セフィロスの後ろをついて歩いているうちに駐車場へとでた。
銀色のスポーツカーの扉を開けてセフィロスが立ち止まる。
「乗れ、食事に行くぞ。」
「は、はい。」
あわてて助手席に乗り込むと、車内に持ち主のものと思われる残り香が漂っている。やわらかな芳香は車に乗り込んだクラウドの神経を和らげた。
(なんの香りだろう?バラ?バニラ?いい香りだよね…)
うっとりと香りに浸っていると、気づかぬ間にセフィロスが運転席に座り車を滑らせるように走らせていた。
それは乗り物酔いのひどい少年を気遣ったやさしい運転だったため、クラウドがふと現実に戻った時にはすでに目的地に到着していた。
「乗り物酔いがあると思っていたが…短時間なら大丈夫なのか?」
セフィロスの言葉に現実に戻ったクラウドは周りを見渡してびっくりする。ミッドガルの中央にある神羅カンパニーがかなり遠くに見えた。
取り巻く建物には見覚えがあった、何度か巡回警らで出向いてきたことのある、3番街の端の住宅街の一角にある瀟洒な一軒家であった。
一見、民家のようなところに、隠れ家的な良い店があることをまだ知らないクラウドが、不安げな顔をした。
「大丈夫だ。俺の行きつけの店で、看板など一切ないが味は保証するぞ。」
言われたことにびっくりしたクラウドがまっすぐに自分を見つめる、その瞳が”どうしてわかったの?”という疑問に充ち溢れていた。まさしく『目は口ほどにものをいう』である。
「クックックック…まったく、おまえは見あきないな。全部顔に書いてある。」
思わず苦笑を洩らしたセフィロスを見て、クラウドは思わず固まってしまっていた。
「どうした?入るぞ。」
「あ、はい。」
重厚そうな玄関の前で扉についていたドアノッカーを軽く持ち上げて来訪を告げると、誰何もせずに鍵の開く音がする。中から扉が開くと、エントランスには人の良さそうな小太りの男性が笑顔で立っていた。
「おかえりなさいませ、サー。」
ぺこりと一礼する男に、軽く会釈をすると、手慣れた様子で奥にある部屋へと入ろうとして、セフィロスが立ち止まった。
「何をしているんだ?」
「なんだか場違いな感じが…軍服着ていてもいいのでしょうか?」
「考えてもいなかったな。どうかな?オーナー。」
話を振られてエントランスで立っていた小太りな男がニコッと笑いながらうなずいた。
「こちらではご自宅と同じと思ってください。格式ばるつもりはありません。」
「そうか、ならばクラウドがこのままでもよいな。」
セフィロスがクラウドを呼び寄せると、エスコートするかのごとく明るいダイニングのような部屋へと入った。
* * *
幸せな時間はあっという間に過ぎて行ってしまう。
セフィロスと二人っきりで食事をしていたクラウドの目の前にデザートの皿が出てきた。それはこの楽しい時間が終わろうとしていた証拠であった。
ちいさなチョコレートケーキとバニラアイス、そしてフルーツがきれいに飾られた皿を前に、セフィロスがギャリソンを止めた。
「デザートか…半分でよいのだがな。」
サーブした人に皿を手渡そうとするので、クラウドがつい声をあげてしまった。
「え?もったいない、こんなにおいしそうなのに!」
ギャリソンがクラウドへと皿を差し出して一礼した。
「こまります。これ、サーの分ですよね?」
「俺に半分返されるより、お前が全部食べたほうが、料理もシェフも喜ぶぞ。」
大義名分のようであるが事実である。しかし、”人が喜ぶこと”だと聞くと、クラウドの顔がぱあっと晴れた。
「じゃあ、遠慮なくいただきます!」
大喜びでデザートフォークをとりあげ、ケーキを一口でほおばる。
「おいしい!!口の中でとけちゃうケーキって俺、初めてです!」
瞳を輝かせて話すクラウドに、セフィロスは満足感を感じていた。
食事を終えて、セフィロスがカードで料金を支払う。クラウドはすまなそうな顔で一礼する。
「本当にありがとうございました。俺みたいな下っ端の一般兵への約束を守っていただいて…嬉しかったです。では、自分はこれで帰ります。」
なぜだか目の前の少年をこのままカンパニーの寮に帰したくなくて、セフィロスは歩いて3番街の駅まで行こうとするクラウドの腕をとっていた。
「まだ点呼まで時間はある。ここのシェフがおまえに特別にケーキを作ってくれたから、俺の部屋に来ないか?」
一瞬にしてクラウドの動きが止まり、おとなしくセフィロスの車の助手席へと導かれた。
まるで宙を歩いているような感覚のまま、あっという間にセフィロスの部屋へと移動して、プレゼントされたケーキを目の前にコーヒーを飲んでいた。
「そういえば、ザックスとは仲が良いのか?」
「はい、以前ミッションで知り合って、同じような田舎の出身だというので、仲良くさせていただいています。」
「あいつはたしかゴンガガだったな…おまえは?」
「ニブルヘイムです。ゴンガガと一緒で魔晄炉があるけど…それ以外は何もないところです。」
似たような故郷を持つがゆえに、ソルジャーと一般兵が階級を飛び越えて仲良くなることはよくある。今まではまったく関与することもなく聞き流してきたが、目の前にいる少年のことだけはなぜか心のどこかに引っかかった。
「奴とは何を話しているのだ?」
「ミッションのことを…いつも聞いています。サーがイフリートを一撃にした…とか、一瞬の間に反乱軍を鎮圧した…とか。」
「俺のことを?」
「はい。いつもザックスに悪いと思いながらも…サーはどうしているの?とか、その時サーはどうしたの?とか…貴方のことばかり尋ねて…いま…す。」
それはまるで熱い告白に聞こえた。
同じ言葉を何度も…それこそ腐るほど聞いていたはずのセフィロスなのであったが、クラウドに言われるとあまりにも耳に心地よく、そして心ときめく言葉であった。
クラウドを正面にとらえながら、セフィロスが口元に緩やかな笑みを浮かべていた。
「それで?」
いつの間にか目の前にたくましい体が迫っていた。いつのまにか立ち上がってセフィロスだけを見つめていた。
そんなことも全く気が付いていないほど、クラウドは自分の心臓が爆発しそうなほどドキドキしているのであった。真っ赤になりながら…たどたどしい口調で言葉を紡ぐ。
「く…訓練していても…今頃…サーは…なにを…してみえるのか…とか…、そ、その…いつも…サーのことが…頭からはなれなくて…。」
「まったく、おまえは自分が言っていることが分かっているのか?」
「え?あの…その…。」
戸惑うような青い瞳がなぜか心地よく感じる。こんな少年に囚われてしまったのか?と思うと、認めたくはないが仕方がない。そうおもうとセフィロスはクラウドの肩にそっと手を置いた。
「訓練中も、人と会っていても、俺のことを考えていた…そうなんだろう?」
クラウドはセフィロスから視線を外せないまま、こくりとうなずいた。
「おまえは、まったく…今熱烈な告白をしたんだぞ。」
「え?!」
「自覚がないか…。では聞くが、だれかのことを常に考え、追いかけるように思うというのは…どういうことかな?」
「そ、それは…その人のことが気になっている…」
「では、それはなぜだ?」
「そ…それは…その人のことが…す…好きだから。」
「今、何といった?」
「お、俺は…あなたのことが…す、好きです。」
「やっとわかったか。」
導かれるように自分の心がわかったとたんに、たくましい腕に抱きしめられた。あごに添えられた手で、下を向いていた顔を上げられたかと思うと、セフィロスの秀麗な顔がそっと近づいてきた。
確かめるようにそっと触れた唇が、背中にまわされた腕が、セフィロスのものであるとはいまだに信じられない。しかし、自分を抱きしめてくれている人は、間違いなく英雄と呼ばれている憧れの人である。そう思うと閉じた瞳から涙の滴がこぼれ始めた。
しばらくの間、セフィロスの腕の中で、複雑な己の感情に揺れていた時、二人の間に挟まっていたクラウドの携帯がいきなり振動した。
「あ…寮に帰らなくちゃ…」
寮の点呼の時間が迫っていることを携帯が知らせたのであった。しかし、心の中では寮に戻りたくないと思っていた。おずおずと顔をあげてセフィロスを見ると、やさしい瞳で軽くうなずいていた。
「それは仕方がない、早く戻れ。」
あっさりと自分を離すセフィロスに、なぜか悲しくなってきたクラウドは、振り向くこともせずに一直線に寮へと戻った。
* * *
寮に戻ったクラウドはルームメイトに取り囲まれた。
「クラウド、どこでサーと知り合いになったんだ?」
「サーってどんな方?」
「どこにいってどんな会話をしたんだよ?!」
ルームメイトたちとてセフィロスにあこがれて、カンパニーの治安部への扉をたたいたのである。憧れの英雄がどんな人だか知りたいというのもいたしかたない。しかし、クラウドは3人の仲間に答えることなく、首を振ってベッドにもぐりこむのであった。
翌日、やたら落ち込んでいるクラウドが食堂に入ってくると、周りの一般兵が全員注目した。
そんな人たちのことなどわれ関せずに、クラウドはいつものように朝食をとって椅子に座っていると、教務官があたふたと駆け込んできた。
「クラウド…クラウド・ストライフ、いるか?!」
いきなり名前を呼ばれてクラウドがあわてて起立した。
「はい!なんでしょうか?」
「ああ、いたか。早く飯食え、大変なことが起こったぞ。」
何がどう大変なのかよくわからないが、教務官の様子がただ事ではないので、食事をかき込むように食べた。
「ごほっ…、それで、いったい何が起こったのですか?」
「これを見ろ。」
教務官が持っていた紙切れをクラウドに見せた。
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