ザックスのバイクに乗せられて、連れて行かれたのはごく普通の定食屋だった。
そんなところもこの気さくなソルジャーらしいと、クラウドは思わずにこりと笑った。
「さあ、約束だ。なんでも食べろよ〜お前見たところ華奢だもんなぁ、きっちり食ってるか?」
「食べてるよ。ところでザックス。任務のこと聞いていい?」
「お?うれしいねぇ〜〜!!部外秘以外は何でもしゃべっちゃうぜ!」
クラウドに訪ねられるまま、ザックスは調子に乗ってミッションのことをしゃべり始めた。
「2ndの時にウータイに行って残党を全滅させたんだぜー。そん時に敵がイフリートを召還したのよ、俺が倒したと思ったんだけど、まだ息があったのか立ち上がってかかってきたんだ。」
「え?大丈夫だったの?」
「もっちろん!と、言いたいが…セフィロスが駆けつけて倒してくれたんだ。」
「え?!ザックスってサー・セフィロスと一緒に仕事したの?すごぉ〜〜〜い!!」
クラウドの瞳がきらきらと輝いたので、ザックスがさらに調子に乗った。
「おうよ!セフィロスとは2,3度一緒に仕事をしたぜ。やっぱ強いんだよなぁ〜〜召喚獣を一撃だぜ。」
「それで?それで?」
「ベヒーモスと対峙した時もすごかったなぁ…」
クラウドはザックスの話すセフィロスの活躍を胸を躍らせて聞いていた。
ミッドガルの街にモンスターが入り込んだ時も、ザックスとセフィロスは討伐に駆り出された。その時もザックスが先に行けと言って剣を抜いたすきに、セフィロスが敵を全滅させたという。
「本当、あっという間だったぜー!」
「いいなー、見たかったなぁー!」
食事も食べずに聞き入っているクラウドの携帯が軽く振動した。
「うわ!もうこんな時間じゃないか!」
そういうと一気にランチセットをかきこむように食べてザックスを促す。
「俺、13時から巡回警らの時間なんです。早く行かないと…」
「わあった。」
ザックスも一気にランチを食べると料金を支払ってカンパニーへと戻って行った。
* * *
クラウドが巡回警らに出かけた後、ザックスはソルジャー司令室に呼び出された。あわてて駆け込むと一冊のファイルを持ったセフィロスが待っていた。
「遅いぞ!」
「すまんすまん。ちょっとダチと飯に行ってきたもんで…」
「ダチ?」
「ああ、この間ジュノンで飯おごってやるって約束した一般兵がいてさ…その約束を守ったんだ。」
「ジュノンだと?」
セフィロスの頭には一人の少年兵の笑顔が思い浮かんだ。
「い、いいじゃねえかよ。あんたには関係ないだろ?」
確かにそうであった。しかし、その一般兵が誰なのかどうしても気になってしまっていたのであった。
(まったく、俺らしくもない…)
セフィロスがかぶりを振るとザックスにミッションの説明をし始めた。
「ウータイの残党がミッドガルに潜入したという情報を確認した。お前は一般人に交じったウータイの残党を探し出せ。」
「俺だけですか?」
「当然だろう?」
がっくりとうなだれてザックスがソルジャー司令室を後にした。
ビルの玄関を出ようとすると、玄関を警備している兵士が声をかけてきた。
「ザックス。またミッションなの?」
「あん?クラウドか?そ、ミッドガルの街中を駆けずり回るようなミッションだぜ。」
「そんな大変なミッションをひとりでやるの?」
「あ〜あ、そうだぜ。セフィロスの奴、自分がやりたくないからって俺に丸投げだぜ。」
「サーが?任務拒否?!まさか!」
クラウドはそういうと急に押し黙った。
「なんでぇ、変なの。じゃ、ちゃっちゃと片づけてくるからよ、帰ったらまた話してやるぜ。」
「え?あ…うん。」
ザックスが駆け去って行ったあと、クラウドはいてもたってもいられなくなっていた。
(サーが任務拒否だって?何があったんだろう?もしかして御病気とか…)
悪いことを想像し始めると止まらなくなるのが人の性、いやクラウドの性分。トップソルジャーで英雄と呼ばれた男が、病気になるという発想が間違っている気がしないでもないが、クラウドの心配は加速度をつけて悪いほうへ…悪いほうへと転がって行った。
任務が終わると同時に声をかけようとする同僚を顧みず、クラウドは全力疾走でカンパニーから飛び出して行った。
* * *
自室から眼下にあるミッドガルの街を、セフィロスは何もせずに眺めていた。
防弾ガラスの向こう側には、ミニチュアのような街並みの隙間を縫うように高速道路が走っていて、その上を車が行きかっていたが、彼の眼にはなにも届いてはいなかった。
セフィロスが捕らわれていたのは一人の少年の面影だった。
ぼんやりと窓の外を眺めていると玄関のチャイムが鳴った。
彼の部屋まで来る人物など数えるほどしかいない、その誰もが今は仕事中で手が離せないはずであったので、何事かと思い正宗を片手に玄関まで歩いて行った。
「誰だ?」
「あ、あの…クラウドです。以前、車酔いの時に助けていただいた…」
帰ってきた声にびっくりしながら扉を開けると、あの時の少年兵がおどおどした様子で立っていた。
「どうした?」
「あ…あの。お体のほうは大丈夫なんでしょうか?」
「は?!」
「ミッションが発動して、ザックスがミッドガルの街に出かけたんです。その時サーが任務を拒否されたと…。」
「ああ、そのことか。まあ、入れ。せっかく来てくれたんだ、コーヒーでも飲んでいけ。」
「え?あの…」
戸惑うクラウドの腕をとると、リビングへと誘った。ソファに座らせると、キッチンのコーヒーメーカーからコーヒーをカップに注ぎ、心配げにこちらを見ている少年へと持っていく。
「そんな、もったいない!」
あわてて立ち上がるクラウドにくすりと笑うとカップをテーブルに置いた。
「お前は客だろう?いいから座っていろ。」
「で、でも…。」
「もう終わった。ところで、先ほどミッションを拒否したのを聞いたと言っていたが、それがどうしたというのだ?」
「お体がどこか悪いのかと思って…いてもたってもいられなくなって…」
「は?体が悪い?誰の?」
「だから…サーのお体です。」
天下無敵のトップソルジャーである自分を捕まえて、まさか『体調が悪い』と心配する者がいようとは思っていないセフィロスが一瞬びっくりしたような顔をした。しかしすぐにやさしげな瞳をしてクラウドに話しかけた。
「俺の体を心配してきたというのか?」
「は、はい。」
「大丈夫だ、どこも悪くはない。考えてみろ、クラウド。俺がミッドガルの街に出ると、どうなると思う?」
「えっと…サーのいく先に人が集まってしまいます。」
「任務はスパイを捕まえることだ。さて、この場合成功するかな?」
「いいえ!逆に失敗してしまいます。」
「俺が任務を拒否したわけではないが、引き受けられる任務とも思えないが?」
「そ、そうですね。ごめんなさい。」
体を小さくさせてしょぼんとするクラウドを見て、不思議とそんな姿を見たくはないと思ったセフィロスが、特徴ある撥ね髪のうえに手をぽふっと置いてぽんぽんとなでる。
「いや、気にするな。俺を心配してくれる人間などこの世にいないと思っていたが…ふふふ…悪くないものだな。」
優しげな瞳で自分を見るセフィロスにクラウドは思わずほおを赤らめてしまっていた。
コーヒーを飲んで無礼をお詫びし、部屋を出ようとするクラウドを玄関まで見送ってセフィロスが声をかけた。
「いつでも遊びに来い。お前なら歓迎する。」
「ありがとうございます。」
笑顔破顔で一礼し、エレベーターに乗り込み振り向く少年の敬礼を見て、セフィロスはふと不満に思った。あの少年には上官としてではなく、ほかの何か…別の存在として会いたいと思っていた。
その理由が分からないまま、ふたたびあの少年の面影を追っていた。
* * *
きっちりと訓練をこなして汗ばんだ体をシャワーで洗い流す。人数が多い一般兵に与えられている時間はかなり短いため、いつもなら手早く終えるシャワー中にクラウドは考え事をしていた。
クラウドがため息をつきながらシャワーを浴びている姿はなぜか麗しく感じてしまう。背中に漂う哀愁は、思わず抱きしめたいほどであった。
おまけをつければここは私設とは言え軍隊である。当然周りにいるのは腕自慢の男だらけ。そんなむさくるしい野郎どもの中で哀愁を漂わせながらため息をつけば、”とって食べちゃってください!”と言っているものである。
そうでなくともクラウドは年齢と性別に見合わない顔立ちと華奢な体格で、お友達以上としてお付き合い願いたいと思っている同僚、先輩、上官たちが山ほどいるのであった。そんな中の一人が”もっとお近づきになりたい一心”で声をかけた。
「どうしたんだ?クラウド。悩み事があるなら聞くぞ。」
すると同じ場所にいるライバルがわっと現れて、我先にクラウドと少しでもお近づきになりたくて声をかける。
「大丈夫か?訓練がきつかったなら、巡回警らを代わってやろうか?」
「いえ、大丈夫です。任務をさぼっていては、いつまでたってもソルジャーになれませんから。」
そう言いながら着込んだ制服の背中に光るものが付いていた。クラウドに触れるチャンスとばかりに、気がついた男が手を伸ばすが、その前を横切って、同じ部屋で寝起きしている仲間の一人であるウェンリーが声をかけた。
「クラウド、ちょっとごめんな。背中に何か付いてるぜ。」
ウェンリーはクラウドの気性をよく知っていた。
見た目の可憐さとは大違い、無骨なまでの姿勢は男らしいの一言である。セフィロスにあこがれて遠方から一人でやってきた男なのだから、当然と言えば当然である。そんな彼に男が交際を申し込むとどうなるか…少し考えればすぐ答えが出る。
そしてクラウドの能力の高さが、周りでちやほやする男どもに実力行使させずにすんでいたのであった。
射撃は一般兵でも1,2を争う正確さ、ナイフを使わせても右に出る者がいない程で、魔力の強さは一般兵ながらも中位魔法を1グループにかけられるほどであった。
腕力と体力以外でクラウドに勝てる男は一般兵にはいなかったのであった。
それほど腕が確かな男でも、少女のような顔立ちゆえか、その微笑みにやられた兵たちが”恋人にしたい一般兵ナンバー1”として名前を挙げているのである。
(まったく、クラウドを恋人にしたいだなんて…口説けるはずないじゃん。)
そう思いつつウェンリーはクラウドの背中に付いた光るものをつまみ、引っ張った。
するすると取れた光るものは思いのほか長かった、しかもそれは…
「うわっ!長い髪の毛だね、クラウドの彼女のものなのかな?」
取れた髪の毛をウェンリーがクラウドに見せた。
「すごく綺麗だね。こんな明るいプラチナブロンドって見たことないよ。」
にっこりと笑って差し出してくれた髪の毛を見ながらクラウドは思わずほおを染めていた。
クラウドの脳裏にその髪の毛の持主である人の面影がぱっと思い浮かんだのである。
「ありがとう、ウェンリー。」
見たこともないようなあでやかな微笑みを残して、クラウドはシャワールームを去って行った。
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