすらと開いた。
「クラウ……ド…、強く……なるんだ…ぞ。セフィ……ロ……ス殿……、やく……そく…で……す……。クラウ……ドを……たの…み……ま…す。」
 セフィロスの剣を指さしてから、ザンカンはがくりと腕を落とした。
「父さん!!死んじゃ嫌だよ!!父さん!父さん!!」
 クラウドが泣き叫ぶが、ザンカンはすでに息絶えていた。
「こ……こいつはてえへんだ!!」
 そういうとシドは南に戻っていった。

 泣いてもわめいても、ザンカンはもう目を開けないと悟ったのか、クラウドが涙をぬぐった。
「すみません、セフィロスさん。父を動かすのを手伝っていただけますか?」
「ああ、とりあえず小屋へ運べばいいのか?」
「はい。」
 足をまだ引きずっているクラウド一人で、ザンカンの身体を動かすことは出来ない。セフィロスが軽く担ぎ上げると、ゆっくりと小屋へ移動する。
 ザンカンを横にしてもう一度鍛冶場に行き、とりあえず火を消し、落ちていた剣を拾い上げて鞘から抜いてみた。
「これは……凄い。」
 冷ややかな剣の光りが…波紋の形が、自分の剣がかなり良い剣になったことを告げていた。
「己が命と引き替えに……か。しかと承った。」
 セフィロスはそうつぶやくと剣を鞘に戻した。

 ザンカンの枕元でクラウドが必死になって泣くのを我慢していた。
 細い肩をふるわせてぎゅっと拳を握って泣くまいとがんばっている少年を見て、セフィロスは彼をゆっくりと抱きしめた。
「ザンカン殿はおまえになにか言い残してはいないか?」
「言い残す?」
「ああ、ザンカン殿は去年来から胸を患っていたらしい。彼の性格ならおまえに何かなすべき事を言いつけてあると思うのだが?」
 クラウドはセフィロスの言うことを聞いてからしばらく考え込んでいた。
「父は…剣の腕を上げたら…年に一度ミッダーガルデンの城下町で行われる武闘大会に出るようにと言っていました。」
「武闘大会?」
「はい、その武闘大会で優勝すれば、僕みたいな田舎の子供でも、王宮警護隊に取り上げてもらえるのだそうです。」
「なるほど…。で、その武闘大会はいつ開催されるのだ?」
「例年通りなら三ヶ月後の収穫が終わってからです。」
 収穫祭の一環として、武闘大会や国一番の美人を決めることは、よくあることであった。セフィロスは軽くうなずいてクラウドの頭をくしゃりと撫でた。
「ザンカン殿に頼まれた。おまえをその大会に出せるように教育してくれと……。俺の教えは厳しいぞ、付いてこられるか?」
「は、はい!あなた様が教えてくださるのでしたら、どんなに厳しくとも付いていきます!」
 父親が死んだばかりだというのに、クラウドはセフィロスがそばにいてくれることが嬉しくて、思わず微笑んでいた。そんなクラウドに、セフィロスも緩やかに微笑んでいた。

 その時、自分の住む街まで戻って、ザンカンが亡くなった事で人手を集めてもどってきたシドが扉を開けて息を呑んだ。
 銀髪の剣士と彼だけを見つめているクラウドの姿は、絶対神と愛でられた天使のように神々しく感じられた。まるで他の何者をも寄せ付けないようなその姿は、シドの引き連れてきた村人達すら思わずため息を漏らすほどであった。
 シドの連れてきた村人の協力でザンカンを弔った後、クラウドをどうするか話し合おうとして、セフィロスに遮られた。
「次の収穫祭での武闘大会にクラウドを出場させるように頼まれた。それだけは守りたい。」
「ってえ事はなんだ?クラ坊は剣士になりてえのか?」
「僕は見ての通りあまり力がありません、ですから父の後を継いで鍛冶屋を続けることは出来ません。しかし剣ならば少しは父に教えてもらって自信があります。それにセフィロスさんが教えてくださるのであれば…僕は剣の腕だけで生きていける様になれるかもしれません。」
 クラウドの凜とした姿勢は何事にも揺れない態度を示していた。
 シドは一度は頭を振ったが、村人はあまり関わりたがっていないようであったし、自分とて妻のシエラを養うだけで精一杯だったので、クラウドを連れて行くような余裕はない。
「クラ坊がそう言うのなら…仕方がないか。」
 そう言うと村のみんなを引き連れて戻っていった。


* * *



 次の日からセフィロスはクラウドに剣を教え始めた。
 ザンカンに教えられていたと言っていた通り、基礎どころか年齢にしてみればかなりの腕前である。やはり教えていた者に技量があったからだったのであろう。今更ながらセフィロスは、ザンカンがまだ存命中に手合わせをしておけば良かったと少し後悔していた。
 クラウドにとっては、毎日が充実した日々だった。
 朝起きると、セフィロスのために食事を作り、彼の指示を聞いて身体を鍛える。剣を巧く使えると柔らかく微笑みうなずくセフィロスが見たくて、クラウドは一生懸命がんばった。食べる物がなくなったら山に入って野ウサギを狩ったり、山鳩を弓で射ったりして、武術の基本をセフィロスから指導されながらのばしていった。
 蓄えてあった小麦でパンを作ったり、二人で……二人だけで暮らしていることが、クラウドはとても幸せだと感じていた。

 そんなある日、いつものようにセフィロスとクラウドが討ち合いの練習をしていると、一天にわかに曇り始め、あっというまに雨粒が落ちてきたと思うと稲光が光った。
「きゃああ!!」
 雷が怖いクラウドが剣を落として両耳を押さえる。
「剣を拾え、小屋まで走るぞ!」
 セフィロスに言われて剣を拾ったクラウドは、鳴り響いた稲妻の音に座り込んだ。
「やだーーーー!!雷こわいよーーー!」
 次第に雨が強くなってきていた、このままでは雨にずぶ濡れになって風邪を引いてしまう。セフィロスはクラウドを軽々と抱えて小屋まで走った。
 小屋から少し離れたところで練習していたので、戻った頃には全身ずぶ濡れになっていた。セフィロスが火を熾すと上着を脱ぎ去った、たくましい上半身が炎に照らし出されている。思わずクラウドが見ほれていると不意に声がかかった。
「何をやっている?服を脱いで乾かさないと風邪を引くぞ。」
「え?!」

(服を……脱ぐの?)

 自分の華奢な身体をさらしたくないクラウドは首を振るが、セフィロスはかまわず彼の上着をはぎ取った。
「ほら、ずぶ濡れだぞ。火の近くにいるんだ。」
 クラウドが返事をしようとしたとき、再び稲光が輝き雷鳴がとどろいた。怖さでクラウドは思わず目の前のたくましい身体に抱きついてしまった。
「いやーーー!!」
 ひとしきりしがみついたクラウドが顔を上げると、思った以上にセフィロスの顔が近くにあった。
「まったく、おまえは……わかっていてやっているのか?」
「え?何を?」
「クックック…まあよい。今宵はこれで我慢してやる。」
 そう言うとセフロスはクラウドの唇を軽くついばむようにキスをした。
 キスをされたクラウドは、これ以上開いたら瞳がこぼれ落ちそうなほどの大きな目をして、ぽかんとセフィロスを見ていたが、やっと感情が追いついてきたのか、一気に顔中が真っ赤になった。
(キ……キス……されたの?)
 人里離れた山奥に父親と二人だけで住んでいたため、クラウドには初恋どころか、女の子と言葉を交わすことすら経験したことがない。でも、セフィロスにキスされて何故か嬉しいと思ったのであった。

 再び雷が鳴り響いた。
「キャアーーーー!!!」
 クラウドが再びセフィロスにしがみつく。
「クラウド、いい加減にしないか。これでは何も出来ん。」
「だって……、怖いんだもん。ねえセフィロスさん、今日は一緒に寝てください。」
「はぁ?!おまえ、ザンカン殿に怒られなかったのか?」
「父さんは仕方ないってわらって……キャーーー!!」
「わかった、仕方がない。」
 苦笑をこらえながらセフィロスは炉の火を熾し、食事の支度を始めるが、クラウドは身体を丸めて耳をふさぎ縮こまっていた。
「まったく、世話が焼けるな。」
 セフィロスに笑われたと思ったのか、クラウドが真っ青な顔をしながらもやっと立ち上がり、食事の支度を手伝おうとする。しかし、やはり怖いのか身体がぶるぶると震えている。
「無理するな、怖いのであろう?」
「で、でも……。セフィロスさんはお客様だし…。」
「昼の残りを温めただけだ、もう出来ている。」
「は、はい。済みません。」
 クラウドはおとなしくセフィロスからスープを受け取ると、パンと一緒に食べ始める。
 外はまだ雷が鳴りやまなかった。
 食事を終えてもまだ雷が怖くてがたがた震えるクラウドを、仕方がないとばかりにセフィロスがぐいっと抱き寄せると、小脇に抱えたまま横になった。
「ほら、これなら怖くないだろう。」
 クラウドの目の前にたくましいセフィロスの上半身があった。
 雷への恐怖心は確かに消えたが、今度は心臓のどきどきが停まらなくなったクラウドはまともにセフィロスの顔が見られない。
(迷惑だよね…、それにこんなんじゃ……ずっとそばにいられない。)
「ん?どうした?」
「い、いいえ。何でもありません。」
 まるでごまかすようにぴったりと顔をくっつけると、セフィロスの心臓の音が聞こえてくる。不思議な物でその音を聞いていると、いつしかクラウドはすやすやと寝入ってしまったのであった。
 一方セフィロスは寝入ったクラウドの頬をひと撫ですると、軽くため息をついた。
「まったく、自覚がないとはいえ……俺を誘っているとしか思えんな。まあ雷が鳴るたびに楽しませてもらうか。」

 セフィロスはそうつぶやくと、もう一度クラウドの唇に軽くキスをして、華奢な身体を抱きしめたまま目をつぶった。

 しかし、クラウドはこの日以来、雷が鳴ってもセフィロスに抱きつくことはなかった。それは彼が、セフィロスに一人前の剣士と認めてもらえたら、一緒に旅に連れて行ってもらうことを考えていたためであった。
(一緒に旅をして……そしていつか、セフィロスさんにふさわしい男になるんだ!)
 少年の心はすでにセフィロスの元にあった。