一方、駆けだして行ってしまったクラウドを追いかけて、エドワードも一般兵の兵舎の裏あたりまで走ってきていた。そして聞こえてきたくぐもった声に”まさか?!”と思いながらクラウドの姿を探していた。
 建物の角を回り込んだとき、100Mほど離れたところに日の光を集めたような銀色のロングヘアーと、その左腕の中に見え隠れする金色の癖毛をみつけて足を止めた。
「あ、あれはキング!それにクラウド?」
 遠ざかっていく二人をしばらく見つめた後、片息をついて振り返ると来た道を戻っていった。

 エドワードがイベント会場まで戻ると、仲間達がいつもと違う様子に集まってくる。
「どうした?エディ。まるで振られたような顔をして。」
「ん?まるで振られた…か。実際こっぴどく振られた。」
「あん?あの可愛い子ちゃんのこと?やっぱり本気だったのか?」
「いや、本気になりかけた時に…恋人が現れてかっさらっていった。」
「そりゃ痛いわ。」
「お前の失恋記念だ、昼飯ぐらいおごってやるぞ。」
 エドワードの頭をぐりぐりとなでながら、ゴードンが話しかける横から、キースが口を挟んだ。
「なんだよ、久しぶりにヒットの天使ちゃんだと思ったんだがなぁ…恋人いたのか。」
 一連の会話を聞いていた”可愛い子ちゃん好き”のランディが急に思い出したように大きな声を出した。
「あーーー!!そうだよ!それだ!!」
「うわっ!何だよ?びっくりするじゃないか?」
 耳を押さえながら振り向いたキースにランディが話しかける。
「あの金髪の少年、どこかで見た覚えがあると思ったら…クラウディアそっくりなんだ!」
 ランディがいきなり突拍子もないことを言うので、クラスA仲間が一斉に反論をし始めた。
「何言っているんだよ?いくら可愛い子ちゃんでも男だぜ、ドレスが似合うわけ無いだろ?!」
「だいたいクラウディアといえば、華奢で天使のような笑顔を持つ子だろ?…って……あれ?」
 反論しながらもお気に入りのモデルと先ほどの少年の顔が次第にダブってくる。
「おい、誰か、あの子の写真を撮っていないか?!」
「あ、俺出口でエディとの2ショットを撮った!」
 ブライアンの問いかけにユージンがすぐに答えると、デジカメのメモリーを差し出した。インターネットの公式サイトからクラウディアのバストショットを見つけると、写真ソフトを起動させ、先ほど撮影した少年の写真と重ねる。
「……ビンゴ…だな。」
「お前、振られるはずだわ。」
「相手がキングじゃ、いくらお前でも分が悪いわ。」
「ちぇ!知っていたら口説いていたぜ。」
「キース。無理、無理。嫌いになって別れた訳じゃないって事だろ?なあ。」
 ブライアンがエドワードに問いかけると、見てきたことなのでうなずきながら答える。
「まあね、薄々ソルジャーと付き合っていたような過去があるとは思っていたんだ。クラスS執務室での二人を見たときは…間違いないと思ったよ。」
「最近のクラスS氷河期の原因は…そう言うことなのか?」
「そう言うことなんだろう?」
 このところ、用事でクラスS執務室に行くたび、絶対零度に冷え込んだ空気が彼らを襲いかかっていたのであった。発生源は一目瞭然、彼らの憧れの上官がどんよりとした雲を背負って執務していたのであった。まるでブリザガクラスの氷の刃のような空気は執務室の扉のノブを触るだけで手が冷たくなるほどで、自分たちの上官達がこの冷え込んだ空気の中で執務していると思うと”さすが英雄と机を並べるだけある”と変に見直してしまうほどであった。
「はぁーーーーーーーーー。うまくいってくれないと、俺たちも上官も困るって事か。」
   クラスAソルジャー達が一斉にため息を吐き出した。


* * *



 クラスAソルジャー達のため息を知ってか、知らずか…セフィロスはクラウドを愛車の助手席に載せて高速を移動していた。
 先ほどのショックか、クラウドはうつむいたままで、何を話しかけても曖昧な返事をするだけであったが、なんとか強引に昼食を一緒に取る約束を取り付けて、お気に入りのレストランへと移動している所であった。
 都心から少し離れた住宅街の一角にあるあまり大きくないレストランは、隠れ家的な雰囲気で、世間の注目を集めるセフィロスが、周りの目を気にせずにゆったりと食事を取れる店として密かに愛用していた店だった。
 Gパンにスウェット姿のクラウドを見ても顔色を変えることなく、愛想良く接してくれるオーナーシェフの腕は見事な物で、一皿ごとに絵画を思わせる細やかな心使いの料理が時間をかけて出された。
 他に客もなく、料理を待つ間が長いので、クラウドはどうして良いのか分からず、もじもじとうつむいてしまっていた。
 そんな様子を正面から見つめながら、セフィロスは今まで満たされなかった心が徐々に満たされていく感じにとまどっていた。
「そういえば、なぜあの爆発騒ぎに巻き込まれたのだ?」
「あ、あの近くにアパートを借りていたんです。」
「危険だ、別の所に引っ越すべきだな。」
「はい、ティモシーにもそう言われて、今は引っ越しました。」
 話をしていて、セフィロスはクラウドのアパートどころか、携帯番号すら知らなかったことに気がついた。しかし、どうしてクラウドの携帯番号を聞きたいのかわからない。
 会話すらままならない自分についいらいらし始めた時、クラウドがぼそりとつぶやいた。
「ごめんなさい、俺と食事なんて…つまらないですよね。」
 部屋を出て行ったときと同じ、悲しげな笑みがセフィロスの心に波紋を落とす。
「どうして…そう思うのだ?」
「セフィロスさんが、今あまり楽しそうではありませんから…」
「いや、そんなことはない。お前が楽しそうではなかったから、ここの食事が気に入らないかと思っていたが。」
「凄くおいしかったです。こんな素的なお料理、初めてで…」
「そうか。」
 それだけ話すとすでに何を話して良いか分からなくなる…、こんな事など過去に経験がない。しかし目の前の少年を見ているだけで良いと思う自分がいるのもセフィロスは認めていた。

 目の前にデザートの皿と食後のコーヒーが差し出された。それは間もなくこの少年と一緒にいられなくなるという事である。
 そのことを知ってか、クラウドがちらちらとセフィロスを見上げては、何も言えずにうつむいていた。同じようにセフィロスも巧く話を切り出すことが出来ないまま、共に過ごす時間が終わりを告げようとしていた。
 セフィロスの携帯が小刻みに揺れている。ちらりとディスプレイに表示された文字を見ると、彼はもう一度携帯をポケットにしまい込んだ。
 そんな様子におずおずとクラウドが切り出した。
「お仕事なんですか?俺は一人で帰れますから…では、これで失礼します。」
 そう言うと、ポケットからカードを取り出し、レシートを持って立ち上がろうとした。しかし、何故だかセフィロスがクラウドの腕をつかんで放さない。
「仕事ではない。まだ時間があるなら映画でも見に行かないか?」
「ありがとうございます。でも…3時から撮影ですから、もうスタジオに行かないと…」
「撮影か…ならばスタジオまで送ろう。」
「あ…いいです。だって、俺今女装していませんから。」
 そう言ってクラウドはまるで振り切るようにセフィロスから逃れようとするが、簡単に振り切れるような男ではない。クラウドの肩をがっちりと抱きかかえて彼が持っていたレシートをすっと受け取ると会計を済ませて、少年を助手席に乗せた愛車に乗り込んだ。


* * *



 スタジオの前でクラウドが来るのを待っていたミッシェルとティモシーは、目の前に止まったスポーツカーにびっくりした。
「サ…サー・セフィロス…何故?」
 優雅な仕草で降りてきた男は、つい二週間ほど前までは毎日のように会っていた人だった。驚いた表情の二人にちらりと視線を送ると、目の前の少年の頭をぽふっとなでながら彼の耳元でささやいた。
「またな。」
 そういうとセフィロスは片手をあげて再び車に乗り込み去っていった。
 走り去っていった車を見送った後、クラウドはミッシェルにしがみつきながら必死になって涙をこらえていた。
「一生懸命忘れようとしているのに…、忘れようとしているのに…あの人は……どうして忘れさせてくれないんだよ。」
 悲しげなつぶやきがティモシーとミッシェルの心に響いていた。
 切り替えが出来るようになってきていたのか、撮影をそつなくこなすクラウドを機材の後ろから見守りながら、二人はひそひそと話し合っていた。
「一体、何があって二人で一緒に車に乗っていたんだろう?」
「さあな…でも、サー・セフィロスの様子を見る限りは、クラウド君のことを気にかけているようだが…」
「うん、それはわかる。でも、どうしてって思わない?」
「それは言えているな。」
 浮いた噂は星の数、そのおかげか一ヶ月続いた恋人は一人もいないというのが英雄セフィロスの恋の噂であった、そんな彼がこのところ恋人といるところを写真雑誌に取られたことはなかったのである。ゴシップ誌などはクラウディアと別れた後を引きずっていると報道していたほどで、コメントを求められてティモシーもありきたりな受け答えをしたこともあった。
 どうして良いのか分からないときに、ティモシーの携帯に電話がかかってきた。
「はい、ティモシーです。」
「お久しぶりです、ツォンです。」
 電話の相手は神羅カンパニーの若社長に、付き従うようにしていた黒いスーツの男だった。
「お久しぶりです、何かご用でしょうか?」
「若社長が年末の安全週間のポスターを依頼したいそうです。」
「お断りできませんか?今、クラウド君を神羅カンパニーに近寄らせたくはないのです。」
「何かあったのですか?」
「簡単に言えばサーに片思いをしたが不釣り合いと思い、必死で忘れようとしていると言ったところです。」
「なるほど、しかしそれと仕事の依頼は別ですよね?」
「ええ、本来ならば…ね。今は彼が本当に笑ってくれないから出来れば避けたいのです。」
「あの笑顔が見られないのは残念ですが、若社長には私から話しておきます。」
「ありがとうございます。」
 ティモシーはこっそりと安堵の息をはき出しながら携帯をしまった。