ミッドガル8番街のブティックや、有名デパートがご指名する人気モデルがいた。
 彼女の名前はクラウディア、まだ16歳の美少女だが彼女のことはそれ以外何も知られては居なかった。


サイト運営7周年突入記念作品 ー 夢の途中 ー



 8番街の一角にクラウディアのモデル事務所があった。
 事務所の中でイスに座っている沈痛な面持ちの男はクラウディアの敏腕マネージャー、ティモシー・ルーサーであった。いつもとは違う表情に打ち合わせで入ってきたスタイリストのミッシェルが声をかける。
「どうしたの?ティモシー、なんか沈んでない?」
「ん?ああ、ミッシェルにも話しておかないと、な。これ…」
 そう言って手渡されたのは一枚のファックス用紙、首をかしげながらミッシェルが読むと急に顔色を変えた。
「ティモシー、これって脅迫文?」
「質の悪いいたずらだと思ってずっと対処していなかったんだが…今日、こんな物が送られてきたんだ。」
 ティモシーの指さした所にあったのは、カミソリと一人の少年の写真だった。
「マジ(本気)ね、こいつ。どうするの?」
「社長に相談したところ、取引先の神羅カンパニーの若社長に相談しろと言うんだ。」
「神羅カンパニー?あそこ電力会社でしょ?」
「ああ、ところが私設軍隊を持っているそうだ。ソルジャーって聞いたことがあるだろう?」
「え?ええ、英雄セフィロスのことでしょ?」
 一般人にとってソルジャーとは即セフィロスを指す言葉であった。ティモシーはそんなミッシェルの言葉にクスリと笑って説明した。
「ソルジャーは他にもたくさんいる、まあ代表するとしたらサー・セフィロスなんだろうけどね。私設軍隊の兵士の中からクラウディアを守ってくれそうな人を借りようか?と思っている。」
「それならば…いくつか条件があるわ。まず知ったことを外部に漏らさないこと。16歳の男の子を恋愛対象にしない人。」
「そうだな…そうでなければダメだな。」
 クラウディアとは金髪碧眼で白磁のような肌に桜色の唇、優しげな微笑みはまるで『天使の微笑み』とまで言われているスーパーモデルであった。
 ティモシーとミッシェルが暗い顔をして話し合っていると、裏口が開いてまだあどけない顔の少年が入ってきた。
「おはよう、ティモシーにミッシェル。あれ?どうしちゃったのかな?二人とも暗いよ。」
 ちょっと跳ねたハニーブロンドにこぼれんばかりの蒼い瞳、まだ幼さを残す丸みを帯びた頬、にこりと微笑む顔は傍にあったポスターの中の美少女と全く同じである。
 彼の名はクラウド・ストライフ。実は彼こそがスーパーモデルと名高いクラウディアなのであった。

 ニブルヘイムに住むごく普通の少年だったクラウドが、進学のためにミッドガルの街に出てきて、住むところを探していた時に、彼らの事務所の社長にその容姿を見いだされた。
 最初こそ少年としてモデルデビューさせたのであったが、ユニセックス物を取り扱うデザイナーのおかげで、少女向けの服も着ることがあったのである。その女装姿があまりにも綺麗だったおかげで、徐々にモデル依頼は少女としての物が多くなり、いつの間にか美少女モデルとして通用しはじめ、あっという間に人気が出たのであった。
 今や『世界の妖精』とまで呼ばれているモデルが、実は男の子であるということは契約相手こそ知ってはいるのであるが、世間は全く知らないはずであった。
「追々話すことになると思うが、ボディーガードを付けるかもしれないからね。」
「なんで?俺、ケンカ強いですよ。」
「フレアスカートを履いているときに襲われたら大変でしょ?」
「俺、気にしませんけど?見えたって減るモンじゃないし…。」
 クラウドののんきな答えに、ミッシェルががっくり肩を落とし、ティモシーは笑い転げる。ひとしきり笑った後に銀縁の眼鏡を右手でついっと上げて冷淡な笑顔を覗かせた。
「クラウド君。悪いけどこれも仕事だと思ってくれないか。ストーカーにねらわれているとなればニュースで取り上げられる、ただで宣伝してもらうような物だよ。」
「その間ずっと女の子の格好ですよね?嫌だなぁ。」
「良いじゃないの、もっとお仕事が増えるわよ。」
「うんもう…仕方がないなぁ。」
 渋々了承したクラウドの声を聞きながら、ティモシーは神羅カンパニーの若社長へ直接つながる電話番号を押していた。


* * *



 翌日、シェフォード・ホテルのラウンジでティモシーとミッシェル、そしてきっちりと女装したクラウドが神羅カンパニーの若社長と待ち合わせをしていた。
 やがてホテルの入り口に白いスーツを着た青年と、黒いスーツを着た二人の男が入ってきた。
 ラウンジにいる人たちが急にざわめきだしたので、何事かと思って顔を上げたティモシーが、自分の方に向かって歩いてくる3人の男達を見て唖然とした。
「サ……サー・セフィロス…。」
 白いスーツの青年がティモシーの目の前に来て恭しく一礼した。
「はじめまして、LadyClaudea。私が神羅カンパニーの社長、ルーファウス・神羅です。」
 ティモシーが立ち上がって同じように一礼した。
「初めましてクラウディアのマネージャーを務めておりますティモシー・ルーサーと申します。こちらは専属のスタイリスト、ミッシェル・ファビオンとモデルのクラウディアです。」
「はじめまして。」
 紹介されてミッシェルが立ち上がりルーファウスに握手をもとめた。しかしクラウドは目の前にいる美丈夫から目が離せなかった。

(な…なんて綺麗な人なんだろう…。)

 セフィロスに見惚れているらしいクラウドにティモシーがあわてて声をかける。
「クラウディア、何をぼーっとして居るんだ?サーのことは知っていると思っていたが…」
「あ…ごめんなさい。私、クラウディアと申します。」
 頬を染めてうつむく可愛らしい少女にルーファウスが思わず目を細めた。
「写真よりも実物の方が可愛らしい方ですね。」
「スキャンダルはごめんですよ、この子はまだ16歳ですからね。」
「クククッ…これは手厳しい。だからあの一文だったというわけですか。」
 ルーファウスが後ろに控えていた男2人を紹介した。
「髪の黒い方がツォン、私の秘書のような者だ。こちらはご存じとは思うが…神羅の英雄と名高いソルジャー・セフィロスだ。」
 ティモシーが黒いスーツを着た男達と握手をした。
「それで…ルーファウス社長。まさかサーがクラウディアを?」
「そのつもりで連れてきた。カンパニーの兵士の中で16歳の子どもを相手にしないであろうと明言できる男は彼しか居ないのでね。」
「そ…それはサーならばこちらとしても申し分はありませんが…本当によろしいのですか?」
「かまわん、少しは楽をさせてもらう。」
 やや低めの声でセフィロスは答えると、ルーファウスが首を振りながらあきれたような顔をしている。
「まったく、これですからね。レディに失礼の無いように頼みますよ。」
「フン!」
 ルーファウスの言葉にそっぽを向くセフィロスとその後ろで苦笑するツォンを見てクラウディアがふわりと微笑んだ。
「名高い英雄セフィロスに守っていただけるとは思っても居ませんでした。どうかよろしくお願いします。」
 ティモシーとミッシェルがほぼ同時に一礼すると、顔を見合わせた。

 セフィロスが居るだけで人目を引くので、ティモシーはルーファウスに許可をもらって、8番街の事務所に移動した。
 ミッシェルが目の前でコーヒーメーカーを用意してスイッチを入れていた、くるりと振り返るとマネージャーに問いかけた。
「ティモシー、全部お話しするつもり?」
「契約違反を問われると怖いのでそのつもりだ。」
「ならば…もう良いよね。」
 そう言って目の前の美少女が赤いカチューシャに手を伸ばしたかと思うと、すぽりとエクステンションが取れる。
「な?!」
 ルーファウスとツォンが目を丸くした。
 ティモシーがそんな二人に説明するように依頼の一件を話し始めた。
「実はクラウディアは彼の女装した姿です。この件は契約会社も知っているのですが…最初こそ少年モデルとして活動していた彼が、クライアント先にユニセックス物を取り扱うデザイナーが居たため、徐々にレディース物の依頼が入ってきて、今では100%レディース物の依頼しか来ません。ところが一部の熱狂的ファンが完璧に彼を少女と思いこみ、ストーカーの果てに事実を知って彼自身を殺すと言い出したのです。」
「なるほど…そう言うことでしたか。」
 ルーファウスが軽くうなずくとツォンも納得したのか契約の書類を取り出した。一人憮然としているのはセフィロスであった。
「それで、俺は何をすれば良いんだ?」
「ストーカーが捕まるか、殺人をあきらめるまで、クラウド君を守って欲しいのです。彼はうちの稼ぎ頭ですからね、たとえ傷一つ付けられても困るんです。」
「了解した。」
 セフィロスが納得すればあとは契約書を交わすだけであった。ミッシェルがクラウドの頭を撫でてにこにことしている。
「良かったね、クラウド君。もう安心して良いわよ。」
「何だかなぁ…サーと一緒にいるだけで、俺がサーの熱狂的なファンに殺されるんじゃないの?」
「ん〜〜、言えてるかもね。でも案外お似合いに見えるかもよ。」
「冗談辞めてよ。」
 クラウドが辟易とした顔をしたとき、ツォンがさりげなく口を挟んだ。
「いえ、冗談ではありませんよ。サーの恋人になったとなれば、ストーカーでも君を殺すことをあきらめるでしょう。あっという間に解決です。」
「それこそ愚問だな。俺はこんな子どもを相手にはしない…しかもこいつは男だぞ。」
「だから、ふりをするだけで良いんですよ。セフィロス、貴方ならそれが出来るはずです。」
「フン、相変わらず口がうまいなツォン。」
 セフィロスはツォンが目の前に差し出した契約書を目も通さずにサインを入れた。その様子を見てティモシーが驚いて尋ねる。
「サー・セフィロス、内容を確認されなくてよろしいのですか?」
「俺が困るようなことを書いて困るのはこいつらだ。」
 その通りなのであろうと、ティモシーは思わず納得し、自分の元に来ていた契約書にサインを入れた。
「では、サー・セフィロス。よろしくお願いします。」
「ああ。」
 そう言うとティモシーはセフィロスと握手をした。