あっという間に、ハロウィン当日がやってきた。
朝からやたら機嫌のいいクラウドは鼻歌交じりで朝食の支度をしている。
キッチンからいい香と共にその鼻歌が聞こえてくるのを、苦笑を漏らしながら起きてきたセフィロスが聞いていた。
「どうした?やたら機嫌がいいじゃないか。」
「え?あ、だって天気がいいじゃない。」
「はぁ?外は薄曇りだぞ。」
「もう、俺が鼻歌唄っていてはダメなの?」
「ダメとは言わないが、なぜそんなにご機嫌なのかは知りたいな。」
セフィロスは治安部を実質仕切っている男である、彼に話してしまっては”ハロウィン”自体を禁止されかねない。
クラウドはどんな事があっても、セフィロスだけには話さない様にと、心に誓っていたのであった。
「い、いいじゃない。もう」
頬を赤く染めながら横を向く姿は、間違っても自分の隣りに立つ戦士には思えない。
そんな可愛らしい恋人を抱き寄せて、つんととがらせた唇にかるく唇を寄せると、コーヒーメーカーからコーヒーを取り分けた。
クラウドが朝食の支度を終えてテーブルにセットすると二人で食べはじめる。
ほんの半年前に始められたとは思えないほど、今では欠かせない朝の光景であった。
食事を終えると食器を片づけ食洗機にかけておき、それぞれの制服に着替える。
セキュリティーを確認すると玄関を閉めエレベーターを待つ、そして軽くキスを交わすと地下駐車場からそれぞれの愛車で出勤するのがクラウドがクラスA扱いになってからの朝の光景になりつつあった。
しかしクラウドも三直の当番に組み入れられたらこんな光景も月に10日程になってしまう。
少し寂しいがそれがセフィロスの隣りに立つ条件の一つならば我慢するしかない。
クラウドは今月になって買ったばかりのバイクのスロットを全開にしながらカンパニーへの道を急いでいた。
ほどなくしてカンパニーの駐車場へクラウドがバイクを止めると治安部の建物へと駆込むように入って行った。
執務室にいた夜勤のゴードンがクラウドに声をかけた。
「よぉ、いつも早いな。」
「ペーペーは一番に出社するもんだろ?」
クラスA、副隊長扱いとなった現在でも、クラウドはまだ入って1年めなのである。自分の隊でも年若ではあったが、正式な1stソルジャーであったザックスよりも地位が上になってしまったのであった。
それを思い出してゴードンがクラウドにつぶやいた。
「お前も複雑だよな、正式なソルジャーよりも上官になった物な。」
ゴードンの言いたいことはクラウドにもわかっていた。
隊唯一のソルジャーの隊員で、自分がクラスAに上がる前まではセフィロスの隣りに立っていたソルジャー・ザックスの事であった。
実力はあるが書類の処理能力と戦略の才能が少ない為1stに留まっているが、クラウドはザックスも自分と同等、もしくは自分より力は有ると思っている。
「書類処理と戦略と魔力が上がればすぐにでもここに来ますよ。その時は一般兵の俺よりも正式なソルジャーのザックスが隊長の隣りに立つ事になるのですよね?」
「そう言う事になるのかな?」
クラウドとゴードンが神妙な顔で話し合っている時、扉を開けてクラスAソルジャー達がぞろぞろと入ってきた。
「おはよう姫!なに神妙な顔をしてるんだ?」
「あ、おはようございます。」
「ん?ザックスの事。クラウドがどう扱っていい物かな?」
「むずかしいな、馬鹿猿とはいえ一応正式ソルジャーだ。」
「ザックス自身が対処すべき事だと思うけど。」
「それよりも、あれはいつ決行するんだ?」
クラスAソルジャー達が円陣を組んだ。
色々と話し合った結果、やはり定時の6時を過ぎてからと言うことになった。
それぞれのチームに別れて準備した物を確認すると、衣装担当チームが声をひそめた。
「おい、姫にはいつ渡す?」
「殺されたくないから直前だな。」
「それしかなかろう。」
衣装班が全員でうなずいた、クラウドを怒らせたら恐い、召喚獣バハムートを呼べば下手すればカンパニーごと破壊されてしまう。
それでもクラウドに女装させたくて仕方がないのは、ひとえにクラウドが女顔であるうえに性格まで可愛らしい所があるからで絶対に女装が似合うと思っていた。 あながち間違ってはいない
そして平穏に何事もなくごく普通にその日は過ぎて行った。
やがて午後6時になるとクラスAの通常勤務が終る。
執務室にある段ボールからハロウィングッズを全員で取り出す。
衣装担当で遊び好きのランディ、アラン、キースが段ボールから衣装を取り出して着るソルジャーを呼び出して行く。
「ほい、衣装!!呼ばれた奴は取りに来いよ!」
「ほい、ブライアン、これはエドワード、あスパイダーマンだれだっけ?」
「身体の柔らかいユージンだろ?」
「そんな衣装まであるのかよ?」
「あるある。あ、姫はこれな!」
クラウドに白い袋を丸ごと渡す、中を見ると黄緑色の衣装が入っていた。
着替えて見るとそれはティンカーベルの衣装だった。
ひざ丈のふわふわしたスカートがあまりにも似合っていそうである。
おまけに衣装班は強引に着替えさせたクラウドに、金髪の付け毛を付けたのである。かつらをかぶせてクラウドの顔を見たランディが声をあげた。
「うわ!クラウディアそっくり。」
ランディがクラウドから離れたら、そこにはクラウディアがいた。
しかしその青い瞳がギラギラと周りのクラスAを睨みつけている。
「き、貴様達、最初から俺に女装させるつもりだったな?」
「いや、巡回中に何度もカップルに間違えられている俺としては、お前が女装すればどんなものか見たかったんだよな。クラスSにもあることを頼まれていたし。」
「クラスSに伝えておこう、クラウディア様の身代わりが見つかったと。」
「で?クラウド。やるの?『Trick or treat』その衣装しかないぜ。」
「ううう…、仕方がないなぁ。」
クラウドが渋々了承したので、クラスAが仮装のままあちこちに別れて行った。
クラスAが仮装してハロウィンのまねごとをしているので、治安部中は陽気な笑顔と笑いに包まれていたが、どうしても入れない執務室が2つあった。
第13独立小隊とクラスS執務室であった。
特務隊は実力者ぞろいの為『Trick or treat』などと言ったら逆襲されかねない、そこでティンカーベルのクラウドがピーターパン役のエドワードと、クラスAのトップを張るスーパーマンの姿をしたブライアンと一緒になだれ込んだ。
いきなり開いた扉に特務隊のメンバーがびっくりするがその姿に苦笑をする。
「何考えてるんだよ、クラスAが!?」
「それにしても似合ってるぜ姫!」
「金無いんだから変な物強請るなよ」
あまりにも特務隊の隊員らしい答えにブライアン達が苦笑を浮かべる。
「ちぇ!面白くないなぁ。」
「どうする?姫。」
「皆、嫌いだぁ。」
拗ねたような青い瞳が何ともいえずに可愛らしい、その顔にクラウディアの姿を見たリックがあわてて行動を変えた。
いきなりクラウドの肩を掴んで抱き寄せると、わざとクラスAに聞こえるように話しかけた。
「で?今日はそのカッコで俺達と外に行って遊ぶ訳?」
「それって危なくない?」
「危ないぜ、特に今日はミッドガル中お祭りで、族とかヤンキーな兄ちゃんとか、ごろごろしているだろうな。」
リック達の言葉にクラウドが次第にむくれると、両横にいるクラスAがクラウドの頭をわしゃわしゃとなでつける。
そこにザックスが入ってきた。
「よーぉ…。って、あんたら何してんの?」
「酒をよこさないと書類を書かせるぞ。」
「リック、この間のカケの稼ぎ、よこさないとモルボルの触手で触ってやる。」
「うわ!!弱点もろに突かれた!!」
「書類と酒?! ど、どうするべ?!」
隊員達がクラスAソルジャーとわいわいとやっている所に、セフィロスが入ってきた。
セフィロスは執務室にいるクラスAソルジャー2人とクラウドの姿を見て、にやりと笑うとすかさず可愛らし妖精のそばに駆け寄った。
「クラウディア、どうしてこんな所に?」
いきなりクラウドを抱き上げたかと思うと、クラスAソルジャー達を睨みつけた。
「ブライアン、エドワード。なぜ私のクラウディアと一緒にいる?!」
二人のクラスAソルジャーは、なんと答えてよいのか返答に困っていた。下手に答えると叱られるのは目に見えている。
ずっと押し黙っているうちに、セフィロスがクラウドを抱き上げてさっさと歩いて行ってしまった。
「お、おいリック。どうすればいいんだ?」
「俺に聞くな。」
「隊長、クラウディア様に関しては、惚れた弱みか目に入れてもなんぼのもんじゃいって感じだからなぁ。」
「クラウドが隊長の正宗で切り刻まれたら、サー達のせいですからね!」
「うわ!!どうする?!エドワード」
「正直に言うしかないだろう?!」
クラスAソルジャー達がセフィロスの後を追いかけて走り出すと、後ろからリック以下特務隊の隊員達が同じようにクラスAソルジャーを追いかけ出した。
その頃、セフィロスに姫抱きでクラスS執務室に連れ込まれたクラウドは、セフィロスのデスクでセフィロスの膝の上に座らされていた。
「あ、あの…サー・セフィロス、やめて下さい!!」
「何を恥ずかしがる、ん?」
クラスS執務室で堂々と愛しい少年を膝の上に抱けるので、セフィロスは至極満足であった。
セフィロスの膝の上の妖精の正体がわかっているクラスSソルジャー達が苦笑している、そこへクラスAソルジャー達と特務隊の隊員達がなだれ込んできた。
「サ、サー・セフィロス!!おはなしがあり…あります!!」
「今お膝に抱かれているのはクラウディア様ではありません。貴方の副官のクラウドです。」
「なんだと?!」
地獄の底から聞こえるかのようなセフィロスの声に、クラスAソルジャー達が身震いをした。
「何処からどう見てもクラウディアではないか、こんな愛らしい妖精がバハムートを使いこなす男だと言うのか?」
「俺、男です。」
膝の上の妖精の一言でセフィロスの顔が急に厳しくなると、先程までの態度を一変した。
急激に冷え込みはじめたクラスS執務室の中で、一人の男が動いた。ランスロットであった。
「姫ですね?クラスAでハロウィン騒動をやっているのですよね。」
「あ、はい。えっと…『Trick or treat?』」
小首を傾げてにっこりと微笑みながら、右手のバングルに嵌められた赤いマテリアをセフィロスに見せる。
今のクラウドほど凶悪なまでに可愛らしいものはいない。出したい手をぐっと我慢してクラウドを膝から立ち上がらせてセフィロスがいつもの表情に戻った。
「ほぉ?クラウドか。お前が女顔だとリック達が鼻の下を伸ばしていたが、化粧をすれば私のクラウディアとソックリではないか。今度クラウディアが危険な所に行く事があれば変わってもらうぞ。」
有無を言わせぬもの言いにクラウドが渋々うなずくと、ブライアンとエドワードに囲まれるようにクラスS執務室を後にした。
クラスS執務室の前では、リック以下特務隊トップ4が待っていた。
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