翌朝、クラスA執務室にジョニーがあわてて飛び込んできた。
「副隊長殿はいますか?!」
 出勤直後で今日の予定を確認していたクラウドがきょとんとして振り返ると、手を振った。
「やあ、おはようジョニー、どうしたの?」
「どうもこうも…オークションのことを昨日芸能レポーターの前でしゃべっただろ?反応が凄くて…ともかく日程調整しないとどうにもならなくなってきたんです。」
「そんなにスゴイの?」
「ああ、俺の予想したおっさん連中だけじゃなく、クラウディアの関係…つまりデザイナーとか雑誌業界とかも動き始めているらしい。ティモシーから昨夜のうちに怒鳴られた。」
「ジョニー、悪いけど対策練ってくれないかな?」
「俺っていつの間に姫の参謀になったんだ?」
「えへっ、この間の幹部首切り事件の時かな?」
 神羅カンパニーが魔晄の力を封印し、代替エネルギーへと移行するのを反対していた幹部の二人、武器開発部門のスカーレットと宇宙開発部門のパルマー。なかなか利権を手放さない二人を合法的にやめさせるため、クラウドはジョニーの進言に従って株を大量に取得し、大株主となって株式総会で二つの部門の廃止を提言したのであった。
 もっともそれ以前にティモシーにとってジョニーは使える人物としてピックアップされていたようであったが、それは後から彼自身の話すことであった。

 経済の世界に疎いソルジャーたちとて、さすがに自分の勤め先の幹部のこととなると知っていたようであった。
「スカーレットとパルマーを首にしたのは、ジョニーの入れ知恵かよ。」
「戦略と策略は別物じゃないぜ、もう少しその知識を平和的に使えよ。隊長も姫もTOB(株式公開買い付け)の知識があると思っているのか?」
「ない…だろうな。」
 クラスAトップのブライアンがきょとんとしているクラウドを見ながら答えると、ふとした疑問が浮かんでくる。
「ジョニー、おまえいったい何者だ?」
「俺?前から言っているだろ、一流企業の次期社長だってさ。」
 おどけた様子で答えるジョニーからは、どうやってもそれが本当のことだとは思えない。クスッと笑ったクラウドが片手をあげた。とたんに始業のベルが鳴る。
「ったく…しかたねえなぁ。この貸しは高いぞ〜〜!」
「お返しは俺が払えるもので、セフィロスが許可するものにしておいてくれよな。」
「ああ、それは約束する。じゃあ、またあとで。」
 扉を開けてジョニーが執務室を飛び出していくと、クラスAソルジャーの中でジョニーの本当の姿を知っているゴードンが複雑な顔をしていた。

 同じように影響を受けていたらしいルーファウス社長に呼び出されたクラウドが、その日のうちにオークションの日程を決めると、会場どころかありとあらゆることが決まるまでそんなに時間がかからなかった。なにしろ出品したいという業者も、開催を手伝いたいという業者も次から次へと名乗りをあげ、カンパニーの一般兵や下級兵士が出品するような余地は全くと言っていいほどなかった。

 部隊の執務室でもその話で持ちきりであった。
部下から上がってくる報告書を確認しながらエドワードが指示を出していると、何度か特務隊と組んだことのある兵たちがぞろぞろとやってきた。
「あの…副隊長殿。俺たちは…サー・セフィロスのお力にはもうなれないのでしょうか?」
「クラウディアには彼女なりの…俺たちには俺たちなりの力のなり方ってものがあるだろう?なにもオークションに出品したり参加したりしなくとも、俺たちに出来ることをやればいいんだよ。」
 言われていることがよくわからない部下たちは首をかしげている。命令を聞くことに関しては有能であるかもしれないが、それではただのコマも一緒である。カンパニーがこれから先、魔晄の力を封印していけば軍に染まり切った彼らすら一般社会へと戻らねばならない。
 ため息をつきながらエドワードが一つの答えを導くために声をかけた。
「クラウディアにできなくて、俺たちに出来ることは何がある?魔晄の力を封印するために表立っての協力はできないかもしれないが、実際にミッションが入ればいくらでもサーとともに行動できるのだぞ。それはサーの力になっているとは言えないのか?」
「は、はい!そうですよね!」
 先ほどまでしょげていた部下たちの瞳に輝きが戻ったのを見て緩やかに微笑むと、再びエドワードは執務に集中しようとしたが、上官として部下の行く末をそろそろ考えねばならない時が来た事を痛いほど痛感していた。
 これからどのくらいの時間をかければ上官の言うことに言いなりになってきていた部下たちが、どうすれば自分で考えられるようになるのか心を砕かねばならないであろうと思っていた。

(まあ、楽っていえば楽なんだよな…他人の言うことを守って生き延びればいいというのは。しかしあと数年たったらこのカンパニーには現在の治安部ほどの大きな軍隊は不必要になるだろうな…)

 そうなった時…部下だけでなく、自分たちもどうなるかわからない。クラウドから聞いたことではあるが、ソルジャーとしての能力を抹消する方法を科学部門のガスト博士が研究しているし、定期的に魔晄の照射がなくなったおかげで少しづつ力が抜けていっている気がする。普通の人間では持ちえない力を持っていたソルジャーがごく普通の人に戻る時がこのカンパニーを去る時なのだろうな…と、エドワードは書類を眺めながら思っていた。


■ ■ ■



 あっという間に決まったオークションの日程は何もしなくとも勝手にマスコミが報道してくれるようになってきた。
 クラウディアが撮影で使った衣装やアクセサリー、セフィロスが日ごろ愛用している万年筆のほかにクラウディア御用達のデザイナーたちの最新モードや契約企業のゲーム機をはじめ最新型TVや家電機器やEVカーの名前などが挙がっている…と、報道されれば報道されるほど商品の量が増えていく。オークションの商品の豊富さは、開催する頃には家庭にあるものすべてを新しくできるほどであった。
 話題先行で始まったチャリティー・オークションは盛況に始まり、通信会社が自慢する回線がパンクするほどアクセスが集中し、史上極まりないほどの金額が集まった。
 その大半を身寄りのない子たちを保護している多くの施設に寄付し、一旦騒動はおさまったかのように思えた。
 しかし、それでは収まりきらないのがクラウドだった。
「ねー、ブライアン。慰問とか炊き出しってどうなってるの?」
 いきなり尋ねられたブライアンがびっくりする。
「は?お前、まだ何かやる気だったのか?」
「当然だよ。発案者の俺は何もやっていないんだよ!」
「結構な金額を寄付されて施設もかなり喜んだって聞いたけどなぁ。」
「だーかーらぁ!それは俺じゃなくてクラウディアのおかげ!だいたいモデルが一人困った顔をして「助けたい」って言うだけで、今まで慈善事業なんて見向きもしなかった企業から商品の寄付が来るんだよ。」
 クラウドの質問には簡単明白な答えがある。
 クラウディアにいい顔をしておけばモデル契約も取れるかもしれないし、あわよくば英雄セフィロスも使えるかもしれない。たしかに綺麗でかわいらしいモデルであるがクラウディアと契約している企業の多くはバックにいる英雄セフィロスに少しでも近づきたいと思っているであろう。クラウドもまたそのことをよく知っているのである。
「どうせ目的はセフィロスなんだろうけどさ。それよりも何か俺たちもやるってのはどこいっちゃったの?」
「資金は?全額寄付しちゃったんじゃないのか?」
「まさかぁ!全額寄付はしていないよ。ジョニーとティモシーが一定ライン以上の親交のある企業以外には商品提供のお礼を渡しているけど、まだ残っているはずだよ。」
 ミッドガル中の施設に寄付されていて、その金額も報道通りであれば一箇所につき5万ギルを下らないというのに、まだそんなに残っていたのかとあきれると同時に、参謀役のジョニーがいかにクラウドのために動いているか感心する。
「で?お前は何をしたいんだ?」
「う〜〜ん、クッキーかケーキでも作って持っていくと慰問にもなるよね?」
 ちょっとした食事ぐらいなら作れる奴もいるが、お菓子作りの得意なクラスAソルジャーなどいない。ぞの場にいる全員が渋い顔をしていると、クラウドがきょとんとして問いかける。
「あれ?もしかしてお菓子作ったことないの?」
 クラスA仲間が全員首をブンブンと横に振るとクラウドがつまらなそうな顔をする。
「ホットケーキミックスで作るバナナケーキぐらい作れるだろ。」
「それってもしかして切って混ぜて焼くだけってやつ?」
「その程度のことならできるが?」
 ホットケーキミックスを使えば分量を間違えて膨らまないということはないはずである。そう思ったのかやっとクラスA仲間がクラウドの話を聞きだした。
「四角いステンレスパッドで焼いて一口サイズに切ればたくさんできるでしょ?寮の食堂のオーブンを借りればもっとたくさんできる。それをもって行くんだ。」
 完全に自分が行く気である。リックが思わず頭を抱え、ザックスが呆れたような顔で言った。
「クラウド、残念だが俺達第13独立小隊は慰問を行うわけにはいかないんだ。なにしろ顔を知られては困るからね。」
 クラウドの青い瞳がいきなりうるみだすと、リックがあわててフォローする。
「ま、まった!泣くなよ、その程度のことで!少なくとも俺はダメだとは思うが、姫とザックスはもう顔が世間に知られているから行ってもかまわないんじゃないかな?」
「じゃあ、俺食堂のおばちゃんにキッチンスペースを借りる約束してくる!!」
 リックの答えに嬉々としてクラウドが駆け出して行った。
「おーお、あんなに喜んじゃって…でもマジでいいのかよ?リック」
「ここで止めて泣かれるぐらいなら、隊長殿に殴られるのを覚悟で行かせた方がいいだろ?」
「いいことを教えてやるよ、リック。しばらくずっと姫を連れているんだな、そうすれば絶対殴られることはないが…絶対零度で凍らされるぞ。」
 エドワードが席を立って執務室を出て行こうとすると、あわててリックが止めに入る。
「待て!エディ!姫の後は俺が追う。お前はぶん殴られて凍らされてもソルジャーだからある程度平気だろ?」
 あっという間に駆け去って行った男の背中を見送って、クラスA仲間がニヤニヤと笑っていた。
 そしてどうやっておばちゃんたちを口説いてきたのかは定かではないが、あっさりと土曜日の3時からキッチンを使う約束を取り付けてきたクラウドが、買い出し担当のキースにメモを渡した。
「OK、これならおれでも迷わずに買えるよ。」
 ホットケーキミックスと卵に牛乳、バターにバナナ、たったそれだけであった。ただしその量は軽く50人分はある。一人では持ちきれないのでキースはいつもつるんで遊んでいる悪友の名前を呼んだ。
「ランディ、荷物持ち頼めるか?」
「俺よりもアランに頼めば?こっそりとトラック調達してもらおうぜ。」
「ん〜、隊長の許可さえ取れればいいと思うけど…。取れるかな?」
「安心しろ、確実に取れるよ。サー・ペレスも姫の名前を出せば一発さ。」
 元輸送部隊の副隊長だったからかエドワードが口をはさんだ。
「クラスSとて人の子、俺たちと一緒で英雄セフィロスに憧れていている。その思い人である姫におねだりされて断ったらどうなるかぐらいはわかっていらっしゃるよ。」
「おいおい、エディ。いくら事実とはいえ、俺たちの連隊長への憧れを壊すようなことを言うなよ。」
「今更…もっとあこがれている人が自らイメージブチ壊したのに、皆ビクともしなかったじゃないか。」
 エドワードに言われて、その場にいるみんなは、ほんのちょっと前に起こった激甘な事件を思い出し、一斉に苦虫をかみつぶしたような顔をしたのであった。