しばらくして気がついた時、クラウドは最初に星の胎内に座ったままの時と何も変わらないまま膝を抱えて座り込んでいた。 (やっぱり、あれは夢だったのかな?) それにしてはあまりにもリアルで、クラウドには嬉しくて、そして切ない夢であった。 (ありがとう、エアリス、ザックス。俺があまり泣くから、優しい夢を見せてくれたんだね。) クラウドは立ち上がると優しい夢を見せてくれた場所を後にした。 迷路のような空洞の中を歩き続けて絶壁に続く道に出た。這い上るように絶壁をゆっくりと上がっていくと、足場がもろく崩れたせいで滑落しそうになった。 其の時、あわてて他の足場を掴もうとするクラウドの手を誰かの手ががっしりと握った。おもわず固く目をつぶってしまっていたクラウドの耳に信じられない人の声が聞こえてきた。 「まったく、お前は…見ていないと危なくてしかたがないな。」 「?!」 クラウドが顔を上げると、手を掴んでいる人物が目に入った。よほどきょとんとした顔でもしていたのであろうか?その男は口元をにやりとさせてクラウドを見下ろしていた。 「なんだ?心外だな。英雄と言うものはお姫様が危険な時に現われるものだろう?」 「誰がお姫様だ?!」 「クックック……」 片手で軽々と自分を引き上げた目の前の男の胸に、クラウドは思わず拳をぶつけてしまった。 「だいたい!あんたって人は、俺が追いかけるのに疲れた頃に姿を現わして!!さんざん人の心をもてあそんでおいて!!俺が…俺がどんな気持ちか…知り…も…しないで……。」 うつむいたクラウドの瞳から涙がこぼれた。黒い革の手袋が彼の顎を捕らえて上を向かせると、セフィロスの魔晄を浴びたアイスブルーの瞳がじっと見つめていた。 「まったく、泣くなといっただろうが。こんなに泣き虫だとは思わなかったな。」 「あんたを追い駆けるのに必死で泣くのを忘れていたんだよ。」 「それはそれは…」 「もう…何処にも行かないでくれ。俺を置いて何処にも行かないでくれ!!追いかけてこいというなら見える所にいてくれ。お願いだよ、俺のそばにいてくれよ…」 涙ながらに訴えるクラウドににやりと笑みを浮かべてセフィロスが答えた。 「また強烈な口説き言葉だな。」 「え?!」 クラウドは自分自身がついさっき口走った言葉を頭の中で繰り返していた。 だって…俺。ただそばにいてほしくて……。 クラウドのきょとんとした顔を見て、セフィロスがクックックと喉の奥で笑いを殺していた。 「一生そばに居ろと言ったのは誰かな?」 「そ、それは…。そ、そんなこといいじゃないか!それよりも早くおろしてくれよ。」 滑落しそうになって抱きとめられていたのは気が付いていたが、クラウドはいつのまにか「お姫様抱っこ」されていたのであった。思わずその腕から逃れようと身体をひねるが、がっしりと抱きしめられていて身動きがとれない。 「こら、暴れるな。こんな所でお前を落したらどうなるか…。」 「あ?!」 下を向くと断崖絶壁である。こんな所から下に落ちたら一溜まりもない、クラウドはあわててセフィロスにしがみついた。にやりと口元をゆるめてセフィロスがそのまま歩き出したので、腕の中のお姫様はいきなりじたばたと暴れだす。 「おろしてよ!歩けるってば!!」 「ふん、一体誰に向かって物を言っているんだ?大体それが人に物を頼む時に言うセリフか?!」 「あ…お、降ろして下さい。」 「………。」 「お願いします、降ろして下さい。もう歩けます!」 「………。」 「ねぇ、セフィロスってば!」 「やっと名前をよんでくれたな。」 セフィロスに言われてやっとクラウドはそのことに気がついた。 (あ…そういえば!あの時、星の胎内で別れてから一度も『セフィロス』って名前を呼んだことがない…かも。) 「お前が名前をよんでくれなかったから…、俺はそばにいてやる事も出来なかったのだぞ。」 「そ、そうなんだ。」 セフィロスがそっとクラウドを降ろした。そして愛しい青年の手を取って、絶壁の頂点まで先導するように歩いた。 絶壁を昇り終わると空が開けた。 クラウドはそっと隣に立つセフィロスを覗いた。自分の隣にいてくれた、ただそれだけで…、一緒に歩いてくれた…それだけで…、今まで自分が長い間旅してきた事が報われた気がしていた。 大空洞を抜けると綺麗に晴れた空が目の前に広がっていた。 しかしふと気がつくと空からちらちらと白い物が降ってきた。 ( へぇ、風花かな?さすが北の空だ。) そんな事を思いながら、クラウドは手のひらで雪を受け止めようとして目を疑った。 手のひらに舞い降りてきたのはいつか見た小さな白い花だった。 小さな葉っぱも一緒に付いていたその花を指でつまむと不意にエアリスの声がした。 エアリスの笑顔がこぼれたような明るい日差しの中、クラウドはセフィロスと手を繋いだ。 それからしばらくしてクラウド達はエッヂとカームの間の山間に小さな小屋を建てて、一緒に暮らしはじめた。 街に住むにはセフィロスは目立ちすぎる。かと言ってまだ開墾したばかりの土地では農作物も取れないのでクラウドはデリバリーを続けることになった。 小さな小屋の小さな窓にはクラウドがあの時手にしていた小さな花が大切に育てられていた。 その花が根づいて育ちはじめた頃、ふとセフィロスに尋ねられてクラウドは花を育てている理由を話した。 「この花エアリス達がくれたんだから、沢山咲いたら二人が戻ってきてくれる気がするんだ。」 そんな事を言い出すクラウドにセフィロスは思わず顔をしかめていた。 (あの煩い古代種の娘や騒がしいキキキアチョが戻って来るだと?冗談では無い、あの二人が戻ってきたらクラウドを独占出来ないではないか!) セフィロスの心のつぶやきを感じたのか、クラウドの手にしていたブライダル・ヴェールが、なにかをささやくかのように風に揺れていた。 「いつでも、あえるよ。クラウドが私達の事を思ってくれるなら、ね。」 セフィロスに聞こえてきた声はクラウドも聞こえていたのであろうか、柔らかく微笑んだ彼の笑顔はとても眩しかった。 「ブライダル・ヴェールか…あいつららしいプレゼントだな。」 「そう?」 「たしか…花言葉は…幸福を願い続ける…だったかな?」 セフィロスの言葉に頬を染めて上目づかいになったクラウドは、照れていることをごまかそうと、話題を変えた。 「あ、ねえ!夏には畑でトマトやすいかも育ててみようよ。俺、すいかを使ったフルーツポンチ食べたいんだ。」 「クックック…まったく、おまえは可愛いよ」 クラウドが何かをごまかしたのはお見通しだったが、そんな様子も愛らしいとセフィロスはちょっとすねて尖らした彼の唇に自分の唇を重ねるのであった。
それからしばらくして、セフィロスは畑で育てていたスイカの中に、通常の3倍の大きさのものを見つけたのであったが、それは…また、別のお話。
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