翌日、治安部員を全員集めた訓示でセフィロスは隊の人数の不均衡の事を説明した。新しく一般兵を採用することなく現状での不均衡の解消をするという言葉を受けて、統括のランスロットがあらゆる視点での正確な隊員の実力選定と、それに基づいた隊の組み替えの公表をした。
「ソルジャー施術を施していない者で自ら退役を希望する者はこの機会に申し出る事。ガスト博士が魔晄の力を抜くことに成功すれば、そのうちソルジャーからも退役希望を募るつもりでいる。治安部も次第に縮小していくので各自その覚悟でいるように、以上!」
 一瞬会場がざわついた後で、隊員達が姿勢をただし敬礼した。軽くうなずくとランスロットとセフィロスがその場を立ち去った。

 訓示の後、クラウドがクラスA執務室にいったん戻ると全員が査定に駆り出されているのか、それぞれ目的のクラスSの指示した場所へと出かけていく。クラウドはもちろんクラスS執務室にいるセフィロスの所へ行くことになっていた。そんな彼に相変わらず髪の毛をくしゃくしゃと撫でまわしながらザックスが絡んできた。
「おう、クラウド。しばらくすれ違いだが事務職ばかりだって拗ねるなよ。」
「ザックスこそ、サー・ガーレスの所で力仕事じゃん。それ以上脳内筋肉増やさないでね。」
「う〜わ!お前がそれを言うのか。お兄ちゃんショックだよー!」
「誰がお兄ちゃんですか?!まったく、もう時間でしょ?早くいかないとサー・ガーレスに迷惑かけるよ。」
「お?ああ、パーシー、ゴードン行くぜ。」
 苦笑をするクラスA仲間を連れて陽気な兄貴分が執務室を後にすると、いきなり静けさが訪れた。クラウドは肩をすくめると、クラスS執務室へと足を向けた。

 クラスSソルジャーも全員がなにかの査定にかかわっているため執務室にいたのはセフィロスだけのはずであったが、扉を開けた先にはこの部屋にはいないはずの男がいた。
「ランスロット統括…どうして?」
「ああ、クラウド君。セフィロスが私に倫理観の査定を押しつけるので、どう試験すればいいのか訪ねていたところです。」
「だから、それは私に聞くなと何度言ったらわかるのだ。倫理観など真逆の事をやっている裏稼業専門家にでも聞け。」
「なるほど、タークスのツォンですか。それよりも私としてはクラウド君をお貸しいただきたいですね。」
「貴様…答えがわかっていると言うのに聞くのか?ん、いや…そうか。私の仕事を手伝うと言うのか、よく言った!」
「はぁ?!なんですと?!私がいつセフィロスの仕事を手伝うと言いましたか!?」
「クラウドを使うと言うことは私の仕事を手伝うと言うことだぞ、それがわからぬお前でもあるまい。」
「セフィロス、貴方という人は…そうまでして独占欲を満たすおつもりですか?」
「穿ったものの見方はよせ、下手なクラスSよりも実際クラウドのほうが戦略面で光るものがある、それだけだ。」
 言葉使いは丁寧であるが内容はかなり熾烈である。クラウドは常にないランスロットの言動に青い瞳を丸くし口をポカンと開けて見つめていた。その様子に気がついたセフィロスが苦笑を洩らした。
「安心しろ、クラウド。こいつは私の親友になりたいのだそうだ。この態度はそのためであろう、私もそれなりに扱っているだけだ。」
「そうですか、安心いたしました。しかし、まだ17歳の自分に倫理観などあるわけ無いですから、統括の仕事はお手伝いできませんね。」
「ああ、クラウド。特務隊のミッションをデータベース化してあるな?それをシュミレーションに取り込めるか?」
「はい、そのぐらいならできると思います。」
「ずるいぞ、セフィロス。特務隊のミッションデータを戦略査定に入れたら一般兵どころか上級ソルジャーとて簡単に査定ができる。」
「貴様、これだけの兵すべてを査定するのにたった半年でデータを出さねばならんのだぞ。紙切れ一枚でテストしておしまいというわけにはいかないぐらいわかるであろうが!」
 言葉だけを聞けば喧嘩腰ではあるが、醸し出す雰囲気は柔らかい。セフィロスがひそかにこの雰囲気を楽しんでいる事を察すると、クラウドは特務隊のミッションデータを呼び出すべくパソコンを立ち上げた。
 データをコンバートしている間もセフィロスとランスロット統括はなんだかんだ言いあいながらも仕事をまとめつつあった。そんな様子にクラウドは笑みを浮かべていると、その表情に気がついたランスロットがふいにセフィロスに尋ねた。
「そういえばセフィロス、私を親友と扱っていただけるなら、奥様と会わせていただいて、ご自慢の愛妻手料理などをご相伴したいものですが?」
「お前にクラウディアの料理を食べさせるなどもったいなくてできるか!」
「相変わらず独占欲が強い奴だな、ほとんど一目ぼれで、付き合いだしたとたんに強引に同棲に持ち込んだくせに、それに協力した私にすら手料理を味あわせてもらえないとは…奥様が聞いたらなんとおっしゃることやら。」
「あれは私に惚れているから何も言わぬが?」
 部屋の中には提出書類を持ってきていた下級ソルジャーたちが数人いた。彼らに悟らせないがクラウドには筒抜けの言葉の応酬である。思わず反応し、青い瞳を真丸にさせ顔を真っ赤にしてしまった少年に常に見る怜悧さを見いだせず、ランスロットが苦笑をする。
「おや、クラウド君。いつもの鋭さのかけらも見いだせないじゃないか、君には同棲中の恋人がいたのではないのですか?ああ。そういえば相当の美女というお話ですから、一度お話してみたいものです。」
「え?あの…彼女は…その内気な方ですから人前に出るのは苦手のようで…」
「ランス、お前は美人と聞くと会いたいのだな?さては人の女を横取りするのが趣味なのか?ん?」
「ま、まさか!目の保養をしたいだけですよ、あなたの奥様の場合は舌の保養もできますからね。」
「そうだな…食事ぐらい構わないとは思う。クラウディアもそのぐらいならかえって喜ぶであろう。しかしだな、条件が一つだけある。」
「条件?」
「ああ、お前が結婚相手を連れてくる事…だな。」
「はぁ?!」
 あっけにとられた顔のランスロットに、してやったりの表情をしているセフィロスという構図に、クラウドがくすくすと笑っている。
「なにしろ私のクラウディアもシャイな奴でな。クリスマスパーティーで気丈にも反抗勢力相手に啖呵を切ったのを見た時はびっくりしたぐらいだ。クラスSソルジャーとして、統括としてすでに会っているお前を部屋に呼ぶなら、結婚祝いと称さないと無理だな。」
「モデルの仕事をやっている奥様のどこがシャイなんですか!まったく、惚れた弱みで言う事、言う事!クラウド君、聞いたかね?彼はこんなに心の狭い独占欲の強い男だと隊のみんなに伝えてくれたまえ。」
「はぁ…ソルジャーとして自分も隊長に憧れて惚れていますので、わからないでもないのですけど…」
「君も…かね?まあ、しかたがありませんね。この男のかっこつけときたら天下逸品ですから。」
「貴様、よほど私に政宗で切り刻まれたいのか?」
 まだまだ言い合っている二人にクラウドの笑い声が次第に大きくなっていた。
「ん?なんだ、何をそんなに笑う?」
「いえ…隊長殿がそこまで砕けた口調でお話しされているのをはじめてみましたので…ちょっとうらやましいかな…と。」
「何がうらやましいですか。友達と呼ぶなら政宗を避けられるようになれと言われたようなものですよ。よく避けられるものだとザックスに伝えておいてください。」
「ああ、あれはザックスがギリギリでよけられるように手を抜いてやっていますよ。隊長殿が本気になったら彼がかなうわけ無いじゃないですか。」
「ええ、そうですよね。セフィロスなら奥様が『欲しいものがあるの。』と可愛くおねだりされたら、それこそ星の一つや二つぐらい簡単に手に入れますよ。」
「なんだか…その様子が見えるような気がするのは自分だけでしょうか?」
「いや、私すら見える気がするよ。彼女に物欲が無くてよかったよ、本当に。」
 トップソルジャー達のやり取りをあっけにとられながら聞いていた下級兵たちが笑いをこらえながらも退出していくのを見送ると、複雑な顔をするセフィロスを見て、ランスロットとクラウドは顔を見合せながらけらけらと笑いあったのであった。


* * *



 クラウドが事務作業に没頭していると聞いて喜んで仕事を入れたのは、もちろんやり手のクラウディア・マネージャー、ティモシーであった。嬉々として電話をかけてきたと思ったらメールでほぼ毎日のように撮影の仕事を入れてくる。
 スケジュールを見ながらクラウドが顔をしかめているのをセフィロスが気がついた。
「どうした?そんな顔をしていると言うのはモデルの仕事がたくさん舞い込んでいるのか?」
「そうなんだよ、ほとんど毎日撮影だよ。もう、ティモシーったら何を考えてるんだろう?!」
「このところ、大きなミッションがないから、ここぞとばかり仕事を入れているのであろう?しかし魔晄はすべて封鎖するつもりでいるから、データベースができ次第ミディールに行くつもりでいる。春になったらウータイに遠征が決まっている、そのあとは再び北の大空洞だと言っておけ。」
「うわ!そうなんだ。じゃあ頑張ってデータ作らなくちゃ!」
 嬉々とした顔でメールを打ちこむクラウドだったが、送信してしばらくすると、かかってきた電話にぶすっとした顔をしている。どうやら会話の相手はティモシーのようだ。
「え〜!だって、俺はあくまでも神羅カンパニーの社員なんだから…こっちの仕事を優先しないと…って、ええ?!ルーファウス社長がそんなこと言ってたの?!」
 クラウドの大きな声にセフィロスがびっくりして問いかけた。
「ん?どうしたと言うのだ?」
「あのね、ミディールは反抗勢力も存在しないから、魔晄を封印するのは簡単な交渉で済んだんだって。もう魔晄泉の上に施設を作って、そこから温泉を配管を通して送るように工事しているんだって。だから俺達が行くことはないだろうってルーファウスが言っていたんだって。」
「なに?!それではミディールへは…」
「うん、行く必要がないからその分撮影入れたからって言われた。」
「たしかにミディールは反抗勢力もいないし、温泉源さえ確保できれば、カンパニーに協力的だ。まったく、坊やだと思って見くびっていたな。」
 セフィロスの冷笑をクラウドは久しぶりに見た気がした。
「その件は明日ツォンに確認するが、ミディール行きは無くなりそうだな。」
「ぶう!早く春にならないかな?」
 電話をにらみながら膨れるクラウドの肩を抱き寄せ、苦笑しながらもセフィロスがつぶやいた。
「あと何年だろうな?お前と一緒に戦えるのは…ウータイと北の大空洞の魔晄が封印されれば大きな魔晄泉はもうなくなる。あとはミッドガルにある魔晄炉を代替エネルギーへと切り替えれば治安部は閉鎖へと進んでいくのだろうな。」
「長くて2年ぐらい…なのかな?今の仕事好きじゃないけど…ティモシーたちの事を考えると簡単にやめられないからこのまま続けていくのかなぁ?」
「それはお前次第だが…ティモシーたちも将来的にはお前をカミングアウトさせるつもりでやってくれているのであろう?その時どうなるかはわからんが、それでもまだ仕事が来るようならお前も答えてやるんだな。」
「…そう…だね。でも…女装はちょっとね。」
 セフィロスの言う事は理解できるが、やはりスカートをはくことは嫌なクラウドだった。