食事を終えたクラウドは、教育プログラムの初等教育から始めねばならなかったが、セフィロスは付き合ってやるつもりは全くなかった。何かに興味を持てば、あっという間に覚えて行くであろうと考えていたのであった。
クラウドは元々能力があったのか、それとも簡単な言葉なら理解していたためか、あっという間に言葉や文字を覚えていった。
そしてふとテーブルの上に置いてあった雑誌を手に取った。
「月刊・シンラ?」
クラウドが手にしたのは、神羅カンパニーが発行する広報誌であった。中にはカンパニーの企業報告や宣伝が多数掲載されていたのであったが、ページをめくっていくうちに彼の手がぴたりと止まった。
そこには見開きでセフィロスの活躍がかかれていた。
「Se……phi…ro…th…セフィロス。」
クラウドはそのページを解る単語だけ追いかけていった。
「ミッド…ガル、東、草…原?モンス…ター、倒す。」
自分よりも強い人。
それがクラウドのセフィロスに対する第一印象であったが、すでにそれは脱しているようであった。
一生懸命文字を追っているうちに、あっという間に時間が経過していく。しかし
時間という概念が消えているクラウドは”腹時計”で動いていた。つまり、お腹が減ったら食べる、暗くなったら寝るという生活を送っていたのであったが、この日は文字を追うことに熱中していたため、空腹も気にならなかったのであった。
気がついたら、部屋が薄暗くなっていた。
文字が見えなくなって、初めてクラウドはどうすればいいのかわからずに、あちこちをうろうろとしたが、あっという間に薄暗がりは本格的な闇へと姿を変えた。
こうなるとクラウドも動くべきではないと思い、手探りで平らな床を探し、寝転がり丸まっているうちにいつの間にか寝入ってしまった。
ちょうどその頃、クラウドのことが心配になったのか、予定を切り上げてセフィロスが帰ってきた。玄関を開けると部屋は真っ暗で人の気配がない。
あわてて灯りのスイッチを入れると、リビングの真ん中でクラウドが丸くなって眠っていたのが目に入る。
「おい、クラウド。何故灯りを付けないのだ?!」
声をかけられて、クラウドが身体をびくっとさせて顔を上げる。きょとんとした蒼い瞳がセフィロスを見つけるとにこりと笑った。
「セフィロス、おかえり…な…さい。」
「ほぉ、まんざら無能ではないようだな。」
セフィロスはクラウドの所まで歩いていくと、軽く手首を握り立たせてから、灯りを付けるスイッチを示した。
「これが灯りのスイッチだ。ここを押すと消える、逆を押すと付く、やってみろ。」
クラウドが言われたことを理解したのか、軽くうなずくと、スイッチを指で押した。途端に灯りが消え、そして再び付くのをみて、びっくりしたような顔をした。
「魔法?マテリア?」
「マテリアだと?お前何を読んだ?」
セフィロスがリビングのテーブルを見ると、そこにはカンパニーが発行した広報誌があった。
「これを読んだのか…」
セフィロスの問いかけにクラウドが頷くと、ぱらぱらと雑誌を読んでから話しかけた。
「この雑誌に載っていたモンスターの属性は?」
「重力半減」
「よろしい。よく勉強したな。」
そう言いながらセフィロスがキッチンに行くと冷蔵庫を開ける、中に用意してあったサンドウィッチが減っていないのを見てクラウドに尋ねた。
「クラウド、お前何も食べていないのか?」
「くうん?」
クラウドが普通に答えなかったのでセフィロスが睨み付ける。
「こら、言葉で答えろ。」
「あう…たべる。ない。」
セフィロスの視線に身体を小さくしてクラウドが首を振った。その姿を見て思わずため息をつきながら、少年に冷蔵庫の中を見せるべく、脇を抱えて立たせた。
「人間の文明には料理を保存する箱もある。これは冷蔵庫といって箱の中を冷たくし、料理を1,2日保存できるのだ。今朝、ここにお前用にサンドウィッチを用意しておいた。」
クラウドの目の前には自分の身長ほどの箱があった。箱の中に灯りが付いて中身がよくわかる。
「たべもの…一杯。」
「ああ、お前が料理を覚えれば好きに使って良い。」
脇を抱えていたクラウドがくるりとセフィロスに向き合ってにっこりと笑った。
「うん。」
素直に頷くクラウドの頭をぽふっと撫でると、セフィロスはサンドウィッチをテーブルに置く。イスにクラウドを座らせるとすぐに彼はサンドウィッチに手を伸ばした。とたんにセフィロスに手を掴まれ、とっさに歯をむき出しにして怒った。
「グルルルル……。」
「腹が減っているのはわかるが、こう言う時も挨拶は重要だ。」
「グル……。」
「…いただきます、だ。」
「イタ…ダキ…マス?」
首をかしげながらオウム返しをするクラウドに軽くうなずくと、満面の笑みでテーブルの上にあるサンドウィッチを鷲掴みして食べ始めた。
「まったく、戦闘の事となると覚えが良いのは生き抜くための本能なのか?」
月刊神羅は神羅カンパニーの広報誌であり、ソルジャーの活動の報告でもあった。そんな雑誌を読むのは一部の戦闘マニアと反抗組織、そしてソルジャーに憧れ、いつかはソルジャーになりたいと思う少年ぐらいな物であろう。その中身に書いてあることを知識の乏しい状態で理解していることが、クラウドの戦闘能力や知識への関心の表れであった。
「クラウド、お前ならいいソルジャーになれるかもしれんな。」
話しかけられたクラウドは意味がわからずきょとんとしていたが、セフィロスの雰囲気が優しかったのでにぱっと笑った。
その日の夜も、セフィロスはクラウドの学習に付き合った。
素直にうなずく少年を教えていると、知らず知らずに熱が入り、気がついたらかなり遅い時間になっていた。
いつの間にか居眠りを始めていたクラウドを揺り起こそうとするが、セフィロスの服の裾を握りしめて眠る少年を見るとこのまま寝かせてやりたくなり、そっと抱き上げて客間へと運ぼうとした。その時、腕の中の少年が幸せそうな寝顔をしていたのを見たセフィロスは、何故かわからないが再び自分の寝室へ運び込み、キングサイズのベッドへと寝かした。
ひやりとした感覚にクラウドの瞳が一瞬開かれたが、目の前にセフィロスの秀麗な顔があったためか、ふわりと微笑んで再び瞳を閉じた。
(まったく、俺のことをなんだと思っているのだろうか…)
セフィロスの戦闘能力は他のソルジャーを圧倒していた。
神羅の英雄という名を聞いただけで、ミッドガル市民は彼に憧れ、彼が居るおかげで平和が保たれていると思う。逆に反抗勢力にとっては、これほどまでに恐ろしい男は居なかった。たった一人の男に何度戦局を覆されたかわからないほどである。
しかし目の前の少年は何も知らないまま自分の意見を受け入れ、そして自分に従っている。
(俺は…やはり何か違うのであろうか?)
その思いは、セフィロスの中に常にあった疑問であった。
まるで自分が違う生き物でないかと思うほど、他のソルジャー達とはありとあらゆる能力の差があった。まるで畏怖のものを見るかのように、自分の周りに見えない壁が出来ているような…そんな気がしてならなかったのであった。
だから、何も知らないクラウドが、セフィロスをありのまま受け入れてくれているのが、不思議であると同時に、どこか嬉しいと感じていたのであった。
* * *
ここ数日セフィロスの様子がいつもとは違うと、クラスS仲間達が気がつき始めていた。同じ連隊長仲間とはいえ近寄ることすら出来ないほど、セフィロスの周りには見えないバリアでも張られているかのようであったのであるが、今はそれが感じられない。
クラスSソルジャー達は首をひねっていた。
「何があったのでしょうか?」
「そういえば、モードレッドの報告書を見て、ニブルに行かれてからですね。」
「ええ、U.M.E.(未確認生物)と聞いてご自分が調べると、即座に出て行かれました。」
「理由が全くわからんな。」
そこへ、訓練所の教官が珍しく顔を出した。
「失礼いたします。サー・セフィロス、お呼びでしょうか?」
「ああ、レイナードか。忙しいところを済まんな、一つ聞きたいことがあるのだが…。」
セフィロスが訓練所の教官長であるレイナードを呼びつけるなど、今まで一度もなかった。トップソルジャーであり実質的に治安維持部を管理する立場にあるセフィロスには、訓練所のデータベースにアクセスする権限も与えられていたので、訓練生の状態すら把握しようと思えば出来るのであった。
しかし、最前線に出るセフィロスにとって、訓練生の中から使えそうな男を捜すことは全くと言っていいほど無かった。
彼の欲しい人物は即戦力であり一騎当千の猛者なのである。訓練生を育てている暇も余裕もないほど、彼は忙しかったのである。
その訓練所の教官を呼び出すというのには、何か理由が有るはずであった。
「治安維持軍の入隊の事で聞きたいのだが、先日ミッション先で有能な子どもを見つけてきた、年齢は15歳だが戦闘能力は期待できる。そんな子どもでも入隊できるのか?」
「サーがスカウトしたとなると話は別です。どんな紹介状よりもしっかりしています。ただ、15歳となると本当でしたら保護者が必要になるのです。」
「保護者か…、両親はすでに死亡していて、親戚縁者も不明だ。」
「では、今どこで生活しているのですか?」
「俺の知っている所としか言えないな。」
「では、サーが保護者ということになりますが、よろしいでしょうか?」
「実質そうなのだから、致し方ないな。」
「了解いたしました、追って試験日をお知らせいたします。」
レイナードが一礼をして執務室から出て行ったのを見送ると、連隊長仲間がセフィロスを取り囲んだ。
「キング、ミッション先でスカウトした少年というのは…?」
「まさか、私が報告したU.M.E.(未確認生物)?」
連隊長仲間とはいえセフィロスが一睨みすると一気に震え上がった。
「お前達にはまだ早い!」
セフィロスを取り囲んだクラスSソルジャー達は、一喝されて更に首をすくめた。
その頃、クラウドはセフィロスの言いつけを守って勉強を続けていた。
今朝、時計を見ることを教えてもらっていたので、時計を見ながら時間になると食事を取り、言われたとおり皿をキッチンに片付けては、教育プログラムを解き進めていた。
すでに学習は小学校中等科から高学年用に切り替わっていて、クラウドの知識も徐々に増えてきていた。
最初は何かの形でしかなかった文字も、しだいに情報を教えてくれる手段へと代わりつつあった。そして最初は文字を追うことだけで必死だったテキストも、次第にいろいろなことを教えてくれる物になってきていた。
「えっと、兵士が持つのはマシンガンにナイフ、ソルジャーになると剣とマテリアが支給される…??」
クラウドは相変わらす「月刊・神羅」を読むのが好きなようであった。
そこにはセフィロスが常に掲載されていて、彼の言葉が書いてあった。
(セフィロス……。)
クラウドにとってセフィロスは「自分より強い人」から「憧れの人」になってきていた。
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