車を走らせながらセフィロスは自分の気持ちが全く落ち着かず、いらいらとしているのに気がついていた。つい先ほどクラウドの顔をちらりと見た時はほんの一瞬とはいえ穏やかな気持ちになった物であるが、その少年がウェディングドレスを着ると聞いて以来ずっと落ち着かないでいたのであった。
 気分を落ち着かせようと、お気に入りの店でコーヒーを飲んでいると、なじみになった店のマスターが声をかけてくる。
「どうかされましたか?サー。先ほどからなにか寂しげでしたよ。」
「寂しげ?私がか?」
「ええ、先日は可愛らしい恋人とご一緒で実に楽しそうでしたが、その時のお顔とは別人のようです。」
「可愛らしい恋人…か。」
 マスターが誰のことを言っているのかはすぐわかった。セフィロスが気に入っている店に一緒に連れてはいった人はひとりしかない。
「そう言えばあいつだけだな…」
「ええ、よほどお気に入りの方だと思いました。サーが穏やかに微笑んでいらっしゃるのを拝見できて、私も嬉しかったですよ。」
 そう言いながらマスターはそっとセフィロスの元にイチゴのミルフィーユ仕立てのケーキを置いた。それは以前この店に来たときにクラウドが食べたケーキだった。

(そういえば、このケーキを立てたまま切ろうとして四苦八苦していたな。その表情があまりにも可愛らしくて、ずっと眺めていたら急に拗ねたような顔をしたな。横にして食べるんだぞと教えたらあの大きな目を見開いて驚いて…ふっ…俺も何を感傷に浸っているというのだ、らしくない。)

 セフィロスは急に立ち上がるとレシートを持って会計を済ませようとしてマスターに声をかけた。
「マスター、悪いがこのケーキは次にあいつを連れてくるときまで預かっていてくれ。」
「ええ、お待ちしています。」
 マスターが一礼し見送るのを振り向きもせずにセフィロスは愛車に飛び乗ると8番街の方向へと走り去っていった。


* * *



 8番街の事務所でティモシーはクライアントとの契約書を作成していた。
 そこへノックもせずに扉を開けて一人の男が入ってきた。ティモシーはパソコンを操る手を止めて顔を上げ、入ってきた男を見てびっくりした。
「サ、サー・セフィロス…いかがなされましたか?」
「聞きたいことがある。あいつの電話番号を教えてくれ。」
 セフィロスがクラウドの携帯番号を聞いてきたのでティモシーは聞き返した。
「クラウド君ですか?なぜ?」
「プライベートだ。それからいつなんだ?教会での撮影は。」
「ご存じだったんですか?サーの驚くお顔が拝見できるかと思っていましたが残念でした。」
「クックック…それは悪かったな。スタイリストがドレスを選びに入った店はお気に入りでな、伝え忘れたことがあって電話を入れたら、その背後でスタイリストがあいつと大声で撮影のこと喋っていたぞ。」
「ミッシェルか…困った物ですね。で?率直にお聞きします。クラウド君のことをどう思われているのですか?」
「答える義務はあるのか?」
「少なくとも私には聞く権利があります。ある理由でクラウド君は貴方に会いたくないと言っています。そんな貴方に理由も無しに携帯番号を教えるわけに行きません。」
「会いたくない?何故だ!」
 セフィロスは思わず背広の襟元をつかんでティモシーに詰め寄った、その迫力に顔を青ざめさせてティモシーが答えた。
「サーの事を忘れられないからです、彼は貴方に片思いをして、その思いを自分の中にとどめているんです。これ以上クラウド君に近づいて彼を泣かせるなら私だとて覚悟がありますよ。」
 ティモシーの一言を聞いて襟元をつかんだ手が思わずゆるんだ。そしてセフィロスは独り言のようにつぶやいた。
「あいつの…あの悲しげな笑顔は…俺のせいだったのか…」
 乱れた襟元を治してティモシーはセフィロスを見つめてうなずいた。
「それで?サーがなぜクラウド君の携帯番号を知りたいのか教えてくださいませんか?」
「あいつを…口説き落としたかったから…だろうな。」
 セフィロスの答えに一瞬唖然としたが、にこりと笑ってティモシーが話しかけた。
「実はサーにお願いしたいことがあるのですが…」


* * *



 二ヶ月後、真っ白な外壁と綺麗なステンドグラス、そして豪華なゲストハウスがあることで人気のある教会の待合室に、クラウドは白いドレスをまとってミッシェルにメイクを施されていた。
「うふふ〜〜、綺麗だわ〜〜。」
「もう、ヤダーー!鏡を見ると俺じゃないモン。」
「こーらクラウディア、男言葉禁止。こんなに可愛らしいのにダメじゃない。」
「スカートの下のガサガサした奴、脱いじゃダメなの?」
「ダメ!それがドレスをふんわりとさせているんだから!」
「あ〜んもう、写真集のメインがウェディングドレスってどういう写真集なんだよー!」
「はい、もう叫ばないの。あとティアラとヴェールでお終いなんだから。」
 ミッシェルがベールをティアラで留めていると扉がノックされてティモシーが入ってきた。
「ミッシェル、こっちはスタンバイできたよ。お、クラウド君、また特別に綺麗だな。」
「ティモシー、誉めたってドレスは金輪際着ないからね。」
「それは困ったな。この写真集のほとんどはドレスかフリルたっぷりの衣装ばかりなんだが…」
「ううう…そんな格好ばかりなんだもん、もう嫌。クラウディアの印象を作り替えてよ。」
「似合うんだから文句を言わないの。はいはい、時間だから行くよ。」
 ティモシーは苦笑いをしながらも、強引にクラウドの手を取って聖堂へと歩いていく。
 チャペルには赤い絨毯が祭壇まで一直線に敷かれていて、その先にはカメラマンや照明さん、そしてチャペルのスタッフ達が寄り集まって待っていた。
「うわぁ…素的。」
「さすがクラウディア。白いドレスが似合うわ。」
「じゃあ、バージンロードを歩いてくるところから撮りますので、マネージャーさん下がってください。」
 カメラマンが声をかけると、その場にいた全員がカメラの邪魔にならないところに移動する、クラウドが一人赤い絨毯の上に取り残された形だ。チャペルスタッフとミッシェルがクラウドの衣装を整えてから壁際まで下がる。
「はい、視線はちょいうつむき加減でゆっくりと歩いてきてください。」
 言われたとおり、ややうつむきがちに赤い絨毯を踏みしめて進むと、すっと誰かが祭壇の横に立ったのか、その足下だけがちらりと見えた。
 誰だろうか?と顔を上げると信じられない人がそこに立っていた。
「ど…どうして…?」
 クラウドの瞳から涙がこぼれそうになる。
 祭壇の横に立っていたのは黒いスーツをびしっと着こなしたセフィロスだった。
「綺麗だな…」
 クラウドの問いかけに何も答えずにセフィロスがすっと手をさしのべる、その手を取るかどうしようかとまどうような顔をする目の前の美少女にクスリと微笑むとマネージャーに問いかけた。
「おい、ティモシー。このまま花嫁を奪っていきたいがダメか?」
「ダメです、撮影はまだたっぷりと残っています。」
「ふん、つまらんな。ああ、そうか。このまま式を挙げるか?ん?」
 クラウドの方を向いて問いかけるセフィロスの後ろから、ティモシーがあわてて答える。
「それもダメです。クラウディアはまだ保護者の同意がなければ結婚できない年齢です。」
 ティモシーが笑っている理由がクラウドには分からなかった。きょとんとしていたら、いきなり伸びてきた手に顎を取られセフィロスに唇をかすめ取られ、耳元でささやかれた。
「一緒に暮らさないか、傍にいて欲しい。」
 信じられない言葉を聞いてクラウドの瞳がまん丸に見開かれた、そしてしばらくすると涙で一杯になった蒼い瞳を輝かせながらとびっきりの笑顔でうなずいた。

 その笑顔はできあがった写真集の中でも一番綺麗だった。

 自室のリビングで冷えた白ワインを飲みながら写真集片手に含み笑いをしたセフィロスの隣でその写真に写っていた少年がちょっと拗ねたような顔をした。
「やだなぁ、そんなに見ないでよ。」
「クックック…綺麗じゃないか。」
 そう言うとセフィロスは愛しい少年の肩を抱き寄せた。



The End