クラウドの教育を初めてすぐに、セフィロスはナイフを持たせて戦うことを教え始めた。
ナイフが武器になるとわかったクラウドは、たたき込まれた習性か、まず目、それからのど笛を正確にねらってくる。同時にセフィロスの家にあった雑誌「月刊・神羅」のおかげで戦闘のこと、モンスターのことなど砂が水を吸収するかのごとく覚えていった。 そんなある日、訓練所のレイナード教官からセフィロスに書類が手渡された。
「先日おっしゃって見えた訓練所の試験日程が決定いたしました。こちらは関連の書類です。」
「この時期に入隊試験があるとは知らなかったな。」
「ほとんどの生徒は2月の入隊試験で4月入隊を希望しておりますが、8月試験で10月入隊も少数ですが居ます。」
「なるほど、一般兵は欠損が激しい分、補充もしっかりとさせねばならないか。了承した。」
そう言うとセフィロスは書類を受け取り中身を確認した。
「ふん、わかった。これは期日までに書いておく。」
「よろしくお願いします。では、私はこれで失礼いたします。」
レイナードは一礼をすると執務室を後にした。
入隊試験の日はあっという間に来た。
クラウドを連れて訓練所の前まで行くとレイナードが待っていた。
「その少年ですか…。」
「ああ、使い物にならなかったら捨て置け。」
「サーのお眼鏡にかなうような子どもならば、きっと大丈夫なのではないでしょうか?試験は15時に終わります。」
「そうか、ではその頃迎えに来る。なにしろミッドガルに来て間もないので、不案内のようでな…。」
セフィロスから受け取った少年をちらりと見やると、まだ幼い顔立ちの中にぞっとするモノを感じた。少年を連れて試験会場にはいると、他の受験生の体格よりも一回り以上も小さく華奢である、なぜ神羅の英雄とまで呼ばれているセフィロスがこの少年に興味を持ったのか知りたくて、レイナードは試験の時間中クラウドを注視していた。
学科の時間は首をかしげながらも、なんとか記入をしていたようであったが、実技の試験になると水を得た魚。小柄な身体とそのスピードを生かした戦い方をしていたので、「なるほどな」と思ったのであった。
試験の結果は明白であった、学科はあまり芳しくはなかったが、それでもモンスターの特性や弱点はよく知っていて、実技では群を抜いてトップであった。
実力を重視するセフィロスらしいと思いながら、レイナードは少年を学生寮に入れるべく連絡を取った。
目の前のインターフォンが鳴っている。
珍しいこともあるモノだなと思いながら、セフィロスが受話器を上げると訓練所の教官の声が聞こえてきた。
「レイナードです。サーのご紹介いただいた少年ですが合格いたしました。つきましては入寮措置を執りたいので手続きをお願いします。」
「ああ、合格したか。しかしその子どもはちょっと訳があって、集団生活にはまだ向かない。もう少し教育する必要があるのでしばらく俺が預かる。」
「え?そのような特別措置はありませんが…」
「その子どもは普通に育ってはいない、監視していないと妙な行動を起こすのだ。」
「妙な行動?」
「詳しくは後ほど話す。」
セフィロスが今いる場所はソルジャーだらけのクラスS執務室である、ありとあらゆる能力が強化されているソルジャー達ばかりなので、例え小声で話していても筒抜けであった。なぜかクラウドのことを聞かれることを嫌ったセフィロスは、その場での説明を辞めたのであった。
インターフォンが切れてしばらくすると、レイナードがクラウドを伴ってクラスS執務室にやってきた。扉を開けて入ってきた顔なじみの教官が、見たこともない子どもを連れているので、クラスSソルジャー達がいぶかしんだ。
するとその気配を敏感に悟ったのか、クラウドがクラスSを一睨みした。その反応にあきれたパーシヴァルが目の前の少年に話しかけた。
「君、ここがどこだか知っている…訳じゃないよな。」
「知らない、敵意感じたから睨んだ。」
連隊長の集まりであるクラスS執務室に来て、中にいる者達を睨み付けるような訓練生は今までにいなかった、その事実を知らないと思って説明しようとするパーシヴァルをセフィロスが片手を上げて制した。
「レイナード。こういう理由だから寮生活はまだ早いと思う。」
「まったく、怖いモノ知らずにしては凄すぎますね。自分の遙か上官に当たるクラスSソルジャー達を睨み付けるなどと…」
セフィロスがクラウドの傍によると、先ほどまでの慇懃なまでのまなざしが急に和らぎ、ごく普通の少年の瞳に戻るので、クラスSソルジャー達はあきれたような声を出した。
「キング、どこで拾ってきた少年かは知りませんが、我らの着る黒革のロングコートの意味も知らないとは、よほどの世間知らずなのですか?」
「そう考えていてくれ。しかし戦闘能力は外見通りではないことは保証しよう。」
「そうですか、それは期待して待っていましょう。」
それだけ言うと連隊長仲間はすでに自分たちの仕事をするべく、それぞれの場所へと動いていた。
セフィロスがクラウドを連れて執務室を後にした。
いつものように部屋に戻ると、クラウドが先回りをしてスイッチを押した。にこにこと自分を見る少年に思わず口元がゆるむが、彼にとって一番苦手であろう他の人や先輩、上官との関係の構築という、セフィロス自身もあまりやったことのないことを伝えねばならない。
「クラウド、今日俺と同じ服を着た連中と会っただろう?」
「たくさんいた。」
「仲間だ、お前にもいただろう、共に戦う仲間。」
クラウドは黙ってうなずくが、寂しげな瞳でつぶやいた。
「仲間、みんな殺された。」
「そうか。だが、いたのだな。これからお前は自分と変わらないぐらいの年齢の者達と、ソルジャーになるために腕と知識を磨くことになった。」
「???」
「いつまでもこの部屋にいるわけにも行かないだろう?」
「部屋、いられない?」
「そうだな、訓練所に入った時点で本当なら寮に入らねばならない。お前はまだ夜に遠吠えしたり、他の者達と生活の違いがどうしても出る。それが治り次第、寮にはいることになる。」
セフィロスの言葉にクラウドの蒼い瞳が儚げに見つめてくる。
「イヤダ、セフィロスと居たい。」
「クラウド…。」
「俺、もう一人はイヤダ。」
孤独の中で何年生きてきたのかわからない、そんなクラウドを日の当たる世界に連れだしたのはセフィロスであった。戦士としての生き方を与えれば、クラウドならば持っていた野生の感や力、スピード、俊敏性を生かし、力強く生きていけるであろう。
しかしクラウドはセフィロスの言葉だから、今まで従ってきていたのであった。まさか外の世界に一人で出される事になるとは思っていなかったのである。
「俺のボス、セフィロス。それ以外、言うこと聞けない。セフィロスより強い男居なかった。」
「狼族の群れはグループリーダーが一匹で、小さな家族単位で生活するのか?」
「仲間さいしょ7匹いた。かあさんがボスで、みんなかあさんの言うことを聞いた。でもかあさん、殺された。次のボス決める戦いでケンカになって3匹怪我が元で死んだ。ボスが決まらないうちに仲間、だんだん殺されていった。」
「なるほど、しかしだな、クラウド。人間の世界はそういうグループがたくさん集まって一つの集団になり、集団が集まって街が出来、国を作っている。俺は強いかもしれないが、仕事先にはまだボスが居る。」
「そいつ、セフィロスより強い?」
「いや、お世辞にも強いとは言えないな。それでも従わねばならないこともある。」
「イヤじゃない?」
「それが人間の世界だ。」
「………、わからない。人間なぜ力のないモノに従う?」
「力とは戦闘能力だけを指すわけではない。経済力も十分力だし、知識も力になる。」
セフィロスの言うことはもっともであった。しかしクラウドはその蒼い瞳に涙を浮かべながら首を横に振った。
「俺は…セフィロスの傍が良い……。セフィロスだから従った、セフィロスだから付いてきた…」
肩をふるわせ泣きじゃくるクラウドは、見た目も相まって幼く感じる。思わずセフィロスは華奢な少年を抱き寄せた。
「泣くな、お前に泣かれたら…俺はどうすればいいのかわからん。」
この少年を泣かせるつもりはないし、泣き顔をみたいとは思っていなかったが、泣きじゃくるクラウドを見ると不思議と”綺麗だ”と思ってしまう自分がいた。しかし、このままではいつまでもクラウドは自分の元から離れられなくなる…
(離れる……?それは少しイヤだな。)
この少年を連れてきた手前か?それとも他の何かが彼の心に生まれ始めていたのかはわからないが、泣きじゃくるクラウドの背をあやすように撫でながら、セフィロスは諭すように話しかけた。
「お前が一人で生活出来るようになるには、まだ時間がかかる。それまでは傍にいればいい。」
訓練生になったクラウドは、すぐにでも訓練を始めねばいけない上に、セフィロスの庇護を受けることも出来ないはずであった。そうでなければ戦士として独り立ちできないとセフィロスは思っていた。
相反する思いが波のようにセフィロスを優しく揺すっていたのであるが、まだ彼はそれが何故なのか理由がわからず、対処に困っていた。
(まったく…この俺がどうすればいいか迷うなど…無かったはずなのだが…)
しかし、泣きやんだクラウドが涙に濡れた蒼い瞳を彼に向けながら微笑むと、その迷いもどこへやら…背中をなせていた手を頭に載せてぽふぽふと撫でていた。
泣きやんだクラウドは、自ら冷蔵庫へと手を伸ばすと中から肉を取りだした。
何をする気か?と思ってセフィロスはじっと見守っていたが、フライパンを探し出し、ヒーターの上に置くので料理を始めるのだと悟った。しかしあることに気がついて尋ねた。
「クラウド、そのままの大きさで焼くつもりか?」
少年が取り出した肉はかなりの厚みのあるブロックだったのであった。
意味がわからず首をかしげるクラウドに苦笑を漏らしながら、ナイフで肉を切り分け、下処理を教える。
「大体一食分はこのぐらいだ。ナイフの背で叩くと柔らかくなる。それと塩。こしょうを振っておくと食べるときに味が引き立つ。」
クラウドが頷くので後を任せて見ると、フライパンで肉だけを焼くのでまた苦笑してしまった。
「クラウド。食のバランスというのも学ぶべきだな。炭水化物、脂質、そしてタンパク質という三大栄養素にビタミンとミネラルを考慮するべきだな。」
「肉、おいしい。」
「クックック…わかった、では後は俺が用意しよう。」
そう言うとセフィロスは、冷凍庫から何かのパックを取り出して温め始めた。
やがてできあがったクラウドが満面の笑みで皿に焼き上がった肉を置く頃、テーブルの上にはパンと野菜サラダに野菜たっぷりのスープが並んでいるのであった。
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