結局、クラウドのアパートは8番街の外れにある瀟洒な賃貸アパートに落ち着いた。しかし、その途中で見せた彼の涙はまだあの人のことを引きずっているとしか思えなかった。
 それでも、新しくできた友達の誘いに乗って神羅カンパニーに行くというのでティモシーとミッシェルは眉をひそめていた。
「クラウド君、大丈夫なの?」
「すれ違うことはないかもしれないけど、見ちゃうでしょ?」
「うん。俺がとっちらかって勝手に思い上がっていただけだって…自分で納得するために行くんだもん、大丈夫だよ。」
 そういって悲しげに微笑むクラウドを見ていると二人とも心が痛むのであった。
「なあ、ミッシェル。私たちでは…何ともならないことなのかな?」
「うん、何ともならないと思う。何とかしてあげたいけど…こればかりは…ねえ…」
 歩き去っていく少年の背中を見送りながらため息しかつけなかった。


* * *



 カンパニーの一般公開はあっという間にやってきた。
 公開される部署は多岐にわたっていて機密事項の多い兵器開発部門と一部の化学部門を除き基本的に外部の人に開かれるのであった。当然、見に来る人の数はたくさんいるのでクラウドはそんな多くの一般人に紛れ込むようにカンパニーの中へと入っていった。
 人混みに紛れていても、クラウドの特徴のあるハニーブロンドはよく目立つのか、あっという間にクラスAソルジャー達の話題にのぼっていた。
「すっげー可愛い子ちゃん見たぞ。今時あんなに綺麗なハニーブロンドと蒼い瞳は早々いないって、あの子早く来ないかな〜」
「そんなに可愛いのか?!」
「ん〜〜、だけど問題が一つ、どこからどう見ても男の子なんだ。」
「ぶっ!!なんだそれは!」
 可愛い子に目がないランディとキースが話し合っているのを聞いたエドワードが口を挟んだ。
「あ…それ、きっとクラウドだ。」
「へ?!お前の新しい恋人だったのか?」
「だーかーらぁ!友達だって言うの!俺はまだストレートだ。」
「じゃあ紹介しろ!俺はどっちでも可愛いければいいんだい!」
「だめ!ランディに紹介してみろ、すぐにスレちまうじゃないか。」
 わいわいと話し合いながら自分たちの出し物を準備し始める。クラスAソルジャー達はお化け屋敷をやる予定であった、かなり凝った仮装と持ち合わせた魔力を利用したイベントである。火の玉がふわふわ飛び、雪が降り、雷まで鳴っている(いいのか?!魔力をそんなことに使って?!)

 たくさんの人たちが訪れて楽しそうに入っていっては悲鳴を上げたりしているところにこわごわクラウドがやってきて入り口で整理をしている一人の男に声をかけた。
「あ、あの…エドワードさんみえますか?」
「エドワードの知り合いか?ちょっと待っててくれ。おーい、エディ!」
 奥の方からわたわたと骨を抜いたビニール傘をかぶった男が出てきた。
「呼んだか?ブライアン。お?クラウド、来てくれたのか。」
「ぷっ……エドワードさん、凄い格好ですね。」
「ああ、これも仕事だからな。お前だって嫌な服でも着るんだろ?」
「うん、そうだね。でも俺の場合ビニール傘は着ないけどね。」
「言ったな、こいつ〜!」
 笑顔で話し合っている二人を横で見ているブライアンがぼそりとつぶやいた。
「なんだ…やっぱり新しい恋人じゃないか。」
「バカ言ってんじゃないって、なあ?」
「ん〜?でも仕事場での顔を見たらわかんないと思うけど?」
「何故だ?俺は男がキザっぽく写真を撮られたりするのを見ても惚れないぜ。」
「アハハハハ…スーツなんて最近着ないなぁ、でも見たら多分びっくりすると思うよ。」
 けらけら笑うクラウドの頭をぽふっと撫でるとエドワードがにこりと笑ってはなしかけた。
「俺みたいな奴がたくさんいるけど、入っていかない?」
「え〜?!お化け屋敷なんでしょ?俺嫌いだなぁ…」
「仕方がないなぁ?ビニール傘のお化け姿で良かったら案内してやるよ。」
「サンキュー!」
 笑顔で話し合っている二人を横で見ていたブライアンがこっそりと裏に回り、仲間に見たことを報告した。
「おい、エディが可愛い子ちゃんに良いところを見せようとしている。全力で虐めろ。」
「何だと?!わかった、全力でエディを虐める。」
 ナンバー2のパーシーが二つ返事でうなずくと、すぐにとって返し仲間に同じ事を伝えると、見事なぐらいに誰からも同じ返事が戻ってくる。ソルジャーというだけでもてるというのは確かなのであるが、なかなか可愛い子と出会う機会がない仕事だったりする。そんな理由で、誰かが可愛い恋人をゲットしたとなれば、ヤキモチの一つもやくという物である。ところがどっこい!ここはお化け屋敷である。クラスAソルジャーが全力で意地悪をしても、クラウドがキャーキャー言ってエドワードにすがりつき、脅した方が悔しい思いをするのが関の山であった。
 そんなクラウドをにこにこと笑顔で見守りながらエドワードは”ま、悪くないな”と思い始めたところだった。

 一方クラウドは目をきらきらさせて憧れだった神羅カンパニーの中を歩いていた。
「うわー、凄いなあ。ここが執務室なんですか?あ、机が一杯」
「ここは俺たち副隊長の詰め所みたいな物だな、26人いる。隣が部隊長達の執務室。今日はここも一般開放しているぞ、憧れの黒ロングが着られるのはここに入れる人たちだけだ。」
 たくさんの人が入れ替わり立ち替わり入ってはそれぞれに喜んで戻っていくので、クラウドも扉を開けて入っていった。
 そして、部屋の中にいた男を一目見ると立ち止まってしまった。
「あ、キング。こちらにおいででしたか?」
 クラウドに続いて入ってきたエドワードが姿勢を正して敬礼する、その様子をちらりと眺めると机に座っていた男はついっとたちあがった。
「どうしても必要な物があったので取りに戻っただけだ。お祭り騒ぎはかまわんが、人寄せパンダにはなりたくないから帰るところだ。」
「お疲れ様でした。」
 クラウドなどいないような態度でセフィロスが二人の前を通り過ぎようとした。

 ところが部屋の扉を開けて外に出て行こうとしたセフィロスが、ふと思い出したように立ち止まった。
「5番街の爆発騒ぎに巻き込まれたそうだな?」
 不意に聞こえたやや低い声にクラウドがびくっと顔を上げると、視線の先には自分がよく知っている気さくで優しく強い男がいた。
「え、ええ…エドワードさんに助けていただいたおかげで死なずに済みました。」
「そうか。」
 そう言うとセフィロスは二度と振り向かずに通路をエレベーターへと歩いていった。
 歩き去っていった後にかすかな残り香が漂っているような気がして、クラウドは自分の身体を抱きかかえるように立ちつくして涙を流していた。
 エドワードが隣に立つ少年を見たとき、彼の表情にまるで何かで思いっきり殴られたような感覚に陥った。

(ああ…クラウドがたまに寂しそうな笑顔を浮かべるのは…あの方のせいなのか…)

 二人に何があったのか?は、わからない。わからないが、セフィロスの様子を見る限り普通ではない。
 エドワードの知っているセフィロスは常に冷静で感情を持たないとまで言われていた男であった。しかし、今垣間見た憧れの英雄は自分の隣にいた少年を気にかけていた上に、気さくに話しかけもしたのであった。

 (キングは…クラウドのことを気にかけている。)

 ならば、この感覚は何なのだ?と自分に聞いてみるが、答えは出ない。しかし声を殺して泣く少年をそのままにしておけないと、思っていた。
 そっと肩を抱くと癖のある金髪をくしゃりとなでてやる。
 すると、泣きじゃくっていた天使が身体をびくりとさせ、ハッとした顔で自分を見上げた。
「ごめん…俺、帰る。」
 エドワードの腕をふりほどいて天使が駆け去っていった。


* * *



 どこをどう走ったのかは全く覚えていない、ふと気がつけば広大なカンパニーの敷地のどこにいるのか分からなくなってしまったクラウドは周りをキョロキョロと見回した。

(えっと…あの大きいのが本社ビルで…太陽があそこで…今が午前11時だから…影が後ろって事は南を向いているのか。じゃあここは…)

 入り口を通ったときにもらった地図で自分のいる位置を推測すると、そこは兵舎の裏側である。薄暗い裏道を出口に向かって戻ろうとしたとき、クラウドの前から何人かの屈強な男達が歩いてきていた。
 男達は目の前の金髪碧眼の少年を見ると、好色そうな笑みを浮かべクラウドを囲むように壁際に追いやった。
「どうしたのかなぁ?」
「お兄さん達が案内してやろうか?」
「どうせなら良いところに行こうぜ。」
 じりじりと迫ってくる男共は訓練された兵士だ、クラウドが拳を振り上げようとも、軽く受け止められ、かえって壁に押しやられる。恐怖感にさいなまれ悲鳴を上げようとすると口にハンカチを押し込められる。
 服をたくし上げられ、Gパンを引きずり下ろされようとするので足を蹴り上げると兵の一人がくぐもった声を上げた。
「うっ…こ、こいつ!」
 残った二人がクラウドの足を踏みつけると、あっさりと下肢が明るい日ざしの元に曝される。兵士の手が恐怖で縮こまったクラウドの物を握ったときだった。
「そこの一般兵、一般公開に来ている民間人に手を出すとは何事だ!」
 いきなり怒鳴られて、振り向いた一般兵達が姿勢を正すと敬礼する。
「す、済みませんでした!サー!」
 蜘蛛の子を散らすようにあっという間に逃げ出した一般兵達をちらりと見たあと、まだ愕然としている少年をみて男はびっくりしたような表情をした。
「ク、クラウド?!どうしてこんな所にいるのだ?」

 目の前に立っていたのは黒いスーツをりゅうと着こなしたセフィロスだった。忘れたくても忘れることが出来ない人を見いだして、クラウドの瞳は再び見開かれたが、声をかけてきたセフィロスのおかげで、急に自分の置かれた状況を悟ったのか、あわてて立ち上がると下ろされていたGパンを引きずりあげようとするが、手が震えていて巧くファスナーが上がらない。焦りながらも何とかGパンを履くと助けてくれた男に一礼した。
「あ、あの…助けていただいて、ありがとうございました。」
 まだふるえているクラウドに自分の着ていたジャケットをふわりと掛けてやると、そっと肩を抱くようにセフィロスは本社とは逆方向へと歩き出した。
「送っていこう。まだこのあたりにはああいう連中がうろうろしているからな。」
 強引ではないが力強い腕が自分の肩を抱いて支えてくれていた。その腕から伝わる暖かさにクラウドの心は複雑に揺れていた。
 自分はこの人に優しくされるような資格はすでにない。なのになぜこんなに親切で優しくしてくれるのだろうか?聞くに聞けない疑問がクラウドの頭の中をぐるぐると巡っていた。