結局、クラウドは隊員達に、なぜポスターで女装したのか、すべて話す事になった。
 セフィロスの顔をのぞき込みながら話を終えて、ふと疑問に思ったのは、彼が一言も口をはさまなかったということだった。もしかして自分が勝手に取った行動が気に入らなくて、黙っているのであろうか?と、一度思いこむとなかなか立ち直れないのがクラウドであった。

 その日の帰り道、ちょっとお小遣いを持って街に出たクラウドは、食材をスーパーで買い込んで、セフィロスのアパートメントに歩いて行こうとしていた時、不意に後ろから声が掛った。

「お花、いかがかしら?」
 振り返ると茶色のロングヘアーをピンクのリボンで縛った可愛らしい女性が、花を沢山入れたカゴを片手ににっこりと笑いかけていた。

「花か…欲しいけど花ビンがあったかな?」
「花ビンなんて無くても小さなペットボトルで代用出来るわ。味気なかったら可愛い包装紙とリボンで飾ればいいのよ。」
「好きな人がいて、その人と仲直りしたい時、君なら何を贈る?」
「私、君って名前じゃないわ。エアリスって言うの。そうね、このジャーマン・カモミールなんてそのまま”仲直り”って意味だけど?」
「へぇ、マーガレットみたいな花だね、じゃあコレちょうだい。」
「ありがとう、1ギルよ。恋人と仲良くね!」

 金髪碧眼のちょっと美形な少年が、ちょっとはにかんだ笑顔を残して去って行った。
 エアリスは少年の後ろ姿を見送ってから一言つぶやいた。
「う〜〜ん、私の感もハズレるのかしら?女の子だと思ったんだけどなぁ。」
 首をかしげながらもエアリスは花かごを持って次に売る相手を探しはじめた。

 一方、クラウドは買物袋を抱えて花をそっと持ちセフィロスの部屋へと戻ると、ついでに買って来たペットボトルの中身をコップに開けて、良く洗い水を入れて買った花を入れ、キッチンのテーブルに置いて見た。
 透明なボトルではやはり味気ないので、教えてもらった通りに何かの紙包みを探す。
 ちょっと探しただけで、セフィロス宛てのプレゼントがごろごろと出てくるのであるが、どれもこれもシックな包装紙なのでクラウドの気に入るモノが無かった。
 そう言えばと思いポケットのハンカチーフを取り出すと、細かい薄緑のチェック柄だった。これで代用しようとボトルを包み金色の紐で縛って見ると立派な花ビンにみえるので、にこりと笑ってテーブルに置いた。
 買って来た食材を冷蔵庫に収納するとキッチンに立ってせっせと何か作りはじめた。

 セフィロスがカンパニーを後にしたのは間もなく日付が代わると言う時間であった。
 いつものように愛車を専用の駐車スペースに入れると、自分の部屋へと向かう。ワンフロアを占有する自室の扉を開けた時、既に寝ているであろうと思っていたクラウドが、眠たそうな目をこすりながら自分を迎え入れてくれた。

「あ、あの…。おかえりなさい。」
「お前、起きていたのか?」
「は、はい。」
 セフィロスの大きな手のひらが、クラウドの頭の上にぽんとのったかと思うと、ゆっくりと髪をすくように頭を撫でられた。
「無理をして起きていなくてもよかったのに…。しかしだな、クラウド。出迎える時にもマナーが有るのだぞ。お帰りなさいと言うとともにキスをするのがマナーだ。」
「え?!ああ、そういえば俺の母さんもよくキスしてくれました。」
「では、やり直しだ。」
「はい、おかえりなさい。」

 クラウドがちょっと背伸びをしてもセフィロスの肩まで届かないが、少しかがんでくれたので、無理なく頬にキスをしてすぐ離れた。
 しかしセフィロスが不機嫌この上ない顔をした。

「クラウド、私はお前の母親ではないぞ。恋人のつもりでいたのだがな?」
「え?」
「恋人なら何処にキスすればいいのかな?」
 意味深な笑みを浮かべてもう一度セフィロスが視線を合わせる為にかがむと、クラウドは真っ赤な顔をして唇にそっと羽根の触れるようなキスをして離れようとしたが、いきなり抱きしめられてそのまま唇を奪われてしまった

「んんっ…。」
 息も継げないほど激しい口づけを受けて、クラウドの頭がくらくらっとした時にやっとセフィロスの唇が離れた。
「うっ…ふぅ…」
 色っぽい吐息をついて頬を赤らめ、目をとろんとさせたクラウドを見おろして、セフィロスは満足げにうなづいた。
 そしてクラウドを抱き込んで部屋の中へと足を進めると、キッチンのテーブルに、二人分の食事がきちんと並べられていてまん中に可愛らしい花が添えられていた。
 テーブルの上の食事はすでに冷めてしまっているであろうと思っていたが、いまだに湯気が立ち上っている所をみると、車を駐車スペースに入れた時にインターフォンが教えてくれるシステムがあった事を思い出し、クラウドが自分の帰宅を知って温めなおしてくれたのであるとすぐにわかった。

 誰かが自分を待っていてくれたことがなかったセフィロスだったが、クラウドが待っていてくれた事をことのほか嬉しく感じたものであった。

「温かいな。」
「あ、うん。さっきインターフォンがなったから目が覚めたんだ。隊長…じゃなかった。セフィロスが戻ってきたんだって思って。あわてて温めたんだけど、食べてくれますか?」
「当たり前だろう。」
 セフィロスはそう言ってクラウドにゆるやかに微笑むとさっと黒革のロングコートを脱ぎ、シルクのシャツとGパンを履いてすぐにテーブルに戻り、クラウドと向かい合わせに座り食事を取りはじめた。
 しばらく食事に気を取られていたがふと気がつくと正面で椅子に座りながら、クラウドがうとうとと居眠りを始めていたのに気がついた。
 今日もリック達に体力の限界まで扱かれてへとへとになっていたはずなのに、こうして食事を作って待っていてくれた年下の恋人がセフィロスにはとても愛おしかった。
 起こさない様に抱き上げてベッドへと連れて行きそっと寝かせて軽くキスをすると、テーブルに残った料理を丁寧にラップで包み冷蔵庫に入れておいた。
 リビングに戻ったセフィロスは学術書を片手に取ったが頭の中にはクラウドの事しか考えられなかった。
 クラウドがルーファウスと契約したモデルの事も、自分の隊の隊員達に事実を告げた時も、彼が自分で決めた事に関しては見守る事を決めていた為何も口を出す事をしなかったのであった。しかしクラウドがもし迷ったり悩んだりした時はいつでもすぐに手を貸し、その解決のために関るあまたの事など気にしない事を決めていたのであった。
 学術書を置いてリビングの照明を落し、クラウドの眠るベッドにセフィロスが入ったのは、それからまもなくであった。


* * *



 朝の光が部屋に差し込む頃、めざまし時計がけたたましい音を立てている。
 華奢な腕が羽毛の肌掛けの中からするりと伸びてめざましのタイマーを止めると、再び肌掛けの中へと戻って行った。
 自分の頭の上で誰かの吐息が聞こえるのに気がつくと、クラウドはうっすらと目を開けた。逞しい筋肉質の身体を持つ恋人が、自分を見てゆるやかに微笑んでいるのに気がついた。

「お、おはようございます。」
「ああ、おはよう。」
 自分を抱きしめる様に眠る目の前の恋人は、自分の憧れの上官で英雄とまで呼ばれている人だった。
 今だに自分に絡んでいる腕から抜け出して、朝食の支度をしようとしたクラウドであるが、セフィロスとてそう簡単に可愛い恋人を腕の中から逃したくは無い。
「クラウド、おはようの挨拶はそれだけなのか?」
「………。」
 セフィロスの一言にクラウドはすぐに赤くなり、少しとまどいながらも長い銀髪を軽く引っ張って触れるだけのキスをする。
 そしてベッドから抜け出そうとして再びクラウドは真っ赤になった。

「もう。どうして俺の服まで脱がすのですか?」
「服があっては抱き心地が悪くてな。」
 一緒に過ごしはじめてすぐに、セフィロスは眠る時にクラウドを抱きしめて寝る様になったのであるが、常に着て寝たはずの服を脱がされていたのであった。
 几帳面にたたまれてベッドサイドのテーブルに置かれた自分の服をあわてて掴み、パタパタとキッチンへと走って行くクラウドを見送って一人ベットの上でクスクスと笑うのが、セフィロスの毎朝の日課になりつつあった。
 キッチンからコーヒーの芳ばしい香が漂いはじめる頃、セフィロスも服を着てキッチンへとはいる。手際よく作られたサラダとトースト、そしてベーコンエッグという定番の朝ご飯がキッチンのテーブルに並べられていた。
 コーヒーをサーバーから取ってセフィロスの前に差し出すと、クラウドは自分の牛乳を取り出した。
 テーブルのまん中に昨日買ったちいさな花が優しげに揺れていた。

「今日もお花買っちゃおうかな?」
「来週からグラスランドだぞ、あまり買い込むなよ。」
「うん、でもあの8番街の花売っていた女の子にまた会いたいんだ。」
「女?」
「うん、凄く綺麗な子だったよ。」
 その時の会話はそれで終わっていたが、セフィロスには花売りの女が気になってしかたがなかった。
 クラウドの退社時間が近くに迫ってきた時、女好きの副官の顔が不意に浮かんだ。

「おい、ザックス。」
「なんすか?」
「クラウドが8番街に行きたいと言っているんだが、8番街はイエローゾーンに入っている。」
「あ、いいっすよ。こっそり跡を付ければいいんでしょ?そのかわり……。」
「ああ、その書類はもらって置いてやる。」
「やりい!!」
 ザックスはにっかり笑って帰ろうとしているクラウドをつかまえた。

「ク〜〜ラ〜〜ウ〜〜ドォ!!8番街に行くんだって?実は俺も用があってさー、一緒に行こうぜ!!」
「あ、サー・ザックス。はい、わかりました。よろしくお願いします。」
「ん〜〜、じゃあいくぜ!!」
 ザックスに首をがっしりとホールドされて、クラウドが執務室を退出して行った。

 8番街にザックスの運転するバイクの後ろ座席にすわり、あっという間に到着したクラウドは、周りをきょろきょろと見渡した。そして見覚えのあるピンク色のリボンを人のすき間に見つけた。
 クラウドがいきなり人ごみを掻き分けて歩き出したのを見て、あわててザックスが後を追い掛ける。
 クラウドはまっすぐ8番街の駅前へと歩いていた。
 人ごみが途切れて花カゴをもっていた女性をやっと正面に捕らえた。

「エアリス!!」
「あ、昨日の君。どうだった??」
「あ、うん。俺の思い過ごしだったみたい。でもテーブルに飾られた花が凄く可愛くてさ、もうちょっと欲しいなって思ったんだ。」
「ジャーマンカモミールは今日は無いの。そのかわりコレなんてどう?」
 エアリスがガーベラをカゴから取り出してクラウドに渡した時、やっとザックスが現れた。
「何?クラウド。おまえ花なんて…」

 ザックスがクラウドに話しかけようとして、目の前にいた女の子に釘付けになった。
 茶色のロングヘアーをピンク色のリボンで縛り、大きな緑色の瞳は澄んでいて桜色の唇が優しげに微笑んでいた。

「あ、サー・ザックス。うん。花も欲しかったけどエアリスに御礼を言いたかったんだ。」
 クラウドは返事をしたが、ザックスの耳には届かずに固まったまま動かなくなっていた。