一年前に自分を鍛えてくれたクラスSソルジャーを目の前にしていても、クラウドは何も覚えていないので、ごく普通に対応していた。
「姫だなんて、なんだかくすぐったいですわ。」
「ところで、こいつらにコーヒーでもだしてやってくれないか?」
「え?お食事をご用意してありますけど?」
「ひ、姫の手料理を?」
「そんな、勿体ない!!」
「なんだいらないのか?、クラウディアの料理は美味いぞ。」
「セフィロス、いつの間に貴方はそうやって、愛妻を自慢するようになってしまったのですか?」
「事実を事実として言っているだけだ。」
クラウドはセフィロスに腰を抱かれて、頬を染めたまま上目がちにその場に居るソルジャー達を眺めていた。
ガーレスが思わずため息交じりに話した。
「セフィロス、奥様を自慢したいのはわかるが、いいかげん中に入れてくれないのかね?少々腹も減っているし。」
「クラウディア、案内してやれ。」
「あ、すみません、どうぞ中にお入りになって下さい。」
笑顔で部屋の中に通された5人が見た物は、自分達をも負かした事のある少年兵の強さとはかけ離れた物だった。
良く使われているであろうキッチンは丁寧に磨き上げられて、鍋などもきちんと磨かれ整然と並べられていた。リビングのテーブルには大振りのピンク色のユリが、花ビンにゆれていていい香を発している。
キッチンのテーブルにゲストの5人を座らせて、クラウドが丁寧に盛りつけた皿を配ると、ローストビーフをセフィロスの目の前に持っていき、ナイフとフォークを手渡した。
「切り分けをお願い出来ますか?」
「当然だろう?こういう物を切り分けるのは家の主人のやる事だ。」
ローストビーフをセフィロスが切り取って、サフランライス乗った皿の上に並べていくと、そこにクラウドがソースをかけてゲストに配りテーブルにすべての料理が揃った。
ランスロットが思わず感嘆の言葉をつぶやいた。
「これを、姫がお一人で?」
「ええ、お口に合うかどうかわかりませんがどうぞ。」
「そんなに心配するな、お前の料理はいつも美味い。」
「では、遠慮無く頂きます。」
恐る恐る口にしたヴォルシチの味は下手なレストランの物よりも美味かったので、おもわずパーシヴァルが唸る。
「セフィロス。今からでも遅くない、姫と別れぬか?」
「フン、お前らに妻を譲るつもりなど毛頭も無いわ。」
「まったく、あの時強引に私の隊に入れてしまえばよかった。」
「まて、ガーレス。それを言ってはいけない、姫が混乱する。」
ランスロット達の会話にクラウドはセフィロスのとなりできょとんとした顔をしていた。
食事を終えて5人の戦友と共にリビングへと移動すると、壁に立てかけてあるクラウドのアルテマウェポンから赤い晄が放たれていたのでリーがそれに気がつく。
「なにやら召喚獣達が話しかけようとしているようですが?」
「マテリアの事すら覚えていないのだぞ、今のクラウドにあいつらの声が聞こえるとも思えぬ。」
「キングがそれを教えてやればよいではないですか。」
「私の言葉を信じる奴らとも思えぬが、やってみるか。」
そういうとアルテマウェポンから赤いマテリアを2個取り出すと、手のひらのマテリアの赤い輝きがさらに強くなった。
”人の子よ…、我が主に何があったのか教えてくれぬか?”
記憶障害だ 戦士としての記憶が呼び起こされていないのだ。
”我らの事も忘れたと言うのか?"
まあ、そう怒るな。なんなら直接語って見るか?
”やらせていただこう”
”我らもお願いいたす。”
赤く輝くマテリアをセフィロスがクラウドに手渡しながら話しかけた。
「この赤い宝石がお前に話しかけたいそうだ。」
「え?」
クラウドが不思議そうに渡された赤い石をのぞき込む。
召喚マテリアがきらきらと光ってはいるが、やはり今のクラウドには召喚マテリアの声は聞こえなかった。
「ごめんなさいね、あなたたちの言葉が私には聞こえない。」
クラウドがそうつぶやくと赤いマテリアの輝きが急激に減った様にみえた。
セフィロスがクラウドから召喚マテリアを受け取ると問いかけた。
どうだったかね?
”どうやら姫君の記憶は呼び起こせなかったようだ。”
”まるで封印されているようだったな。”
で、どうするかね?
”姫の記憶が戻るまでゆっくりさせてもらう。”
”そなたになら呼ばれてもよいぞ。”
”お前に使われるのは癪だが姫を守るためなら呼ばれてやる。”
赤い晄を発しなくなった召喚マテリアを目にしてトリスタンがびっくりする。
「ずいぶん拗ねているようですな。」
「クックック、私に呼ばれるのは癪だそうだ。」
「まったく、召喚獣にも惚れられるほどの士官だと言うのに、その記憶が全くないと言うのは困りましたな。」
「では、やってみますか。」
ランスロットが意を決したようなのでセフィロスがクラウドを呼ぶ。
「クラウディア。こっちへおいで。」
キッチンで食事の後片づけをしていたクラウドを呼ぶと自分のとなりに座らせた。そして優しく髪をすきながらクラウドに問いかけた。
「クラウド、お前の記憶をすべて取り戻したくは無いか?」
「そのほうが、サーにとってもよろしいのでしょうか?」
「そうだな、クラウディアのお前も好きだがやはり何か足りない気がするな。」
クラウドがそっとうなずくとランスロットの指先に紐でぶら下げられた穴の開いたコインがゆれていた。そのコインを見るとクラウドの意識はすうっと遠ざかって行った。
クラウドが完全に催眠状態におちいったのを見はからって、ランスロットが声をかけた。
「あなたのお名前を教えて下さい。」
「クラウディア・ストライフです。」
「クラウド・ストライフと言う人をご存じですか?」
「うううっ…。」
クラウドが頭を抱えて青い顔をしたとたんリーが割って入った。
「だめだ、ランスロット。」
「やはり急激に思い出させるような事はだめなのか?」
「元に戻してさし上げてくれ。」
「ああ。」
ランスロットが仲間の言葉にうなづき、指をパチンと鳴らすと、しばらくしてクラウドが頭を軽く振って目を開ける。セフィロスが声をかけた。
「大丈夫か?」
「ええ、ちょっと頭痛がしただけです。」
「奥様のお加減が悪いようですので我々はこれで失礼いたします。」
「お体を大切に。」
「あまり無理なさらないで下さいね。」
「早く思い出せるとよいですね。」
5人の戦友達はソファーから立ち上がると、それぞれ玄関へと歩いて行ったので、クラウドがあわてて見送ろうと追いかけた。
「すみません、何のおかまいも出来ずに。」
「いいえ、おいしい食事を頂いてこちらこそ何もお返し出来ずにすみません。」
ランスロット達は軽く手をあげて帰っていった。
心配そうな顔をするクラウドのとなりには、セフィロスがまるで守るかのように立っていた。その雰囲気は戦友達の知っているいつもの”氷の英雄”ではなく、愛しい者を守る気持ちにあふれていた。
セフィロスに腰を抱かれて部屋に帰ったクラウドは、どこか悲しげな表情をしていた。
そのままクラウドを抱き寄せて耳元でセフィロスが問いかける。
「どうしたのだ?」
「何も思い出せなくて、ごめんなさい。」
「そんな事気にするな。それよりもお前を抱きたいのだが?」
セフィロスの言葉にクラウドが一瞬びっくりしたような顔をするが、すぐに頬を赤く染めて小さくうなずいた。
「サーがお望みでしたら。」
「いつまでサーと呼ぶつもりだ?お前は私の妻だろう?」
「あ、ごめんなさい、セフィロス様。」
「様も余分だ。」
そう言うとクラウドの唇を奪った。
セフィロスから与えられる口づけにクラウドは追い上げられ、じゅうぶん溶かされて自分の奥底にあった情欲に流されてしまっていた。
そしていつのまにかベッドの上で一糸纏わぬ姿のままたくましい腕に抱きしめられ、自分の物とも思えない艶やかな嬌声を絶え間なく上げていた。
何度と無く互いに絶頂を迎え何度も情交の証を吐き出した後、クラウドはセフィロスの腕の中で意識を手放した。
朝の日差しがベッドルームにさし込んでいた。
その眩しさでクラウドが目を覚ました。
「あれ?いつの間に?」
意識が覚せいすると首をめぐらせると、目の前に横になっている愛しい人のいつもは冷静なまでのアイスブルーの瞳が、不安げに揺れていた。
「え?セ、セフィロス?!どうして??」
「覚えていないのか?」
「だ…だって、たしか爆発で壁にぶち当たって…。」
「聞いてもよいか?私はお前のなんだ?」
「え?セフィは俺の憧れの英雄で……あの…最愛の人」
クラウドのつぶやくような言葉を聞き取り、思わずセフィロスがクラウドを組み敷いた。
「ちょ……、セフィ。お仕事に行かなきゃ。」
「今日は二人とも休暇を取った、何しろお前は昨日記憶混乱を起していた。」
「記憶混乱?」
「頭を打ったショックでクラウディアとしての記憶しか戻らなかったのだ。まあ、それはそれで悪くはなかったが、何か足りなかった。」
「俺にセフィの妻として家に居てほしいの?」
「いや、それでは戦場で私のとなりに立つお前が居なくなる。お前の何が欠けても私の求めるお前ではないということだ。」
クラウドがセフィロスの言葉に嬉しくなり、思わず首に腕を回してセフィロスを抱き寄せた。
「セフィ、大好き!」
その日1日ゆったりと休暇を楽しで、翌日出勤したセフィロス達を待っていたのは、クラスSであるセフィロスの戦友達のやっかみと、クラスAソルジャー達の安堵のため息だった。
『 if 』 クラウディア偏 The End
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