クラウドの迷いをセフィロスはじっと見守っていた。
 その迷いは彼自身が解かなければいけないものであり、彼になら乗り越えられると思っているからであった。

(いや…正確にはクラウド自身が解決せねば先に進めないのだがな。)

 一気にトップまで駆け上がってきたクラウドには、実際に実力はあるが、それを周りの兵が間近に見る機会がほとんどといってなかった。なにしろ単独で最前線が当たり前の特務隊に入隊直後からずっといるわけだから、普通の一般兵との交流はほとんどない。もちろん上級ソルジャーの中には一緒にミッションに派遣されたり、後方援助という事で後ろに控えたりしているものもいた。彼らは目の前でクラウドの戦いを見ているのであるから、素直にその実力を認め、指示に素直に従えるのである。

(北の大空洞にトリスタンの所以外を全部連れて行ったのは正解だったかもしれないな。)

 それだけたくさんの兵がクラウドの戦いを直接見たことが、彼に尊敬と信頼の念を贈ると言うことだ。北の大空洞には来年も行くことになっているので、その頃には押しも押されもせぬ指揮官となってくれるであろうと、セフィロスは思っていた。
 ただ、クラウド自身の年齢が低く、まだ精神的にも大人になりきっていない。気さくで年齢も近いクラスAソルジャーたちのほうが付き合いやすいのも理解できる。
 クラスSに上がって十分やっていける実力と、信頼は勝ちえてきていると思っている。しかし彼にはまだそれが実感できていないのと、責任が重くのしかかる隊の要を引き受けると言うプレッシャーに、押しつぶされているのであろうと推測していた。

 いつの間にかとらわれていた、あの青い瞳の輝きと無垢な笑顔は、出来れば他の奴に見せたくない。何ものにも傷つけられることなく自分の腕の中で収まっていて欲しいと常に願ってはいたが、それをよしとしない少年を頼もしく思うとともに、思いのほか強情なまでに信念を貫く姿勢にハラハラすることもある。

(まったく…可愛い奴だ。)

 思わず漏らした笑みは、執務室中のソルジャー仲間達を凍りつかせるのに十分であった。
「キ…キングに何かあったのですか?」
 クラスS執務室に用事で来ていたクラスBソルジャーが、セフィロスの微笑を見て思いっきり固まっている。彼の上官であるクラスSソルジャーのマリスが思わず苦笑を洩らして耳打ちした。
「さしずめ、治安部の見直しの手順でも考えていらっしゃるのであろう。お前も覚悟しておくのだな、少しでも鍛錬を怠ると降格もあり得るそうだぞ。」
「は、はい!」
 クラスBソルジャーがあわてて執務室を出ていくと、マリスがため息をついた。
「ああ言ったが、私自身も今少し鍛えたいものだな。」
 マリスは最前線に出るタイプの隊長では無かった。まだ自分の隊の部下に負けるつもりはないのであるが、流石にクラスAのトップクラスになると下手をすれば負けるかもしれないと思っていた。
 ちょうどそこへクラウドが入ってきた。
「あ、姫。良いところへ。お願いがあるのですが…」
 声を掛けられてクラウドが首をかしげて尋ねた。
「はい?なんでしょうか?」
「私は最前線に立つことはあまりありません、そのおかげで最近腕が落ちてきている気がするのです。そこで姫に手合わせをお願いしたいと思いまして…」
「え?自分が…ですか?」
「ええ、姫は常に最前線に出て戦っていますよね?ですからぜひ剣を交えたいのです。」
「わかりました。自分でよろしければ会議の後にでもいかがでしょうか?」
「ありがとうございます。」
 マリスが軽く一礼すると、後ろから声をかけられる。
「マリス、姫と剣を交えるならキングの許可も取るのだな。」
 にやにやと笑う仲間の後ろには、まっ黒な雲を背負った”元”氷の英雄がいた。
「いくらでも取らせていただきますよ。姫やザックス、リックに負けるならまだしも、自分の所の副隊長に負けたくはないですからね。」
「なるほど、クラスSから落ちたくないがためか…。仕方がない、そのぐらいは許してやるが、その前にやるべきことがあるな。会議の時間だ行くぞ、クラウド。」
「あ、はい。」
 未だにクラスSの会議に一人入っているのが気に入らないクラウドは渋々返事をした。
「ん?なんだ、気が乗らないようだな。お前からはソルジャー施術なしで最前線で戦ってきた経験から、今後の治安部員に何が必要で何が不要なのかという意見がほしいのだが?」
「そういうことでしたら、自分だけではなくリックもお呼びください。」
「私のやり方をまねている男を呼んでも意味はない。思考も私と似ているから答えは推測できる。よほど真逆のザックスを呼んだ方が見えないものも見えてくるかもしれんな。」
 目の前にいるのはいつもの冷静沈着な治安部のトップソルジャーである、納得できる答えにクラウドはうなずいた。
「いろいろな視点での正確な実力の測定ということでしたら、ザックスも呼びますか?」
「ああ、そうだな。私をトップから引きずりおろすつもりなら、あいつにももっと責任という重圧をかけるべきだな。」
 ザックスがそれを聞いたら、あわてて逃げだすに違いない。そんなことを思いながらも携帯を開き、気のいい兄貴分への短縮ダイヤルを押すと、2コールで彼が出た。
「なん?クラウド?」
「うん、今からクラスSで今度の隊組み替えのための手法や選考方法の会議なんだけど…特務隊の副隊長は全部の隊の特徴を知っておかねばいけないから、ザックスにも来てほしいんだけど。」
「ああ、そういうことね。わあった、すぐ行く。」
 あっさりと了承の返事をしたザックスが信じられず、思わず切れた携帯に目を落としてしまった。少しして顔を上げると意味深な笑みを浮かべたセフィロスがいた。
「断ると思っていたか?あいつは一度口にしたらとことんやりぬく奴だぞ。」
「ザックスが真面目になったら…自分は隊長補佐から降格せねばならないのではいけないのでしょうか?」
「残念だが戦略面で不安のある男を補佐に付ける気はないな。」
 セフィロスはくるりと背を向けて、クラスS執務室を出て行った。


* * *



 クラスS執務室の隣にある会議室に入ると、あわててザックスが駆け込んできた。ちらりとセフィロスを見ると迷いもせずに最奥にいる上官の元へと歩みより、一礼して尋ねた。
「自分はどこに座ればよろしいでしょうか?」
「お前は特務隊の副隊長であろう?ならばどこに座ればいいのかわかるであろう?」
「ああ…まともに考えればあんたの右隣だけど、そこはクラウドの位置だろ?だから、ここ!」
 そういうとセフィロスの左隣にどかっと座る、そんなザックスににやりと口の端を釣り上げながらセフィロスが答えた。
「正解だ。まったく、クラウドに少しお前の図々しさを分けてやりたいものだ。」
 苦笑しつつも、セフィロスがザックスを隣に座ることを許したのは、これが初めてである。今までは一番の末席である出入り口の近くに他のクラスAソルジャーたちとともに座らせていたのであった。それが不公平だとクラウドも常に言っていたのであったが、実績をクラスS相手に証明せねばセフィロスの隣に座れないということは薄々わかっていたのであった。

(確かに今のザックスなら、戦略次第では俺の代わりにセフィロスを補佐できると思う。あとは経験か…)

 少しずつではあるがザックスが足場を固めているのを感じ、クラウドは嬉しいような…それでいてどこか不安な気持ちに駆られていた。
 会議で決まったことは剣、組み手、戦略、魔法、射撃、倫理観、すべての事に対し同じ視点でのランク分けを行うことと、それをテストするための手法だった。ミッションのすきを縫うことになるので、各々得意分野に分かれて、複数で担当することになった。
「これを一般兵からすべての隊員に行うとしたら、かなりの時間がかかりそうですね。」
「そうだな、春までには終わりたいものだが?」
「そうですね、ならば明日にでも公布を行います。」
「よかろう。」
 いつものように統括が部下であるセフィロスに確認を取るということに、すでに慣れてしまっているのか、クラスSソルジャーもザックスも誰も文句を言うものはいなかった。
 恐る恐る輸送部隊担当のペレスが近付いてきた。
「キング。トールと打ち合わせた結果、お願いがあるのですが…査定期間のみリックとジョニーをお貸しいただけませんか?」
「ああ、持って行け。あいつらもたまには外の空気を吸えばいい。」
 満足した答えをもらい一礼して去っていくペレスと入れ替わりに、組み手担当のガーレスがいきなり頭を下げる。
「キング、ザックスをお貸しください!」
「貴様、先ほどライオネルの所からゴードンを借りていたではないか?」
「パーシーとゴードンだけでは不安です。」
「まあいいか。お前ならこいつをつぶすこともないだろう、持って行け。」
 セフィロスの言葉にザックスがびっくりして振り返った。
「ちょっとまった、セフィロス!査定期間が終われば特務隊に戻れるんだろうな?!」
「それはお前の実力次第だ。」
「くっそ〜〜〜!!わかりました、行きます。行ってあんたをぶっ飛ばせるぐらいまでになってやる!!」
 そういうとザックスは肩を怒らせながら、あきれたような顔をするガーレスの後を追いかけた。
 そんな男を目の端で見送り再び顔を上げると、いつのまにかセフィロスの前にはあっという間に4,5人のクラスSソルジャーが周りを囲んでいた。
「なんだ?お前達。」
「私もブライアンとキース、アランだけでは不安です。姫をお貸しください。」
「魔法の査定ほど簡単なものはなかろう?こいつには戦略を助けてもらうから貸せぬ!その代りバハムートを貸してやる。」
「姫のバハムートがあれば、どれだけ近寄れるか見れば一発でおわりすよ。しかし竜王殿は触らせてはいただけないんですよ。どうしろとおっしゃるのですか?」
「バハムートにはおとなしくいうことを聞くように言っておく。パーシヴァルは誰を借りたいんだ?」
「あ、はい。カイルをお貸しください。」
「カイルなら貸してやる。」
 あっというまに特務隊のトップクラスの隊員が引き抜かれていく様子をクラウドはあっけにとられながら見ていたのであった。
「すごいなぁ…うちの隊員達って。」
「何をあきれたような顔をしている。お前はそのトップであろう?こいつらは私がお前を貸せないと知っているからこそ、他の隊員達を借りていくのだぞ。」
「自分は机で戦略を見るよりも剣技や魔法を見ていたいです。」
「下級兵ではお前の出番はない、クラスBかクラスA相手ならやってもらうかもしれん。それまで待つのだな。」
「了解いたしました。」
 わざと試験官にしないのではなく、きちんとした理由があるとわかれば、クラウドとて自分の意志を貫くことはできない。それにクラスSのほとんどが他の技能試験にかかっているため、戦略はセフィロス一人の担当であった。
 ミッションに行った先の状況で、戦略をいきなり変えることもよくある特務隊にいれば、それなりに戦略も身に付く。副隊長に上がってからずっと指揮権を預かっているクラウドなら確かに適役であろう。
 セフィロスの思いは理解できる、できるが…机に向かってデータをにらめっこするよりも体を動かしていたほうが気が楽である。しばらくデスクワークが続くかと思うとため息が自然と漏れた。
「ふう…。仕方がないのかなぁ?」
「あきらめろ、戦略を見るよりも剣技や魔法の査定に出たいのは私も一緒だ。」
 少し口元を釣り上げた独特の笑みを見せて肩をすくめる、そんな仕草がやけに似合うのもこの男だからであろうか?そんなことを思いながらクラウドは会議室を後にした。