セフィロスがクラウドを連れて査定を見回っていると言う情報が流れたのか、射撃訓練場では入り口で責任者のトリスタンが待っていた。その後ろでは期待に満ちた視線を送る下級兵を、査定を担当しているクラスAナンバー1スナイパーのマーチンが窓際からはがしていた。
 思わずクラウドがセフィロスを見上げると、一瞬困ったような顔をして、すぐにいつもの表情に戻った。

(やっぱりセフィロスも特別扱いは嫌なんだろうな。)

 そう思いつつも、目の前でニコニコと立っているトリスタンを責めることもできない。自分が見てもらう立場なら同じことをしている。クラウドはどうすればよいかわからなかった。
 セフィロスが射撃訓練所の前に立つトリスタンに声をかけた。
「バカ者!こんなところで何をやっておる!」
「え?先ほどキングが査定を見に来たと、ガーレスから…」
「出迎えている暇があったら、一人でも多く査定しろとは伝わっていないのか?」
「しかし、キング…」
「まったく…こっそりと覗くつもりが、何故大ごとにする。行くぞ、クラウド。」
「あ、はい!」
 訓練所を覗きもせずにセフィロスは角を曲がってしまった。あわててクラウドが追いかけると、既にかなり先を歩いていた。

(エディに連絡しておこう。もしで迎えたりしたら凍らされるからねって。)

 あわてて携帯を取り出すとささっとメールを送っておく。返事こそ来ないが、いつもセフィロスに睨まれているエドワードなら絶対に上官を抑えてくれているであろう。そう思いつつ先行するセフィロスを追いかけていた。
 渡り廊下の先に、目的の部屋はあった。
 部屋の前には誰もいなかったのでクラウドもほっと胸をなでおろしていた。
 訓練所の中にそっとはいると、ちらりとエドワードがこちらを見たが、下級兵の剣の査定を休めるようなことはしなかった。彼の上官であるクラスSのパーシヴァルは部屋の隅っこで下級兵に囲まれて居辛そうにしていた。
「え?なにがあったの?エディ。」
 異様な雰囲気にクラウドがエドワードに問いかけた。
「自分の上官もミーハーだったと実感しただけです。クラスS経由でキングの事はすでにこちらに入ってきていました。しかし幸いにもここにはカイルもいる事ですし、ちょっと抑えさせていただきました。」
 敬語はセフロスの為であろう。話しながらも視線は下級兵と剣を交えるカイルを追いかけている。その姿勢に軽くうなずきながらセフィロスが話しかけた。
「矛盾を感じるな、それでよい。」
 詳しく聞くことなく、セフィロスが壁際まで下がると、クラウドはちらりとカイルを見てから同じように壁際まで下がった。
 カイルと剣を交えている下級兵の様子を見ていると、身体が軽く震えている。緊張から来るものであろうか?よくわからないが、それでも必死になってカイルに斬りかかっている姿は、年上であろう彼には失礼だが、可愛いと思ってしまう。
 クラウドがニコニコと笑顔で見ていたからか、兵士の硬さが取れていった。
「ったく!姫が笑ってるから下級兵の堅さが取れちまったよ!」
 苦笑いをしながらも、下級兵の剣を受けるカイルは、いつもの戦闘に出ているよりも幾分余裕を感じられる。
「カイル、強くなったね。」
「へへへっ…4つも年下のお前に負けてばっかりってのも悔しいからな。」
 ちらちらと視線をクラウドとセフィロスに送りながらも、正確に下級兵の剣を受ける姿は、流石特務隊の右翼切りこみを担当しているだけある。しかしそれを見ているだけのクラウドにとっては次第に身体がうずうずしてくるのであった。
 それをわかっているのかエドワードがくすくすと笑っているのをセフィロスが気がついた。
「どうした?エドワード。」
「失礼いたしました。よほど姫はじっとしているのが嫌いなのだと…」
「こいつか?ふっ…そうだな、後方待機をさせると、まるでずぶ濡れの仔チョコボのようで可愛いぞ。」
「隊長殿!お、男に可愛いって…!」
 言われたクラウドは真っ赤である、セフィロスはちらりと視線を送ると表情を崩さずにエドワードに話した。
「クックック…特務隊のような腕自慢の部隊の隊長補佐がこれだからな。私は初めて部下がかわいいと思えたよ。」
「姫が可愛い…ですか。自分たちクラスAにとっては頼もしい友であり誇らしい仲間です。可愛いなどと言うと部屋の中なのにチョコボは走って来て蹴飛ばされるし、いきなり雷に打たれます。」
「それは先ほどザックスが体験していたな。」
 表情を崩さないセフィロスと対照的に拗ねたような顔で睨みあげているクラウドという構図は、エドワードにとってはもはや見慣れた光景であった。しかしその場にいる下級兵たちがそんな二人のトップソルジャーを見てぼっとしていたのである。それに気がついたカイルは背中に冷たいものを感じた。

(まずい!このままだとお二人の関係が…)

 いくら治安部が縮小していくとはいえ、二人の真実の関係がわかってしまったら、クラウドは治安部を辞めねばいけなくなる。それが何を示すのかカイルにはよくわかっていたのであった。

(姫がそばにいないと隊長殿はまた昔の氷の英雄に戻られてしまう!)

 そう思ったカイルはクラウドに話しかけた。
「そうすねんなよ、姫。エディ、姫と変わっていいか?」
 意図を察したエドワードがセフィロスに確認を求めた。
「どうします?キング。」
「許可しよう、少しは運動させないとこいつは事務職が進まないらしい。」
「ヴァレリー、あとで上官たちにいじめられてもいいか?」
 クラスAソルジャー、しかもトップクラスのソルジャーとして上級ソルジャーですら憧れている男と剣を交えられる。そんなめったにない機会を断るような兵士はいなかった。
「かまいません!サー・クラウドと剣を交えられるのであれば喜んで!」
 その場にいる兵士たちから感嘆の声が漏れたと同時に、クラウドが壁際からすっと姿勢を正して歩み寄ってくる。兵士の正面に立ちゆっくりと剣を抜くと下段の構えを取った。
「いいよ。いつでもおいで。」
 その言葉とほぼ同時に下級兵が剣を振りおろしてくる。軽く剣を合わせるようにはじくと、反動なのか下級兵がしりもちをついた。
「あれれ…駄目だよ。もっとしっかりと腰を入れないと。」
 ニコニコと笑いながらも正確に剣を合わせるクラウドに、カイルが苦笑を洩らしていた。
「姫、軍曹クラスじゃこんなものだぜ。お前はクラスC以上の奴じゃないと剣の師匠になっちまうんじゃないか?」
「それ、さっきザックスに言われたのと同じセリフだよ。」
「あの馬鹿だと、もっとひどく言っただろう?一体何を発動させたんだ?」
「チョコボックル。」
「なるほど、それで先ほどの隊長殿の発言なのか。」
 カイルが話しかけている間も下級兵の攻撃の手は止まなかったが、よそ見をしながらも剣を受けるクラウドにセフィロスが声をかける。
  「クラウド、そろそろ行くぞ。お前にはこの先クラスC以上になったら、剣技の査定に入ってもらわねばならないからな。」
「え?」
「上級ソルジャー相手に剣の査定をするには、クラスSでも剣の腕のいい男を用意せねばならん。そうなるとお前に入ってもらわねば出来なくなるからな。」
「了解しました。よかった、自分はずっと戦略の担当だと思っていました。」
「戦略はシュミレーターさえでき上がれば後はデータを取るだけだ、それならばタークスに任せてもよかろう。そのあとは私もお前も上級ソルジャー相手に剣の査定の予定だ。ならば、早く終わりたいと思わんかね?」
「もちろんです!」
 瞳を輝かせながらうなずくクラウドに、カイルが苦笑していた。
「なるほど仔チョコボがご主人様を見つけてすりよってるみたいだな。」
「う、うるさい!俺だって身体を動かしたいんだよ!」
 真っ赤になりながらも睨みつける瞳は相変わらず鋭い光を持っている。そんなクラウドの肩をぽんと叩いてカイルは剣を持って部屋の真ん中に戻った。それとほぼ同時にセフィロスが部屋を出ていこうとするので、クラウドは軽く会釈をしてあわてて踵を返した。

 クラスS執務室に戻ると、誰もいないであろう部屋に誰かいるのか、セフィロスがピタリと止まる。
「あいつもどうやら事務ばかりというのは性に会わないらしいな。」
 そうつぶやくといきなり扉を大きく開け、軽く手を差し出すと上から降ってきた何かを受け止めた。
「お前は、いったい何を考えている?」
 受け取ったものを持ったまま、クラスS執務室の中にあるホワイトボードの元へと歩き、手にあった物をそこに置いた。
「ホワイトボードのクリーナー?」
「何だ、面白くない男だな。もう少し違った反応を見せるかと思ったが、相変わらずだ。」
 治安部統括のランスロットがにやにやと笑いながら、立っていた窓際からセフィロスの元に歩いてきた。
「もっとも、あなたがそんな悪戯に引っかかるとも思えませんけどね。」
「お前がわくわくして待っていたのはわかっていた。異常にうきうきした気配がしていたからな。しかしこれが統括のやる事か?」
「ええ、早く縮小してあなたにお渡ししたいですよ。まったく、私に内緒で治安部をまわるのはかまいませんが、クラウド君を連れ歩くとあっという間に噂になるんですから、ご用心なさってください。」
「ふん、そんな噂捨置けば良い。」
 噂と聞いて顔をしかめたクラウドを見てランスロットはにっこりと笑って話しかけた。
「ああ、安心してください、姫。今回は仔チョコボとそのブリーダーという噂でして…耳にして思わず噴き出しましたけどね。」
「じ…自分はそんなに仔チョコボに見えたのでしょうか?」
「姫がキングにキラキラの笑顔を見せるからそう思われたのでしょうね。それよりもキング。私の元にこのような要望が来ているのですが…。」
 そう言って手元にあった書類をセフィロスに渡す。渡された書類を一瞥したセフィロスが顔をしかめた。
「この要望はどのくらい来ているのだ?お前が動いたのだ、一つや二つではあるまい。」
「ええ、ざっと20部隊、36師団から来ています。」
「まさか、クラスSが動いているのか?」
「いいえ。その様子はありません。クラスAに確認したところ、彼らでもありませんでした。」
「そうか…過半数どころかこの数では動かざるをえまい。定例通りクラスS会議を招集するよう手配しろ。」
「了解いたしました。」
 軽く敬礼してランスロットが出ていくのを見送るが、やはり自分の隣に立っている男がこの治安部を指揮しているのだと実感する。クラウドは思わず氷をまとった雰囲気のセフィロスを見上げてため息をついていた。
「ん?どうかしたのか?」
「いえ。あらためて隊長殿がこの治安部のトップなのだと実感しただけです。それで…会議には自分も出るのでしょうか?」
「いくらクラスS見習いとはいえ議題のテーマになっている男が会議に入ることはできないな。」
「え?お…俺が議題…ですか?」
 びっくりするクラウドとは逆にセフィロスは苦虫をかみつぶしたような顔をしていた。
「まさか…北の大空洞での反響がこれほどのものとは思わなかったぞ。これはお前をクラスSにして隊長に昇格させ、その隊に自分を入れてくれという要望書だ。」
「え…ええーーーーーーーー!」
 クラウドの絶叫はすでにクラスS執務室から遠く離れつつあったランスロットの所まで聞こえていたのであった。
「おや、話してしまわれたようですね。それにしてもあの方がどう対処されるのか楽しみですね。」
 緩やかな笑みを浮かべながら、ランスロットはエレベーターホールへと歩いて行ったのであった。