年末安全週間のポスターをクラウディア・サイドが断ってきたと知って、セフィロスは再びクラスS執務室を絶対零度に陥れた。
 報告書を提出するためにクラスAソルジャーが訪れるとその冷気に髪の毛を凍り付かせては退出し、クラスA執務室に戻っては仲間内でうわさ話をするのであった。
「なぁ、クラスS執務室の気温がまた下がっているぜ。」
「エディからかっさらってデートしたんじゃないのか?」
「そのはずなんだけど…何があったのか俺も聞きたいよ。」
 エドワードが仕事の報告書を持ってクラスS執務室にはいると、ぴりぴりした空気と全身が凍り付きそうなほどの冷気を浴びるのであった。
「おまえ、キングに睨まれているのか?」
「そうじゃないと思いたいが、事実睨まれている感じだ。」
 ため息混じりのエドワードを見て仲間達が急に思い出した人物がいた。
「リックに聞くか…」
「ああ、特務隊影の隊長か。彼奴ならこの状況を打破してくれるかもしれないな。」
 クラスAソルジャーのほとんどは、一時的とはいえセフィロス率いる小隊に所属していた期間があった。そこで癖があり実力もある少数精鋭の隊員達にしごかれて、あっというまにソルジャークラスAの地位を得たと言っても過言ではなかった。
 そのセフィロス率いる少数精鋭隊の実質的な副隊長に当たる男がリック・レイノルドであった。魔晄の順応性がなかったためかソルジャーではないが、実力は自分たちと同等と思っている男である。ブライアンとエドワードは顔を見合わせてクラスA執務室から出て行った。
 二人が特務隊の執務室を覗くといつものように一般兵トップ3がじゃれ合っていた。
「あれ?珍しい奴が来たぜ。」
「クラスAが何か用か?」
「ん?ああ、キングのことで聞きたいことがあって…な。」
 セフィロスの事で聞きたいといわれると、先ほどまでじゃれ合っていた男達の顔色が急に変わった。
「隊長殿が…なんだ?」
「あの冷気を何とかしたくて、ね。」
「ああ、このところ背負ってあるいている黒い雲の事か。」
 5年も付き従っているだけあって、リックはすぐにクラスAソルジャー達の言いたいことがわかった。
「原因が全然分からないんだ、俺たちがなんとかできる事じゃないとおもうが?」
「それがそうでもないんだよな。俺たちは”なんとなく”だが原因をつかんでいる。」
 ブライアンの言葉に即座にリックが反応した。
「本当か?!いったい何だ?!何が隊長殿をあれほど沈ませているんだ?!」
 いきなり詰め寄られてブライアンがびっくりするがにやりと笑った。リックがこれほどまで必死なのは、彼こそ隠れセフィロスマニアで憧れの人のまねをし続けているうちに自然と”セフィロスの影”と呼ばれるようになったのを知っていたからであった。
「相変わらずだな。まあ、落ち着いて聞け。これは俺たちの推測でしかないんだが…」
 そう言って話を切り出した。

 セフィロスにモデルの恋人がいたことは、さすがに戦闘以外興味がないといわれていたこの男でも知っていた。しかしリックは目の前の男達が話すことが信じられなかった。
 天使のほほえみを持つと言われているモデルが実は少年であると言うことよりも、その少年を気にかけて、優しい言葉をかけた事がセフィロスらしくない。
「隊長殿には…過去に気にかけているような人物はいなかったはずだ。もし、その少年に本当にそんなことを言ったというのであれば、エディの言葉を信じねばならんな。」
 リックの真剣な表情に、仲間達がうなずく。ブライアンが再び尋ねた。
「しかし、エディの話を聞いている限り、両思いなのになぜキングはそんなにいらいらしてるんだ?」
「話を聞いている限りじゃ、まだはっきりと”好きだ”と、伝えていないみたいじゃないか、だからだよ。」
「ああ、まったく初めて恋をしたガキみたいだ。」
「はぁ…あの隊長殿が…ねえ。遅い初恋だね。」
「お前みたいに18歳過ぎてから入隊してくる奴も珍しいぞ、ジョニー。」
「リック、カイル、ジョニー。ふざけていないで何か良い知恵はないのかよ?」
 エドワードが疲れたような声を出したのでリックが哀れむような顔をする。
「お前が睨まれている理由は、そのモデルの少年と仲良く遊んでいるからだろうな。隊長殿も嫉妬されるんだ…アハハハハ、おかげで凄く身近に感じるぜ。」
「嫉妬で睨まれて凍らされそうになる俺の身にもなってくれよ…。」
「魔防をあげる最高の機会じゃないか。」
 半ば冗談を言っていたリック達がやっと真顔になりブライアンとエドワードに耳打ちを始めた。
「冗談はさておき、隊長殿自身がご自分の気持ちに気がついていなければ、俺たちが何をやっても無駄だ。ならば、隊長殿にどうやってそれを気付かせるか?が一番の問題だと思うがな。」
「やっぱりアレでしょ?『逃がした魚は大きい』で行くしかないでしょ?」
「ちょっと待てジョニー、それだとやっぱり俺が…って事じゃないか?」
「がんばって当たって砕けてくれ、砕けたら骨ぐらい拾ってやる。」
 一般兵最強の男達3人に背中を押されて、エドワードとブライアンが特務隊執務室を後にした。
「さて、俺たちはせいぜい隊長殿を煽ってやるか。」
「でました、リックのクラスAつぶし!」
「つぶれるような奴にクラスAが務まると思っているのか?」
「い〜〜や!全然。」
 声を殺してほくそ笑む3人組の会話を、扉の影で気配を殺して聞いていたブライアンとエドワードは、顔を見合わせてため息を吐き出した後足音を立てずにその場を去っていった。

 廊下を歩きながら肩を落としているエドワードがぽつりとつぶやいた。
「どうするよ?俺。」
 仲間のぼやきを聞いてブライアンが聞いた。
「そいつのマネージャーを知っているのか?」
「ん?ああ。この間何かあったときにってメルアドを教えてもらっている。」
「そのマネージャー、もしかすると知っているのかもしれないな。」
「そうだな…聞いてみるか。」
 エドワードはそう言って携帯を取り出した。


* * *



 胸ポケットに入っている携帯がメールの着信を知らせた、ティモシーはちらりと周りを見渡すと、メールをチェックした。
「へぇ…これはこれは…。」
 一人ほくそ笑むティモシーにふと気がついたミッシェルが声をかけた。
「何?どうかしたの?」
「ん?ああ、今例の白ロングの青年からメールが来たんだ。ちょっとおもしろいことが書いてあってね。ミッシェル、クラウディアに似合うウェディングドレスを探しておいてくれないか?」
「どこかのブライダルサロンのモデルでも入っているの?」
「写真集を出す予定でいたから、そのメインに持ってくるつもりでいた。撮影も人気のチャペルを押さえてある、気合いを入れて良い奴を頼むよ。」
「まかせて!とびっきりのドレスを用意するわ!」
 ミッシェルが自分の胸を軽く叩いているところにクラウドが撮影の衣装チェンジでやってきた。
「何?ミッシェル、やたらご機嫌だね。」
「あったりまえでしょ!また君にとびっきり可愛くて清純で綺麗な格好をさせられると思うと…もう、腕がうずうずするわ。」
「うえ〜〜!ティモシー、またドレスの依頼を受けたの?」
「よく分かりますね?」
「そりゃ…ミッシェルがこんなに喜ぶのはお姫様のようなドレスの撮影の時だもん。」
「あったり〜〜!ふわふわのガサガサだから飛びっきりに綺麗に可愛く仕上げちゃうからね。」
「ティモシ〜〜〜!なんでそんな依頼を受けるんだよ〜〜(T▽T)」
「君のファンが喜ぶから。」
 真面目な顔でキッパリと言い切るティモシーにクラウドは恨めしそうな顔をするが、その顔すら可愛らしいとミッシェルに頭を撫でられていると、カメラマンから声がかかった。
「クラウディア、もうすぐスタンバイ頼むよ。」
「はーーい。ほら、ミッシェル次の衣装は?」
「はい、今度はこれね。」
「ううう…いっつもフリルとレースがふんだんにある衣装なんだから…俺男だよ。」
「あはははは…お仕事、お仕事。これが本日最後だから、ね。」
「はぁ〜い。」
「うんうん、女の子返事も様になってきたねえ。」
「ミッシェル、嫌いだぁ〜〜」
 ぶつぶつ言いながらもクラウドは衣装をもらって着替えに行くとおとなしく髪型をセットしに来るのでミッシェルも思わずつぶやいてしまう。
「嫌だ、嫌だって言っている割にはおとなしく着るんだから。」
「だって、とりあえず仕事しないと生活できないでしょ?」
「16歳の可愛い子ちゃんのセリフじゃなーい。嫌ならお金持ちと結婚して引退するのね。あ、でもそれちょっと困るかも…アタシの生活が貧窮するわ。」
「そう言うことですね、私もミッシェルも間接的に君の仕事で収入を得ていますから簡単に辞められては困ります。」
「わかっているよぉ…だからきちんとお仕事をやっているじゃない。」
 なんだかんだ言いながらもクラウドはミッドガルに出てきてからずっと自分を守るように傍にいてくれたティモシーとミッシェルには少なからず感謝している。神羅カンパニーのソルジャーに憧れてニブルヘイムから出てきた少年が、大都会で嫌な大人の犠牲にならずに今までこれたのも運が良かったとしか言えなかった。
 顔見知りのモデル仲間の中にも、事務所の社長に関係を迫られたり、契約に縛られて嫌な仕事もしなければいけないと聞いたこともあった。
 ところがクラウドのスタッフ二人はこの純粋で真面目な少年が大好きだったので、出来る限りこのまま社会に慣れるまで守ってやりたくて今に至るのであった。それをよく分かっているので、彼も二人のスタッフを大事にしたいと思っているのであった。

 その日、仕事を終えたクラウドを引きずってミッシェルが8番街の一角にある真っ白なビルへと入っていった。そこはオーダーメイド、もしくはパターンメイド専門の店でブライダルドレスではかなり有名なデザイナーの店だった。
「こんにちわー、先生見えますか?」
「あ、ミッシェル。先生なら今来客中…あ、終わったみたい。」
 店員の視線の先にあるVIPルームが開くと優しげな女性が出てくる。
「あ、先生お久しぶりです!」
「まあ、ミッシェルじゃない。どうしたの?」
「とびっきりのウェディングドレスを注文に来ました!!」
「ありがとう。でも、貴女じゃなさそうね。誰が着るの?」
「もっちろん!この子!可愛いでしょ〜〜!」
「ちょっと待っていてね、お客様をお送りするから。」
 先生と呼ばれた女性の後ろから人が現れた。
「相変わらず騒々しい奴だな。」
 ミッシェルは目の前に立っている男を見て口をパクパクと開けた。
「な、なんで英雄がここにいるのよ?!」
「この店が気に入っているからではいけないか。」
「べ、別に…。ほら、クラウド君中に入っていよう。」
 ミッシェルはクラウドを隠すようにVIPルームへと押し込み、デザイナーを追いかけた。するとセフィロスが少しいらついたような顔をして彼女に問いかけてきた。
「あいつが…ウェディングドレスを着るのか?」
「え?ええ、もうチャペルも決まっているし、日取りも決まっているわ。あとは先生にドレスを作ってもらうだけよ。」
「そうか…」
 そう言ったっきりセフィロスは振り向きもせず車に乗り込み走り去っていった。