ファインダー越しにカメラマンのグラッグが声をかけた。
「は〜い、クラウディア視線こっちに下さい。」
 クラウディアが言われた通りに、ふわっと笑った視線をカメラに向ける。その笑顔は少し艶やかで妖艶さを含んだ天使の笑顔だった。
 グラッグがその笑顔に満足しながらシャッターを切って再び声をかける。
「いいねぇ…何かいいことあったのかい?!」
 そういわれた途端、クラウディアの頬がピンク色に染まる。照れてうつむいてはいるが青い瞳の中にほのかに色気を感じる。
「もう…意地悪。」
「うわ〜〜色っぽい!!16才にはみえないぜ、クラウディア!」
「お疲れさま。これでこっちが入れた仕事はすべて終わったよ。それにしても流石だね〜、ダイアナもマダムセシルのポスターも一発OKだったし。料理までベタ誉めに誉められちゃってさ。」
「ふう、やっと終わりですか?エアリスに電話しなきゃ。」
「ああ、8番街の花屋さん?」
「ええ、ケーキバイキングにいく約束してるんだ。」
「ケ…食べ過ぎて太らないようにね。」
「仕事がハードだもん、多少太ったってすぐ痩せちゃうよ。」
 スタイリストのミッシェルが撮影に使った服を見て心配げな顔をした。
「そういえば、かなり痩せたわね。やっぱりハードなんだ…。」
「個人的にはモデルに専念してほしいんだけどなぁ。」
「んべ〜〜〜〜!!ハードでもいいもん。そばにいたい人のそばにいられるんだもん。」
「はいはい、惚気るのはそこまでにしてね。こっちは彼氏すらまだいないんだから。」
 いつものやりとりになったところで、クラウドが携帯を取り出してエアリスの番号をプッシュする。3コール目でエアリスが電話口に出た。
「きゃぁ!!クラウディア、どうしちゃったの?」
「え?だってケーキバイキングにいく約束してたでしょ?」
「わぁ!!ちょっとまってね、ザックスとセフィロスに電話入れるから!」
「え?ちょっと。セフィもザックスも呼ぶの?」
「当然!すぐ飛んでくるから待っててね!!」
 そう言うとさっさと電話を切ってしまったエアリスに、クラウドが呆れる。
「どうやってここに来る気なんだろう?」
 ミッシェルがにこにこと笑いながらクラウドに答えた。
「サーもみえるんでしょ?彼ならここにいることを知ってるわ。だからここで待っていればきっと現れるわよ。」

 ミッシェルが言う通り、そのまま30分も待っていると、スタジオの扉が開いて銀髪の美丈夫がゆったりと入って来た。
「セ…セフィ。」
 黒のジャケットにジーンズというさり気ないカッコなのだが、セフィロスが着るとやたら足が長く見える。クラウドが見惚れているとミッシェルがすかさず突っ込みを入れる。
「あら?クラウディア。毎日一緒にいるっていうのに、サーを見るあなたの目がハートマークになってるわよ。」
「もう、ミッシェルのばかぁ…」
 クラウドの様子に思わずセフィロスの目じりが下がる。扉を開けてそれを見ていたザックスが呆れていた。
「旦那ぁ〜〜、これから甘いもん食べに行こうっていうのに、もう十分過ぎるほど甘いじゃないか。」
「煩い!」
 クラウドのそばにエアリスがやってきて手を繋ぐと、にっこりと笑い掛ける。ティモシーがそれを見て笑顔でうなずいた。
「いってらっしゃい。あまり食べ過ぎてまわりの人に、びっくりされないようにね。」
「保証しませ〜〜ん。」
「どうしよう?あまり食べ過ぎると嫌われちゃうかな?」
「そんな男、こっちから振っちゃいなさいよ。」
 ザックスがエアリスの言葉に目を丸くして、あわててセフィロスを盗み見るが、彼はゆるやかに微笑んでいた。
「私がお前を嫌う事など出来る訳なかろう?」

 クラウドが蕩けるような笑顔をセフィロスに贈ると、エアリスとどこのケーキを食べに行くか話しはじめていた。それは何処からどう見ても完全に女の子同士の会話だったので、クラウディア・スタッフですら、目の前の可愛らしい女の子が、実はトップクラスのソルジャーである事を思わず疑わせた。

 それから1時間後。有名なパテシィエがケーキを作っている事で、いつも行列が絶えないホテルのラウンジに4人がいた。
 渋い顔をしながらコーヒーをすするセフィロスとザックスの隣りで、皿に目一杯ケーキを取ってきては半分づつにしながら、クラウドとエアリスがきゃーきゃーはしゃぎながら食べている。
「あ、これオレンジスフレだわ。こっちはラズベリームース。」
「こっちは紅茶のケーキね、チョコレートトルテもあったわよ。」
 ラウンジにいる人達は神羅の英雄とそのフィアンセ、そして英雄の右腕と言われたソルジャーとその彼女を遠巻きに眺めていた。
 その中にカンパニーに勤めている女子社員もいた。
 いつも写真でしかろくに見た事のないスーパーモデルが、ごく普通の女の子のようにはしゃぎながらケーキを食べている。そのとなりで氷の英雄と呼ばれるほど感情を表に出さないセフィロスが、目を細めて嬉しそうな顔でクラウディアを見ている姿を目の当たりにしてびっくりしていた。
 そしてその話は次の日にはあっという間にカンパニーの中で有名になっていた。

「聞きましたか?キングがケーキバイキングで奥様といちゃつかれていたらしいですよ。」
「あの甘いもの嫌いで匂いをかぐのも嫌だとおっしゃっていたキングが、可愛らしい奥様の為とはいえ努力していらっしゃるのですな。」
「そういえば、今夜ではないのですか?奥様が出演するTV番組は。」
「ああ、先日目じりが下がってみえたから何かあったのか?って思ったのですが…奥様の料理をべた誉めされたとか…」
「まったく…氷の英雄とよばれていた彼は何処へいってしまったのでしょうな?」
「戦場に立てば氷の英雄に戻るのだから、かまわぬのではないかね?」

 その翌日、夕方7時のTV番組は違った意味で話題になった。
 いつものクセで、マリッジリングをしたままクラウドはTV番組の収録をしたのだった。料理番組はあまり手元をアップで取らなかったのだが、その番組を見た雑誌編集者がクラウディアの左手薬指にはまっているプラチナのリングをしっかりと見付けた。

 次の日には週刊誌に指輪の写真がすっぱ抜かれていた。
 新聞の広告欄に自分の名前を見付け、クラウドはあわててマネージャーのティモシーに電話を入れた。
「あ、ティモシー?クラウドです。週刊誌に何をすっぱ抜かれたの?」
「ああ、マリッジリングです。つけたままTV番組収録したでしょ?いつも婚約指輪をしている訳に行かないから、代わりにもらった指輪だと雑誌には対応してあります。」
「籍を入れちゃった事にすればいいのに。」
「最終的に言い訳が出来なくなったらそれで行きますよ。ああ、それから8月19日は開けておいてください、クラウディアの誕生日ですから。」
「俺、2回も誕生日が来るのか。」
「マダムセシルもデヴィットさんも楽しみにしてみえますよ。そうそう、サー・セフィロスのスケジュールも開けておいてください。なにしろフィアンセの誕生日に不在にさせる事など出来ません。」
 ティモシーの言葉にクラウドが呆れたような顔で携帯をたたむと、すぐそばにいるセフィロスに話しかけた。
「セフィ、マリッジリングを撮影されちゃった。」
「ん?何か問題でもあるのか?」
「え?だってセフィのところに取材陣が行っちゃうよ。」
「相手にしないだけだ、それにお前は私の妻だろう?何を知られて困る事がある。」
「セフィがそのつもりなら、俺はかまわないけど。かえってそのほうがいいのかな?モデルをやらなくてすむかもね。」
 しかしクラウドの思いとは別に、女性からのクラウディアへの好感度がぐんと上がった。好きな人のために料理上手になったとか、もらった指輪を外したくないという女心は、ごく普通の女の子にも通じるものがあったからだ。
 もちろんカンパニーでもこの噂で持ちきりであった。
「クラウディアの指輪の件って、サー・セフィロスは何か言ってるの?」
「否定するどころか肯定しているんですって、店に指輪を買いに入った時に『ずっと付けられるものを欲しいと言ったらこの指輪を薦められた』ですって。」
「それじゃ、やっぱりマリッジリング?」
「サーの言葉でそれ以外の指輪を薦められる事はないでしょ?」
「じゃぁ、サーもはめているのかな?」
「そりゃ…あのグローブ外したら…、って事なんじゃないの?」
「うわ〜〜〜 ラブラブ〜〜〜!!」


* * *



 クラウドが2週間ぶりに出社したらいつのまにか、自分にまつわるへんな噂話しは一切消えうせていた。
 ブライアンが声をかけてきた。
「よぉ姫、長い休みだったな。」
「一週間は拉致されてたからね、実質1週間さ。」
「安心しろよ。もうお前の噂なんてどっか行っちまったから。」
「せいぜい行動に気をつけるよ、これ以上何かいわれたくないよ。」
「無理なんじゃない?お前って注目されてるから。いつものクセで”リックの意地悪〜、エディ優しいから好き”でおしまい!」
「リックの意地悪もエドワードが優しいのも事実なんだが、俺達がそれを言ってもなんともないのにお前が言うと噂になる。」
「人の噂なんか気にしていたら仕事出来ないよ。」
「そりゃそうだ!!」
 クラスAの三分の一が執務室を出て駐車場へ向かう、ミッドガルの警らへと出かける為であった。雑談しながら移動する間、仲間の顔を見渡すとニブルヘイムにいた時、自分が独りぼっちであった事が信じられないほど、たくさんの仲間に囲まれている事をクラウドは実感していたのであった。

The End