その頃、ミッドガルにいるエアリスはミッシェルと一緒にパティスリー・アデナウワーでケーキを食べていた。 「ほーんと、待っているだけって胃に悪いわ。」 そういいながらも目の前のモンブランにぐさりとケーキフォークを突き刺すミッシェルに、エアリスがうなずく。 「ザックス、クラウド君達に迷惑掛けてなければいいんだけど…」 「エアリスの彼って、最近しっかりしてきたって聞いているわよ。」 「え?誰から?」 「え?あ、あの…」 「セフィロスはそんなこと言わないし、クラウド君は元々ザックスのこと悪くいわないわ。あの二人じゃないとしたら…恋人のリックさん?」 エアリスの思いがけない言葉にミッシェルは思わず飲んでいた紅茶を吹き出しそうになった。 「何いってんのよ。あんなセフィロスマニア。」 「え?セフィロスマニア??」 「あいつすんごいセフィロスマニアなのよ。持っているハンカチとかペンとか小物とか…どこかで見たような奴ばっかりだと思っていたのよ、そうしたらこの間なんて香水つけてて…どこかで嗅いだ事のある香りだと思ったら…」 「セフィロスのものだったの?」 「そ!クリスマスパーティーの時に統括のランスロットさんがビンゴゲームであてたでしょ?それを知っているんだもん、予約して半年待たないと、一般の人は手に入れられないような香水を元ソルジャーの統括を締め上げて、銘柄を聞いて手に入れたみたい。もうあきれちゃうぐらいの英雄マニアなのにクラウド君の事惚れてるなんて絶対嘘よ。」 「すごい…」 「あれは給料全部つぎ込んでるわよ、絶対!」 (と…いうか…私そんなこと聞いていないんだけど…) エアリスはモンブランを丸で親の敵のようにフォークで突き崩しながら食べるミッシェルを見て戸惑っていた。 (私も…こんな感じだったのかしら?) ザックスを好きになり始めたころ、クラウドを女の子と見間違えてやきもちを焼いたりしたこともあるけど…ミッシェルの話を聞いていると別の意味ではまるでのロケに聞こえてくるのは気のせいではないだろう。 自分よりも幾分年上の仕事のできる女性、それがエアリスのミッシェルに対する印象だった。しかしクラウドを介して次第に仲良くなるにつれ、4歳の歳の差はほとんど感じられないものになっていったのであった。 北の大空洞に入ってやがて6週間が来ようとしていた。 最前線も目的の場所までたどり着き、モンスターをかたずけながら洞窟の入り口を目指して撤収し始めた。しんがりを務めているのはセフィロスとクラウドである。リックは自分につき従っていた特務隊の連中を二人の元に行かせた後、元後方支援副隊長のエドワードと並んで出口までたどり着き、サー・トールから預かった第23師団の全員の無事を確認した後、近くの岩に座りポケットに忍ばせていた携帯でクラウドに無事の出口到着をメールで伝える。 リックの持っている携帯のストラップに気が付いたエドワードが、レモネードの入ったマグカップを手渡しながら隣に座った。 「お前にしては珍しいじゃない?それ、どう見てもキングの持ちモノとは違うぞ。」 「ああ、ちょっとな…」 「オシャレなターコイズのストラップだな。それにしても意味深な石だ。」 「あ?守り石だってダイアナのオーナーが言ってたけど、他に意味があんのかよ?」 「まあな。守護石ってのはあたりだろう。俺も以前付き合っていた彼女にそう言われてもらったんだが…その時に”これね、貞操の石だから浮気したらすぐわかるのよ”とも言われたんだ。」 エドワードがちらりと出した携帯にストラップが付いている。それはあまりデザイン性のないキュービックのターコイズが並んでいるものだった。 「お前の奴かっこいいな、スタイリストというのはそんなにセンスがいいものなんだな。」 的を射た言葉にリックが苦笑するが、否定はできない。自分もこのストラップをもらった時はどちらかというと好きなデザインだったのですんなりと受け取ったものである。 「センス悪かったらスタイリストなんてできないんじゃないのかよ。」 「そりゃそうだな。でも…おまえ。姫に入れ込んでいたら愛想尽かされるぜ。」 「それならそれでいい。そこまでの付き合いしかできないってことだろ?」 きっぱりと言い切ったリックにエドワードは”あまりにも彼らしい”と思った。リックはどこか遠くを見つめるような瞳をしてつぶやいた。 「俺はこう見えても不器用なんだよ。今はまだ姫の事しか考えられないんだ。」 その言葉の裏に隠された本当の意味をエドワードはまだ正確に読み取れなかった。 しばらく待機しているとザックスたちの第二班が洞窟から出てきた。 後輩思いの陽気な男は、思いのほかしっかりと班をまとめていたらしい。すれ違う一般兵どころか上級ソルジャーに至るまで口々にザックスの事を褒めていた。 それに気を良くしたのかザックスはノリノリで陽気にしゃべりながら顔を出すと、戦略を固めるために一緒に行動していたブライアン、キース、ジョニーらは後ろからいささかげんなりした顔をしてついてきていた。 「おいおい、どうしたんだ?ブライアン、キース。」 「つ…付き合いきれないよ、こいつ!!オンとオフの差が激しすぎるって!」 「なるほど…ま、そのぐらい許してやれよ。」 エドワードがブライアンの肩を叩いている横で、さっきまで冗談を飛ばしていたザックスが引き連れてきた隊の仲間を手際よく整列させて言葉をかけていた。 「良く頑張ってくれたな、残りは来年になるがまた力を貸してくれ、頼りにしている。飛空挺が到着次第総員搭乗後ミッドガルのカンパニー滑走路で待機、セフィロスから一言あると思うがそれ以降は解散になると思う。各自身次のミッションに備えて体を休めてくれ。」 聞こえてきた言葉にエドワードが目を丸くし、ブライアンはあっけにとられているがリックは苦笑していた。 「あいつ…美味しいところをしっかりと取るいい性格になったな。」 ブライアンがそうつぶやく横でジョニーがリックに報告していた。 「いつもの通りでした。」 「そうか…いつもの通りか、御苦労。」 「ここは俺とザックスで大丈夫だ。リック、姫の所に行けよ。」 「いや、うちの連中を行かせてあるから大丈夫だろう。あいつら嬉々として最前線にいる姫と隊長の所にすっ飛んで行ったぜ。」 「特務隊の隊員らしいと言えばらしいな。おっと最前線が出てきたぞ、ザックス!」 「おうよ!総員整列!」 ザックスの号令でびしっと隊列を組んで隊員達が並ぶ。やがて洞窟の入り口から最前線で戦っていた男達が出てくると、全員が敬礼して出迎えた。 セフィロスを先頭に先発隊が並び最後尾からクラウドがあわてて隊長補佐の位置に立つ。自然と緊張感が漂う中良く通る声がその場に響き渡った。 「総員、飛空挺に搭乗せよ!」 号令とともにてきぱきと飛空挺に乗りこんでいくのを見るとセフィロスは踵を返して自らも飛空挺へと入っていく。クラウドが最後の確認をして乗り込むと飛空挺は北の大空洞から飛び立っていった。 ミッドガルの神羅カンパニー滑走路に飛空挺が翼を休め、その前に大空洞に派遣されていた兵士たちが並んでいる。 死者どころかけが人を一人も出すことなく無事にっ戻ってきた隊員達を眺めている統括のランスロットは満足げな表情をしていた。彼の目の前ではセフィロスが兵たちにねぎらいの言葉をかけていたのであった。 「ミッションナンバー90273358、ミッションランクS北の大空洞討伐ミッションコンプリート。諸君の協力を感謝する。以上、解散!」 居並ぶ兵士たちが一斉に敬礼し、セフィロスとクラウドが並んで返礼すると一連のミッションが終わりを告げた。 ゆっくりとランスロットがセフィロスに近寄ってくると、正面に立ち軽く腰を折った。 「ご苦労様でした。」 「お前はいつまで私の部下でいるつもりだ?それでは統括には見えないぞ。」 「かまいませんよ、貴方にお渡しするまでの間の我慢です。」 「まったく、お前はそればかりだな。まだだ、まだソルジャーをやめるわけにはいかぬ。何の不安もなく暮らせるようにせねば私は辞められん。」 「それでいいと思います。いくらでもお待ちいたしますよ。」 「ランス、いつまで私に敬語を使っている。お前は戦友ではなく私の友になりたいのであろう?そう思うのであればいい加減敬語を使うのをやめるんだな。」 くるりと踵を返し長い銀髪をくゆらせながら足早に去っていくセフィロスをランスロットは信じられないような顔で見送っていると自然に頬に光る物が流れていた。 「ありがとう…セフィロス。」 小声でつぶやいた言葉が聞こえたのかセフィロスがちらりとこちらを振り返ったが、一瞬緩やかな笑みを浮かべすぐに歩く先を見つめた。そんなセフィロスにランスロットは自分が彼の真の意味での友になりたいと思ったのであった。 その頃クラウドは携帯でクラウディアスタッフとエアリスに無事に帰還したとメールを送っていた。そのそばでザックスが携帯で電話をかけている。 「あ、エアリス?オレオレ。ザックスだよーん!無事生きて帰ってきたから。ああクラウドもセフィロスもピンピンしてるぜ、けが一つ負っていないってば。うそじゃねえって!ほら、クラウド。メール打っていないで声聞かせてやれよ。」 ひょいと携帯をクラウドの耳にあてがった。 「あ、エアリス?うん、嘘じゃないよ。けが一つしていないって。みんな無事だから、うん。わかった。じゃあザックスに代わるね。」 携帯をザックスに帰すとクラウドは軽く会釈をして執務室へと歩いていく。その間にすれ違う兵たちが誰に教えてもらうこともなく敬礼をして見送っていた。 執務室でミッションの書類を書きあげてクラスS執務室にいるセフィロスの元に持っていこうとすると、携帯に着信があったのか小刻みに揺れている。電話の相手はティモシーだった。 「無事だったかい?クラウド君。僕に何かすることがあったら何でも言ってくれよ。」 「え?いったいどうしたのティモシー?」 「二カ月近く仕事がなくて事務所の整理をしていたらマダムセシルに怒られたんだ。クラウド君がいつ帰ってきてもいいようにいろいろと準備しておきなさいって…でも、実際君の無事を確認しないと行動も起こせなかったよ。声を聞いて安心した。」 「うん、ありがとう。」 「それから仕事の受け付けを再開するから。君でないと駄目という依頼が溜まっているみたいだから覚悟しておくんだね。」 「う〜わぁ!ケガのひとつもしてくれば良かった。」 「ははははは…本当にけが一つなかったんだね、よかった。ああ、そうだ。ムッシュ・ルノーから誕生日祝いでディナー券が届いているよ。君達の住むマンションに届けておくし…なんだったら今日予約入れておこうか?」 「う〜ん、そうだね。冷蔵庫の中空っぽだからお願いしちゃおうかな?」 「了解、サーにもメールで伝えておくよ。」 そう言って切れた電話をクラウドは首をかしげながら眺めてしまった。 「どうしたんだろう?ティモシーって…」 いつも冷静な敏腕マネージャーである彼が妙にはしゃいでいるように聞こえたのである。しかしその答えはシェフォードホテルに行くとセフィロスに告げた時にわかったのであった。 「お前がムッシュ・ルノーの店に私と行くということは、クラウディアになると言うことだぞ。それだけでお前の活動再開の宣伝になるのではないかね?」 「あ!!ティ、ティモシーの奴!!!」 「クックックック…あのマネージャー相手ではお前がかなうわけがない。大人しくドレスアップするのだな。」 「もう…仕方がないなぁ…ティモシー達も俺の事考えてくれているんだから、少しは彼らの事も考えないとだめってことだもんね。」 「そうだな…。」 緩やかにほほ笑んだセフィロスのたくましい腕が、クラウドの華奢な体を抱きしめる。まるで存在を確認するかのようにぎゅっと抱きしめられた後、耳元でささやかれた。 「お前が厭なことを我慢してまで私に寄り添ってくれていることが嬉しい。これから先もずっと私と共に人生を歩いていってほしい。」 「そ…そんなの…あたりまえじゃない。俺、セフィロス以外の人と…なんて考えられないよ。」 お互いがお互いを求め、共に歩ける。そんな幸せがこのまま続きますように…と、クラウドは願ってやまないのであった。
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