ロックハートはしばらくして村民を10人ほど連れて戻ってきた。
その様子を見てザックスは鼻で笑っていた。
「ハン、小心者だね。自分一人で来ると殺されるといけないってんだろうなぁ。」
「小心者ゆえ、こんな少年を恐れて山に捨てたのだろうな。しかしモンスターも思っていたより強いこの近辺でよくこんな小さな少年が生き残ったものですね。」
「とにかく連中に話を聞く、その後こいつを再教育せねばならんのは確かのようだな。」
セフィロスは自分の腕に出来たひっかき傷をちらりと見やった。
* * *
それは、ほんの10分ぐらい前のことだった。
スリプルから目を覚ました少年が、いきなり敵意丸出しで吠えかかってきたのであった。飛びかかったセフィロスの腕をその爪でひっかいて、怯んだ隙にテントから逃げようとしたのであろうか?しかし相手が悪かった。神羅の英雄とまで呼ばれるセフィロスは、その程度の傷で怯むような男ではない。クラウドの首をむんずとつかんで一喝した。
「馬鹿者!おまえはすでにカンパニーの管理にある、勝手に逃げだそうとするな!」
しかし、言われたことがわからないクラウドは歯をむき出して怒っていた。
「グルルルルル……。」
「人間の言葉がわからないのか?7年前までは普通に暮らしていたのであろうが!」 クラウドがセフィロスの怒気に身体をびくっとさせる。何かわからないが急におとなしくなった少年に、セフィロスが手を伸ばすと身体を小さくさせた。
「ニンゲン、キライ、カエル。」
か細い声でやっと答えた。
「おまえはその人間だぞ。」
「…………。」
セフィロスの言葉にクラウドは黙り込んでしまった。
それ以来、少年はセフィロスの言うことだけは、聞くようになっていたのであった。
セフィロスの腕の傷の上を彼の指がさまようのを見てリックがつぶやいた。
「しかし、なぜ隊長だけなんでしょうね?我々が近寄っても威嚇するだけなのですが。」
「リック、貴様は野生のしきたりという物を知っているか?」
「野生のしきたりですか?いえ…。」
「野生動物というのは、相手の力量を認め、自分が負けたと思った時に相手に指導権を渡すのだよ。どうやら奴は俺の怒気に負けを認めたのであろう。」
「ま、あり得るかもね。セフィロスの怒気なら、そこら辺のモンスターならしっぽ巻いて逃げ出すって。」
横からザックスが口を挟んだ時、ロックハートがテントの外で声を上げた。
「サ、サー・セフィロス。ご指示の物を持って参りました。」
リックがすっとテントの入り口を開けるが、ロックハート氏はなかなか入ってこようとしなかった。
「どうした?遠慮などせずに入って来い。」
セフィロスがちらりとロックハートをみると、彼はすくんでしまいそこから進めなかった。彼の手には紙袋が数個。その紙袋をその場に置いて我先に村へと逃げ帰ろうとした。
「カイル!」
リックが名前を呼んだだけで、腹心の部下であるカイルが即座に反応し、キャンプの入り口に立ちはだかる。同時に各テントから隊員達が飛び出して村人をぐるりと囲んだ。
セフィロスがゆったりとテントから出てきた。
「悪いが…、全部話してもらうまで返すつもりはない。」
有無を言わさない口調で一言言っただけで、村人達は観念したように全員うつむいた。
渋々入ってきたロックハートと村人達は一様に青い顔をしている。それは今まで少年を保護せずに放置してきたのが、明るみに出た罪悪感なのであろうか?隊員達に囲まれてテントに入ってきた村人達は、皆びくびくとしているようであった。
ザックスが紙袋を拾ってきて中身を確認した。
「ん〜〜っと、住民票の写しとこれは写真の束か。なんだよ親の形見すらないのか。」
ザックスの言葉にセフィロスがその場にいる住民達をにらみつけた。
「ほお…どうやら貴様達は、この子の母親の遺品を勝手に処分したあげく、隠匿したのだな。ますます捨て置けないな。」
「じょ!冗談じゃない!ロックハートさんがクラウドの母親の埋葬費用にすると言ったんだ。俺たちには村の実力者であるこの人に逆らう事なんて出来ないんだ!」
村人達が恐怖心に駆られて事実を話し始めた。
クラウドの母親は村一番の美人と評判だった。
そんな彼女は村の若い男達の憧れの的、中でも一番熱心にアタックしていたのはロックハートだったのである。ところが彼女は村の外から来た男に一目惚れして、駆け落ちするように村を出て行ったのであった。
村から出て行った女性はほとんど戻ってくることはなかったので、ロックハートも彼女のことをあきらめて、両親の薦めで村長の娘と結婚したのであった。
ところがそれから5年後にクラウドの母親はまだ幼い少年を連れて戻ってきた。
彼女に話を聞いたところ、夫になった男が事業に失敗し、借金を背負ったあげく自殺してしまったというのである。
もともと村人であった彼女が単身で戻ってきたのであれば、いくらよそ者を受け入れないとはいえ受け入れられたであろう。ところがよそ者の容姿をしっかりと引き継いだ子供を連れて戻ってきたのである、天使のような笑顔の子供に嫉妬したロックハート達は、その子供を村の人間と認めなかったのであった。
やがてクラウドの母親は、日頃の苦労がたたって病気になり、長く患った後に亡くなった。その時にロックハート達は彼女の遺体と一緒に、まだ8歳のクラウドを山に捨ててきたのであった。
村人達の話を聞いてザックスがあきれた。
「馬鹿じゃねえの!オッサン達がいい年扱いて、嫉妬のあげくにこんな小さな子供にヤキモチ焼いていただけじゃねーかよ!」
「全くだ、あきれて物も言えん。」
「それからこの子がどう過ごしていたのか知っている者はいるのか?」
セフィロスに聞かれて村人の一人が手を挙げた。
「山で猟師をしているんだけど、この7年でニブルヘイムの山にニブルウルフの群れがいて…村を襲うようになったんだ。山狩りをしてボスのニブルウルフを仕留めたとき、その口にちょうど10歳ぐらいの子供が着る服を咥えていたんだ。まさかとは思うが…その子はニブルウルフに育てられたんじゃねえかな?」
猟師の男の言葉にリックが目を見開いた。
「ばかな!ニブルウルフといえば肉食のオオカミ型モンスターだぞ!7つか8つの子供をみて襲わない方がおかしい!」
しかし、その時クラウドがいきなり猟師に飛びかかった。
「オマエ、かあさん、ころした」
牙をむいた野生のオオカミのように、クラウドが猟師の腕にかみつくと、悲鳴を上げて腕を振り回そうとする。
「バ、バカ!そんな事すると、食いちぎられるだけだ!」
ザックスがクラウドの後ろ首をひっつかんで猟師から離すと、セフィロスに手渡した。
「ったく、オマエも一応人間なんだから、動物式の仕返しは辞めろっていうの!」
「かあさん、ころした!!あいつコロス!」
「ダメだ、クラウド。あの男はそれを糧にしている、たとえそのニブルウルフがおまえの母でもだ。粛正を受けるならおまえを一人で山に放置した一件の方だ。」
セフィロスが普通に一言言うだけで、クラウドは不思議なほどおとなしくなる。それがちょっと気に入らないザックスは拗ねたような声を出した。
「ちぇ!ああ、そうですか。俺じゃオマエに認められないのかよ。いじけるねぇ。」
ザックスの言葉に動じることも無く、セフィロスは村民達をにらみつけていた。
「次に同じ事をやったとわかったときは…どうなるか、わかっているな?」
言外の脅迫に村民達は真っ青になって土下座するように懇願した。
「も、もう致しません!誓います!!」
「ふん、貴様らの血で正宗を汚すことも無かろう。その時は業火の元に村を焼き尽くしてやるから覚悟しておけ!」
怒鳴りつけられて村人は這々の体で逃げ帰っていった。
苦々しげな顔をして周囲に散らばっていた隊員達が戻ってくると、それぞれ口々に村人達への悪口を言っている。
「ったく、ニブルヘイムは閉鎖的だと聞いていましたが、これでは閉鎖的というよりも排他的と言った方が正しいではないですか。」
「まさしくそうだな。さあ、帰るぞ。」
「所で、セフィロス。そいつ、これからどうするんだ?」
「ん?ああ、かなりのスピードがあるから、ちょっと鍛えれば十分治安部で使える。もっともその前に、人間としての再教育が必要のようだな。」
「やだ、ヤマにかえる!」
「煩い!」
珍しくセフィロスがぴしゃりと言い放つと、クラウドは首をすくめてちいさくなった。そんなクラウドの頭をぽふっと撫でて、セフィロスは隊員達を見渡して言い放った。 「ミッション・ナンバー、4420517。ミッションランクBコンプリート。帰還する!」
「アイ・サー!」
隊員達が敬礼するとそれぞれ撤収作業を始めた。
* * *
飛空挺がミッドガルにある神羅カンパニー専用の滑走路にタッチダウンした。
セフィロスを筆頭に特務隊のメンバーが降りてきて、三々五々に報告書を書きに執務室に行くが、ぶかぶかの青い一般兵の制服を着たクラウドは周りをきょろきょろしながら、セフィロスの後を追いかけるように付いてくる。
「隊長殿、IDを持っていないその子は自分たちの執務室に入ることも出来ないはずですが?」
「ん?ああ。リック、後を頼めるか?」
「了解、適当にごまかした報告書を上げておきます。」
「ああ、まかせた。」
そう言うとちょいちょいと手で招くと、ぴたりと付いてくる少年を引き連れて駐車場へと歩いていった。その姿を見てザックスがつぶやいた。
「ありゃ、ニブルウルフというよりも…ニブルチョコボだね。」
ザックスの一言に隊員達は爆笑した。
セフィロスが駐車場に駐めてあった愛車の扉を開けて、運転席に座ろうとして、少し離れたところに、石のように立ちすくんでいるクラウドが視野に飛び込んできた。
「なんだ、乗らないのか?」
「その箱、知らない。」
「箱?ああ、車のことか。これは移動手段の一つだ、とりあえずこのイスに座れ。俺の家に行くぞ。」
「いえ?」
「ああ、俺の住むところだ。付いてこい。」
セフィロスには従順なクラウドは、言われると素直に車の助手席に座った。しかし何も知らないからか、シートベルトを締めることもせずに、ただきょろきょろと物珍しそうな顔をしていた。こればかりは言ってもわかってはくれないと思い、セフィロスが身を乗り出すようにクラウドに覆い被さろうとした時だった。
「な!何する!」
再びクラウドの爪が一閃しようとしたが、セフィロスがあっさりと受け止めて、彼を睨み付けた。
「お前はおとなしく俺の言うことを聞けと言ったであろうが!」
きつい口調で怒鳴りつけられたクラウドは、再び身体を小さくして小刻みにふるえた。
「フン!貴様に年齢相応の知識をくれてやろうというのだ。おとなしく従え。」
「……知識?」
「ああ、お前のスピードは相当な物だ。きちんとした知識と腕を磨けば、十分戦士としてやっていける。一人でも十分生活していける。」
「…………。」
クラウドの瞳から反抗的な光りが無くなったと同時に、セフィロスがシートベルトを引っ張って装着させる。
「これが文明の力だ。」
そう言うとセフィロスはゆっくりと車を走らせ始めた。
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