セフィロスがクラウドを連れてスタジオから離れようとしたときに、マスコミに紛れてファンの一部が二人を取り囲んだ。
 不安げな顔のクラウディアを守るようにセフィロスが立ちはだかるとあっという間に霧散するが、なかにこちらをちらちらと見ていた青年がいた。
 その青年の顔を記憶して、クラウドの腰を抱き8番街のショッピングゾーンへと歩いていった。

 行き交う人が足を止め、自分の隣に立っている人を見ている。その視線が自分に移ったとたんに凄い嫉妬混じりの視線へと変わるのをクラウドは嫌と言うほど感じていた。
 自分の隣に立っているのは男でも女でも一度は憧れるであろう人なのである。その隣に自分がふさわしくないことぐらい、クラウドは知っていた。
 次第にクラウドの顔がうつむき、足の進みが遅くなってきていたのにセフィロスが気がついた。
「どうした?疲れたか?ああ、この先に良いカフェがある。」
 そう言うと、さっさとクラウドを引きずるようにカフェに入っていってしまった。
 カフェにいた客はいきなり現れた神羅の英雄に思わず見とれ、そしてその隣に立っている美少女へと目を移し、じろじろと見ていた。クラウドはその視線を感じ取っていたたまれなくなってくる。
 しかしセフィロスは目立つ表通りに面した席にクラウドを座らせるとボーイに評判のケーキと紅茶、そして自分のためにコーヒーを注文し座ると、暗く沈んでいる少年だけに聞こえるような声で話しかけた。
「暗い顔をするな。俺の隣にいる顔ではない。」
 世の中の注目を集める男であるセフィロスの隣に立てる。妙齢の女性ならば誰もが憧れる位置であろう、しかしクラウドは女でもなくましてや年齢も10歳ぐらい違う。
「不自然ですよね…本当だったらこの場には居ないはずなんだもの。」
「つまらぬことを言う、何故現実を見ない。」
「信じられません、サーとお会いできるなんて思わなかった。」
 自分に近寄ってきた女どもから、何度同じセリフを聞かされたかわからない。しかしセフィロスは目の前の少年の言葉に欲も見栄も何も感じ取れないでいた。
 自分を見つめてくる蒼い瞳に嘘は全くない、その心地よい視線に思わず口元をゆるめていた。

 自室に戻るとセフィロスはパソコンを立ち上げ先ほど記憶した男の顔をモンタージュして作り、ティモシーに照会した。
 ティモシーからはすぐに返事があった。
「この男はクラウディアの私設ファンクラブの一人で熱狂的なグループのリーダーです。」
「なるほどな、理にはかなっている。要注意人物にあげておく方が良さそうだな。」
「わかりました、こちらもそのように対処いたします。」
 その間にごく普通の生成のスウェットとスリムジーンズに着替えたクラウドは、約束通りキッチンに立って食事を作っていた。
「できた。」
 丁寧に皿に盛ってテーブルに並べるとリビングでパソコンを睨み付けていたセフィロスの元に行く。
「お食事が出来ましたよ。」
「ああ、お前もこの男には気をつけろよ。例の脅迫文の送り主かもしれん。」
「ふーん…もてなさそうな奴。」
「クックック……まったく、可愛い顔をして口が悪いな。」
「守られているだけって凄く気に入らないんだ、俺も何かやりたいし、何かできると思っている。」
「気持ちはわかるが、やめておけ。相手をなめてかかると痛い目に遭うぞ。」
 そう言うとセフィロスはソファから立ち上がりキッチンへと歩いていった。


* * *



 一週間が経過した。
 脅迫犯からは相変わらず脅迫文が送られてきているが、未だにクラウドが襲われるようなことはなかった。
 常にスタッフかセフィロスが一緒にいるため襲えなかったのかもしれない。
 そしてクラウディアとセフィロスが、このところずっと一緒にいるという噂は、あっという間にセフィロスの恋人がクラウディアであるという話にすり替わっていた。
 クラウディアの周りには、常にたくさんのマスコミとファンが集まるようになってきた。スタジオへの出入りに囲まれる時はそのマスコミとファンが群がってきてスタッフに囲まれていても恐怖心を感じる事さえあるぐらいだ。いくら人気モデルとはいえ群がってくる集団には不慣れだったため、クラウドはセフィロスが傍にいるときはまるでしがみつくようにして守ってもらっていた。
 そんなある日、群衆の中からきらりと光る物がクラウドに向かってきた。
 一瞬対応が遅れたティモシーがあわてて駆け寄ろうとする前に、クラウドの目の前に刃物を持って立ちはだかろうとした男が居た。
 行きなりのことだったので、身体が動かずその場で立ちつくすクラウドを救ったのは一陣の風だった。
「サ…サー・セフィロス!」
 刃物を持っている手をねじり上げている男は、紛れもなくセフィロスであった。
「大丈夫だったか?」
「あ、ハ、ハイ。」
「そうか。ティモシー、警察を呼べ。」
「わかりました。」
 セフィロスに言われてティモシーは携帯を取りだし警察に連絡を入れた。しばらくして駆けつけた警官に、取り押さえていた男を手渡すとティモシーがセフィロスに話しかけた。
「ありがとうございます、お礼に食事をご一緒しませんか?」
「ああ…そうだな。しかしデートぐらいさせてもらえない物かね?」
「え?!」
 びっくりして大きな目を丸く広げているクラウドの腰をさっと抱き寄せて、セフィロスが連れ去るように歩いていった。
 それを見送るとミッシェルはティモシーに話しかけた。
「あの人が…かな?」
「それは後で警察から聞こう。それ次第では対処も違ってくるからね。」
「OK。でも、サーは一体何を考えて見えるのかしら?」
「それは私にもわからないよ。」
 ティモシーはミッシェルに片手をあげると警察署へと歩いていった。

 レストランで食事をしていたセフィロスの携帯が鳴った、取り出してみるとティモシーからの物であった。
「何だ?」
「先ほどの傷害未遂犯ですが、やはりクラウディアのストーカーだったようです。サーのおかげで無事ストーカーも逮捕されました。」
「そうか…。」
 そう言うとクラウドの方を向いてぼそりとつぶやいた。
「例のストーカーが捕まったそうだ。」
「そう…ですか、わかりました。」
 それっきりクラウドは顔を上げることなく、食事を済ませるとセフィロスの部屋に置いてあった自分の荷物をまとめて部屋を出る準備をした。
 荷物を片付けていると、なぜか出て行きたくない気持ちがクラウドの心のどこかにあった。その気持ちを振り切ってカバンに着替えを詰めているのを、不思議そうな顔をしてセフィロスが見ていた。
「何をやっているんだ?」
「ストーカーも捕まりサーに守っていただかなくても良くなったので部屋を出て行くんですよ。」
「……そう言うことに…なるのか。」
「ええ、約束はストーカーが捕まるか、俺を殺すのをあきらめるかのどちらかまで…と、言うことだったはずです。短い間でしたけどお世話になりました。」
 どこか悲しげなほほえみを浮かべてクラウドが荷物をまとめ終えて、セフィロスに一礼すると部屋から出て行った。
 クラウドが居なくなった部屋に一人取り残されたセフィロスは、自分の部屋をぐるりと見渡すと、首を振って夜の街へと出かけた。

 翌日
 クラウドはいつものように8番街の事務所に顔を出し、いつものようにスタッフと一緒に仕事をし始めた。
 いつもと変わらないスタジオ、いつも見慣れた撮影風景だったが、何かが違って見えたのか、クラウドは何かを探すように周りを見渡していた。
「どうしたんだい?視線こっちだよ。」
 カメラマンが注意するとハッとした様子でカメラを見るが、その瞳はなぜか悲しげだった。
「う〜ん、なんだか哀愁が漂っていて秋っぽいじゃん!」

 カメラマンが押すシャッターの音を聞きながら、ミッシェルは心配げな顔でクラウドの様子をうかがっていた。
「ねえ、ティモシー。もしかしてクラウド君…」
「可能性は否定できないな、彼があれほど気さくな方だとは思わなかった。もっと近づきにくい方だと思っていたよ。」
 クラウドは元々ソルジャー、特にセフィロスに憧れを持っていて、彼が田舎のニブルヘイムから出てきたのもソルジャーになりたくて出てきたのであった。
 しかし運命のいたずらか、クラウドは今女装モデルとして人気を得ていた。
「皮肉よね、憧れていた人の傍に…あんな形で一緒にいられるなんて…」
「いささかかわいそうだが、立ち直ってくれねば困るな。クラウディアの代名詞といえる天使のほほえみが…消えてしまっている。」
 ティモシーはいつものように銀縁の眼鏡を右手でついっとあげながらも、どこか優しげな視線でクラウドを見ていた。

 それからしばらくして、ミッドガルの街にはミッドガルデパートの秋のクリアランスセールのポスターが張り出されていた。そのポスターには赤く色づいた木立の中、ベンチで本を膝の上に載せ悲しげな笑みを浮かべているクラウディアが写っていた。
 行き交う人が思わず足を止め、そのポスターに見入っている。そんな中の人達に、ミッドガルの街を巡回中の神羅カンパニー治安維持軍人達もいた。
「お、今度のクラウディアはいつもと雰囲気違うじゃねーの。」
「なんだか儚げだけど、ぞくっとするねぇ。」
「なぁ、クラウディアといえばサーとの恋が破局したって聞いたぞ。」
「サー・セフィロスのお相手になった時に、いつかこんな時が来るんじゃないかって思っていたさ。」
 巡回中に雑談をしている兵士を上官らしき男が怒鳴った。
「何をたるでいる!マイナスポイントだぞ!」
「うわ!サー・エドワード!?」
「すみません!」
 エドワードと呼ばれた上官に怒られた兵士達が蜘蛛の子を散らすように去っていった時、足下を揺さぶるような爆発音が聞こえた。
「なにぃ?!」
 とっさに爆発音の発生源の方を振り返るとエドワードは駆けだしていった。

 爆発音はそう遠くないところから聞こえてきたのか、爆心地に近づくにつれ、喧噪が酷くなってきている。同じように爆発音を聞き取って駆けつけた一般兵にエドワードは指示を出した。
「ポイント05:29より南を封鎖、民間人の保護に当たれ!」
「アイ・サー!」
 指示に従う一般兵を横目で確認しながらエドワードは爆心地へと走り続けた。
 やがて爆発によるがれきが足下を阻むようになってきたとき、強化された聴覚にかすかにうめき声が聞こえた。
「誰か居るのか?!」
 周りを見渡すが瓦礫ばかりで人影はない、しかしエドワードの耳に飛び込んできたのは紛れもなく人のうめき声だったので、あちこちを探し回った。しばらく瓦礫を避けたりしていると、瓦礫同士の隙間に人の腕らしき物が見えた。
「おい!大丈夫か?!」
 瓦礫をはねのけると、そこには一瞬天使が横たわっているように見えた。あわてて心音を確認するとしっかりとした音が聞こえてきたので思わずエドワードは安堵のため息をつきながらケアルを横たわっている少年にかけた。
 やがてぴくぴくとまぶたが動くと蒼天の様な瞳にぼんやりと灯りがともった。
「ううっ……」
「大丈夫か?怪我はないか?」
 腕に抱いている華奢な身体は間違えなく男の身体であったが、鮮やかな金髪に無防備に見開いた青い瞳、透き通るような白い肌に桜色の唇はまるで少女のようでもあった。
「あ……お、俺…?」
 やっと意識がはっきりしたのか蒼い瞳に力強さが戻った。その瞳を見てエドワードはにこりと微笑んだ。
「テロによる爆発に巻き込まれたんだろうな。」
「あ、もう大丈夫です。」
 立ち上がろうとした少年がふらっとしたので、あわてて身体を支える。
「大丈夫か?さっきまで意識がなかったから念のために病院で見てもらった方が良い、今連れて行ってやるから。」
 そう言うとエドワードは少年に肩を貸してやり、歩き始めた。