ザックスから聞かされた話は確かに筋が通っていた。
 ガスト博士は軽くうなずきながらも、思わずつぶやいていた。
「そうか…彼ほどの士官でも年齢という物がネックになっているのかね?」
「ええ、早く駆けあがりすぎたんだと思いますけどね。実力がある証拠なんですが、確かに周囲の仲間は自分よりも10歳ぐらい年上で、全軍の注目を浴びている上に、部下には軍歴の長い連中が山ほどいるんだ…迷わないわけ無いんですよ。」
「君は…迷わないのかね?」
 ガスト博士の問いかけにザックスは少しさみしげな瞳で首を振った。
「迷っている暇はないんです。自分はセフィロスとクラウドを安心して引退させたい、そのためにクラスSに入ることは必須条件なんですから…俺がトップを取っても大丈夫だと認めてもらわないと…と、思っているぐらいです。」
「君は思っていたより良い奴だな。」
 ガスト博士にとって目に入れてもナンボのもんじゃい!というぐらい可愛い娘を彼から奪っていく男である目の前の青年は、カンパニーの化学部門で閑職に追いやられて居た頃から「友達思いのいい奴」として知れ渡っていた。ちょっとおっちょこちょいで、そそっかしいのが玉にきずだが、やたら男任があると評判の青年を娘が好きになったと知った時は、父親として嬉しいような、そしてさみしいような思いにとらわれたものであった。
 そんな青年が自分の親友のためにも、自分を高めたいというのであれば、彼ならきっとなしえると思えるのである。
「ザックスさんはずっと治安部にいるつもりなの?」
 エアリスの母であり、ガスト博士の妻であるイファルナが目を丸くして聞いた言葉に、ザックスは頭をガシガシと書きながら困ったような顔をした。。
「そのつもりです。あー、まいったなぁ。また安心させないといけない人が増えちゃいました。」
「ええ、私はおかげで心配しないといけない人が増えたわ。」
「ああ、私もその「安心させないといけない人」の数に入れてくれないと困るのだが、ね。」
 二人のやり取りを笑顔で聞いていたガスト博士の言葉に、エアリスが目を丸くした。
「やぁだ、パパ。パパまでザックスにプレッシャーかける気なの?」
「プレッシャーでも何でもない、ごく普通の父親の頼みだよ。可愛い娘を嫁にくれと言うなら、娘より先に死ぬことは許さない、ただそれだけだよ。」
 緩やかに笑うガスト博士に、ザックスは姿勢を正して一礼した。
「肝に銘じておきます。」
 その真面目な態度は、過去の青年のふざけた態度からすると、考えられない態度であった。

 話し合いの途中からだんだんとそれてきた会話に、ミッシェルが思わず突っ込みを入れた。
「エーアーリースゥ!だぁれがのろけろと頼んだかなぁ?」
「ええ?!のろけてなんて、ない、よ。」
「そりゃ、誰かさんの彼氏は、このところぐんぐんと実力を伸ばしてる成長株で、さわやか青年で、エアリス一筋ってことしか言われてないけどさぁ、それ私の欲しい答えじゃないもん。」
「えっと…クラウディアの天使の微笑みが消えたのは、モデルじゃないほうのお仕事のせいだって事なんだよね?でも、それってよくセフィロスが何も言わないよね?」
「ん〜、私もそう思うんだよね。あの人の一番好きな笑顔が消えてるってのに、気が付かないわけ無いのよねぇ。」
「あ、でも…同じ隊にいるリックさんは、なにも言わないの?」
「あー無理、無理!あいつはめっちゃセフィロス・マニアだから、ともかく隊長殿の意のまま…って奴なんだ。サー・セフィロスが動かなければ、動くはずが無いって。」
「と、なると…真正面から行くしかないんじゃないの?今日、クラウド君にお料理教えてもらう日なんだ。ミッシェルも行こうよ!」
「え?正面突破?!考えていなかったわ。」
「多分…クラウド君自身わかっているんじゃないかな?部隊長って…普通の会社で言えば重役…よ、ね?そんな人たちの信頼にこたえないといけないってプレッシャー、ミッシェルならどうする?」
「う…あ…、私なら逃げだすわ。」
「でも…その中の一人にセフィロスがいるとしたら…クラウド君迷うよね。彼、セフィロスのためなら…って思う子だもの。」
「そうか…板ばさみなんだ。だから心から笑えないってことなんだ。」
 何となくだがクラウドの笑顔がさえない理由が見えてきたミッシェルは、少し重たい気持ちでエアリスにうなずいた。
「うん、一緒に行くわ。あっちのお仕事のことをこっちに引きずるってこと、きっとわかっていないよね。」
「よかった。今日はクラウド君の得意料理を教えてもらうんだ、私一人じゃもったいないもん。」
 にっこり笑ったエアリスがミッシェルの腕を取ると、店番をしている母親に声をかけた。
「ママー!そろそろクラウド君の所に行く時間だから、このままいくね!」
 そういうと、少し困惑気味な顔をしているミッシェルとともに、ミッドガルで一番高級と言われているアパートメントへと歩いていくのであった。


* * *



 退勤時間になったので、仲間に別れを告げて、クラウドは何時ものようにバイクで高速を移動していた。今日はエアリスと一緒に料理を作る日になっている。得意料理を教えてくれと言われていたので、行きつけのスーパーで食材を一通り買いこむと、あわてて自宅に戻る。ふと気になって立ちよったアパートメントのエントランスには、すでに人待ち顔のエアリスと一緒に少し困った顔のミッシェルがいた。
「あ…れ?何でミッシェルがいるの?」
「ん…ちょっと、ね。」
「ミッシェルだって、お料理ができる方がいいって、私思ったの。」
「うん、そうだね。出来ないよりはできる方がいいよね。」
「これでも一人暮らしだから、簡単な料理なら作るんだけどなぁ。」
「じゃあ、お手並み拝見だね。」
 ニコッと笑ったクラウドの笑顔は、いつものクラウディアの笑顔だったので、思わずミッシェルがつぶやいた。
「なんだ、天使の笑顔…できるじゃないの。」
「え?」
「正直、この所いつもの笑顔じゃなかったから、心配してたんだよ。」
 ミッシェルの一言にクラウドが思わず苦虫を噛んだような顔をした。
「ご…ごめん。知らない間にソルジャーの仕事の影響を持ちこんじゃってたんだね。」
「この間の撮影、撮り直しだよ。覚悟していなさいね。」
「あーあ…、女装モデルなんて副業、早く辞めたいよ。」
 苦笑交じりにつぶやくクラウドを、ミッシェルが困った顔で見つめていた。間に挟まれていたエアリスが首をかしげている。
「クラウド君、カンパニーをそのうち辞めちゃうんでしょ?モデルのお仕事しなくなったら、何のお仕事するの?」
「…なにも決めていないよ。でも、自分を偽ったまま仕事を続ける気はないよ。俺は男で、そして過去に何人もの人を殺めてきた戦士だ。そんな奴がスポットライト浴びて笑顔を振りまいていたって、嘘くさいだけじゃないか。そんなの何の宣伝効果もないんじゃないの?」
「それを言われるとつらいのよね。何だか騙しているみたいだもの。でもね、たとえそれが虚像であっても、その笑顔に商品価値を見出している人たちがいるからこそ、貴方にっていう依頼があるのよ。」
「たとえ…虚像であっても、か。」
 少しうつむいていたクラウドが顔をあげて二人を見た。
「さ、ミッシェルの包丁捌きみせてね。」
「う…あ…、天使の笑顔が悪魔の笑顔に見えるわ。」
「あー、さては、できないなー。」
「な、なにを?!茹でるだけのパスタならできるわよ!」
「それ、お料理作れるって言わないよ。」
 まるで姉妹(?)のようにふざけ合いながら、3人は専用のエレベーターに乗り込むのであった。

 そしてキッチンでワイワイと仲良くやっているところに、偶然仕事が早くかたづいてセフィロスが帰ってきたのであった。玄関を開ける前から既に聞こえてくる声で、来客がいることと、それが女性であることが分かっていたセフィロスだが、その客がミッシェルとエアリスだと気配で悟ると、思わず帰ってきた道を戻りたくなった。
 そうとは知らずにクラウドが玄関を開けて声をかけた。
「あ、やっぱりセフィロスじゃない。どうしたの?何か忘れものでもしたの?」
「反抗勢力よりも怖い連中が来ているようだな。」
 真顔でつぶやくセフィロスの言葉が一瞬分からなかったが、その意味がやっと理解できたのか、クラウドはけらけらと笑いだした。
「よかったー!セフィロスでも怖いと思うものがあるんだ。」
「あの二人は反抗勢力ではできない、私を黙らせると言う事ができるからな。」
「そうだね、俺もその辺の反抗勢力よりも、あの二人やクラウディア・スタッフ相手にしているほうが苦手だよ。」
 跳ね髪をくしゃりとかき混ぜるようにクラウドの頭をなでながら、セフィロスがポツリとつぶやいた。
「久しぶりに笑ってくれたな。お前が笑ってくれるなら何でもすると…心に誓っていたのだが、私がお前に与えられるものは苦痛でしかないのか?」
 切なげな瞳で告げられた言葉にクラウドは思わずなきそうになった。
「違う、違うんだセフィロス。俺が…俺自身に覚悟が出来ていないだけなんだ。」
「それも仕方のないことだな。お前はまだ17歳だ、戦士の道を選んでいなかったら、今頃、お前の幼馴染のように、どこかの学校で勉強しているか…何か別の仕事に就いていたのであろうな。もっとも、そこでは今のような重大な責任を伴う選択を迫られることはなかったはずだ。」
 まるで別れを切り出すかのようなセフィロスの態度に、クラウドは思わず目の前にあるたくましい体に抱きついた。
「いやだよ!俺、セフィロスのいない世界なんて行きたくない!俺に自信を取り戻させてくれたのも、自分の意思を通す力をくれたのも、セフィロスなんだよ、なのに…どうしていきなりそんなことを言うの?!」
 ぼろぼろと涙を流しながら大きなお声で叫ぶクラウドの声が聞こえたのか、キッチンからエアリスとミッシェルが顔を出した。
「こーら、セフィロス。クラウド君を泣かせるとは、どういうことなのよ?!」
「あーもう!明日も撮影があるんだから、泣き腫らした目をさせてくれたら困るんですけど!」
 二人の女性に詰め寄られてセフィロスが自分に抱きついているクラウドの肩に手を置き、引き剥がそうとする。
「ほら、クラウド。まだ何か作っている最中だったのではないかな?」
「あ!おなべ!」
 急に思い出したのかキッチンへと駆け込むと、いつのまにか火が消されているのにほっとする。
「一応ね、コンロの火を消すぐらいは出来るよ。」
 にっこり笑ったエアリスに、クラウドは笑顔で感謝を述べた。