固まったまま動かないザックスに、クラウドが声をかけた。
「サー・ザックス?どうかされましたか?」
「え?あ、いや…まあ、なんだな。今、8番街はイエローゾーンでちょっと危険なんだ。君、家まで送って行くから、今日は花を売るのをやめないか?」
「う〜ん、でもこのお花可哀想だもの。」
「じゃあ俺が買ってやるよ。いくらだ?」
「え?コレ全部??500ギルもするのよ。」
「いいよ、じゃあこれ代金。クラウド、部屋広いんだろう?飾ってやれ。俺は彼女を送って行くから、一人で帰れるよな?」
「あ、はい。じゃあ、エアリスまたね。」
「クラウド君っていうんだ。今度店に来てよね、この先の76番地のフラワーショップ「ANGE」にいるから。」
「うん、約束するよ」
クラウドが手をあげるとザックスがそっとエアリスをエスコートしながら、76番地の方へと歩いて行くのを見送った。
「サー・ザックス。もしかするとエアリスに?」
クラウドが手渡された花束に笑顔を向けながら、セフィロスと住む部屋へと戻って行った。
一方、エアリスと二人っきりになった途端、何も喋れなくなったザックスは自分で自分に毒づいていた。
(ったく、この俺がこんなに可愛い女の子を前にして一言も喋れないなんて一体なんなんだよ?!)
そう思ってもなかなか声をかけられないでいたら、並んで歩いているエアリスがくすくすと笑っているのにやっと気がついた。
「あ?な、なんか変だったか?」
「ううん、へんじゃなくて。なんだか貴方が何か言いたくてしかたがないみたいって、このお花さんが教えてくれたのよ。」
そう言ってエアリスはカゴの底に残っていた一輪の花をザックスに手渡した。
「ね?何が言いたかったの?」
「あ、あの。名前教えてくれないか?」
「私?エアリス、エアリス・ゲインズブルー。」
「エアリス…さん。あ、あの…。」
再び何か言い出そうとして巧く言葉が継げないでいると、目の前に一軒の花屋が見えてきた、店の看板に「ANGE(天使)」と書いてある。
エアリスがその店に駆けだそうとして一歩進んだ所でふと足を止め、後ろから歩いてくる黒髪の爽やかそうな青年に笑顔を浮かべた。
「ありがとうね、えっと…ザックス…さん?」
「お、おう。」
「ね?また会えるかな?」
「そ、そりゃ、もちろん!!」
エアリスに手渡された花をザックスがふたたび手渡した、小さなマーガレットがゆるやかに揺れている。
にこりと微笑むとエアリスは店の中へと入って行った。ザックスはそれを見送った後、まるでスキップをするかのようにカンパニーへと戻って行った。
店の中でその様子を見ていたエアリスが手にしていた花を見つめている。
「うん、いい人だよ、ね。」
花につぶやきながらエアリスはほんの少し頬を赤らめていた。
* * *
そのころ、神羅カンパニー治安部のクラスS執務室で、不機嫌この上ない顔をしたセフィロスが、書類に確認のサインを入れていた。ふと時計を見るとすでに7時を回っている。
今夜もクラウドに無理をさせてはいけない、とそろそろ退社する為に机の上を片づけていた時、同じクラスSソルジャーのガーレスが首をかしげて執務室に入ってきた。
「キング、ザックスに何かあったのですか?」
「どうした?」
「いえ、まるで地に足がついていないと言うか…、気もそぞろで歩いていたのです。」
ガーレスの言葉を聞いて他のクラスSソルジャーが声をかけはじめる。
「あいつの事だ、どこかで気に入った女でも見つけたのではないのか?」
「ああ、そういえば我が隊の1stが今日ザックスを8番街で見たそうです。なにやら茶髪のロングヘアーの可愛い女の子と一緒に歩いていたとかいう話です。」
話しを聞き流していたセフィロスが、聞いた風貌の少女の話になったので聞き返した。
「8番街の花売り娘か?」
「お知りあいですか?」
「いや、人つてに聞いただけだ。では、私はこれで帰る。」
さっさと机を片づけると執務室からセフィロスが出て行った
いつも遅くまで執務していたセフィロスが、最近ではこうして早く帰宅するようになったので、クラスSソルジャー達はすぐに士官候補生としてそばに置いている少年兵の為だと想像した。
ボヤキの一つも出ようと言う物である。
「まったく、我々にばれていないと思っていらっしゃるのでしょうかね?」
「ご自分では何も変わっているつもりはないのであろう?」
「まったく、こうなったら彼にもうすこしあの方を教育してもらうか。」
「ランス、それは逆だろう?」
「いや、彼にしか出来ないことだと思うな。あの方が彼に心を開いたように、我らにも心を開いてもらうしかない。」
「15才の少年には少し荷が重いような気がします。」
「ふふふ…。まあ、大丈夫であろう。しかし認めたくないモノだな、26人がかりで出来なかった事を、15才の少年がたった2ヶ月でやってのけるとはな。」
「そう言われるとかなり悔しいな。」
クラスSソルジャー達は廊下のむこうへと消えて行った憧れの男が、良い方向へと変わりつつあるのを感じていた。
そしてそれはやがてその男に自分達を、本当の意味の仲間として認めてもらえる時がくると信じていたのであった。
さてはて、愛車にのり込んだセフィロスは、いつものようにタイヤを鳴らしながら高速を駆け抜け、10分も掛らずに自分の部屋へと到着した。
いつものように扉を開けると、目の前に頬を赤く染めた少年が恥ずかしげに待っていた。
「あ、あの。おかえりなさい。」
セフィロスはゆるやかに微笑むと少し身体を屈めた。
するとクラウドはちょっと拗ねたような顔をしてから背伸びをして、軽く唇にキスをしすぐ離れようとしたが、がっちりと抱きしめられて深い口づけを何度も受ける事になってしまった。
クラウドを抱きしめながらセフィロスは嗅ぎなれない香を感じていた。首をめぐらせるとテーブルの上にたくさんの花が飾られているのに気がついた。
「あんなに買ったのか?」
「あ、いえ。あれはサー・ザックスが下さったんです。」
「ザックスが?」
「花を売っていた女の子。エアリスって言うんですけど、凄く可愛い子なんです。サー・ザックス、もしかすると一目惚れされたかもしれません。彼女を家に帰す為にカゴの花、全部買って俺にくれたんです。」
「なるほど、アノリアが言っていた通りだな。しかし、来週にはグラスランド行きだぞ、どうする気だ?」
「あの花、殆ど草花で2、3日ぐらいしか持たないから来週には枯れてしまうと思います。」
クラウドの敬語にセフィロスが苦々しげな顔をした。
「慣れんな、早くその敬語がここでは出なくなってほしいものだが?」
「あ、ごめんなさい。」
クラウドはセフィロスに言われた事は必ず守ると決めていた。
(そ、そうだよな。部屋に帰ってまで敬語を使われては、セフィロスの気が休まらないよな。お、俺に出来るかな?いや!!やらなくちゃいけないんだ!!俺、あの時決めたんだもん。セフィロスがくつろげるようにするって!!)
ただ単に寝るために帰るだけの安らぎを感じない部屋、それがこの部屋の第一印象だった。
自分が士官候補生として、セフィロスと一緒に暮らす事が決まった時、クラウドは密かにこの部屋を彼がくつろげる部屋にすると心に決めていたのであった。
(そのためには。俺、もっと頑張らないと!!)
そう思うとクラウドは決心を新たにしたのであった。
「あ、あの、食事さめちゃうけど」
たどたどしいがクラウドが敬語を使わないように頑張ってくれているのを嬉しく感じ、セフィロスがゆるやかに微笑むとつられて笑顔になる。
「ああ、そうだな。」
さっと着替えてキッチンに入ると美味しそうな料理の並ぶテーブルに座った。
食事をしているとクラウドの携帯が鳴り響く、クラウドはセフィロスの許可をもらって電話に出た。
「はい、クラウドです。あ、ミッシェル?うん、来週から遠征なんだ。変更出来そう??え?明日?顔を合わせるだけ?そうだけど…はぁい。」
嫌そうな返事は気が進まないからであろうか?
セフィロスがそう思った時にクラウドが携帯をたたんでこちらを見て話しはじめた。
「マダムセシルとの面会が明日になりました。」
「そうか、彼女はドレスデザイナーとして有名だ。お前が何を着せられるかはわからぬが、フリルやレースは覚悟するのだな。」
「俺、やっぱり少女として扱われるのでしょうか?」
「女でなければ私の恋人として認識されないから、お前がルーファウスと契約したのであろう?」
「あの時セフィロスの言うことを聞いておけばよかったかな?でも、もう遅いよな。俺が選んだのだから仕方がないや。」
クラウドがつぶやくように言った言葉にセフィロスはゆるやかに微笑んでいた。
翌日、いつもの様にリック達に扱かれた後、17時の定時で退社したクラウドは、0番街の駅でティモシーと待ち合わせてそのまま8番街まで電車で移動し、マダムセシルの店があるビルの裏口から時間通り入って行った。
プライベートオフィスに通されたクラウドの目の前には、ミッシェルとグラッグ、そして穏やかな笑みを浮かべる優しげな婦人が待っていた。
入ってきたクラウドとティモシーに気が付いたミッシェルが声をかけた。
「あ、クラウド君。」
「お待たせいたしました、マダムセシル。こちらが先日の写真の男の子です。」
「はじめまして、クラウドと申します。」
「あら、本当に男の子なのね。ルーファウス社長も面白い子を知っているものだわ。さあ、始めましょうか。」
クラウドをモデルとして売り出す会議が実質始まった。
マダムは詳しい事を何も聞かずに実践的なアドヴァイスをしてくれてた。
時間をかけてモデルとしての売り方とか話し合ってやっと方針が見えてきた。
「モデル契約は一業種一企業になさい。それから契約企業は敵対企業では無いほうがいいでしょう。その辺はティモシーが詳しそうね。」
「はい。」
「で?ルーファウス社長はこの子をどうやって売り出すつもりかしら?」
「もちろん、売りは英雄セフィロスの恋人!」
「ちょっと、ミッシェル!!」
クラウドが一瞬で真っ赤になる。その反応があまりにも可愛くて、スタッフがクスリと笑うのをマダムセシルがにこやかに見ていた。
「今時、君みたいな純でウブな子も珍しいわね。天使とか妖精とかピュアな部分を前面に押し出せば行けそうね。ちょっとまっててね、いいイメージの服があるわ」
マダムがプライベイトオフィスからショップのほうへと出ていって、しばらくたってからシフォンドレスを一枚持って戻ってきた。
「来月からのセール用ポスターをお願いするわ。」
にっこりと笑って手渡されたドレスをクラウドは思わず睨みつけていた。
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