芝生の広がる庭の一角で仲良く遊ぶ数人の子供たちが居た。茶髪の男の子と茶髪の女の子、そして銀髪の3兄弟だった。
庭の片隅にある白いテーブルには4人の女性(?)がアフタヌーンティーを楽しんでいた。
「そう、そんな事があったの?」
「うん、どういう意味なんだろうって思って。」
「意味深よねぇ”お父さんになりたかった”って」
「エディプス・コンプレックスよ、カダージュはクラウド君に恋心を抱いているんだわ。」
エディプスコンプレックス
男の子が無意識のうちに父を憎み、母を性的にしたう傾向。
オイディプス(エディプス)が父とは知らずに父を殺し母を妻とした、というギリシア神話にちなむ。
お茶を飲んでいたのはクラウドとサウスキャニオンの宝石商夫人エリカ・アンダーソン、そしてその長男の妻のライザ・アンダーソンとジョニーの妻のマイラであった。
ライザに言われた事にクラウドがびっくりして思わず聞き返した。
「こ、恋心?!俺に?息子が?!」
「ライザ姉さんそれチョット言い過ぎじゃない?」
「平たんに言えばお母さんが大好きで、お母さんを独占するお父さんに焼き餅を焼いているって所かな?」
クラウディアが男であると報道された時、事務所を通して真っ先に連絡を入れてくれたのが精神科医だったライザであった。
彼女はクラウドがソルジャーとしても、モデルとしても出会っていた女性で、世界の妖精と呼ばれていたモデルが実は男だったと事実を報道させた後のクラウドの精神的不安をやわらげてくれたのだった。
そして彼女は批難する世間の矢面に立ってクラウドの事を庇ってくれたのであった。
その言葉は以前クリスマスパーティーでクラウド自身が言った言葉そのものであった。
「皆さんの知っているクラウディアは皆さんが勝手に作り上げた偶像です。 そのような偶像のために彼がどれだけ苦しんでいるかも知らずに、勝手に妖精と呼んでおきながら、その偶像が壊れたからと彼の人格を否定するのはあまりにも身勝手過ぎる行為です。少しは考えて行動しなさい!!」
ライザ・アンダーソン。実はこの女性、政財界では知らない人のいない名家の一人娘で、彼女の家に睨まれたら企業であれば株価が崩落し融資は受けられない上に仕事の依頼すら来なくなる程影響力があったのであった。
そんな彼女の一喝にいきなり批判的な報道は無くなり報道自体尻すぼみになったのであった。
クラウドはふとその時の事を思い出してライザに訪ねた。
「ライザさんって、良くあの時素直に俺がクラウディアだと信じたね。」
「サトルさんに『もしかしてクラウディアは男かもしれない。』なんて言われた時は『この人おかしくなったんじゃないかしら?』って思ったわ。でも人を見る目だけはある人だったから、私も『もしかして…』って思っていたのよ。」
「うわー、ライザ姉さんそれって惚気?」
「違うわよ!」
マイラに突っ込まれてライザが赤くなりながら言い訳をした。
「クラウド君が開いたクリスマスパーティが疑った一番の要因だったわ。あの場所に一番居なければいけないクラウド君自身がいなかったって事がおかしいって思ったのよ。」
「どうしてそれだけで?」
「だって、クラウディアの身代わりで危ない所へ行ったりする人で、サー・セフィロスの右腕とも言われていた軍人の貴方が、大勢の人が居る場所が苦手なんて理由、通るとでも思ってたの?サトルさんはそれとあの時の貴方の態度と言葉でピンと来たらしいわ。」
クラウドはこの女性の夫である人物にも何度もあっている。
洞察力が鋭くて手に出来た剣タコを気づかれた時もあった事をクラウドは思い出していた。
「まいったな、一度は上手く誤魔化したはずなんだけど。」
「え??どうやって?」
「ミッドガル銀行のCM撮影の時に一緒になったんですよ、その時ワイヤーに釣り上げられて、ワザとキャンキャン騒いだんですよ。」
「それは流石にあの人も言ってたわ。私よりも煩かったって。」
白いテーブルから大きな笑い声が聞こえてきた頃、部屋の中のテーブルではセフィロス、ジョニー、サトル・アンダーソン、カーク・アンダーソンとジョニーの父親のジャック・グランディエ氏が顔を見合わせて話し合っていた。
「それにしてもあの時のサトルの観察力にはびっくりしたな。」
「こう見えても仕事柄他人を見抜く目だけは自信があったのでね。」
「嫌みな奴!!これだから俺はお前に勝てなかったんだ!!」
「私もサトル君から聞かされた時はびっくりしたが、そのあとライザが丁寧に状況を説明してくれたおかげで、すぐ納得した物だが。なぜずっと内緒にしていたのですか?」
「まぁ。色々と理由がありましてね。ミッドガルでもあまり同棲婚に対して理解がある人ばかりではありませんでしたし、あの頃はクラウドのような強い士官を失うことができませんでした。」
「初めてお会いした時は本当に少年にはみえなかったですよ、妻などは今だに彼をクラウディアと呼んでいます。」
「姫、本当に可愛かったからなぁ。隊長が姫をかっさらう前に、俺達が紳士協定組んでたの知らないでしょ?」
ジョニーの思わぬ一言にセフィロスが訝しむ様に訪ねた。
「そんなものあったのか?」
「あったあった。なにしろあのベビーフェイスにあの金髪碧眼だろ?もろにツボ突いてたもんなぁ。ザックス含めて隊員全員で姫を守ることと、抜けがけをしない事と、姫が好きになった奴が誰でも文句を言わない事を約束しあったよ。」
「まるで男の集団に可愛い女の子を放り込んだようだな。」
「事実そうだった!!」
ジョニーの言葉にその場にいた男共が苦笑いをしていた。
セフィロスはクラウドのおかげでずいぶんプライベートで付き合う人の数が増えていた。
それは少しばかりセフィロスの人格に影響を及ぼしていた。
第一線を退きギスギスした雰囲気が無くなってきつつあった。
ジョニーはその最たる人物で、ソルジャー時代から何かと無理を聞いていた彼に、セフィロスもクラウドも呼ばれれば嫌とはいえなかった。
ジョニーもそれを知っていて自分の結婚パーティーの主賓に呼んだり、妻になったマイラの両親がミッドガルに来るからと家に呼んだりとしょっちゅう交わりを持っていたのであった。
目の前に座っているクラウドを見ながら、マイラが自分の夫の『利用出来る物はなんでも利用する』という悪い癖をふと思い出しながらつぶやいた。
「それにしてもジョニーの奴、なんだかんだで貴方の事利用しっぱなしじゃないかしら?」
「そ、そうかな?幹部を辞めさせた時も、パーティー開く時もずいぶん協力してもらったから。」
「それがあいつのズルい処よ。そうやって恩を売っておいて、後になってずるずると自分のペースに引き込むのよ。」
「ラ、ライザさんもマイラさんも、ジョニーの事になると人が変わるよ。」
「だって、私どれだけあいつに惑わされたと思う?」
「それはあいつが貴女を好きだったから!もう、何度言ったらわかるの?」
「ライザお嬢様はジョニーの事になるとムキになるのね。」
「お義母さま、私はあなたの息子の嫁です、いつまでそう呼ばれるんですの?」
「あら、ゴメンナサイ。つい癖で。」
美味しいケーキと美味しい紅茶となにげない話しはクラウドに取って癒しの時間でもあった。
しかし、そのゆるやかな時間も終わりを告げる時が来た、子供たちがあわてて駆け寄ってきたのである。
「ヤズーのお母さん!ヤズーが転んじゃった。」
「あっちで泣いてるー」
ライザの長男リチャードとマイラの長女ソニアの言葉にクラウドがテーブルから走り出した。
あっという間に転んで泣いているヤズーのところにたどりつくと、泣きじゃくるヤズーを抱き上げてケガの様子を見て声をかけた。
「お膝を擦りむいちゃったの?じゃあケガを直しにいこうか?」
そう言うとヤズーを軽々と抱っこして屋敷の方へと歩いていくと、ヤズーを慰めていたカダージュと、もらい泣きをしているロッズがクラウドの服の裾をもってひっついてきた。 その姿を見てライザが呆れたような顔をした。
「あらあら、ママをめぐる競争が激しい事、カイン・コンプレックスも強いんじゃないかしら。」
カイン・コンプレックスとは、親の愛情が他の兄弟に奪われるかもしれないという不安から兄弟に向けられる嫉妬の事を言います。
クラウドがヤズーを抱き上げて庭の出入り口に有る水道へ行くと、コックをひねって水を流し、ヤズーのすり傷を流水に流す。
あらかた泥を流した所で、マイラがバッグに持っていたスプレー式の消毒液で傷口を消毒した後、ポケットから緑色に輝く珠を取り出した。
珠を左手に持って右手をヤズーのキズにかざすと淡い晄が生まれ、あっという間にキズもヤズーの感じていた痛みも無くなった。
マイラがそばで見ていて呆れたように言った。
「まったく、マテリアって本当に外科医泣かせね。」
「でも、骨折とかガンとか心臓病とかは治せないよ。俺が治してもいいのは簡単なケガぐらいだよ。」
クラウドはソルジャーを辞める時に、マテリアのほとんどをカンパニーに返していた。
マスタークラスになっていたマテリアから、産まれたマテリアのうち、治療と回復のマテリアだけを貰い受けていたのだった。
治安部に返還したマテリアは残っていたソルジャー達に別けられたが、4匹の召喚獣達だけはどのソルジャーに属する事もせず、唯一マスターになったバハムートから産み出されたマテリアだけはザックスが持つ事を許されていて、クラウドから譲り受けたアルテマウェポンにはめられて彼を守っていた。
ヤズーのケガが治ると再び子供同士で遊びはじめるとクラウドの携帯にメールが着信した。
クラウドが携帯のメールを読むと周りの女性たちに声をかけた。
「あ、ザックスからだ。え?赤ちゃんが産まれたんだ、ごめんね、ちょっとセフィのところへ行ってくる。」
そう言って屋敷の中でコーヒーを飲みながら談笑していたセフィロスの元へと行くと、クラウドは携帯のメールを見せて大きな瞳を輝かせていた。
「セフィ!エアリスが!!」
「ん?なんだ?」
青い瞳をきらきらさせて駆け寄ってくるクラウドを見ると、氷の英雄と呼ばれた男ともあろうセフィロスが口元に笑みを浮かべる。
そんな様子を見てジョニーがあきれ返ってつぶやいた。
「おーお、あいかわらず美人の嫁さんには弱い事」
そんなボヤキをよそにセフィロスとクラウドは二人の世界に突入、完璧周りの音や風景が入ってこなくなってしまいました。
「エアリスが赤ちゃん生んだんだって。帰りに寄っていい?」
「そうだな、あまり遅くなるといけないから早いうちに行こうか。」
「わぁ!!本当?!嬉しい!!」
大喜びでクラウドに抱きつかれて思わず目じりが下がったセフィロスは、もともと俺様気質の持ち主ゆえ、思わずキスをしようとするがジョニーにすかさず突っ込まれた。
「た、隊長!!姫!!」
「え?あ、きゃあ!!ごめんなさい!!」
真っ赤になってあわててセフィロスから飛びのくと、クラウドは恥ずかしさに顔を被ってしまった。そんなクラウドを見てジョニーが隣に座っていたサトルに話しかけた。
「俺が人間不信に陥らなかったのがおかしいだろ?」
「戦場に立つ姿とは大違いって?」
ジョニーとサトルの会話が聞こえたのか真っ赤な顔でクラウドが謝ると、その場にいたすべての人が笑って許してくれ、そして早く行ってやれと二人を急かしたのであった。
庭に戻ったクラウドは友達の出産をその場にいた女性陣に伝え、3兄弟を呼ぶと礼を言って病院へと駆けつけるのであった。
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