秋のクラス見直し武闘大会が中止になっていた。
 それは新規の治安維持部の採用が全くなくなったことと、下級兵から退役を許可されていたため、それぞれの隊のバランスが悪くなっていたので、統括のランスロットが隊の組み直しと、そのために治安維持軍に所属するすべての隊員の正確な実力を測ることを宣言したからであった。


冬物語



 統括の一言で会議室に集められたクラスSソルジャーの中に、クラウドは一人ポツンと入れられていた。そのおかげか、なぜ自分のような入隊3年にもならない男がどうして基準を決める会議に参加しないといけないんだろう?と、いう愚痴だとて洩らしたくなるというものである。
 しかも自分の上官であるセフィロスの補佐という位置にあるがため、クラスAソルジャーである身分で、円卓の一番上座に座る彼の隣に座らねばならない矛盾を常に不満に思っていた。
「も〜〜〜〜〜う、なんで俺みたいなペーペーが、クラスSの会議室で最奥に座らないといけないんだよー!」
 クラスA執務室に戻るたびにクラウドが文句を言うが、何度も聞かされている仲間たちだって、最初こそなだめてはいたがいい加減聞きあきると言うものである。
「耳にたこができるな。」
「俺なんて耳にタコ焼きができたぞ。」
「仕方ないよなぁ、姫はキングの補佐だもんなぁ。」
「隊長の隣に補佐が据わるのは当然だもんな。」
「トップソルジャーのキングが最奥に座らずにどこに座るんだ?」
「つまり姫が我慢するしかないと言うことだ。」
 そう言って取り合ってくれないクラスA仲間に、クラウドがまだ文句を言い続けた。
「そういうけどさぁ、俺ってまだ17だろ?いくらクラスAにいるからって、まだ入隊3年たっていないんだぞ。」
 あくまで規定を守るのであれば、クラスSに上がれるのは入隊3年以上でクラスAを2年以上経験し、剣技、魔力、采配すべての面でクラスS全員の四分の三以上の賛成を得る必要がある。
「姫の一番のネックがその入隊年数なんだろうな。あとは誰もが十分クラスSが務まると思っているぜ。」
「俺が思えない。」
「姫は未だに自分の実力を過小評価するんだな。まあ、仕方がないか。しかし今ではお前のクラスS昇格はいつになるのか?というカケすら下級ソルジャーの中で始まっているぞ。」
「多分、この冬の隊の組み直しで大きくこの治安部も変わる。俺としてはまだお前と組んでいたいけど…いいかげんキングにお返ししないといけないんだろうなとも思うぜ。」
 エドワードがクラウドの頭にポンと軽く掌を載せて、くしゃりと跳ねた髪の毛を梳くようになでると、いつもなら大人しくなるのであるが、目の前の金髪天使はまだ不満な顔をしている。
「そーとー根が深いな。」
 ザックスがいつものように気さくに話しかけると、クラウドはこくんとうなずいた。
「だって…挨拶返しちゃいけないとか、声をかけちゃいけないとか…俺には無理難題な事ばかりなんだもん。」
「そこがお前の可愛いところなんだけどな、部隊長にもなろうと言う男が下級兵にへらへらしていたらだめってことなんだぞ。」
「黒のロングはあこがれがあるよ、一度は着たいとおもう。でも…それは着るにふさわしい実力と、信頼と自信があってこそ似合うものだろう?俺自身はまだ実力も自信も信頼もふさわしいと思えない。」
「早く駆け上がりすぎるってのも問題なんだな。」
 ため息交じりのエドワードの言葉に、リックとザックスが苦笑をする。
「だけどさぁ、セフィロスが規律を破ってまで、クラウドをクラスSにあげるような奴には思えないんだよな。あいつだからこそ、規則と規定をしっかりと守ったうえでクラウドに実力でクラスSになってほしいと思っているんじゃないかな?」
「俺もそこのところはザックスと同意見だ。隊長殿がご自分の我を通されることはないと思う。」
「じゃあなぜおれがクラスS候補生としてべったりとセフィロスについていないといけないの?」
 小首をかしげて尋ねるクラウドにザックスもリックも答えを出すことができなかった、パーシーがあきれ顔でそんな二人の背中をたたきながら突っ込みを入れた。
「お前ら…キングのひと声だけでクラスSに上がれるわけ無いってわかっているんだろう?じゃあ他の要因は?」
「そりゃ…ナイツ・オブ・ラウンドの皆さん達だろ?」
「あー、そういえば俺から王女警護隊長の座を横取りしようとしている連中がいたなぁ。」
 まるで漫才の掛け合いのような会話に、周りの仲間達が爆笑しているのをクラウドが少しさみしそうな顔をしてみていた。
「クラスSに上がりたくない気持ちの一つに…この雰囲気が好きだってのもあるかもしれないな。」
 クラウドがぼそりとつぶやいた言葉は誰に聞かれることもなく消えていったのであった。

 しかしクラスAソルジャーたちが言っていた通り、治安維持軍の下級ソルジャーだけでなく、一般兵すらもクラウドが忙しそうに書類を持って廊下をかけていくのを最上級の礼で見送るようになってきていたのを彼自身が感じていた。
 久しぶりにすれ違った昔の寮仲間のルイスなど、声をかけようとしても壁まで後ずさりするので、思わず腕を捕まえて拗ねてしまったのであった。
「あのさぁ、ルイス。俺達友達だろ?なのになぜそんなに逃げるように後ずさりするんだよ?!」
「で、でも…サー・クラウド。貴官ははるか上官であり、自分の先輩や上官殿達の憧れでありまして…」
「ルイ〜〜ス!同僚だった男に敬語を使うな!」
「そ、そんなぁ…クラスAソルジャーの貴官に対してタメグチなんて使えません。」
「むぅ…仕方がないなぁ。それで?この間の北の大空洞で一緒にならなかったけど…ルイスは今どこにいるの?」
 ほとんどの部隊を入れ替えながらモンスターの討伐を行った北の大空洞でクラウドは彼と顔を合わせなかったのであった。
「はい、自分は現在第26師団に所属しています。機銃部隊ですので残念ながらご一緒できませんでした。」
「あれ?確か最初はアンディーと同じサー・ライオネルの部隊だったよね?いつの間に変わったの?」
「はい、春の見直し試験の時にサー・トリスタンに声をかけていただきました。」
「すごいじゃん!部隊長直々に声をかけてもらえるなんてそうそうないことだよ!そういえばルイスは訓練生時代も射撃の点数よかったもんね。」
 まるで自分の事のように喜ぶクラウドの瞳は訓練生時代と全く変わらずキラキラと輝いている。そんな彼が満面の笑顔を振りまいていると、通りすがる下級ソルジャーたちが、一瞬立ち止まり目を丸くして見惚れている。
 目の前の少年が以前と全く変わっていないことに安心しつつも、同じ部隊の上官達に見られたら、どうなるかわからない、そう思うとルイスは背中に冷たい汗が流れるのを感じた。
「だ…だからサー・クラウド。自分みたいな下級兵にそんなに親しく話してると、上官になんと言われるか…」
 青い顔をしながら両手をわたわたと振るルイスに、きょとんとした顔でクラウドが尋ねる。
「上官って…サー・トリスタン?それともマーチン?」
「あ、いえ。隊長殿や副隊長殿では無くて…」
 ルイスがそこまで口にしたところで、偶然第26師団の下級ソルジャーが廊下の向こうから歩いてきた。こちらを見るとあわてて駆け寄ってくる。
「さ、サー・クラウド!?うちの一般兵が何か?!」
「元同僚に声をかけて懐かしい話をしていただけですけど?」
「ええ?!サーはルイスと同期だったのですか?!」
「そんなに驚くことはないでしょ?俺、まだ17歳ですよ。」
「え?だって…クラスAソルジャーでも飛びぬけて剣技も魔力も強く、采配も下級兵から不満が出ないとお聞きしています。このたびの編成でクラスSに上がられるとばかり思っておりました。」
「はいはい、もうわかったから…彼は何も悪いことはしていない。わかってくれたらもう少し話させてくれ。」
「し、しかし…。」
 自分の上官達が憧れる男と話せる機会を逃したくないのか、目の前の1stソルジャーは未だにルイスと話すことを許してくれない。思わず強権を発動させようか?とした時、拗ねるクラウドの肩をポンとたたく男がいた。
「よぉ、姫。うちの1stと一般兵がなんかしたのか?」
「あ、マーチン。昔の同僚とプライベートなことを話していたらこの1stに邪魔されたんだよ。クラスAって下級兵に口きいちゃいけないのか?」
「いいや…下級兵の面倒をみるのも仕事のうちだが、そうか、姫ってルイスと同僚だったんだ。」
「うん。俺、昔から”可愛い子ちゃん”扱いで、訓練生時代からよくいじられてて…すぐかっとなって…」
「ははーん。ルイス、お前と他の同僚が相当諫めたんだな?」
「はい。サー・クラウドは可愛いと言われるとすぐにムキになって…」
「おまえ…変わってないんだなぁ…。未だにランディ達にそう言われてムキになってるだろ。」
「俺、昔からチョコボ頭って言われるのと、可愛いって言われるのが大嫌いだったんだもん。」
 唇を尖らせてちょっと拗ねるクラウドはめちゃくちゃ可愛い、しかしもしこの状態であのお方に見られたら自分はどうなるか…そう思うと思わず周りを見渡した。
「姫、そういう顔が可愛いって言うんだぞ。さ、もういいだろう?これから俺達ミッションの打ち合わせなんだ。」
「あ、ごめん、ルイス。じゃあ、またね。すれ違ったら声ぐらいかけてくれよ。」
「ム、無理言わないでください。サーに声をかけられただけで、俺この後なんて言われるか…」
「マーチン、守ってあげてよ。」
「あー、無理無理。今後ろで俺すらもすごい勢いで睨んでいる上官殿がいるからなぁ。」
 マーチンが苦笑交じりに後ろを振り向くと、そこには第26師団隊長のサー・トリスタンがぶすっとした顔で立っていた。
「姫、貴方はクラスS候補生なのですから、一般兵や下級ソルジャーに、親しげに話しかけないようにと言われたはずです。」
「ふう…。マーチン、代わってよ。」
「残念だけど俺は銃の腕ぐらいしかお前と張り合えないよ。」
 クラウドがマーチンの答えにため息をついた時、胸のポケットに入れていた携帯が震えた。
「あ、すみません。特務が入ったようです、失礼します。」
 先ほどまでのくりっとした可愛らしい青い瞳が急にすっと細くなり凛とした冷たい輝きを取り戻すと、急ぎ足で去って行った旧友に、ルイスは複雑な視線を投げかけていた。
「副隊長殿、自分は…サー・クラウドがおっしゃるようにあの方の元同僚で、彼の事を友達だと思っています。でも…これではどう付き合えばよいのかわかりません。」
「そうだな…俺もあいつがクラスSに上がったら同じ悩みを持つのかな?」
 二人のつぶやきにトリスタンは複雑なものを感じていたのであった。
「仲間だった立場というのも…辛いものがあるのだな。」
 そういうとマーチンの肩をポンとたたき、自分の属する隊の執務室へと歩いて行くのであった。