クラスSソルジャーの会話を聞いていたのか、バーシーがこっそりと戻ってきたクラウドに二人の連隊長たちの会話を教えた。
「クラスSってのは大変なんだな。下級兵にあいさつを返しちゃいけないんだとさ。」
「だから行きたくないんだよ。俺みたいなまだ入って間もないような男が、軍歴の長い先輩達に挨拶を返さないなんてちょっとおかしいよ。」
「候補に入っているってのだけでもすごいと思うけどな。」
「さて、そろそろ寝ないと明日からの最前線に耐えられないぞ。」
「了解、明日からも頼むぜ。」
「うん。」
 こくりとうなずくとクラウドはテントの中に入って行った。


* * *



 最前線に入ったクラウドはまるで水を得た魚のように生き生きと動きまわった。
 本当に今までの憂さを晴らすかのような働きに、バックアップをしているクラスAはひたすら苦笑し、補助に回っている第7師団の隊員達はびっくりしている。苦笑いをしながらもパーシーが突っ込みを入れた。
「おいおい、姫。うちの隊員達がびっくりしているじゃないか?」
「びっくりさせておいて、俺彼らにかまっているひまないもん。」
 そういいながら正面のモンスターを袈裟がけにする姿は、第二班にいるときとは違って本当に余裕がない。エリックもケインもクラウドを振り返ることもなく、周りの様子をうかがっている。それが最前線なのだと付き従っているクラスAも意識を新たにした。その様子を見て軽くうなずいたガーレスは、自分の隊の1stに囲ませたセフィロスを振り返ってくすりと笑った。
「いかがですかな?御自慢の下士官の働きぶりは。」
「あいつではないが、後ろで見ているだけというのは、これほどイライラするものなのか。」
「そちらですか…。あと2時間我慢してください、次の食事の後ゴードンとパーシーを下がらせます。」
「エリックとケインも下げろ、あいつらも頑張ってはいるがそろそろ限界だ。」
「御意に…」
 努めて冷静に対応しているかのようなセフィロスであったが、実際彼のイライラは最高値に達しようとしていた。ガーレスがリックとザックスから聞いたセフィロスの様子からすると、常に前線に出ていたのか気を休めている余裕がなかったようである。二人からも「クラウドなら大丈夫だから、セフィロスを少しでいいから休ませてください。」と頼まれているので、どんなに戦友が睨みつけていようとも休ませねばならない。
 しかし、ガーレスは違った意味でこっそりと感激していた。
(まさか姫の事ではなく、セフィロスの事を頼まれるようになるとは…嬉しいことだな。)
 氷の英雄と呼ばれた男の事を心配している兵士がいることは過去の彼にはなかったはずである。しかし最初にクラウドが、そして今ザックスとリックがセフィロスの心配をしているのがガーレスには嬉しかった。
(それほどこのお方が身近な存在になってきた…と、いうことなのだな。)
 神羅の英雄と呼ばれ、鬼神のような活躍をしている男を自分達と変わらぬ一人の人間として扱う。特別視をしていない、その姿勢が氷の英雄の凍った心を溶かしたのかもしれないと、不満げな顔をする目の前の親友になりたい男を盗み見ながらガーレスは周囲に気を配っていた。

 2時間後食事を挟んでゴードンとパーシー、エリックとケインが最前線から少し外れ、先頭をクラウドとセフィロスが並んで歩いていた。
「あれがやりたくて俺達を下げたんじゃないの?」
「妬くなエリック、あの強い姫君のお相手は俺達には無理なんだって。」
 ちょっと拗ねるケインとエリックの頭をガシガシとなでてやりながら、一般兵が持ってきたレモネードをすする。最前線で張り詰めていた気がほんの少しゆるんだゴードンは少し大きなあくびをした。
「おいおい、ゴードン。いくら先頭をキングと姫が守っているからって気を抜きすぎじゃないのか?」
「ケイン、そんなんじゃあと3週間身体が持たないぞ。あの二人なら他の誰よりも頼りになるから今のうちに神経を休めておくんだな。」
「お前の言う通りなのかな?でも…なんだか、守らないと…って思っちゃうんだよなぁ。あいつのほうがはるかに力があるっていうのにさ。」
「仕方がないよ、あんなに強いお姫様でもお前にとっては可愛い後輩だ。俺も実際あいつに負けていなかったら背中にかばっていると思うぜ。」
「実際いい指揮官だし、どれだけ守ってもらっているか俺が一番わかっているんだ。でも、あいつすぐ無理するから見ていないとハラハラしてしまうんだ。」
「ま、それは言えてるな。あの華奢な体で何度もトップソルジャーのキングをかばったって聞いている、それを目の前で見るっていうのも胃に悪そうだな。」
「全くだよ。」
 レモネードを飲み干して、軽く息を吐くとすでに疲れが取れたのか先ほどまでの顔とは少し違っている。そんなポテンシャルの高さは常に最前線に出て戦ってきた男の一人だからであろうか?
 特務隊でも戦歴が浅いほうのケインですらこれである、そう思うとゴードンは特務隊にいる隊員達の実力を再び思い知らされるのであった。
「本当、お前達ってすごいよな。俺の隊の1stでもお前達と同じことができるか?と言われると難しいぜ。」
「もう一度修行に来いよ、お前なら切り込み隊長ぐらいできるぜ。」
「最大のほめ言葉と取っておくよ。さ、いくぞ!」
 ゴードンがカップを一般兵に手渡すと、剣の柄を握り意識を戦闘へと切り替える。その様子を見て隣にいたケインがにやりと笑い、うなずいて同じ行動をした。
 その様子を背中で感じながらセフィロスが苦笑していた。
「まったく…変なところで変な意識が生まれるものだ。」
 そのつぶやきが聞こえたのか、クラウドが言ったん視線をセフィロスに送るが、すぐにモンスターが飛び出してきて意識をそちらに奪われる。食事を挟んで戦闘に出ているクラウドの神経がいささかささくれだっているような気がする。休憩から戻ってきたゴードンを先頭に出して後ろに下がらせようとしたが頑として譲らない。
「お前をこのまま次の休憩まで前線に出すことはできない。少し休んでこい!これは上官命令だ!」
「し、しかし隊長殿…」
「いいから少しは休め、お前のおかげで私はずいぶん回復した。」
「わかりました。でも何かあったらすぐ来ますから…」
「おいパーシー、クラウドを引きずって一番後ろまで下がっていろ!」
「アイ、サー!」
 パーシーがセフィロスに敬礼し、クラウドをつかんで腕ずくで後ろに下がっていくのを見送る。隣にはいつの間にかガーレスが並んでいた。
「ずいぶん疲れているようですな。」
「仕方があるまい、特務隊でソルジャーとして強化されていないクラウドには限界が来るのは早い。早めに回復させないとあと3週間持つとも思えん。」
 表情一つ変えず冷静な顔で的確な判断をするセフィロスだが、その隣でガーレスが口元を緩めているのに気が付いた。
「何を笑っている?」
「以前は配下の兵でも足手まといになれば見捨てていた貴方が、ずいぶん変わられたと実感しているだけです。」
「ふっ…そうだったな。」
 以前は後ろに下がって戦いをみることなど一度もなかった、後ろを気にすることも、配下の兵を心配することもなかった氷の感情を持つ男、そんなセフィロスがこうして自分の配下だけではなく、応援に入ったソルジャーにも気を配る姿はある作用を起こした。
 トップソルジャーのセフィロスが下級兵士である自分達の事も気にかけていると感激した兵たちがこぞって『全力を尽くします!』とばかりに頑張ったのである。その話が後ろを守っているザックスやリックたちにも聞こえてきていた。
「なぁ、ブライアン。あのセフィロスが下級兵士の心配をしたなんて信じられっか?」
「どうだろうな。しかし最近あの方は以前とは違っていろいろと変わられたと思うから、あながち間違いでもなかろう。」
 現在休憩中の第二班リーダーのザックスと副官のブライアンが会話をしているところにジョニーとカイルが加わった。
「ブライアン、お前考えが浅いぜ。隊長殿は最前線で現在そこには姫がいるんだろ?3周目に入ったんだ、いくら特務隊の隊長補佐を張る姫でも体力のなさは補えないだろ?」
「あ、そういうことか!あいつクラウドがふらついていたから下げたんだな?」
「なるほどな、それはあると思う。しかしお前らと違って他の兵からすればトップソルジャーのキングが下級兵士を心配したことには変わりはない。」
「まあな、それでがぜん兵たちが張り切っちゃって、やる気見せてるんだから…軍隊の指揮ってこんなものなのかなって思うぜ。」
「それは姫を下げたのがキングだからだろう?俺達が同じことをやっても同じ効果は得られないよ。」
「クラウド…大丈夫かなぁ?あいつ華奢な癖に意地っ張りだから限界まで我慢する奴だもんなぁ…ぶっ倒れなければいいんだけどよ。」
「それも大丈夫だ、仮に姫がぶっ倒れたら…今頃撤収かかっていると思うな。」
「しかしザックス、余裕だな。第二班指揮しながらよその心配かよ?」
「ん?まぁ、ここはある程度腕の立つ連中しかいないし、先頭をセフィロスとクラウドが守っているんだ、こっちまで強いモンスターは上がってこねえよ。休めるときに休みながら進むのが長期にわたる戦闘のセオリーだろ?」
「確かにその通りだな。」
 くすりと笑いながらもブライアンは冷静にザックスを観察していた。
 休む時は休むと言いながらも視線が行く先は的確である。物陰、曲がり角、そして下級兵の行動と指揮官らしくあちこちを見ている。
(ふぅん…こいつはマジで侮れなくなってきたな。)
 ザックスの行動はすでに自分の上官と変わりなくなってきていたのであった。そう悟ったブライアンはザックスに聞いた。
「お前は俺がいなくても大丈夫だ、それよりも姫が下がったなら最前線の回復が心配だ。離れてもいいか?」
「クラウドがいるだけで最前線の働きが違う、魔力もそう使ってはいないようだし、お前が行く必要はないよ。それよりも今のうちに気を休めておけ。」
「まったく…そこまでできる奴だとは思わなかったな。」
 あまりにも的確な判断にブライアンは反論することもなくザックスに従った。それが魔法部隊のソルジャー経由で治安維持部に知れ渡ることになるのである。
 強権を発動することなく彼らしいやり方でザックスが隊を指示しているのとは逆に、リックはその実力を知られていたからこそ大人しく兵たちが従っていたのであった。その上今までセフィロスのやり方をずっと見てまねてきたリックは、憧れの隊長がきっちりと計算された配備と指示を出しているのを何度も見て実行したが故に、その手法を取り入れて指示を出せばよいことにすぐに気が付いていた。そしてすぐにそれを実行したリックはあっという間に指揮官としての実力を発揮し始めたのであった。
「まいったな…さすが影の隊長だ。」
「ここまで隊長そっくりだと突っ込みを入れる隙もない。」
 ブロウディはじめ特務隊のメンバーがあっけにとられながらも大人しく指示に従う姿は、他の兵士たちの模範になるのか、その場にいる全員がリックの言うことを聞いていた。