クラウドだって一人の戦士である。いくら似合うからと女性の姿で写真を撮ったり、CMに出たりするのは嫌でしかたがない。しかし魔晄を封印し、神羅カンパニーが治安部を解散させると、クラウドは仕事を失うことになる。このままセフィロスの妻として家で彼を待つのも悪くはないが、何もすることがないと、暇を持て余す気がしてならなかった。
「それも嫌だなぁ…。」
 ついつい声に出していたのか、ソファで何かの書類を読んでいたセフィロスが顔を上げて振り向いた。
「何が嫌なのか?」
「え?あ、ああ。そう遠くない将来の話。俺がカンパニーを辞めるのは、セフィロスが第一線を退くからで、納得済みなんだけど…辞めた後、何かしないと、一人でこの部屋にいてもすぐにやることなくなりそうだなって…。」
「ああ、それで嫌だとつぶやいたのか?」
「だからといってこのままモデルを続けても、女装は逃れられないと思うんだ。そっちも嫌なんだ。」
「お前は…やはりそこにこだわるのか。」
「当たり前だよ。フリルのスカートやガサガサ音がしそうなドレスが似合うなんて言われて嬉しい男はいないでしょ?」
「まあ、そうだな。性同一性障害か、そういう趣味の男ぐらいしか喜ばないであろうな。」
「あと…何年だろう?それまでに見つけなくっちゃ。俺にできる事でセフィロスの為になる事。」
 そう言ってクラウドがセフィロスの肩にもたれかかると、たくましい腕が背中にまわされてがっちりと抱きしめられた。
「こうして…私のそばにいてくれるだけでいいと…何度言ったらわかってくれるのだ?」
「だけど、ね。それはセフィが思っているだけで、世間の人はそれでは許してくれないよ。」
 クラウドは特務隊副隊長になって以来、常に他の治安部員に注目されていた。どれだけ力量があるか、どれほどの男なのか探るような視線を感じていた。その視線が一転したのは皆の前で持っている召喚獣を呼んだ時からだった。
 それまでの実力を疑るような視線がいきなり180度変わって尊敬の視線へと変わったことに気がついたのだった。
 カンパニーの中でもセフィロスの隣に立つ人物には厳しい目で見られるのである。これが世間ともなるとクラウディアの行動がみられていることになるのだ。
「クラウディアはセフィの婚約者として認められてるのかな?モデルとしてではなく、特務隊の副隊長の顔が出てる気がするんだけど…。」
「クックック…、今更それを言うのか?去年のクリスマスパーティーの時は、どこから見てもモデルの顔ではなかったぞ。」
「あれは…。だってあのときはミッシェルを守らないとって…」
「それはモデルの仕事ではなく、リックの仕事だったはずだ。」
「うん、わかっていたんだけど…どうしても体が動いちゃって…。」
「そうやってちらちらと真の顔を見せると言うのも一つの手かもしれんな。華奢なモデルと地獄の天使と言われる男が同一人物だったと言われても納得するのは早かろう。」
「それやったら、ティモシーとミッシェルに怒られちゃうよ。」
「クックック…だろうな。」
 緩やかに微笑むセフィロスの隣に座っていると、穏やかな気持ちになっていく。あまり人に見せた事のない顔を自分だけに向けてくれてることにクラウドはうれしく思うと同時に、それだけの気持ちに値するものを返しているのであろうか?と自分に問いかけてしまう。だからこそ、もっと自分を高めたいと思うクラウドだった。


* * *



 カンパニーに出社しても、特務隊の執務室も、クラスA執務室にも仲間は誰もおらず、クラスS執務室でセフィロスと戦略の査定用プログラムを修正する作業をしていると、一人置いてけぼりになった気持ちになる。それでもクラスSに訪れる下級ソルジャーたちが自分の上官の机に書類をおいて去る際に、自分たちに向けて敬礼して行くのを見送っていると、自分も机上任務から離れて、実技査定に行きたくなるというものである。そわそわしだしたクラウドにセフィロスは喉の奥で笑いをこらえながら声をかけた。
「そんなに気になるのか、ん?」
「え?あ、はい。自分もどうやら書類とにらめっこをするよりも、実技が好きなようです。」
「それは、私も同じだ。少し気分転換に行くか?」
「ご一緒させてください!」
 ゆったりと歩きだすセフィロスの一歩後ろをクラウドが歩調を合わせて歩き始める。廊下を進むと、通り過ぎる兵士たちが、壁際に下がって最敬礼しているのを視線の端でとらえながらも、まっすぐ前を見て歩くセフィロスと対照的に、クラウドは小さく返礼して通るのであった。
 訓練所の扉を開けると、中でクラスAソルジャー数人が下級兵と拳を交えている。その中心人物はザックスだった。
「パーシー、そこまで力入れたらこいつらの力量をみられねえだろ!」
「ま、魔法と一緒で力を抜くのって難しいんだぞ!」
「ハン!そんなこともできねぇで、実働隊の副隊長張ってられるもんだな。下がってみていろ、こうやるんだよ!」
 そういうと目の前の下級兵の攻撃を受けておきながらもその力を受け流している。
 下級兵の足元が崩れないのでかなりセーブしているのがわかる。
「ほぉ…力頼みのザックスにそういう事ができるとは思わなかったな。」
 やや低い声に驚いて声の主を見た全員がいきなり直立不動で敬礼する。そんな様子をセフィロスの後ろにいたクラウドは目の当たりにしてびっくりしたと同時に、治安部員全員に同じことをやられたら自分だったら嫌になるだろうとも思った。
 セフィロスの登場にあわててガーレスが駆け寄ってきた。
「キ、キング。どうかいたしましたか?」
「気にするな、気分転換と現場視察だ。私にも全軍の事を掌握する権利はあるはずだぞ。」
「え、ええ。キングと姫には全軍の事を掌握する必要があるのは認めます。しかし一言おっしゃってくだされば…」
「迎えに来られても困るだけだ。そんな暇があったら次の兵の査定をしてほしいものだな。」
「ア、アイ・サー!」
 あわててガーレスが元の位置に戻ると、ぎくしゃくした様子の一般兵が進み出た。それを見てザックスが困ったような顔をしてセフィロスに話しかけた。
「なぁ、セフィロス。あんたがいることに慣れてない連中ばっかりだから、固まっちまって査定にならねえんだけど。」
「そのようだな。邪魔した。」
 くるりと踵を返して部屋から出ようとするセフィロスの背中越しにため息が漏れている。クラウドが上官の後を追おうとして振りかえった時に、そのため息を聞きとったのか、いきなりセフィロスが振り向いた。
 黒革のコートに包まれたたくましい胸がぶつかるという寸前で、クラウドはがっちりとセフィロスに抱きとめられていた。
「あひゃぁ!」
「おい、どこから声を出しているのだ?お前は。」
 セフィロスの腕の中で真っ赤になるクラウドを目ざとく見つけたザックスが、すかさず突っ込みを入れた。
「おー、また大っぴらにセクハラしてるなぁ。あんた、あのモデルだけじゃ物足りなくなったのか?言っちゃうぞ〜〜」
「クックック。お前とは違ってクラウドを可愛がると真っ赤になって楽しいが…いつあの竜王たちで逆襲されるのかと思うと、気が気ではないな。」
「隊長にそんなことしません!」
 きつい瞳でザックスを睨みつけると、大げさに両肩をすくめている。
「溜まってんなぁ、セフィロスなら固まるけど、お前なら固まらないかもな。やってみるか?」
 ザックスが後ろに控えている一般兵を指さすと、彼も瞳を輝かせている。そんな様子を見てクラウドは軽くうなずいた。
 ゆっくりと歩み寄ると、下級兵士を正面に見据える。それまでの可愛らしい印象が一転し、戦士の顔になる。
 兵士が何も感じ取っていないのか、いきなり殴りかかってきた。
 その拳に合わせるように、腕を差し出し受けると、そのまま腕をつかみ身体を落とす。
「さすが俺の弟、やるねぇ。」
「誰が誰の弟だって?」
 そういいながらもしっかりと下級兵の身体にボディブローを寸止めにするクラウドに同じクラスAが苦笑いをしていた。
「まったく、会話しながら寸止めができるのか?」
「ん?これができないと、特務隊には来れないぜ。」
 クラスAの顔を見ながらかかってくる下級兵を軽々とかわすクラウドにセフィロスが声をかける。
「クラウド、お前なら10人や20人ぐらいの下級兵を相手にできるかもしれぬが、そいつは一応クラス1stだ。あまり自信をなくさせるようなことをするな。」
「あ、すみません。」
 セフィロスの言う事を聞こうと後ろに振り向きながらも、正確に足蹴りを寸止めするクラウドに、クラスA仲間どころか、査定の順番待ちをしていた兵士たちが唖然として見ている。
「姫、査定になりませんのでそろそろよろしいですか?」
「あ、サー・ガーレス。彼はクラス1stとしてどのぐらいの位置にいるのですか?」
「そうですな…ほぼ中ぐらいの位置でしょうか。それが、何かありましたか?」
「それならば特務隊の隊員は全員クラス1st入れますね。」
「もともと特務隊の隊員はそのぐらいの力がなければなれないのです。彼は後方支援隊にいます、最前線の特務隊員と比べるのは少しかわいそうですよ。」
 ガーレスの苦笑いの後ろでザックスがけらけら笑っている。
「セフィロスがお前を査定に出さなくて、せーかいだったんだな。いやぁ〜〜ん★強すぎちゃってこまるのぉ〜」
 ふざけた物言いにカチンとくるが、言われていることは当たっている。クラウドは拗ねたような顔でザックスを睨むと、腕にはまっているバングルを目の高さまで持ち上げて、ぼそりとつぶやいた。
「……チョコボに蹴られて飛んで行け。」
 するとどこからかいきなり現れたチョコボが、背中に「必殺技」と書いた鉢巻をしめたモーグリを載せてつっぱしってくると、ザックスを壁までぶっ飛ばして消えていった。
「あ〜〜れぇ〜〜、やなかんじぃ〜〜!」
 何だかどこかで聞いたようなセリフを残して壁に激突したザックスに背を向けて、クラウドは少し肩を怒らせながら訓練所から出て行ったのであった。


* * *



 次に向かったのは魔力の査定に使っている部屋だった。
 マジックミラー越しにのぞくと、魔法部隊の隊長リーと副隊長ブライアンが、いろいろなマテリアの並んだマテリアボックスの前に立ち、兵士がマテリアを使うのを見守っている。
 セフィロスがそれを見てつぶやいた。
「ここは査定が早く済みそうだな。」
「え?なぜです?」
「まず第一に指示されたマテリアを探す力がなければ、魔力がないと言えよう。マテリアのクラスや魔法の強さで簡単に査定できる。」
「…そうですね。」
 くるりと踵を返したセフロスの後を名残惜しげに後ろを見ながらクラウドは追いかけて行ったのであった。