肩を貸した少年を病院まで連れて行くうちにエドワードは少年とあれこれ話をした。
「へぇ、モデルか。道理で華奢なんだ。」
「エドワードさんはずいぶん逞しいんですね。」
「ま、一応ソルジャーの端くれだからな。」
 エドワードの一言に少年が一瞬ぴくりと動いた、それを機敏に感じ取った彼はすかさず聞いた。
「どうした?やっぱりソルジャーは怖いのかな?」
「い、いえ。俺もソルジャーに憧れていたから…」
 そう言って微笑んだ少年はなぜか儚げだったので、思わずエドワードは明るい笑顔で笑い飛ばした。
「おまえが?!そんな華奢な身体じゃ入隊前にはじかれてお終いだぞ。」
「うん、だからモデルをやって居るんだ。」
 少年を病院に送り届けた後、再び任務に戻ろうとするエドワードの足を止めたのは、少年の見せた涙だった。少年の蒼い瞳から涙がこぼれ落ちたのを見た後は、どうしても気になって任務に戻れなかったのであった。
 いつもは任務に忠実なクラスAソルジャーで輸送チームの副隊長が、一人の少年に付き添っていた話はあっというまにカンパニーの治安維持軍中に広まった。

 当のエドワードも否定することなかったため、その少年を彼の新しい恋人として見る兵達が続出したのであった。そしてその噂は同じクラスA仲間にもあっという間に知れ渡るのであった。
「おい、エディ。おまえ新しい恋人が出来たって?」
「いいねぇ、もて男は。」
「あ、でも…おまえいつも『俺は至ってノーマルだ!』って言っていなかったっけ?」
「ん?ああ。恋人じゃないよ、可愛い弟って所かな?なんだか危なっかしくて、目が離せなくてさ。」
「相変わらず面倒見の良い奴だな。」
「しかしモデルって言うけどあいつ、どの雑誌見ても載っていないんだ。まだ売り出し中のぺーぺーかな?」
「なんて名前よ?」
「クラウド。クラウド・ストライフって言うんだ、知ってる?」
「いや、知らないな。」
「案外受付のお姉さん達の方が詳しかったりして。」
「言えてるーー!!」
 仲間内でわいわいやりながらクラスAソルジャー達が歩き去っていった。

 女の子に目がないクラスA仲間のランディとキースが総務のお姉さん達に聞き回ってもクラウドがどんなモデルなのか全くわからなかった。
「金髪碧眼ですっげー綺麗な顔立ちしてるって言うんだろ?なのにヘレナもレイもナンシーも全然知らないんだって。」
「エディ、今度あったら写メ取ってこいよ。どんな奴だか知りたいしなぁ。」
「ん?今度の一般公開に来いよって言ってあるから、くるんじゃねえの?」
「おお〜〜!!そりゃ楽しみだ!」
 ミッドガルにおける恋愛は異性間だけではなく同性間のものも公認されている、特に軍隊のような組織下に所属していると、女性とは関係し辛くなる。手近な可愛い後輩や旧知の仲である同僚と関係する隊員達とて少なくはない。
 そんな中に華奢な美少年を連れてきたら、狼の群れの中に子羊をほうりこみ『食べてください。』といっているような物である。

 すれ違いざまにその話を聞いたクラスSソルジャーが自分の執務室に戻ると思わず仲間につぶやいた。
「ペレス、お前の所のエドワード。少しきつく言ってやった方が良いぞ。」
「なにかありましたか?ライオネル。」
「この間の市街地での戦闘でなにやらモデルの少年と知り合ったらしいんだが、その子が今度の一般開放に来るって言うんですよ。」
「それは…食べてください…ですね。」
「あいつの性格なら友達に言われるといやといわないだろうが、そうなる前に注意するべきだろ?」

 いきなり執務室の空気が冷え込んだ。

 会話をしていたクラスSソルジャーが何事かと首を巡らせると、自分の机に座ってはいる物の背中に最低最悪の寒気団を背負い込んだような雰囲気の自分たちの盟主が居た。
「セ…セフィロス…いったい何があったのですか?」
「なんだ?」
 問いかけた連隊長仲間を冷たい目でギロリと睨むと、最低最悪の寒気団から氷の刃が飛んでくるようである。体格の良い連隊長ともあろう者が身体を縮ませて震え上がらんばかりになっている姿は間違っても部下達には見せたくはない。
「い、いえ。何もありません。」
 つい2週間前までは恋人のことを思い出しては緩やかに微笑むこの男を嬉しく思っていたというのに、その恋人と別れたという噂を聞いて以来、セフィロスは以前よりも更に近づきがたい雰囲気になってきていた。

「一体、キングに何があったというのでしょうか?」
「例の美少女モデルと別れたという噂を聞いて以来ずっとああだよなぁ?」
「しっ!聞こえるぞ。」
 連隊長仲間がこそこそとして自分の様子をうかがっているのを知ってはいるが、セフィロスはそんなこと我感せずになぜかいらいらする気持ちを抑えながら執務をこなしていた。

 クラウドが出て行って以来、おもしろいと思うことは何もない。気が紛れるかと思い女の誘いに乗ってみても、抱く気にもならなかった。
 仕事から帰ってみれば以前と変わらない真っ暗く冷えた空気があるだけの部屋のはずだったのであるが、そこにいたはずの少年の姿をついつい探してしまっている自分に気がついた。

(一体、俺はどうしたというのだ?!あの少年とは警護の契約期間中だけの同居だとわかっていたはずだ。)

 どうにもならない感情が爆発しそうでたまらなかったそんな時、『モデルの少年』と聞いただけですぐにクラウドを連想してしまったのであった。
 さりげなく執務室を出て行くと、ふとクラスAソルジャーの姿を探して居る自分に気がつき首を振る。

(馬鹿な、エドワードに何を聞こうというのだ?)

 皮肉げな笑みを浮かべると自分の部下が待つ特務隊の執務室へと歩いていった。


* * *



 5番街の一角をティモシーとクラウドとミッシェルが歩いていた。それは先日爆発騒ぎのあったところからほど近い場所であった。
「だから治安の悪い5番街に住むのは辞めなさいって言っているでしょ?」
「だって、部屋代安いモン。」
「8番街の事務所に近い場所に引っ越した方が良いよ。また怪我して病院に運び込まれたなんて聞かされたらこっちの心臓に悪い。」
「ゴメン、油断していた。やっぱり俺ってソルジャー志願しなくて正解だったんだね。」
「君みたいな可愛い子がカンパニーの治安維持軍に入ったら慰安部門に回されるんじゃないの?」
「酷いなぁ、これでもケンカは強かったんだから。」
 3人でわいわいとやりながら、新しいアパートを探すべくあちこちを回っていた時、巡回中のソルジャーにすれ違うたびにクラウドがびくっと身体を反応させるのを、ミッシェルとティモシーはため息をつきながら見つめていた。
「まずいわね、完全に『失恋しました』状態だわ。」
「このままでは仕事に差し障るな…はぁっ…まったく、罪な方だ。」
 ミッシェルとティモシーはクラウドの心を占めている人物を思わず恨みたくなっていた。

 3人が8番街の不動産屋を渡り歩いている時、不意に声がかかった。
「あれ?クラウド君じゃないか?何やっているんだい?」
 ミッシェルとティモシーが声に振り返るとそこに栗色の髪にとび色の瞳をしたさわやかさそうな好青年が立っていた。
「あ、エドワードさんこんにちわ。ほら、この間の爆発事故ありましたよね?マネージャーとスタイリストが危険だから引っ越べきだって…で、二人を連れて部屋探しの最中なんです。」
「へぇ…じゃあ、そっちの銀縁眼鏡がマネージャーさんで、彼女がスタイリストさんか。お前、本当にモデルだったんだな。」
「どういう意味ですか?確かにあんまり雑誌に載っていませんけどね。」
 ぷいっと横を向くクラウドは以前の通りであったので、安心したティモシーがエドワードと呼ばれた青年に挨拶をした。
「初めまして、クラウド君のマネージャーをやってますティモシーと申します。」
「うっわ〜〜!!クラウド君、彼格好いいわね。照会してよ。」
「アハハハ!ミッシェルらしいよ。この間の爆発に巻き込まれたとき助けてくれたソルジャーでエドワード・メイソンさん、たしか副隊長クラスだったよね?」
「初めまして、神羅カンパニー治安維持部所属クラスAソルジャーのエドワードです。所で、何だよクラウド君。5番街になんて住んでいたのか?あそこは治安が悪いからせめて3番街に引っ越した方が良いぞ。」
「ほらごらん、専門家の言うとおりだ。君の収入なら8番街でも十分住めるよ。」
「俺、田舎の母に仕送りもしているんですけど…」
「ん〜〜、可愛い!!だからクラウド君って好きよぉ!!」
 3人の様子を見てけらけらと笑っている青年は金髪の少年の頭を撫でながらさらりと冗談を言った。
「クラウド、おまえスタッフにいじられているのか?」
「絶対そう見えるでしょ?!こんなけなげな少年をいい大人が二人して虐めるんだよ〜〜!!」
「うわ!ひどい!こんなに可愛がっているのに!」
 ミッシェルの反応にエドワードがお腹を抱えて笑い出した。
「ククククク…、お前のスタッフっておもしろいな。良い仲間に恵まれて良かったな。」
「え?」
「ミッドガルにはいろんな奴らが居る。中にはそれこそ『モデルにならないか?』って言われて売春宿に売り飛ばされる子だっているんだ。その点お前は運が良いよ、きちんとモデルとして売り出してもらってるみたいだし、スタッフもいい人だしさ。」
「さっすが!いい男は言うことも違う!」
 ミッシェルに思いっきり背中を叩かれて、エドワードが思わずよろめく、それを見てクラウドがけらけらと笑うのをティモシーが嬉しそうな顔で見ていた。
「エドワードさん、クラウド君のよい友達としていてくださいね。」
「ん?ああ、それは任せてください。」
 白い革のロングコートを翻しながら片手をあげて去っていくエドワードに、思わずティモシーはお辞儀をしていた。
「さて、クラウド君、どこに引っ越す?」
「ん〜、あんまり家賃の高くないところを希望する。」
「そうだね、月に500ギルってあたりでどう?」
「ワンルームは嫌だよ。」
「家具も不要、敷金礼金無しでも?」
「ううう…ティモシーの意地悪。」
「よし、決まった。これを見に行こう。」
 ティモシーは一つの物件をピックアップするとクラウドを引っ張って地図にある場所に歩いていった。
 3番街市民病院と三番街の駅からほど近い瀟洒な住宅街の外れにある賃貸物件で、周辺住民の様子を観察するとごく普通の人たちばかりだったのでクラウドもここならいいか…と思い引っ越そうかな?と思ったとき、窓の外にどこかで見た覚えのある高層住宅が目に飛び込んできた。
「ごめん、ここ嫌だ。だって…あのアパート…サーのお部屋のあるアパートだよ。」
 そう言った途端クラウドはその場に泣き崩れたのであった。