土曜日の午後3時。 ソルジャー寮の食堂のキッチンを借りて買い込んできたバナナとホットケーキミックス、卵、牛乳、バターを取り出して、3つぐらいの班に分かれてクラスAソルジャーたちがなにやら始め出した。 指揮を取っているのがクラウドだとわかると、興味本位かそれとも噂の美少年見たさなのか、寮に住むソルジャーたちが食堂に集まってその動きをじっと見始めていた。 そんな事にはお構いなしでクラウドがキッチン狭しと動き回っている。 「マーチン、牛乳はホットケーキミックス一袋に対して200mlだぞ!ランディ!卵の殻入れないでくれよ!パーシー頼むって、バターは全部溶かさなくていいよ。ちょっと軟かくなったらトレイに塗ってくれ。おいザックス!バナナを食うな!ゴードン、そこの山猿に餌をあげないで!」 日ごろの態度には思えない言葉使いである、しかしバナナの束を抱えてうまそうに一本かじりついていたザックスを見ると、あながち間違いではなさそうである。ゴードンは言われるままザックスからバナナを横取りした。そんなゴードンにザックスが不平を言う。 「あん?こんなにあるのに一本ぐらいいいじゃねーの。」 「ダメ!姫を泣かせたいのか?」 「いんや、あいつを泣かせたくはないな。ちぇ!美味しそうなバナナなのに!」 おとなしくザックスがバナナの皮を剥きだすと横からゴードンがふんだくるようにすぐにフォークでつぶしていく。 クラウドの指示で手際よく生地を作り出し、オーブンで焼き始めると食堂中に甘い香りが漂ってくる。 「ん〜、甘いにおいだ。」 「それにしても姫。これ全部焼くのか?」 「うん、100人分ぐらい作りたいんだ。そうじゃないと慰問になんて行けないでしょ?」 「まあ、そんなもんかなぁ?」 甘い香りに誘われたのか食堂からのぞいている兵士たちの人垣が次第に増えていく。その中から見覚えのある男が一人キッチンスペースの目の前に陣取った。 「ひ〜〜め。協力のご褒美くれよ。一番最初に出来上がった奴の切れ端を一口くれ。」 「ジョニー、今回は安いんだな。前回は30万ギルだったじゃないか。」 「いーや、ある意味高いものにつくかもよ。ジョニー、後ろの連中にあとで袋叩きにされないように気をつけるんだな。」 ジョニーとクラウドの会話にブライアンが水を差す。その言葉通りに振り向いたジョニーが真後ろに立っていた自分の旧知の仲間たちを見て顔を青くした。 「よ、よぉカイル、ユーリ、ブロウディ、エリック。なにかあったんか?」 「ある!」 「貴様、ちょっと頭が切れるお坊ちゃまだから使えるのか最近隊長に重宝されているけど、あまりいい気になると俺たちだって黙って見てはいないぞ!」 「そ、それなら俺よりもあいつのほうが先じゃないのか?」 ジョニーが指で示した先にはエドワードが、クラウドの隣で焼けたケーキを均等に切り分けていた。 「上手じゃないか、エディ。」 「これでも元後方支援の輸送部隊副隊長だぜ。こういうものを切り分けるなんて日常茶飯事、均等に分けないと後が怖いんだ。」 「そうだね。食べ物の恨みって怖いからね。」 そう言って焼けたバナナケーキの切れ端をクラウドは一つまみつまんで口に入れた。 「ん、この味ならまあまあかな?」 まだ残っている切れ端を再びつまむと隣でせっせとケーキを切っているエドワードに声をかける。 「はい、エディ。」 「ん?なん………。」 呼ばれてクラウドに振り向いたとたんに、口の中にバナナケーキが飛び込んできたので、エドワードは何も考えずに口にむしゃむしゃと食べた。そんなエドワードに心配げにクラウドが味を尋ねる。 「どう?おいしい?」 「あ、ああ。まあ、こんなもんだろうな。」 当人たちにとっては何て事のない行動であったであろう。しかしキッチンスペースで動いていたクラスAソルジャーたちが青い顔をして固まっている。 食堂にいるソルジャーたちもポカーンとした顔をしていた。 一番真っ先にフリーズから立ち直ったのは王女警護隊長だった。 「エディ〜〜!俺たちの姫からケーキを食べさせてもらうなんて…どうなるのかわかっているんだろうな!」 「リック、俺も協力する!」 ジョニーの後ろにいたカイルやエリック達が真剣な顔で口走っていた。 クラウドの笑顔を独り占めしたうえに、焼いたケーキを口に入れてもらったことなど、特務隊の隊員にすら経験がない。それを目の前で見せられては、やきもちを焼くなと言われても焼きたくもなるというものである。 「サー・エドワード、頑張ってくださいね〜〜。こいつら日頃姫の笑顔を見ることなんざ少ないから、俺がプライベートで呼ばれることすら気に入らないらしいから、ね。」 ジョニーがとどめをさすとエドワードがうなだれるようにがっくりと肩を落としてつぶやいた。。 「まったく…。クラウド、おまえどこのお姫様よ?」 「姫なんて呼ばれたくないんだけどなぁ。」 「間違いなくお姫様じゃないか。ブロウディーたちの後ろも見てみろよ、み〜〜んな俺にガン飛ばしてくれている。もっとも特務隊みたいにクラスAをシメようって連中はいないみたいだがな。」 「でも、ヘンなの。味見をした程度でなんでエディがシメられるの?」 (お前は天然かーーーー!!!) 突っ込みを入れたい気持ちをぐっと抑えて、均等に切ったケーキを一つずつラップにくるんでいると、答えが聞けなくて不満なのか金髪の天使が口をツンと尖らせてちょっと拗ねていた。 「もぉ〜〜、すぐに黙るんだから。どうしてなんだよ?」 「無自覚かよ、おまえ。カンパニー1の美少年で、事務のお姉さんたちだけでなく、一般兵からクラスSまでお付き合いしたい人ナンバー1に挙げているんだが?」 「そりゃさぁ、何度となく『隣に立ちたい』とか『一緒に仕事がしたい』とか言われているけど…任務次第だし、それに俺はサー・セフィロスの隣にしか立ちたくないし。プライベートでは一緒に住んでいる恋人だっているんだよ。それなのになぜ?」 「そーだよなぁ?なぜ俺なんだ?リック。」 クラウドの疑問を丸投げされたリックが即答する。 「簡単だ、恋人といちゃついているのは見ることができないが、お前は実際目の前で姫の笑顔を独り占めしているからだ。」 「どこぞの隊長殿もその一人なんですけど?」 「隊長殿は特別だ、なにしろ姫が望んで隣に立ちたい方だからな。お前は俺からその権利を奪っていった憎っい男だ、目の敵にして何が悪い。」 さらっと言い退けるあたりは流石である。正論にしか聞こえてこないのがちょっと恐ろしいが、その実は「可愛いからついいじめちゃう」というこの男と、ほかのクラスA達の”いじめっ子根性”がクラウドのお気に召さないだけなのである。 ちなみに、兄貴分であるザックスがなぜクラウドとペアを組めないかと言うと、日頃のふまじめな態度を矯正するまでクラスSとランスロット統括、そして上官のセフィロスから禁止されていたのであった。 「わかっちゃいるけどさ…なんだか矛盾を感じてな。」 エドワードが少し悲しげな笑みを浮かべた。 翌日、山のように作った一口サイズのケーキを持って、輸送部隊の隊長におねだりして調達してもらったトラックに乗り込み、白革のロングコートに身を包んだクラスAソルジャーたちがカンパニーを後にした。 目的の訪問先の前では施設の人たちが建物の前で並んで待っていた。 慰問に行った施設に大喜びで受け入れられて、クラウドはニコニコの笑顔でケーキを配り戻ってきた。 その様子がTVニュースで報道されたとたん、クラスAソルジャーたちの市内での巡回警らに支障が起きるようになった。特にひどいのはクラウドとエドワードのペアである。どこでどう調べてきたのか知らないが、仲間同士で連絡を取り合って巡回場所を教えあったのか、行く先々で女性に囲まれるようになってきたのである。 ほとんどはクラウド目当ての女性たちばかりであったが、エドワードが目的の女性も当然いた。中には可愛らしい女性や大人ぽい美人もいたので、エドワードはあとで連絡先を聞こうとしたが、すぐ隣を歩くクラウドが抱きついてきてはなれなかったからか、あっというまに”追っかけ”がいなくなってしまったのであった。 「もったいない!結構可愛い子もいたっていうのにホントもったいない!!」 珍しく吐き捨てるようにエドワードがぼやいている横でブライアンが苦笑を洩らしている。 「仕方がないよ。姫がしがみついて離れなかったら誰だって勘違いするって。」 「それなのに俺、また明日からリック達に扱かれるんだぜ…もうまいっちゃうよ。」 女の子にもてない原因で八つ当たりされて扱かれる。 そのおかげで輸送部隊の副隊長から、ナイツ・オブ・ラウンズの三銃士の一人に副官として引き抜かれるほどになったのであるが、ものすごく矛盾を感じていることであった。 そしてその矛盾はクラウドがクラスSへ引き抜かれるまで続くであろうということも…なんとなく理解していた。 「はぁ〜〜、憂鬱だよなぁ…こんなのがあとどのくらい続くのかよ。」 「お前が先にクラスSに行くという手もあるぞ。」 「無理言うなよ。そりゃ…あの黒革のコートには憧れるけど、治安部が縮小になるという現状を考えれば無理だろ?姫だってクラスSには行きたくないって言ってるから…マジでどれだけ?って聞きたいよ。」 大きくため息をついたエドワードの肩をブライアンは同情の意味をこめてポンとたたくのが精いっぱいであった。 どうやらエドワード君の憂鬱はこの先しばらく消えることはなさそうである。 The End |