治安維持部が大きく変わって、既に二カ月がたとうとしていた。
移動した兵士も徐々に隊に慣れはじめていたので、順次ミッションが発動しては兵たちがあちこちへと移動するという、以前のあわただしさが戻ってきつつあった。
しかし、まったく新しい環境に慣れない者たちもいた。その一人であるクラウドは、何時まで経っても慣れないクラスS執務室からクラスA執務室に戻って来ては溜息と愚痴をこぼすのであった。
「あした、晴れたなら…」
「あー!もう嫌ー!クラスSになんてなりたくなーーい!」
半ベソをかきながら部屋に入ってくるクラウドの後ろには、同じようにどんよりとした黒い雲を引き連れているブライアンがいる。毎日の事なのでクラスAソルジャーたちもいい加減慣れてきてしまった光景であった。
「姫、あきらめろ。一旦クラスSに組み入れられてしまった以上、実力が落ちない限りここには戻れないと思うぜ。」
にやりと笑うのはクラスSが自分の所に引き入れたくて仕方ない男の一人リックである。言葉をつづけようとしたところに、陽気な男が鼻歌交じりに戻ってきた。
「たっらいま〜〜ん!」
クラスAソルジャーでクラスS扱いを受けているのは4人いる、それぞれ扱われ方は違うが唯一クラスSに交じっても全く動じなかったのがザックスである。その理由も簡単に推測できるものであるがため、リックが思わずため息をついた。
「なあ…姫。いいのかよ?このままだと隊長の隣をこの山猿に奪い返されるぜ。」
「え?!」
クラウドの青い瞳がザックスを見つめる。
「ザックスが隊長殿を追い出す気満々と言う事は、そのあとの椅子を狙ってるってことだろ?もしそれが可能なレベルまで行ったなら、こいつは隊長殿の隣に立って代わりを務めないといけなくなるってことじゃないのか?」
「あ…うん。そう…なるんだよ…ね。」
セフィロスをトップソルジャーの座から引きずり下ろすと公言しているザックスだから、クラスSの仕事を嫌がらずにしっかりと受け止めている。それは彼自身が選び、目標としているからに他ならないが、クラウドにとってはセフィロスの隣にいられなくなると言う事である。
「姫がキングの隣から外れることになったら…どうなるのかな?」
「その時の治安部次第になるとは思うが…、現状のままなら自分の副隊長にしたいというクラスSによる争奪戦が始まるだろうなぁ。」
「と、なると…末恐ろしいことになりそうな気がする。」
クラスA仲間のつぶやきを聞いたのか聞いてないのか、ザックスが困惑顔のクラウドの頭をくしゃっとなでながら、真面目な顔で話しかけた。
「ばーか。あのセフィロスがお前を手放すと思ってんのかよ?そりゃ大きな間違いだな、飛ばされるなら俺だ。なんせサー・ガーレスがしょっちゅう寄ってくるから嫌でも飛ばされる先まで分かるって。」
「え?ザックス…それ、どういう事?」
「俺はセフィロスとお前を引退に追い込みたい。そのためならクラスSに行くことだって覚悟の上…というよりも必須条件だ。と、なると…特務隊以外の隊を一度は従えないといけないってことになるんだよな。図抜けた戦闘能力のない普通の実働隊をどこまで生かせるか…それもやらないといけないことになるんだ。だから俺にはその覚悟ができてるってことなんだ。」
「全然言ってる意味がわからないんだけど…。」
「ん?どこかの誰かさんが『クラスSに上がるってことは技術や能力だけじゃなくその覚悟と自信が必要だ。』って、言ってたのを伝え聞いたんだ。誰だって連隊長になると言う事に迷いや戸惑いもあるだろうけど、そんなものを配下のソルジャー達や、下級兵士たちに悟られたら…どうなる?自信や覚悟のない連隊長についていくような奴はひとりもいねぇぜ。」
「そりゃ…そうだけど。」
「クラウド、おまえ特務隊以外の部隊を率いて何度指揮したんだ?お前全然迷わなければ戸惑う事もなかっただろう?」
「俺の場合いつも迷っていられない状況じゃないか。」
「でも、特務隊みたいに戦闘に慣れた連中じゃない部隊に対して判断はお前が下したんだろ?その判断が万が一間違って下級兵が襲われたとしたら…なんて、考えなかったか?」
「その時は俺が何とかするつもりでいたから…。」
「つまりそれが覚悟であり自信なんだぜ。なにが起こっても対処する覚悟と対処できる自信。それが無ければとっさに判断を下せない、違うか?」
ザックスの言葉にクラウドは一瞬目を見開いたが、すぐに首を振った。
「ううん…違わない。何も考えていなかったけど…結局そうなんだよね。要は俺がまだガキだってことなんだと…ザックスに言われて気が付いた。俺に一番ないのがクラスSに行く覚悟と行けると言う自信だろうな。なにしろ統括にも言われちゃったからなぁ。でも…俺が上がっていいものなのかなぁ…たかが18歳のひよっこだぜ…俺。」
クラウドが一番気にしているのが年齢である。自分よりも年上の兵たちに上官扱いされると言う事に全くと言っていいほど慣れていないのである。
「なにを言われようとも自分のやるべきことをやればいいだけじゃねえの?俺、ある意味慣れちゃってるからなぁ。なにしろ1stのトップ張っていたとはいえ、書類はためる、上官にタメグチだろ?クラスA上がって来てみんなが白い目で見るのにお前とリックだけは信じてくれた。嬉しかったぜ…あれは。」
優しい瞳でザックスが呟いているのをクラウドはきょとんとした顔で見ていた。
「信じていないとやっていけなかっただけじゃない。俺が入隊した時から実力見せてもらっていたら、もっと早く信じられたんだけど、半信半疑だったんだから。」
自分の発した言葉がクラウドの頭の中でリフレインする。
(そうだよ…な。誰だって最初はその実力がその地位にふさわしいと思われていることはないんだよな。それを頑張って跳ね返すか、重圧に負けてしまうかで…評価されてしまうんだ。ザックスはしっかりと跳ね返した。俺は…重圧に負けそうになっているんだろうな。)
少しさみしげな瞳が次第に力を取り戻す。そして振り返ると、ザックスに軽くうなずいた。
「わかったよ…ザックス。誰だって最初は自信がなくて当たり前なんだよな。」
「ん?ああ…まあな。でも信じてくれる奴がいるだけで…随分違うもんだぜ。それがお前やリックで…俺はよかったって素直に思う。お前の場合は…それがプレッシャーにしかならないんだろうな。」
「うん。俺もそう思うんだ…それが黒革のロングを着るという責任なんだろうとは思うんだけどね。」
そういうと再びクラウドの瞳は寂しげな瞳へと戻ってしまった。
クラウドの変化を好ましくないと思っているのは治安維持部以外にもいた。
8番街のオフィスビルの一角でパソコンの画面を苦々しげに見ているのは、クラウディア・スタッフの一人でカメラマンのグラッグであった。
「ティモシー、ちょっとまずいぜ。クラウド君になにがあったのかは分からないけど、今一表情がさえないんだ。」
「ん?ああ…このところ何となく表情が暗いよね。いったい何があったのやら…サー・セフィロスとの関係は相変わらずのはずなんだが…。」
「なぁ、ミッシェル。彼氏にそれとなく聞き出してもらえないかな?このままではこっちの仕事にかかわるよ。」
「か、彼氏ぃ〜!だ、だ、だーれが彼氏だって?!」
あわてて振りかえった顔が真っ赤である。そんなわかりやすい表情で否定しても嘘がバレバレであろう、そう思いながらもあえて何も言わないようにしているのか、ティモシーがいつもの敏腕マネージャーの顔で受け流した。
「とにかく我々にはあの彼からしか情報を得るしかできないんだ。ミッシェル頼めるかな?」
ティモシーに言われて、ミッシェルはふと気が付いた。
「ティモシーはシェフォードホテルの御曹司とメールのやり取りができたんじゃないの?」
「どうやら私は彼にとって必要な人間ではないみたいでね、アドレスが変わっていたのか送ったメールが戻ってきたんだ。」
「ジョニーなら用が無くなったら、ばっさりとアドレスや履歴を消しそうよね。しかたない、メールしておくわ。」
そういいながらも、くるりとこちらに向けた背中はなぜかうきうきした様子である。そんな様子に苦笑を洩らしながらもあえてティモシーは無視をしている。
「なんだ…応援しているのか?」
グラッグが不思議そうに尋ねると、ティモシーは優しげな瞳で軽くうなずいた。
「応援なんてするわけ無いじゃないですか。あれは相思相愛ですよ、知らぬは本人達ばかりなりって奴です。」
「お、良く見抜いてるね。さすが敏腕マネージャーさんだ。」
「お誉めにあずかり光栄です。」
いつもの癖で銀縁の眼鏡をついっと上げながらティモシーが緩やかに微笑んでいたのを見て、グラッグはいつもの癖ですかさず持っていたカメラのシャッターを切っていたのであった。
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