任命書

              ●X*■年  4月 1日  

  陸軍二等兵 クラウド・ストライフ

   貴殿を陸軍第一師団セフィロス一佐付き  
  ソルジャー候補生に任命する。


       治安部統括 ハイデッガー     



 手元にある一枚の紙切れが信じられなくてクラウドは教務官にたずねた。
「どうして俺が?」
「腕も確かで実力は十分だ、お前は精神的にもう少し強ければソルジャーになれる。三か月前にモデオヘイムへ行ったあたりからタークスのチェックが激しくなったからな。ソルジャーになるには少し体力を上げないといけないということだろう。おめでとう、頑張ればソルジャーだぞ!」
 ぽんと肩を叩かれても、いまだに信じられない。
 しかし、訓練をするために射撃場へと入ると、教官がクラウドを見つけてびっくりした。
「ストライフ、ここへ来ることはサー・セフィロスも御存じなのか?あの方の許可がないと俺がお前を指導するわけにはいかないんだよ。」
「え?そうなんですか?」
「馬鹿!おまえサー・セフィロス付きになったんだったら、それが当たり前だろうが?!さっさとサーのところに行ってこい!」
 教官に言われてあわてて踵を返すと背中から声をかけられる。
「この時間ならサーは本社の執務室にいる。受付に任命書を見せてパスを貰わないとお前では入れないぞ!」
「あ、はい!」
 あわてて駆け去っていくクラウドを見送ると教官がため息をついた。
「しかし大丈夫かねぇ?確かに実力はあるのだが、あの容姿では誹謗中傷が先に立つ。それに耐えられるだけの精神があれば当の昔にソルジャーになっていると思うがな。」
 そうつぶやくと、教官は本日の訓練をするべく訓練場にいる兵たちを集めた。

 本社ビル受付で任命書を見せるとキーカードを受け取る。
 階段を駆け上がると2Fからエレベーターに乗りソルジャー司令官ルームへと昇って行った。
 エレベーターの扉が開くとそこはいくつもの扉が並んでいた。受付嬢に教えてもらったセフィロスの執務室は突き当りにある、その扉をノックしてクラウドは名前を名乗った。
「クラウド・ストライフです。任命書をいただきこちらにまいりました。」
「入れ。」
 カチャリと鍵の開く音がしたので、目の前の扉を押し開いて中に入る。
 明るい日差しの中、机の上でパソコンのモニターを見つめていたセフィロスがクラウドを認めると立ち上がった。
「任命書を貰ったか?」
「はい。」
「お前は戦闘時のセンスが一般兵にしてみればずば抜けている、しかし精神力と体力の無さは補い切れていない。前々からタークス経由でソルジャー候補生として見てくれとは言われていたのだが…俺にはそんな気は全くなかった。」
 トップソルジャーであり常に最前線へと出る宿命にあるセフィロスに、はっきり言って邪魔であり、足手まといにしかならない一般兵が付き人になるというのは確かにおかしい。
 クラウドはおとなしくうなずくしかなかった。
「お前の容姿では誹謗中傷されるかもしれない。しかしそばに置きたかった。お前は周りの連中に何を言われても我慢できるか?体で俺に取り入ったとか…媚を売ったとか…し烈なことを言われるぞ。」
 そばに置きたいの一言でクラウドの暗かった顔がはれる。セフィロスをとらえて離さなかった蒼い瞳が輝くさまは何度見ても美しいと思った。
「そばに…置いてくださるのですか?」
「ああ…その代り、その資格がないと思ったらいつでも首にする。」
 机からすっと立ち上がったセフィロスがゆっくりとクラウドに近づいた。逆光の中あまりにも神々しい姿にクラウドが動けないままでいると、いきなり抱きすくめられた。
「これでやっと…おまえを独り占めできるな。」
 カンパニーの軍人たちの憧れであり、英雄と呼ばれる男が一人の少年を特別扱いすることはできない。だからこそセフィロスは公的立場を優先していたのであろう。そんなところもあこがれの人らしいとクラウドはくすっと笑った。
 その日からクラウドはソルジャー候補生として、ミッションの情報整理や書類の整理などを手伝いながら、セフィロスの指導を受けていた。
 もちろん寮をでて寝食を共にしていたのである。周囲の偏見の目はすごいものであった。
 しかし、セフィロスの的確な指導のもとクラウドの能力はあっという間に開花したのであった。
 ミッションで派遣されてもほかの一般兵を圧倒する戦果をあげれば、だれも文句を言えなくなってくる。おかげでセフィロス配下のソルジャーや直属の兵たちにもあっというまに顔を覚えてもらい、かわいがられるようになった。


* * *



「ク〜ラ〜ウ〜ドォ!お前来月誕生日だろう?パーティーやろうぜ!」
 ザックスがかっちりとクラウドを捕まえて話しかける。
「え?俺、誕生日なんて誰にも教えていないのに…」
「ふふふ〜〜んだ。俺は1stだぜ、そのぐらいの情報いくらでも入手できるもん。隊の連中にも声を掛けたら何人か集まってくれるみたいだぜ。」
「そんな…わざわざみんなに声をかけなくっても…」
「はっは〜〜ん、なんだぁ?お前セフィロスとデ…ふがもご…」
「ちょ…ちょっとザックス!」
 クラウドがあわててザックスの口をふさいだ。

 クラウドがセフィロス付きのソルジャー候補生になってすでに三か月が過ぎ、あっという間に夏を迎えていた。
 必死になって隠していたセフィロスとの仲も、目の前のソルジャーにだけはバレてしまっていた。
「頼むから内緒にして置いてって言ってるじゃない。もう、声が大きいんだから。」
「すまねえ…。まあ、言えないのもわかるけどさぁ。俺も大変なんだぜ、おまえを狙っている連中から守ってやるってのも!ちょいとあの人が”俺のもの”宣言すればいいことじゃねえの?」
「できると思う?」
「……無理…だわなぁ。」
 恋人になってくれたと思っていた…でも、セフィロスはあくまでもみんなの憧れで…俺みたいな一般兵が釣り合うわけない、と…ずっとクラウドはどこか遠慮していたのかもしれない。
「あの人が、俺みたいなやつを構うのって…今だけかもしれないだろ?」
「ま、まて!それは本気で言ってるのか?」
「本気だよ…」
 暗く落ち込むクラウドにおろおろとするザックスは、このところ毎日繰り返されている光景であった。
 セフィロスにそれを話すと取り合ってもくれない理由が分からない。ザックスが見るからに二人は好き合っていて、どこからどう見ても間違いなく恋人なのだが、なぜか深い溝がある気がして仕方がない。
「なあ…クラウド。その…なんだな。うまく…いっていないのか?お前たち。」
「わからない。だって俺…人と付き合ったの…はじめてだし…どうすればいいのか分からないんだ。」
 肩を震わせて泣き始めたクラウドを捨てておけず、ザックスが肩を抱こうとすると、首筋に冷たいものを感じた。きらりと光るそれはよく砥いである剣であった。その剣の波紋や幅に見覚えのあるザックスがクラウドを離して壁まですっ飛んで逃げた。
「わ〜〜〜〜〜〜!!!!まて!待てセフィロス!!おれには美人の彼女がいるんだ〜〜〜!!男にその気はない!」
「ふん!どうだか。おい、クラウド。ミッションの資料を集めてくれ。」
「あ、はい。」
 まるで待たされた飼い主が戻ってきた子犬のように、クラウドは満面の笑顔でセフィロスの後をついて行った。
「っつたく〜〜〜、もっと会話をしたほうがいいんじゃねえの?あいつらは!」
 そうは言いつつも、恋しい人を目の前にすると、何も言えなくなってしまうのはザックスも一緒である。頭をポリポリとかきながらも、苦い顔をしていた。
「まぁ…いいか。セフィロスが一人じゃなくなったんだもんなぁ。」
 孤高のソルジャー、氷の英雄と呼ばれたセフィロスは人を寄せ付けるようなことはなかった。ただ、クラウドだけはどうしたことか自ら欲したようであった。
「結構美人だもんなぁ…気をつけろよ、クラウドを狙っているやつは山ほどいるんだぜ。」
 事実、クラウドをいまだに恋人にしたいと思っている兵は山ほどいる。セフィロス付きになってさらに増えたような感じである。今まで一般兵だけしか接していなかったクラウドがセフィロス付きになったことで上級兵や下級ソルジャーと接することが増えたのである。
 知り合いが増えるということは、クラウドが笑顔を見せる機会が増えるということである。

 事実、ミッションの書類を作成する為に資料室に入ったクラウドに、セフィロス隊の一人が接触していた。
「お?クラウド、ミッションの資料集めか?御苦労さん。取れないやつがあったら言えよ。」
「もう、ディックさん!おれが背低いのを気にしているのを知っているくせに〜」
 すねるクラウドがかわいくて、ディックが笑顔で頭をわしゃわしゃとなでていると、最低最悪の寒気団を背負ったセフィロスがじろりと睨みつけている。視線に気がついたディックがあわてて部屋を出ていくと、クラウドは小首をかしげた。
「変なの、手伝ってくれるかと思ったのに…」
 仕方なく脚立を探して高い所にある資料を取ろうとした時、セフィロスに呼ばれた。
「クラウド、ちょっとこい。」
 作業を止めてあわててセフィロスのそばに駆け寄ると、延びてきた腕に囚われてあっという間に膝の上に座らされた。
「このデータだがな…」
 耳元でささやくような声に思わず体が反応してしまう…。そんな失態を知られたくないがために、クラウドは必死で平静を保とうとしていたが、いたずらな指先があっという間に制服の下に潜り込んで、胸をつまんでいた。
「ちょ…ちょっと、セフィロス…」
 あっという間に半裸にされて首筋に口づけされていた。その時、ノックの音と同時に扉が開き、見覚えのある黒ずくめのスーツを着た男がはいってきた。
「サー・セフィロス。お楽しみのところを大変失礼ですが、そろそろ次のミッションの会議の時間です。」
 タークスのツォンが顔色一つ変えずに立っていた。
「もう少し楽しませろ…」
「できません、すでに時間をオーバーしています。」
「ふん、相変わらずまじめなやつだな。」
 膝に乗せていたクラウドをひょいと下ろすと、軽く唇にキスをしてセフィロスは出て行った。
 半裸状態で床にぺたりと座り込んでいたクラウドは、去り際にちらりと振り返ったセフィロスが、にやりと笑っていたのを見てやっと現実に戻った。
「あ………、セフィロスのバカーーーー!!」

 クラウド以外の人物が聞いたら、即上官批判になりかねないが、その場にはだれもいない。周りを確認して真っ赤になりながら制服を着こみ、ミッションの資料を集める仕事へと戻るのであった。