ジュノンで暴動が起こっていた。
 2人の1stソルジャーが派遣され、同時に街の保全に一般兵が駆り出された。
 駆り出された一般兵の中に、クラウド・ストライフもいた。



You're the Only



 柱に寄りかかって、クラウドは蒼い顔をしていた。
 ミッドガルからジュノンに移動するために乗せられたトラックは、まるでシェイカーのように揺れまくり、ただでさえ乗り物酔いのあるクラウドの三半規管を思いっきり攻撃した。
 頭はぐらぐらしているし、胃はムカムカとしていて、まともにジュノンの街を保全する任務に就けそうもない。
 そんな時、クラウドの背中越しに声がかかった。
「何だぁ?気分でも悪いのか?」
「あ、こいつ車に酔ったみたいで…」
 そう答える同僚の話相手の声に聞き覚えがあった。
「ザックス?」
「クラウドじゃねえかよ。お前…蒼い顔しちゃって、ちゃんと飯食ってるのか?今度おごってやろうか?」
「あ…うん。今はそんな気分じゃないけど…」
「おっと…ごめん。今、敵を追っていたんだ。じゃあミッドガルに帰ったら…な!」
「あ、ありがとう。」
 ザックスとクラウドは、少し前のミッションで知り合った。同じような田舎出身ということで仲良くなったのである。気さくなソルジャーが走り去って行ってしばらくすると、撤収命令が下された。
 命令を聞いてそれぞれ撤収し始めるが、クラウドだけはいまだに乗り物酔いがひどくて撤収作業もままならずにいた。
 そこへよく透る声が響き渡った。
「そこの一般兵、聞こえなかったのか?撤収だ!」
 クラウドが周りを見ると誰一人としていなかった。
「す、すみません!」
 あわててクラウドも撤収しようとするが、足元がふらついてまともに歩けなかったのか、ばたりと倒れこんだ。
「貴様、何をやっている?」
 靴音が倒れた自分に近寄って来た。クラウドがあわてて立ち上がろうと体を起こし、目の前にいる男を見てびっくりした。
 腰までたなびている銀色の髪、秀麗な顔立ちは神がつくった奇跡としか言いようがないほど整っている。ややつりあがった瞳は意志の強さを物語っていて、黒い革のロングコートをまとった姿は、あまりにも有名だった。
「サ…サー・セフィロス。」
 クラウドの前に立っていたのは、味方になれば英雄の中の英雄と誉めたたえられ、敵に回せば死神と恐れられる男セフィロスだった。
「す、すみません。すぐに撤収します!」
 あたふたと駆け出した一般兵を見送った後、後ろから現れた男にセフィロスが話しかけた。
「ツォン。一体、アイツはなんだ?」
「クラウド・ストライフですか?モデオヘイムで一緒に仕事をいたしましたが…ザックスの背後にいるモンスターを倒したのを見ておりますので、それなりの兵とは思いますが?」
「それなりの兵があれでは、神羅の行く末も知れたものだな…」
 それだけ言うとセフィロスはついっと踵を返して、アンダージュノンで待つトラックへと向かった。


* * *



 アンダージュノンでトラックに乗り込むと、すぐにミッドガルへとトラックが走り始めた。軍用トラックの中では荷物の上や間に兵達がそれぞれ座っていた。
 しばらく移動すると、荷物の隙間に座り込んでいた一般兵の周りが騒がしくなった。
 セフィロスがちらりと視線を送ると、どうやら乗り物酔いにやられた兵がいたようだ。数人の一般兵にあれこれと世話を焼かれている。
「気持ち悪いならそのヘルメットをとっちまえよ。」
「ミッドガルまではまだあるぞ、酔い止め飲むか?」

(まったく…たかが乗り物酔いで…)

 荷物の上に腰を掛けていたセフィロスがおもむろに立ち上がり、気持ち悪そうにうずくまっている一般兵のもとに歩いてきた。その時、周りで世話をしていた兵が車に酔った兵のヘルメットをとった。
 とたんに目に飛び込む鮮やかな金色の跳ね髪。もともと色白なのか、いささか青ざめた感じのする顔色にうるんだ青い瞳。形良い唇から洩れる息が荒い。
「お…おまえか?」
 アンダージュノンで足をもつれさせた一般兵が目の前にいた。
 セフィロスが話しかけたことで、クラウドを取り巻いていた一般兵があっという間に四方に散らばっていた。
「す、すみません…ご、ごめいわく…うぷっ!」

(まだ30分と走っていないというのにこの酔いの酷さはなんだ?!……ふん、そうか。あのとき足がもつれたのは、ジュノンに来るときのトラックで酔ったからか。)

「気にするな、あまりひどいようであったらエスナをかけてやるが…どうする?」
「だ、大丈夫です。あまりマテリアに頼ると体に耐性がつかないので…」
「そうか…では、我慢できなくなったら言え。」
 そう言ってその場を離れたが、輸送トラックの揺れはひどくなるばかりで、クラウドの車酔いも加速度をつけて酷くなっていった。


* * *



 やがてトラックがミッドガルにある神羅カンパニーに到着した。
 一般兵たちが荷物を持ってトラックから降り立っていく、セフィロスもトラックから降りようとしてふと周りを見渡すと、床に横たわっている兵が一人いた。
「クラウド?クラウド・ストライフ!」
 名前を呼んでも振り向かない。

(意識を失ったのか。まあ、よく頑張ったほうだな。)

 セフィロスは倒れている一般兵を抱えあげてカンパニー治安部へと歩いて行った。
 治安部の医療班へ、この一般兵を渡せばいいと思ったので、衛生部へとクラウドを抱えて歩く。
 しかしその道すがらには軽症の負傷兵が包帯を巻かれていたり、廊下に出された簡易ベッドの上で点滴を受けていたりと、あちこちの騒乱で負傷した兵がたくさんいた。
 これではいくら気絶しているからとはいえ、どこも負傷していない兵を連れていくわけにもいかない。
 セフィロスは軽く舌打ちをすると、クラウドを抱えたまま来た道を戻った。


* * *



 眩しい光にクラウドが目を覚ました。
 ふと見渡すと、見たこともない部屋に自分が寝ているのに気がついた。あわててとび起きると、寝ているベッドですら信じられないほど豪華な造りをしている。
「え?!え?!ええ〜〜〜〜?!」
 ベッドから降りようとすると、目の前の扉が開いて、信じられない人が現れた。
「え?!サ、サー・セフィロス?!」
「気がついたか?」
「ど…ど…どうして…?」
「ジュノンからの帰還中に車酔いで倒れたが、医局は負傷兵で一杯だったからな。乗り物酔いなら時間がたてば治る、だから連れてきた。」
「ご、ご迷惑をおかけいたしました!」
 あわてて部屋から出ようとするクラウドにセフィロスが声をかける。
「おい、その格好で外を歩く気か?」
「え?!ええ〜〜〜〜?!」
 セフィロスに言われて自分の姿を見たクラウドは思いっきり声を上げる。さもあらん、軍の支給品のマークが入ったパンツ一枚で部屋から出て行こうとしたのである。
「あ、あの…自分の制服は一体…?」
「お前の吐しゃ物で汚れていたからクリーニングに出しておいたぞ。間もなく出来上がるころだな。」
「す!すみません、でも自分はどうしたらよろしいのでしょうか?」
「貴様の上官には連絡を入れておいた。制服は間もなく出来上がってくるであろう。その格好がいやならばこのシャツでも着てコーヒーでも飲んでいろ。」
 セフィロスが投げてよこしたシャツは、クラウドにはぶかぶかで、羽織るとまるでミニ丈のワンピースであった。おずおずとカップに入ったコーヒーにミルクをたっぷりと入れて両手で持って飲むクラウドはすまなさそうな顔をしていた。

(ど、どうしよう…サー・セフィロスにすごい迷惑をおかけしちゃったみたい。お、俺…首かなぁ?)

 コーヒーを飲みながらちらちらと覗き見るセフィロスは、あまりにも格好よくて、しぐさの優雅さに思わず見惚れてしまっていた。
 冷血漢で誰にもうちとけないと聞いていたあこがれの英雄が、こんなに気さくで…こんなにやさしい人だとは誰にも聞かされていなかった。

 クラウドが見惚れているのを知ってか知らずか、セフィロスは少年兵の青い瞳に見入っていた。魔晄を帯びていない明るい空のような瞳は絶えずにいろんな表情を見せてくれていた。
 喜怒哀楽を存分に伝えてくるその瞳の輝くさまをずっと見ていたい気持ちになっていた。そんなときにチャイムが鳴った。
 セフィロスがいったん部屋から出ていくと、青い一般兵の制服をもって戻ってきた。それを見たクラウドがあわてて立ち上がって深々と一礼した。
「あ…ありがとうございます。本当に何から何までお世話になりました。それで…あの…」
「クククッ…一般兵から何かしてもらうのであれば、戦場で何かしてもらう、気にするな。」
「で…でも、それでは自分の気が済みません。」
「まったく、俺は一般兵に何かをおごってもらうほど、落ちぶれてはいないぞ。」
「ご、ごめんなさい!!」
 真っ赤になってうつむく初心な一般兵をセフィロスはソファーに座ってコーヒーを飲みながら見つめていた。
 コーヒーを飲み終わったクラウドはカップをキッチンに戻し、テーブルの上にあった制服をあわてて着こみ、もう一度セフィロスに一礼して部屋を後にした。
 カンパニーの寮へと帰る道はまるで雲の上を歩いているようだった。
 あこがれの人と同じ部屋の中で、同じソファに座って同じカップでコーヒーを飲んだ…それだけのことであったが、クラウドにとっては天にも昇る心地であった。


* * *



 一般兵の寮に戻り寮長と上官に連絡を入れると、やけに丁寧な返事で明日からの巡回警備の配置を教えてくれた。
 翌日からは訓練と警備に明け暮れる、判で押したような毎日が戻ってきたのであった。
 午前の訓練を終えてへとへとに疲れた体にシャワーを浴びて食堂に行こうとしたら、目の前にザックスが立っていた。
「よぉ、クラウド。約束覚えているか〜〜?」
「約束ですか?」
「あ、ひっど〜〜い!やっぱ忘れてんのな。ま、いいか。さあ飯に行くぞ〜〜!」
 そういうといきなりクラウドの首にがしっと腕をまわして、まるで連行するがごとく駐車場へと引きずって行った。