セフィロスの操縦する車は、あっという間に高速道路を駆け抜けて、ミッドガルでも有数のセキュリティーを誇るアパルトメントの地下駐車場へと吸い込まれていった。
 クラウドは目の前に迫ってくるような高層ビルにびくびくしつつも、物珍しげにあちこちをきょろきょろと見渡していたが、しばらくするとだんだん顔が青くなってきていた。
「何だ、車に酔ったのか。」
「建物、動く、初めて。」
「は?ああ、そうか。慣性の法則だ。お前が座っているこの車が高速で移動しているから、その中にいるお前も同じスピードで移動していることになる。だから外の風景が移動して見えるのだ。」
「????」
「初等教育から徹底的に…だな。」
 そう言うと停めた車から降りて、自室のある階へとクラウドを連れて行った。

 エレベーターに乗り込むと閉鎖された空間が嫌いなのか、クラウドが身体を小さくする、そんな姿を横目で見ながら、セフィロスはこれからどうすべきか脳内でシミュレートしていた。
(まずは知能の検査だな。人間としての生活もしばらくしては居ないであろうが、一応二足歩行も出来るようだが、両手の行使も見ておかねばならぬか…)

 軽い浮上感が止まると、目の前に重厚な扉が一つあった。
 小さなボックスに右手をかざし、何かをのぞき込み、数個のキーを押すとかちりと音がして扉がすうっと開いた。
「俺の部屋だ、入れ。」
 セフィロスに言われてクラウドはびくびくしながら部屋の中にはいると、その部屋の窓から見える風景に目を奪われた。
「あれ、木か?」
「あれは木じゃない、建物だ。中に人がいる。俺たちが居るこの建物とて、あれらと一緒だ。」
 そう言うと、クラウドを連れてシャワールームへと入った。
 途端に服を脱がされてシャワーを浴びさせられてクラウドは悲鳴を上げた。
「雨!隠れる!」
「お前は何年身体を洗っていないんだ?その垢を落とさねば俺の部屋で生活させないぞ。」
 そう言ってクラウドの頭からシャンプーをかけて泡を立てようとするが……汚れが酷いのか全く泡が立たない、それどころか流すお湯が黒く濁っていた。
 何度も何度もシャンプーをして髪を洗うと、やっとごわごわした手触りが滑らかになった。同時に浅黒かった身体も何度も洗われると次第に白くなってきた。
 やっと白くて綺麗な泡が立つ頃に、セフィロスは目の前の少年をまじまじと見た。
 日の輝きのようなハニーゴールドの髪、こすられてほのかにピンク色になったすべらかな白磁のような肌、華奢な身体に無駄のない筋肉、そしてまだ丸みを帯びた顔は少年と言うよりも少女のようであった。
 たしかに、この少年が微笑むと天使のようであろう。そんなことが簡単に推測できる程、クラウドは可愛らしかった。
 しかし目の前の少年は、まるで犬のように身体を震わせて、シャワーの水滴を振り落とそうとした。
「お前は、タオルという物を覚えていないのか?!」
 セフィロスがタオルを手渡すと、クラウドはきょとんとした顔でその布きれを見ていたので、仕方なくタオルを持った彼の手を頭に持って行ってやり、そのまま拭いてやると、やっと思い出したのか、タオルで身体を拭き始めた。
(ふむ、学習能力はあるな。)
 そう思いつつとりあえずクラウドにバスローブを着せて、部屋に戻った。
「まずは着る物一式、そして初等教育プログラムだな。」
 テーブルに座り、パソコンを起動させ、すぐにネットワークに繋ぐ。15,6歳の少年用の衣服を一式と、教育系出版会社の出している初等、中等教育プログラムをすぐに注文する。
「さて、これで明日にはお前の教育に入れるが…その前にお前に料理でも教えるか。」
「料理?」
「ああ、お前がどういう物を食べてきのたか知らんが、俺たちはよほどのことがなければ生肉は食べない。」
「たべない?」
「ああ、こっちへ来い。」
 そう言うとセフィロスはクラウドをキッチンへと案内した。そしてケトルに冷蔵庫のミネラルウォーターを入れて、レンジのスイッチを入れた。
 クッキングヒーターに灯りが付いてケトルを温めている。しばらくするとケトルから水蒸気が出てきたのでクラウドが不思議そうに湯気に手をかざした。
「熱い!」
「湯気の出ているケトルに触るとやけどをすると、小さい頃に人間の母親に習わなかったか?」
「小さい頃、人間のかあさん?」
 クラウドが首をかしげる。それを見て今更のようにニブルヘイムの村人達が犯した罪の深さを思い出した。
「仕方がないか…。」
 そう言うとセフィロスは簡単な料理を作った、クラウドはその手さばきを食い入るように見つめていた。
 食事のマナーも忘れているクラウドに、フォークやナイフの使い方をコーチしていると、まるで未知のモンスターと対峙しているかのようにわくわくする物を感じたセフィロスは、なぜか高揚感を感じていた。

 そして夜も更けて寝ようとする時、少年をゲストルームに一人で入れておいたら…遠吠えのような声がしてきたので、部屋を覗いてみると、クラウドが窓に向かって寂しげな瞳で吠えていた。だまって部屋にはいるとその気配を察して少年が振り返った。
(ほお…気配を消していたはずだが…よく察知した物だ。)
 少年の洞察力に感心しつつも、セフィロスがゆっくりと近づいていった。
「どうした?」
「………山、無い。」
「当たり前であろう?ここはこの星一番の巨大都市のど真ん中だ。山など見えるはずはない。」
「帰りたい…。」
 そう言って振り返ったクラウドの蒼い瞳に、涙が光っているのを見て、セフィロスはまるで雷に打たれたような感覚に陥った。
(なんだ?今の感覚は?!)
 身体の中を電流が駆けめぐったような感覚は、彼にとって初めて味わうことであった。その正体がわからないまま、セフィロスはクラウドに話しかけた。
「お前は、俺の言うことを聞く約束をしたであろう。おまえが一人前の人間として暮らしていくために、この街に連れてきたのだ。」
「約束?」
「ああ、お前は俺に服従をしているのであるから、約束とは言わないか、命令だな。」
「服従?」
「ああ、ボスの言うことを聞くと言うことだ。」
「俺、聞く。」
「そうか、では街中で吠えるな。変な奴と思われて病院送りにされるぞ。」
「わかった。」
「では、寝ろ。」
 そう言って部屋を去っていこうとするセフィロスの長い銀髪を、クラウドは思わずつかんでいた。
「こら、髪を離さ……。」
 このままでは部屋から出られないと告げようとした口が、クラウドの姿を見た途端に止まってしまった。うなだれて寂しそうに肩を落とし、セフィロスをすがりつくような瞳で見上げているのである。連れてきた責任からか、思わずため息が出そうになるのを押さえてクラウドに告げた。
「…わかった。俺の部屋に来い。」
 セフィロスの一言にクラウドの顔がぱあっと晴れた。その笑顔に思わず口元をゆるめながら少年を手招きし、自分の寝室へと入れた。
 キングサイズのベッドに少年を横にさせて、一旦リビングに戻ろうとしたフィロスだったが、クラウドはまだ彼の髪の毛を一房握っていた。先ほどと一緒のすがりつくような瞳と、ほのかに開いた唇が誘っているようにしか取れない。思わず笑みを漏らしながらセフィロスはベッドに横になっているクラウドのそばに座った。
「……、そばに居てやる。」
 そう言うとクラウドの跳ねた金髪を剥くように撫でた。

 クラウドが寝たら髪の毛を握った手をほどこうと思っていたセフィロスであったが、うっすらと涙を浮かべて「くう〜ん」とかぼそげに啼く少年の髪を撫でていると、そのままでも良いかと思い始めていた。
 そっとシーツをめくり上げて少年のそばに身体を横たえると、ぬくもりをもとめていたのか華奢な身体がすり寄ってきた。
 セフィロスはどんなときでも寝るときは一人で眠っていた。
 自分のもてあます性欲を吐きだした後でも、その時肌を合わせた相手と一緒に夜を共にすることはなかったのであった。しかし、この少年だけは何故か突き放すことも出来なかったどころか、腕の中に抱え込んでいたのであった。
 自分の肌に触れるひややかなクラウドの肌がなぜか気持ちよい。そう思っているうちに穏やかな気持ちになったのか、いつの間にかセフィロスは睡眠状態へと陥っていたのであった。


* * *



 翌朝。いつものように、朝の光が差し込む前にセフィロスが目を覚ますと、まだすやすやと眠る少年を起こすにはかわいそうと思い、静かにベットを後にした。
 キッチンに立ちコーヒーメーカーをセットして、朝食の準備を始めたときだった。
 寝室の方から大きな音が聞こえてきた、フライパンを温めていたヒーターのスイッチを消してから、セフィロスは音のした方へと歩いていった。
 寝室の扉を開けると、シーツにくるまったクラウドがぺたんと床に座り込んでいる。
「何をしている?」
 惚けきっているクラウドに、セフィロスが声をかけると、不安げな蒼い瞳がこちらを向いた。
 とたんにクラウドが抱きついてくる。
「くう〜〜〜ん……。」
「こら、寂しいのは解るがいい加減人間として自覚しろ。朝の挨拶も忘れたのか?」
「挨拶?」
「ああ、貴様はすぐに鳴くか吠えるかだからな。言語によるコミュニケーションをしないといけないと、あれほど昨夜言ったはずだがな?」
「え……っと…。オ、オヤスミ。」
「それは寝るときの挨拶だ。朝起きたら”おはよう”だ。」
「オハヨウ?」
「ああ、おはよう。」
 セフィロスが返事をした途端に、クラウドの顔が明るい笑顔になった。
 にこにこと笑いながら何度も何度も「オハヨウ。」と繰り返すクラウドであったが、未だに野生の感覚が抜けないのかシーツを置き去りにして一糸まとわぬ姿で歩き始めた。
「こら、クラウド。服を着ろ。まったく、そんな格好でうろつくな。」
「服?」
「ああ、そうだ。お前の様な容姿を持つ子どもが全裸で歩き回ると、変なブローカーに捕まって売春宿に売り飛ばされるぞ。」
「ヘン?」
「解らないならそれでよい。しかしミッドガルでは裸で歩くことは出来ないと覚えておけ。」
「……わかった。」
 クラウドはうなずくと昨日着ていた一般兵用の青い制服を素肌にまとうと、先にキッチンに戻ったセフィロスを追いかけていった。
 キッチンにはシザーサラダとトースト、そしてなにやらおいしそうな香りが漂ってきている。背中を向けているセフィロスの横にちょこんと並ぶと、おいしそうな香りは黒い丸い物の上から漂ってきていた。
「目?」
「ん?ああ、目玉に見えるから目玉焼きとも言うな。鳥の卵だ、焼くとまた違う味がするぞ。」
「うううう……。」
 舌なめずりしてクラウドはセフィロスの手元を見ている、彼の興味が消えないうちに再び教えておくべきだと判断したのか、再び料理のことを話し出した。
「こうやってさばいた肉を焼いたり、味を付けたりすると、いろいろと楽しいぞ。」
「料理、覚える。」
 クラウドがキッパリと言い切った。