ウータイ出兵を前に、第13独立小隊の面々はそれぞれツテを頼って情報を仕入れようと努力していた。しかし入ってくる情報はあまりにも少なく、どうすればいいのかわからなくなってきていた。


LOVE PHANTOM



「ツォンに聞いてもこの程度の情報じゃあ、よそで入手できないのは仕方ないか。」
 頭をかきながらつぶやくザックスの隣で、クラウドはリックに振り返っていた。
「リック、ランディのところの情報はどうだったの?」
「無くなったものはないらしいが…マテリアがすり替わっていたものが少しあったらしい。もう少しで全部集まるというような敵の技マテリアとか、もう少しでマスターになるようなファイガとかが新品と入れ替わっていたらしい。」
「うへぇ!それレアマテリアだぞリック。もう少しで分裂するようなレベルまで育てるのにどれだけ苦労するか…。」
「え?そうなの?俺もう治療と回復ならマスターになったから一個ずつ返したよ。」
「そりゃ、俺たちの使いっぷりだったらそのぐらい行くだろうけど…それにしても、レアマテリアほしさに呼んだのかって思うな。」
 突飛な考えではあるが、あながち間違いでもなさそうな気がする。そう思ったクラウドはクラスS執務室へと早足で歩いていった。
 扉を開けて顔を一巡りさせると、まっすぐに魔法部隊の隊長のところへと足を向ける。
「リー隊長殿。ひとつお聞きしたいことがあります。」
「え?どうかしましたか?君に教えるようなことはもう無いと思っていましたが…。」
「自分の持つ召還マテリアは自らが召還主を決めるとお聞きしていますが、もしその召還主から別の人の手に渡ったときはどうなりますか?」
「クラウドの持っているマテリアを別の人がもてるとも思えないが、もしあると仮定して…そうだな、持ち主をどれほど気に入っているかしだいだと思うが、関係が深ければ深いほど戻ってくる確率が高いはずだ。試してみるかい?」
「え?ああ、そうですね。ちょっと頼んでみますね。」
 そういって剣にはめていたバハムートのマテリアをはずし、手のひらで転がしながら、頭の中で話しかけた。

   (バハムートさん…聞いてたよね?今の話。ちょっと協力してくれる?)
      ふっ…、試さなくともよい。答えは…我らならおぬしの元に戻る…だな。
   (え?セフィロスにならもたれてもかまわないのに、なぜリー隊長殿を…)
  嫌がる我を従え、押さえつけてまで使いこなすという意思の強さを感じない。

 きょとんとしたクラウドの顔に思わずリーが苦笑した。
「私に持たれるのも嫌がるようだな。そこまで嫌われるとは、少し悲しいよ。」
「す、すみません…」
 二人のやり取りと聞いていたクラスSソルジャーの中からセフィロスが歩み寄って、クラウドの手のひらにあったマテリアをわしづかみにした。とたんに彼の手からするりとマテリアが飛び出してきて、クラウドの元に戻る。

「なにが『押さえつけてまで使いこなすという意思』だ。私が強引につかんでもお気に入りの召還士の元に自ら戻るくせに。」
 わが主の非常時なら話は別だが、貴様は我が力を貸すほどの者でもあるまい。
「クラウドを気に入っているのはかまわんが、よくそれでザックスに力を貸す気になっているな。」
 それが…わが主を守ることにつながるからだ。

 クラウドの手のひらのマテリアが赤黒く光る。そのマテリア相手にセフィロスが勝ち誇ったような顔をして話しかけている姿は、他のクラスSソルジャーにしてみれば彼が独り言を話しているようにしか思えない。しかし、マテリアの声を聞けるクラウドは青い瞳を丸く見開き、あきれたようにつぶやいた。
「隊長殿、召還マテリア相手にけんかを吹っかけないでください。」
「お前があまり可愛がるから、わがままな召還獣になったものだな。」
「君がどこに置き去りにしても呼べばすぐさま飛んで来そうだな。」
「いや、こいつらなら置き去りにされそうになっても、こっそりとポケットに忍び込んででも付いてくるな。」
 セフィロスに言われたことは過去に実際にあったことなので、クラウドも強く否定をできずにいた。手元にあるマテリアを見ると先ほどまであれほど赤黒かったというのに、今では黒さが取れて綺麗な赤い色をしている。それは召還マテリアが心地よい状態にいる証拠であった。
「認めちゃっていいんだ…、勝手についてくるって事。」
「何をいまさら…最初からこいつは気に入った召還士に勝手についてきたではないか。お前の話だと確か知らないうちにポケットに入っていたのであろう?」
「ええ、そうですね。」
 コンドルフォート南の小島の遺跡でバハムートの姿を見た後、遺跡を出てキャンプに戻りモンスターに襲われるまで、ポケットに入った召還獣の存在に気がつかなかったのである。
 クラウドの手のひらに乗っている赤いマテリアを眺めながら、リーがつぶやいた。
「しかし、クラウド。君はなぜ先ほどのようなことを?」
「え?あ、はい。ウータイ派遣した第12隊第3中隊のランディから、もう少しで全部集まるような敵の技やカンスト寸前の炎マテリアのような希少なものが、まだ生まれたてのものとすり替わったと聞いたのです。突飛な考えですがレアマテリアほしさに我らを呼んだのか?とも思えて…。」
「ウータイの主な収入は観光ぐらいなものだ。レアマテリアを奪って売りさばいて収入を得ようと考えるのもあながち間違いではなかろう。しかし、それだけで対立していた神羅に頭を下げるとも思えぬ連中だぞ。」
 あくまでも上官でありトップソルジャーとしてセフィロスは自分に接してくれている、それがうれしくてクラウドは思わずニコニコしてしまうが、それを見ているのは理解のあるクラスSやクラスAソルジャーだけではないことを失念していた。
 巡回の仕事のためにクラスA執務室に戻ると、仲間たちがニヤニヤと笑っている、その姿に首をかしげてクラウドがたずねた。
「なにがあったの?」
「ん?お前のうわさ。クラスSでキングの前で目をきらきら輝かせながら笑顔を浮かべていたって聞いて、な。」
「部下たちがいささかショックを受けてるんだよ。お前のようなソルジャーでもキングの前に立つとうれしくて仕方ないのかってな。」
「あえて否定はしなかったが、あまり尻尾振って喜んでると、また仔チョコボとそのブリーダーといううわさが立つぞw」
 ランディ、キース、ゴードンと部下を沢山持つ隊の副隊長から言われると、さすがのクラウドも顔をしかめるが、特務隊の副隊長と副隊長補佐は相変わらずの対応だった。
「なぁ、リック。セフィロスとクラウドのどこが仔チョコボとそのブリーダーじゃないんだ?」
「ああ、まさしくそのとおりだと思うな。」
「否定しないのかよ!」
「どこがぁ?なかなか人になつかない訓練生が、やっとなついた育成者が隊長殿だったって、ただの事実じゃないか。」
 リックの一言にクラウドがすねるが、クラスAソルジャーたちは大うけに受けた。
「確かにそのとおりだな。」
 自ら突っ込みを入れたにもかかわらず、言われたとおりだと納得したランディをクラウドがにらみつける。そんな様子もまったく以前と変わっていない。苦い表情のブライアンが奔放に跳ねた金髪にぽんと手を置くとクラウドに話しかけた。
「姫、こっちにいた時と変わらないじゃないか。もうクラスSに慣れ始めたのか?」
「慣れた…というよりも、クラスSの皆さんの態度が今までと違うと感じているからかな…。俺をクラスSとして扱っているからこっちと変わらないと思えるようになっちゃったんだ。」
「お前はいいよなぁ…。実力を認められて引き抜かれていくんだから。俺なんか数あわせじゃないかって感じることもあるぜ。」
「え?ブライアンはクラスSの皆さんから砕けた口調で話しかけられたことは無いの?」
「俺がそれをわかると思うのか?とにかくクラスSで仕事をしているだけでも緊張して未だにがちがちになるんだぜ。もう肩が凝って仕方が無いよ。」
「ああ、俺もそっちだな。よくザックスが会議で付いていってると思うぐらいだ。」
「俺には時間が無いからだ。ともかく少しでも認めてもらいたいと思っているから迷ったり悩んだりする暇は無いんだ。」
 周りが何をいおうとも、己が決めたことにまっすぐに突き進む姿は勇ましくもあり頼もしくもある。そんなザックスを既に揶揄することも無く、認め、応援するかのようにリックが従う姿は、いつの間にか一般兵どころか、カンパニーに所属するほぼすべての兵の態度を変えてしまっていたのであった。
 今では、カンパニーに所属する兵士なら彼の言うことを素直に聞くといっても誰も疑わないであろう。それぐらいザックスは一般兵や下級ソルジャーたちの信頼を得ていた。
「姫はもうクラスSも同然だろ?ならば俺たち王女警護隊から何になるんだ?」
「今やここのトップはザックスだからなぁ。」
「さすがに山猿教育委員会とは呼べなくなったな。」
「もうザックスを山猿だのバカ猿だのと呼べないもんなぁ。」
「と、なるとあれか?『兄貴と呼ばれ隊』か?」
 クラスAソルジャーは副隊長の集まりである。彼らの部下である下級兵の多くがザックスの態度や性格を大いに気に入り「兄貴と呼びたい」といっているのを知っている。
 つい一年前までは実力はあるのだがどこかふざけたところがあると有名だったはずの男が、一転してやる気を出し始め、あっという間に持ち前の優しさと頼りがいで下級ソルジャーたちの憧れと人気を掻っ攫っていったのである。そんな彼が今では実質的なクラスAのトップであることも、みな周知の事実である。
「俺たちの、人を見る目が無かったということなんだろうな。」
 ぼそりとつぶやかれた一言は、まるで自分たちが一隊のリーダーをやるには役不足であるといわれたようなものである。暗く落ち込み始めたクラスAを救ったのは誰あろうザックスだった。
「仕方ないんじゃねーの?おれ自身が本気になっていなかったんだからさ。俺だって手近な見本が2つもあったから、ここまでできたようなもんだしなぁ。」
「手近な見本?」
「クラウドとリックさ。セフィロスの真似は無理だけど、こいつらの真似なら俺にだってできそうだと思ったんだよ。」
「姫とリックをまねたって…どういうことだ?」
「ん〜〜。他人の3倍努力して腕を磨き、真面目に書類を書き上げて、セフィロスのまねをする…かな?でーも、それやってるとめっちゃ疲れるんだよね。しかも手を抜くことなんて許されないし…。で、気を抜ける時だけ抜くこつを覚えたんだ。そーしたらこうなった…って、ところかな。」
 確かに言われたとおりのことをすれば、自分たちだとて目の前の男と同じレベルまでいけるかもしれない。そう思ったクラスA達はその日から態度を一新したのであった。