宿舎の扉をノックした男の声は若かったが、セフィロスの感じるオーラはそれなりに腕に自信のある男と思えた。
「どうぞ、開いている。」
剣を手に取れるだけの所へ置いてセフィロスが答えると、何も思わないのか扉がゆっくりと開かれた。
「失礼します。」
一礼して黒髪のまだうら若い好青年が入ってきた。
好奇心旺盛な青い瞳、整った顔立ちは笑みを絶やしていない、人なつこそうな衛士であった。
「ああ、こりゃまたすっげー格好いい奴だな。女官には会わせられねえや。」
いきなりの口の軽さに、セフィロスが眉をひそめた。
「何の用だ?」
「あ、すまんすまん。いやね、皇子が山奥の小屋に隠れて済んでいた理由が聞きたくてさ…。」
「国王夫妻は何も言わないのか?」
「ん、まあその……国王も王妃もクラウド皇子から離れないもんで、聞くに聞けないっつーか、奥の自室にこもっちまって、俺たちでは入れないんだ。」
「そこは国王夫妻しか入れないのか?」
「ああ、そうだ。」
「ならば、クラウドの命も安心か…。」
「やっぱ…、何か知ってるんだな?教えてくれ!!」
真剣な瞳が、まだ引き合わされて間もないはずのクラウドのことを思いやっていることがわかる。この男になら話しても良いと判断したセフィロスはザンカンから聞いた話をはじめた。
「俺もザンカン殿から聞いただけだが…デューク・シンラというのはこの国の宰相か?」
セフィロスの言葉にザックスは何も言わずに頷いた。
「その男が自分の息子であるルーファウスに、その実権を握らせようとしたらしい。生まれて間もないクラウドを亡き者にしようとしたと聞いた。だから国王夫妻はクラウドをザンカン殿に託して、ここから遠く離れた山間の人里離れた小屋で身を潜めるように住んでおられたのだ。」
「なるほど……。あの古狸、そんなことを考えていやがったのか?!それじゃあ皇子の身の安全を確保しないとダメじゃねーの。」
「そう言うことだな。おまえのような者がクラウドのそばにいてくれるのはありがたい。私はこれでこの国を去る事にする。後は頼んだぞ。」
剣を持って宿舎を出ようと、荷物をまとめたセフィロスにザックスが待ったをかけた。
「ちょっと待った!もう一個問題があるんだよね〜、あの皇子泣きっぱなしで話になんねーのよ。ず〜〜っと”セフィロスさんについて旅に出るんだ”って言って訊かないんだ。あんた、あの皇子になんて言ったんだよ?」
「いや、俺は特に何も……ザンカン殿にこの国の武闘大会に参加させるようにと頼まれただけだ。」
「じゃあ皇子には本当のことは話さなかったのか?」
「眉唾な話だったんだ、王妃の顔を見るまでは…な。」
「あ〜〜、確かに。あれだけそっくりだと間違いはないって確信できるもんな。じゃあ、あれはクラウド皇子が勝手にそう思いこんでいたって事か。」
「そうだろうな。俺はあいつを旅に連れて行くとは言った覚えなど無い。」
「あんたと一緒に旅に出た方が皇子にとっては幸せなのかもしれないな…。」
ザックスはつぶやくようにセフィロスに話し始めた。
デューク・シンラは王室警護隊を私物化していて、勝手に派兵したり、自分の意に背く貴族を暗殺したりしている。ザックスは最近王宮警護隊に採用されたばかりではあったが、クラウドの警護に回された理由は、王の『年の近い者に頼めない物か?』という鶴の一声があったためであった。もっともまだ駆け出しの衛士であるがゆえ、デューク・シンラも歯牙にもかけなかったらしい。
「俺はこんな腐った組織の頭なんざいらないと思う。あんたみたいな人がやってくれたら、びしっと引き締まって良いと思うんだけどなぁ…。なあ、あんたなら本気でかかればきっと勝てる。警護隊に入ってくれないか?」
「俺は組織に属することは嫌いだ。」
「ん〜〜、まあねぇ。今まで気ままな旅暮らしだったんだからそれはわかるけど、俺たちではあの古狸に抵抗できそうもないんだ。このままだと皇子をむざむざと死なせてしまうかもしれん……。」
実に悔しそうに肩をふるわせて、ザックスが話し終わると、その内容にセフィロスも思わず考え込んですぐに顔を上げた。
「クラウドが戻ったことを宰相はすでに知っているのか?」
「ああ、今王宮はその話でもちきりだ。女官や衛士達からすでに聞いているだろうな。」
「奴が動くとしたら?」
「おおっぴらには動かない。たぶんこの大会が終わった後だろうな。」
「とんだ古狸を飼っている物だな。」
その時、再び扉がノックされた。
「ザックス、いるでしょ?」
扉を叩いた声の持ち主は女性だった。
「エアリス!一体どうしたんだ?」
あわててザックスが扉を開けると、向こう側に茶色のロングヘアーの可愛らしい女性と、金髪のショートカットの華奢な女の子が立っていた。
「あれ?誰子ちゃん??」
「馬鹿ねぇ、こうでもしないと抜け出せないんだもん。ねー。」
「あ……あの、すみません。」
目の前の金髪の少女(?)が顔を上げた途端にセフィロスがびっくりする。
「クラウドか?おまえ、王宮を抜けてきたのか?!」
エアリスに引き連れられているように立っていた少女が、その青い眼からぼろぼろと涙を流し始めた。
「セフィロスさん。僕……僕。」
クラウドのすがりつくような視線を受け流して、セフィロスが話し始めた。
「皇子のような方が来るところではないです。早くお戻りなさい。」
「僕を連れて行ってはくださらないのですか?セフィロスさんの旅に、付いていくことは出来ないのですか?」
「残念ながらできません。貴方は貴方がなすべき事があるはずです。」
「僕のなすべき事?」
「ちょっと!そんな事じゃないでしょ?」
エアリスと呼ばれた女官が二人の会話に割り込んだ。
「そこの貴方!クラウド皇子の事をどう思っているの?!」
いきなり女官に指を指されて、セフィロスがちらりと女官に視線を送る。意志の強い翡翠色の瞳が怒りに燃えている。ザックスがびっくりして口を挟んだ。
「ちょ……エアリス。一体どうしたって言うんだ?」
「ザックスは黙っていて!乙女の一大事なんだから!」
「乙女って…ここには女の子は君しかいないだろう?」
「恋する乙女が愛しい人に、付いていきたいって言ってるじゃない!それなのにどうしてわからないの!」
何が何だか意味不明だが、エアリスはどうやらクラウドのために怒っているらしい、その隣で少女の扮装をしている少年は顔を真っ赤にしてうつむいていた。
「恋する乙女……?愛しい人……?!」
全く意味がわかっていないのか、ザックスが素っ頓狂な声を出す。
「まったく、よくそれで王宮警護隊の衛士が務まる物だな。しかし冗談もほどほどにして欲しい物だが?」
「冗談じゃないの。好きな人がいるからわかるんだもん。自分でもどうにも出来ないほど苦しくて…、そばにいたくて仕方がない気持ちなら私、わかるもん。」
「それって……誰のことなんだよ?」
まだわかっていないザックスの頭をエアリスが両手でくいっとクラウドの方へと向けた。
「ええええええ〜〜〜〜〜〜〜?!じゃ、相手は?!」
「そこに座っている、やたら格好いい人。」
エアリスが指を指した先には、困ったような顔をしてクラウドを見ているセフィロスがいた。エアリスがついっとセフィロスの正面に回った。
「えっと、セフィロスさんだったっけ?貴方、彼の気持ちを全くわかっていないんだもん。」
「だから…冗談もほどほどにしろと言っているではないか。一国の皇子であるクラウドが旅の剣士と一緒に行くと言うことは、どういう事かわかるか?自分が継ぐべき国を捨てるということだぞ。それをザンカン殿や俺が望むとでも思っているのか?!」
セフィロスの強い拒絶にクラウドの顔が蒼白になるが、エアリスはそれでも憮然とした顔をしていた。
「クラウド君がこの国の皇子だって、ごく普通の鍛冶屋の息子だって、変わりないと思うんだけどなぁ。」
エアリスはまだ納得いかない模様であったが、ザックスは自分の頭を一掻きした後、ぽつりぽつりと話し始めた。
「そうはいかねえよ。たったひとりの皇子だ、当然お世継ぎだし、将来はどこかの国の姫君を娶って子供を残さないといけないって…あんたは言いたいんだろ?」
「そのためにクラウドはザンカン殿に守られて、人里離れた山奥に隠れるように住んでいたのであろう。」
セフィロスの言葉にエアリスの顔が次第に暗く沈んでいくのが手に取るようにわかった。クラウドの顔はすでに蒼白だったので思わずザックスがセフィロスの肩をつかんでにかっと笑った。
「大丈夫だって、このセフィロスって人、この大会ぐらい簡単に勝てちゃうぐらい強いんだろ?ならばさ、警護隊入りは確実なんじゃないの?」
「そ、そうでしょうか?」
「あ〜〜、もう。俺のことはため口で良いって言ってるだろ?だいたい皇子相手に俺がこんな口きいていたら打ち首モノなんだぞ。」
「だって…僕、ザックスさんより年下だし…」
クラウドの瞳がうるっとなると、表面張力の限界になった涙がこぼれ始める。ザックスという男はどうやら泣き付かれるのに弱いらしい、両手をあたふたと振り回して一気に話し始めた。
「あ〜〜もう、わあったってば!にーさん、あんたもここまで来て『じゃあ帰ります』って、帰らせてもらえるなんて思うなよ!あんたはこの国に残って皇子を守るの!」
ザックスに腕を掴まれて凄まれてはいるが、セフィロスには簡単に振り払おうとすれば出来るはずであった。しかし彼は腕を振り払うこともなく、困ったような顔をしているだけであった。
クラウドの顔がぱぁっと晴れる。
「ほ、本当ですか?」
「大丈夫、俺がこのにーさんを逃げ出せないように見張っているから、さ。クラウド皇子は安心して部屋に帰ってくれって。」
「はい、よろしくお願いします!」
やっと笑顔になったクラウドが、ぺこりとお辞儀をしてエアリスと一緒に部屋を後にしたのを見送った後、セフィロスはひとしきりザックスをにらみつけるのであった。
「貴様のおかげで、今晩この国を出立する訳に行かなくなったではないか。」
「はん、よく言うよ。そんな気、無かったくせに。」
にかっと笑った黒髪の男に、思わず笑みを浮かべたセフィロスだった。
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