食堂でランチを食べながら、クラウドはポケットに入れておいたものをちらりと確認した。
 白に近い銀色の長い髪は、間違いなく自分があこがれているあの人のものであろう。そう思うと思わず顔が熱くなってくる。
 巡回警らに行く前にポケットから取り出して、丁寧に小さく丸めてから小さなビニール袋に入れてドッグタグに張り付けた。
 こうすることによって、自分にとっては最高のお守りができたような気がしたクラウドは、にこやかに巡回警らにいくために部屋を飛び出した。

(いつか…ソルジャーになったら、あの人と肩を並べて戦いたい。)

 クラウドにとって新たな目標ができた。


* * *



 再び訓練と警備に追われる日々が続いていたクラウドの前に、ザックスが現れた。
「お、元気か?クラウド。」
「ザックス、しばらく会っていなかったけど、あれからずっとミッションだったの?」
「いんや…まあ、いろいろとあってな。」
「ずるいなぁ、教えてくれる約束だよ。」
「そうだったな、また飯食いに行くか?」
「うん。」
 目を輝かせるクラウドはやはりかわいいのか、ザックスがにっこりとほほ笑んだ。
「ったく…マジでかわいい弟分だな、おまえは。」
 食事をしようとザックスと連れ立って歩いていると、目の前にセフィロスが現れた。
「お、セフィロス。どこかに出かけるのか?」
「ザックスか…うるさい連中に捕まる前に逃げるだけだ。」
 そこまで言うとそばにいる一般兵に気がついた。
「なぜ、おまえが?」
「あん?クラウド?おれのマブダチ。今から飯一緒に食いに行くところ、な!」
 がっしりと肩を抱き寄せようとしたザックスが、クラウドの微妙な抵抗に気がついた。
 ふとクラウドを見ると照れたような上目づかいでセフィロスだけをじっと見つめていた。そしてセフィロスもクラウドだけを見つめている。
「そうか、せいぜい高いものをおごってもらうんだな。」
「うひゃ!おれの給料知っているくせに〜〜!」
 ザックスがふざけた口調でセフィロスと話していても、まったく微動だにもせず、クラウドはひたすらあこがれの人を見つめ続けていた。その視線に気がついたザックスがぽかんと口をあける。

(なんだぁ?クラウドのやつ、俺の話を聞きたかったんじゃなくて、セフィロスのことを聞きたかったのかよ?!)

 ザックスとて、セフィロスにあこがれていた男である。その気持ちもわからなくはないが、クラウドのそれは、なぜだかちょっと違うように感じていた。

(もしかして…俺っておもいっきりお邪魔虫?)

 本人たちが気が付いていないだけかもしれないが、この視線のやり取りは、どこからどう見ても、お互い気になって仕方がない存在だということを如実に表していた。
 ザックスは頭をちょいとかいてからクラウドの腕をつついた。
「はいはいお見合い終了!早く行かないと飯が食えないぜ。それともなに?飯よりもセフィロスを見ていたいなら、俺は一人で行くぜ。」
「え?あ、ごめん。ごはん食べないと午後からの訓練についていけないよ。」
「おっしゃ、それなら食堂行くぜ!」
「失礼いたします。」
 敬礼して去っていこうとするクラウドに、セフィロスが声をかけた。
「そのうち一緒に食事をしないか?」
「え?」
「約束したぞ。」
 くるりと背中を向けて、長い髪をくゆらせながら歩き去っていくセフィロスをクラウドはボーっと見つめていた。
「クラウド、飯行くぞ〜〜!」
 セフィロスに見惚れているクラウドを引きずって、ザックスは食堂へと歩いて行った。

 食事中の会話もザックスの話すミッションの話よりも、クラウドが尋ねるセフィロスの行動のほうがはるかに多かった。
 ”やっぱりな…”と思いながらも、クラウドの瞳の輝きに負けて、ザックスは尋ねられるまま話していた。
 食事を終えて訓練に行こうとするクラウドの背中に、ザックスが声をかけた。
「なあ、クラウド。お前、そんなにセフィロスが好きか?」
 ”好き”という言葉に心臓が跳ね返るような思いであったが、クラウドは戸惑いながらもザックスに答えた。
「憧れだよ。あんな強いソルジャーになりたい。」
「そうか、がんばれよ。」
「うん。じゃあな!」
 片手をあげて駆け去っていくクラウドの背中を見送って、ザックスは軽く頭を振った。
「自覚してねーってか?思いっきりほおを赤らめておきながら”憧れ”だぁ?誰が信じるか!」
 まだ14歳だという少年の思いがどうであれ、自分は応援してやりたいと思っていた。しかし、相手が相手であるうえに自覚がまったくないようであった。
「どーしょうもねえんだよなぁ…自覚しない事には、押し付けになっちまう上に相手が相手だもんなぁ…しばらく静観するしかないのかねぇ。」
 ザックスはふと花の好きな少女のことを思い出し、彼女に会おうとミッドガルの街へと出て行った。


* * *



 5番街スラムの教会は、プレートの下にあるというのに、そこだけ光にあふれていた。それはきっとこの少女の為ではないか?とザックスはいつも思っていた。
 あふれるほどの日差しの中、自分が育てた花に囲まれてほほ笑む少女は、誰よりも美しく清楚に感じるのはザックスの気のせいであろうか?
 しかしこの少女が、見た目とは違って芯の強い少女であることも知っていた。
 そばにいるととても安らぎ、穏やかな気持ちになれる。そんな少女がザックスは大好きであった。
「どうしたの?」
 小首をかしげて尋ねる少女の名前はエアリスと言った。
「めっちゃエアリスに会いたくなったから来たんだ。」
「そう?お仕事が大変なんじゃないのかな?」
「全然!今のところ至って平和。友達も増えたし、前途洋洋。」
「ホントかなー?」
「ホント、ほんと。今日はこの間の続きをやりに来たんだぜ。」
「あ!ワゴン?嬉しい!昨日ね、あのお店でリボン買ってきたのよ。」
「お?!いいねぇ、それもつけちゃいましょう!」
 にかっと笑ったザックスが、教会の片隅に置いてあった大工道具を持ち出して、ワゴン造りをしようとした時、エアリスがおずおずと話しかけた。
「ねえ、ザックス。夢…見たの。大きくて強い銀の星と、ちょっと小さいけど綺麗で青い星が、ザックスの頭の上でぶつかったの。二つの星はお互いひき合っていて、くるくる回るんだけど…そのおかげでザックスが見えなくなっちゃったの。なんだか不安、遠くへ行っちゃわないでね。」
 エアリスの言葉を聞きながらザックスはびっくりしていた。
 古代種の生き残りといわれている彼女は、時として未来を鋭く見抜くことがある。二つの星には思い当たるものがある、今回もそれなのかもしれないとひそかに思っていた。
「大丈夫だよ、エアリス。俺がもし…遠くへ行って帰ってこれなくなっても、何とかしてミッドガルに…君に会いに戻ってくるから。」
「約束…だよ。」
「うん、約束する。」
 小指を立てて見せると、照れながらも自分の小指を絡めてくるエアリスに、自分の気持ちをまだ告げていなかったことに今更ながら気がついた。
「なぁ…エアリス。君のこと…そ、その……」
 そこまで口に出しておきながら、先の言えなくなったザックスは、自分の頭をポンッと軽くたたいた。

(これじゃあ、クラウドたちとなんも変わらねえじゃないかよ。しっかりしろ、俺!)

 黙ってうつむいてしまったザックスの顔をエアリスは笑顔を浮かべながら覗き込んだ。
「もしも〜し。なぁにが言いたかったのかなぁ?」
「………す………好きだよ。
 一瞬、翡翠色の瞳を大きく見開いたかと思うと、エアリスは満面の笑みを浮かべながら首を振った。
「聞こえません。」
 その可愛いらしい反応にザックスは笑みを浮かべながらもう一度はっきりと言った。
「好きだよ。君のことが大好きだ。」
「や〜っと言ってくれたね、ありがとう。私も…好き…かな?」
「”かな”って何だよ〜〜〜!」
「うふふふふ…な・い・しょ!ね、早くワゴンを作ろうよ。」
「お?ああ。」
 なんだかはぐらかされたような気がするが、それでも気持ちは伝わっている。
 ザックスがワゴンを作ろうと道具を持つために屈もうとした時、エアリスの顔が正面にあった。
「え?!」
 何事かと思い動きを止めた瞬間、唇が重なった。
「え?え?ええ〜〜〜〜〜〜〜!!!」
 驚くザックスにエアリスは頬を赤らめながらもくすりと笑うと、くるりと背を向けて花の手入れを始めたのであった。


* * *



 炎天下での機銃を構えてのほふく前進訓練は激しく体力を消耗する。
 汗にまみれ、へとへとになりながらも今日の訓練を終えると、いつものようにシャワーを交代で浴びる。
「つかれたぁ〜、クラウド早く夕食に行こうぜ、腹減っちゃったよ。」
「そうだねぺこぺこだよ。」
 疲れた顔もまた保護欲をそそるのか、クラウドに声を掛けたくてもかけられない隊員たちが同じ部屋で寝起きしている仲間をうらやましげに睨んでいた。
 そんな視線を知ってか知らずか、アンディ、ルイス、ウェンリーの3人は、まるでクラウドを守るように囲んでシャワールームを出ようとしていた。
 廊下に出ると遠くからざわめきが聞こえてきた。
 何が起こっているのか分からないまま、4人は食堂へと向かおうとしていると、廊下の向こうから黒いスーツを着た背の高い男が歩いてくるのが見えた。
 やがてその男が目の前に立ち止まると、クラウドに声をかけた。
「訓練が終わったようだな、クラウド。」
「さ…サー・セフィロス。」
 クラウドの瞳はこれ以上見開けないというほど大きく開いていた。
 神羅の軍神であり、治安部にいる兵たちのあこがれの的であるセフィロスがそこにいるだけで、一般兵たちの人垣が十重二十重にでき始めている。いつもは煩わしく、早々に逃げ出すのであったが、今日だけは外野で繰り広げられている雑音をものともせずにそこに立っていた
 クラウドは?と言えば、周囲を囲む数多の一般兵などOUT of 眼中で目の前の美丈夫に見惚れていた。
「行くぞ。」
「あ、はい!」
 それだけの会話であったが、踵を返したセフィロスの後ろをクラウドは小走りでついて行ってしまった。
 しん…と一瞬静まり返った後、一気にあちこちで目の前の光景を復習し始めていた。
「ちょっとまて。俺たちのクラウドをどうしてサーが?!」
「アンディ!何か聞いているか?」
「ええ?!おれも知りませんよ。だいたい、どうしてクラウドがサーと知り合えたのかも知らないんだから!」
「クラウドは…サーがお好きなのか?」
「サーがどうしてクラウドに?!やっぱり可愛いからお気に召されたのか?!」
「だから!おれも知りませんってば!」
「どうする?おい、いきなり高嶺の花になっちゃうのかよ〜〜?!」
「いや、まだだ。まだ終わらんよ。サーが恋人だと宣言するまで諦められるか!」
「クラウドがお前みたいなヘタレの相手をするか!あいつは俺に気があるんだ!」
「冗談言うな!あいつは俺のものだ!」
「今夜こそアタックするぞ!!」
「させるかぁ!クラウドはおれが貰う!」
 多くの一般兵がいきなり集まって勝手に盛り上がり、てんでにどこかへと消えていった。
 いままで必死にクラウド相手に好感度を稼ごうとしていた連中が、右往左往してあわてる姿を3人の同僚たちは冷めた目で見つめていた。