黙ったまま身じろぎもせず、クラウドの話を聞いていたジャック・グランディエがゆっくりと顔をあげた。
「そうでしたか…納得いたしました。契約書には確かに依頼をこなすことができるのであれば性別を問わないとあったのは覚えています。しかもクラウディアはそのプロフィールが一切不明、名前と所属会社しか公表していないのですから、訴えても知らぬ存ぜぬで通せると思いますが…それでも、このことを公表するにはまだ早いようですな。」
「現在、依頼によってはクラウド君自身に撮影に来てもらうという刷り込み作業を始めたばかりです。その率は10%にも満たない状態ですから、しばらくは現状を維持します。が、私どもとしても彼を泣かせるようなことはしたくありません。全力でお守りいたします。」
 ティモシーがきっぱりと言い切るのをジャック・グランディエ氏は緩やかに微笑みながら聞いていた。そしてちらりと自分の息子に目をやり、その表情に変化がないのを見てから自分なりの結論を口に出した。
「では、これからはわが社の依頼はすべてクラウド君にお願いいたします。ああ、そうだ。戦略に使えるならうちのバカ息子をいくらでも使ってやってください。尊敬する上官を守るためなら父親でも殺しかねない男ですが、あれでも一応経済界に顔が利きますからね。」
「ええ、遠慮なく使わせていただきます。」
 セフィロスも言われたことがわかっているのか口元をゆるめている、意味が通じていないのはクラウドだけだったようである。
「え?どういうこと?バカ息子ってジョニーのことだよね?え?え?!」
「クラウド君。君って天然なのは知っていたけど、よくそこまで鈍くてサーの副官まで登れたものですね。」
「やーだ、見ていればわかるでしょ?このお坊ちゃま君は誰かさんの旦那さんにいれこんじゃってるの、何があったかは知らないけど、自分が戦士として通用するのはどこかの隊長殿のおかげだと思っているんでしょ。もっとも、そう思っているのはどうやらこの人だけじゃないのが、君の所属する隊の面白い所よね。」
 そこまで言われてやっと納得したのかクラウドが大きな目をさらに大きくしてジョニーを見つめた。
「なんだ、ジョニーがやたら俺や隊長殿の言うことを聞いてくれるのはリックと同じ理由なんだ。」
 居辛くなったのかジョニーがいらつきだしているのを見ると、どうやら正解だったようだ。
「ったく、おまえのスタッフってのは、なんでこんなに敏い奴らばかりなんだ!」
「う〜ん、たぶん俺が世間知らずだから自然とこうなっちゃったんじゃないかなぁ?」
 幼い時から村はずれにされ、トラックの運転手の持ち込んだ雑誌に乗っていたセフィロスに憧れてソルジャーになるべくニブル山に入ってはナイフ一つでモンスターと戦っていたからか、クラウドはあまり世間を知らずに育っている。そしてそれは多くの神羅カンパニー治安部に所属する兵士もおなじであろう。
「いいんだよ、姫は姫のままで。そのためにティモシーたちや俺がいるんだ。利用できるものは利用すればいい。」
 ティモシーもミッシェルもクラウドを見てうなずく。しかしクラウドにも譲れないものがあった。
「でも、俺は…俺はいつまでも世間知らずでは居たくない。今は守られてばかりいるけど、いつかセフィロスの隣に立つにふさわしいと言われたいんだ。」
「それもわかっている。今は俺たちを利用して、俺たちのやり方を学べばいい。大丈夫だ、姫は隊長殿に望まれているんだ。もっと自信を持つんだな。」
「なんだかジョニーがいつものジョニーじゃないみたい。ねえ、いつものちょっといい加減で斜に構えた遊び好きの俺が良く知っているジョニーてどこにいっちゃったの?」
「何だ、クラウド。お前は気がつかなかったのか?これがこいつの本性だ、ジョニーは確かにお前の言う通りの隊員だが実態は思った以上に真面目で先読みをする男だぞ。」
 人を見抜く力があるセフィロスが言うのである、それは確かなのであろう。クラウドはうなづくとそれまでの穏やかな瞳をすうっと細めて言い放った。
「では、利用させてもらうことにする。」
 その態度は反抗勢力が「地獄の天使」と呼ぶクラスAソルジャーの姿であったが、パステルピンクのワンピース姿で言って欲しくはないセリフである。
「クラウド君、もうすこし服装を考えた言い方をしてほしいんだけど。」
「パステルピンクの服着た特務隊の隊長補佐だなんて見たくねえよ!」
「ううっ…それだけは言われたくなかった。」
 コロコロと表情を変える少年の純真な心がそのままであるように自分たちがいる、クラウディアのスタッフは常にそれを心がけているつもりであった。そしてその思いがクラウドに伝わっていることに満足していた。
 一連の経過を黙って見ていたジャック・グランディエ氏がいつものような優しげな笑みを浮かべた。
「良いスタッフですな、そのスタッフに加えていただけるのであれば私も光栄です。」
 ジャック・グランディエが右手を差し出している、その手を握り返してよいものかどうか隣に立っているセフィロスを見るが表情に変化はない。それはあくまでもクラウドの意思を尊重したいがためであった。
 一瞬不安げな視線をセフィロスに送ったが、その真意に気がついたのかクラウドは意を決したようにジャック氏の差し出した手を握り返した。
「期待にこたえられるだけの人間になれるかわかりませんが、よろしくお願いします。」
 横でティモシーたちやジョニーが緩やかに微笑んでいる。セフィロスは相変わらず表情を変えていないが伝わってくるオーラは暖かい。クラウドはニブルヘイムで望んでも手に入れられなかったものをやっと得られた気がしていた。


* * *



 北コレルの魔晄炉の解体作業が半分終わったところで、ザックスたちの契約が切れた。
 「もっと一緒に働こう。」と元反抗勢力に誘われたが、すでに牙の亡くなった連中相手にいつまでも様子を見る必要はないと判断したザックスは「ミッドガルに出るわ。」と返事をして北コレルを後にした。
 科学部門の連中と警備員は交代で残ったようだが特務隊の肉体労働班は全員リック達がキャンプを張るコスタ・デル・ソル南の平原に入った。
 あらかたモンスターを退治し終わったのか、のんびりとキャンプを張るリックの目の前に、日焼けしたうえにたくましい筋肉をつけたザックスが現れると思いっきり笑われた。
「すげーーーー!!おまえそっちの姿の方が白ロングよりも似合ってるぜ!!」
「う〜わぁ!ゴンガガ原人の本領発揮ってところか?彼女にふられるなよ。」
「へへーんだ!『きゃぁ!かっこいい!』とか『たくましい!』って言ってくれるにきまってらぁ!」
「とにかく、隊長殿に報告後すぐ撤収だ。」
「アイ・サー!」
 キャンプ班のリーダーであるリックが撤収の命令を出すとあっという間にテントが畳まれていく、その手際の良さを見ながらザックスが携帯でセフィロスに撤収の報告を入れた。
 即座に返信が来た。
「ミッドガルで待つ。」
 セフィロスが撤収の許可を出したと理解したザックスはいささかあきれたようなため息を吐きだしながら携帯をしまった。
「先に帰っていちゃついてるってさ。」
「ま、いいんじゃないの?そのうち隊長も姫も不在になる時が必ず来るんだからさ、今のうちに徐々に慣れてもらわねえとな。」
「それは俺たちに対してか?それともあのお二人に対してか?」
「どっちもだな。」
 泊めてあるトラックに荷物を積み終わったのか、隊員の一人が声をかける。
「ザックス、リック!撤収終了しました。」
 その報告を聞くとザックスが周りにいる隊員たちを見渡すように声をかける。
「総員、トラックに搭乗せよ。確認後ミッドガルに向けて出発する!」
 自然にザックスがリーダーを取っているのはそれまでの経験か、それともリックが上官と認めた男だからか?隊員たちが素直に従いトラックへと乗り込んでいく。一番最後にエリックが乗り込んでザックスに報告した。
「総員登場完了いたしました。」
「よっしゃ!ミッドガルに戻るぜ!」
 ザックスの声に反応して運転手を務めているブロウディーがアクセルを踏み込むと、トラックは一路フェリー埠頭のあるコスタ・デル・ソルへと走り出した。


* * *



 ザックスからモンスター駆除班と肉体労働班の合流報告と、撤収の許可のメールをもらって、すぐにセフィロスは飛行機の予約を入れた。ファーストクラスの席はそう簡単に埋まることはないので即座に予約がとれ、その日のうちにミッドガルへと帰還した。ジャック・グランディエ氏とティモシーたちは会談後一足先に戻っていて、ジョニーはその日のうちにモンスター駆除班と再合流していたので、二人でミッドガルの空港に降り立った所を芸能記者たちに囲まれた。
 彼らが常に聞いてくるのは二人の結婚のタイミングである。クラウディアは今度の誕生で18歳、法的にも親の許可なしで結婚できる「成人」として扱われるのである。取り囲むように迫ってくるレポーターに蒼い顔をしながらクラウドがセフィロスの背中に逃げる。
 そんなクラウドに柔らかな笑みを浮かべてセフィロスがリポーターたちを一瞥した。
「全く、うるさい連中だな。結婚など同棲と紙切れ一枚の違いではないか。そんなこと適当に書いておけ。」
 いらだちを隠せない様子でクラウドの華奢な肩を抱き寄せるとさっさとタクシーに乗り込んで二人で住む部屋へと戻って行った。
 心に引っ掛かっていた言葉ではあったが、それはあくまでも世間一般に向けた言葉であってセフィロス自身の真の言葉ではないことを、部屋に入ったとたん抱きしめられたことでクラウドは悟った。
「紙切れ一枚だが…ずいぶん重たい紙切れだな。」
「重い?俺、やっぱり足手まといなの?」
「いや、お前は私にとってなくてはならない存在だ。そんなお前を紙切れ一枚で私のような殺人鬼と添い遂げさせることができるなど…思わなかった。」
「違うよ、セフィロスは殺人鬼じゃないよ。殺人鬼って言うのは理由もなく誰かれ構わず人を殺すんでしょ?セフィはきちんとした理由があったもん。たとえそれがカンパニーの無茶な指令でもセフィロスが殺したくて殺した訳じゃないでしょ?」
 抱きしめ返されただけでなく、思わぬ言葉まで帰ってきた。そしてその言葉が自分の心をいやしていることにセフィロスは気が付いていた。
「お前は…本当にいつも私の欲しいものをくれる。」
 出会ったときから変わらずにクラウドはセフィロスのすさんだ心をいやしていた。この少年が自分の隣にいてくれる幸せをいまさらながらセフィロスは感謝していた。  クラウドは戦士としてこれまで血みどろの戦いを繰り広げていたが、心根は出会ったころと全く変わっていなかったのである。
「お前は…お前のままで…いつまでも変わらず私の隣にいてくれ。」
「うん…うん!」
 この先、立場が変わって第一線を退く時が数年後には必ず来る。その時まで…いや、その時もその先も変わらずにこの人のそばにいたいと、クラウドは心の底から願っていた。


The End