ミッシェルのメールがもたらした情報に思わずティモシーたちは頭を悩ましていた。
「部隊長クラスに編入?あのクラウド君が?!」
「うん、どうやらそれがプレッシャーになってるみたいなの。だから笑えないんじゃないかって…。」
「それは…私たちでは対処できないではないですか。困りましたねぇ。」
「でも凄いなぁ。まだ入隊3年目だろう?彼、そんなに有能な士官だったんだ。」
「凄いから困っているんですよ。カンパニーが出している雑誌に写真も名前も乗ってはいませんが、サー・セフィロスの副官は美少年と有名なんですから。ルーファウス社長によると取材の申し込みが殺到しているそうですよ。」
「サー・セフィロスの副官で美少年と聞けば誰だって興味があるということか。金も実力も顔も揃っているとなれば世の女性は興味あるだろうから、雑誌記者だったら即追いかけの対象になりますね。」
「もっともルーファウス社長自身がクラウディアのファンらしいので、彼が報道されると言う事は阻止出来ているようですけどね。」
しかし、それは今目の前にある問題に対する答えではない。グラッグはもう一度パソコンの画面を見てつぶやいた。
「でも、どうするんだよ?この表情ではクラウディアじゃないぜ。」
写真のクラウディアはどことなく寂しげな笑顔でこちらを見ている。思わず抱きしめたくなるような表情は世の男性を虜にすることは間違いないであろうが、ポスターの依頼主は生花連盟つまりお花屋さんの依頼である、それこそ花のような笑顔を期待しているであろう。ティモシーも同じ思いであった。
「依頼主にもこれでは打診すらできませんね。」
「でも…あの方がこんな表情をする愛妻を見逃すとも思えないんだけどなぁ…。」
ミッシェルのつぶやきはその場にいる全員の心のつぶやきでもある。氷の英雄と呼ばれる史上最強のソルジャーがいかにこの少年を愛しているか、痛いほど知っている。知っているが故、少年にこんな顔をさせていることが信じられないのである。
「ツォンさんに…聞いてみますか。」
ティモシーは自分をマネージャーとしてスカウトした男の携帯電話へと連絡を入れた。
不意になった携帯のディスプレイに表示された番号を見たツォンは、最近ではかかってきた事がない番号だったために、軽く首をかしげてすぐに呼び出しに応じた。
「ツォンです、なにかありましたか?」
相手の男はよく見知った男である。司法試験を通りながらもスーパーモデルのマネージャーをやっている。受話器から聞こえる彼の声はいつもと変わらない冷静な声をしていたが、ツォンは告げられた内容に思わず顔をしかめる。
「ああ…やはりいつもの笑顔ではありませんか。ええ、クラウド君の実力はその地位にふさわしいものです。ただ…やはり精神的にまだ若いというか…大人になりきれていないのでしょうね。サー・セフィロスはあくまでも彼自身に乗り越えてほしいと思っていらっしゃるようです。あの方はトップソルジャーとして、軍を束ねる者としてふさわしい判断をされていらっしゃいますよ。」
常に治安部全員の注目の的であり、あこがれの存在であるセフィロス。彼が一人だけを優遇するわけにはいかないと自らを律しているぐらいは軽く想像が付く。それは自分自身がどういう存在であるかわかっていて、求められる事に対して答えられる力を持っているからにすぎない。そして同じことをまだ18歳にもならない少年に求められていることもよく知っている。自ら望んだこととはいえ、無理をさせているとは思うが、同じ色のコートを着て同じ地位に立ちたいという思いを捨て切れていないのか、それとも少年にそれを乗り越えられるだけの力があると思っているのかはわからないが、傍観していると伝え聞いている。
「サーはクラウド君を泣かせたくはないと思っていらっしゃるとは思いますが、部隊長として同じ黒革のコートに身を包んで自分の隣に立つ彼を誰よりも望まれていると思いますよ。」
「あの方も大変なんですね。もっとも、もっと大変になるのはこれから先の事でしょうけどね。」
「ティモシー、なんですか?その険を含んだ物言いは。」
「将来的にクラウディアは男の子であったと、カミングアウトすることになるでしょうから、その後の誹謗中傷や批難がクラウド君に集中したときに…どうカバーしてあげればいいか…いまのうちに考えないといけないことになってきたかと思いまして。」
「そうですね、治安部は縮小へと動き始めています。そう遠くない将来にはセフィロスが第一線を退き、クラウド君は治安部を去ると伝え聞いています。引ける伏線は引いて、使えるつてはみんな使わないと…彼はきっと笑わなくなるでしょうね。」
ツォンの言葉が重くティモシーにのしかかってくる。使えるつてなど、現在は一つしかない、思わず深いため息をついたティモシーにツォンが思わず尋ねた。
「グランディエ財団以外につてはなにもないのですか?」
「ええ、今はジャック氏ぐらいしか…本当のことを話していないのです。味方につけたい人物はもっと欲しいのですけど…ね。」
「そうですね、政財界に一目を置かれるような人物を味方に引き入れたいものですね。」
「政財界…クラウディアとして知り合った人は多いのですが、彼自身が出会った人物はいないと思います。」
「そうなると、ジャック氏関係からつてを探るしかないでしょうね。わかりました、少し調べておきます。」
「よろしくお願いします。」
ツォンは神羅カンパニーの調査部に所属しているらしい…。もっともこれは表向きの事であろうとティモシーは推測していたが、あまり深く追求しては命にかかわると思い、深く追求してはいない。しかし、一介の司法試験所持者である自分を畑違いの「モデルのマネージャー」と言う仕事に抜擢したのはツォンである。調査部というのはあながち間違いでもないと思っていた。そんな彼が調べてくれると言うのだ、おそらくきっちりとした答えを持ってきてくれるに違いない。
そんなことを思いながらティモシーはツォンへの電話を切った。すると聞き耳を立てていたのかミッシェルがいきなり切りだした。
「ティモシー、その電話の内容ではクラウド君の笑顔はすぐに取り戻せないわよ。」
「あ…そうですね。しかしあとはどういう手に出ればいいのか…。」
「こういう時はお友達に頼るしかなさそうだわね。エアリスに電話してみるわ。」
8番街のフラワーショップの店員でクラウドの事を妹のように可愛がっている女性の名前を聞いて、ティモシーは思わず苦笑いをした。
「妹思いの君と彼女がタッグを組めばあの英雄サー・セフィロスでも苦笑いするぐらいだからな…期待してるよ。」
「まかせて!可愛い妹を泣かせる男は、それが英雄だろうとなんだろうと許さないんだから!」
「ミッシェル、クラウド君は男の子だけど?」
「ごめん、グラッグ。悪いけど…クラウド君が自分の妹みたいだって思いこまないと、天下の英雄相手に文句を言う気になれないのよ。あたしだって怖いんだから!」
青ざめた顔で叫ぶミッシェルの言葉に、ティモシーとグラッグは思わずうなずいていたのであった。
* * *
8番街のフラワーショップ「ANGE」の看板娘であるエアリスは、いつものように店先の花の手入れをしていた。そこにいつの間にか仲良くなっていた女性が入ってきたのであった。
「あら?ミッシェルさん。いらっしゃいませ、今日はなにがご入り用ですか?」
「ん〜、エアリスに用事で来たんだ。」
いつもとはちょっと違うあまりさえない笑顔で笑うミッシェルに、エアリスは少し困惑した。
「なにかあったの?こまってる、よね?」
「うちの美人モデルの笑顔がちょっとさえないんだ。原因はもうひとつの仕事のせいなんだけどね。」
「まって!その話はここじゃ駄目。今、店番ママと代わるから、奥にいこう。」
小声だけど、きっぱりとした言い方でエアリスがミッシェルを奥へと誘導すると、居間にいる母親に声をかける。
「ママ、ちょっとミッシェルさんが相談があるんだって、お店おねがいします。」
「あら、ミッシェルさんいらっしゃい。いいわよ、でもあまり大声で話さないようにね。表まで聞こえてはまずい話なんでしょ?」
流石に神羅カンパニーの化学部門統括の奥様と娘である。今日来た事の目的を軽く話しただけで、しっかりと対応してくれるのはミッシェルにとってもありがたいことである。
「でも、エアリス。私あまり詳しく話していないのに…よく聞かれてはまずいことだってわかるよね?」
「クラウディアスタッフであるあなたがここに来ることはおかしいことではないの。クラウディアはここのお花が好きだって、どこかの雑誌で話しているもの。でもね、サー・セフィロスの配下の兵士でクラウディアの身代わりになったからといえ、一兵士であるクラウド君のことで相談というのは絶対おかしいの。」
「まあ…、そうよね。私も考えなしだったわ。」
「でも、嬉しい。ミッシェルさんに頼りにされてるんだもん。それで、一体どうしたの?」
問いかけてくる翡翠色の瞳は綺麗に澄んでいて、彼女の心の美しさを示しているようである。ミッシェルはそう思いながらも、このところ綺麗に笑えていない美少女モデルの話をし始めた。
「クラウディアから天使の微笑みが消えてるのよ。どうやらその原因はクラウド君自身にあるみたいなんだ。彼、軍人としても一流なんでしょ?どうやらその実力が認められて連隊長クラスに編入したみたいなの。」
「あ、うん。知ってる。ザックスから教えてもらったの。私もクラウド君におめでとうって言いたかったんだけど…」
エアリスは先日のデートの時の会話を思い出していた。
いつものように映画を見て家まで送ってもらい、自宅で両親とともに食事をしている時に、そのことは父親の口から聞かされたのであった。
「そういえばザックス君は今度連隊長クラス扱いになったそうだね。」
エアリスの父ガスト・ゲインズブルーは神羅カンパニーの化学部門統括である。内部資料での通達を知っていても不思議ではない。ザックスもそれを知っているが故慎重にうなずいた。
「はい。もっとも自分だけではなく、クラウドを始め4人のクラスAソルジャーがクラスS扱いになりました。」
「え?クラウド君も?すごぉい!お祝いしなくちゃ!」
はしゃぐエアリスと違い、ザックスはあまりいい顔をしないどころか、困ったような顔をしている。不思議に思ってエアリスが訪ねた。
「どうしたの?ザックス。お料理美味しくないの?」
「いや、料理はめちゃくちゃ美味しいんだけど…クラウドを祝うってのはちょっと後にした方がいいかな、と思ってさ。あいつ確かに実力があってクラスS扱いされたんだけど…なにしろ年齢が年齢だろ?自分がまだ17歳なのに一軍を預かる部隊長になっていいものかと悩んでるんだ。」
「え?でも…たしかクラウド君ってソルジャーになりたくて故郷から一人出てきたんだよね?」
エアリスはクラウドがソルジャーにあこがれて遠いニブルヘイムから一人で来たのを知っている。そんな彼が憧れであるクラスSの証『黒革のロングコート』を着ることを戸惑っているとは思いもよらなかったのであった。
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