スタッフに促されてドレスに着替え、メイクとエクステンションとで完璧に美少女モデルになったクラウドは、マダムに連れられて店のほぼ中央で色とりどりのドレスに囲まれて立たされた。
 マダムがその様子を遠くから、近くから眺めて注文を出した。
「う〜ん、イメージじゃないわね。エミリー!いつもの花屋さんから、カサブランカをあるだけ買ってきて。」
 エミリーと呼ばれた店員がマダムの一声に店を飛び出して行き、20分ぐらいで両手で抱えられないほどの白くて大振りなユリの花束を持ってきた。
 後ろから見覚えのある女の子が同じだけの量のユリを持っていた。
 その少女にマダムセシルが声をかけた。
「あら、エアリスちゃん悪いわね。」
「いいえ、いつもお世話になっています。」
 エアリスが店員の後ろに付いて、カサブランカの花束をもってマダムのそばにやってきた。
 そしてふとマダムのそばにものすごい美少女をみつけ目を丸くしたが、その少女にどこかであっているような気がして仕方がなかった。

「モデルさんですか?凄く綺麗な人ですね。」
「うふふ、専属になってもらったの。」
「うふっ、よかった。お花が好きそうな人で。私、エアリス。貴女は?」
「ク、クラウ…ディア」
「お花さんもあなたのような人に持ってもらえるのを喜んでいるわ。」
 エアリスがにっこりと笑って、持っていたカサブランカの花束をクラウドに手渡した。
 ピンクのシフォンドレスと相まって持っているクラウドの清純さが強調される。
 その間にエミリーと言う店員が、クラウドの周りのマネキンに同じようにカサブランカを持たせた。
 カメラ越しにのぞいた光景が先程マダムの言っていた、天使とか妖精と言うイメージにあっていたのでグラッグがうなずいてクラウドに声をかけた。

「LADY、こっちを向いて。」

 グラッグの声に恥ずかしげに視線をカメラに向け、かすかに微笑んだクラウドをエアリスはにこやかに微笑んで見ていた。
 そこへ正面から黒いスーツを着こなしたセフィロスが入ってきた。

 店員達がざわめく中をまっすぐユリに囲まれているクラウドのところへと歩いてきた。
 クラウドの瞳がぱぁっと輝いたかと思うと、嬉しそうな笑顔を浮かべた。ほんの一瞬の事だったがグラッグはその表情も逃さずにシャッターを押していた。
 クラウドのそばまで来たセフィロスはユリを抱える右手をとって、甲に軽くキスをするとそのまま隣に立ち肩を抱いた。
 マダムが優雅にセフィロスに挨拶をする。
「ごきげんよう、サー・セフィロス。」
「お久しぶりです、マダム。ところで彼女を頂いて行ってよろしいでしょうか?」
「そうね。どうかしら?」
 マダムセシルがマネージャーであるティモシーにたずねた。
「マダムさえよろしければ。」
「彼の写真の腕を信じましょう、行ってらっしゃい。」
「ありがとうございます。」
 セフィロスは一礼しクラウドの腕にあったカサブランカをそっとマダムに手渡すと、そのまま肩を抱いて表に停めてあった車に乗り込みどこかへと走り去って行った。

 店に残っていたエアリスが感嘆の声をあげた。
「すごぉい。サー・セフィロス、本物を見ちゃった!!」
 はしゃぐエアリスと浮かれる店員達を見てマダムとスタッフが顔を見合わせていた。
 グラッグがあわててカメラのデータを確認するとにやりと笑う。

「マダム、こんな写真も撮れましたけど。」

 マダムセシルはグラッグのカメラの液晶画面に映しだされている画像を見てにこりと笑ったが、ティモシーが横から覗き込むと厳しい顔をした。
「残念だがサーの写真はカンパニーのOKがないと表に出せない。そのうち写真集でも出す時の楽屋ネタに取っておくのだな。」
「あら、残念ね。サーのそんなお顔見る事なんて早々出来ないわよ。」
「多分明日のゴシップ新聞の見出しですぐに見られますよ。」
「ティモシー、頭がいいのはわかるけどちょっと冷めていないかしら?」
 ティモシーがミッシェルの言葉に意味深に微笑みながら、銀縁のメガネを右手の指でちょいと上げるとつぶやいた。

「当然だ、私が仕掛けたのだからな。これで仕事が舞い込む事になるから覚悟しておけよ。」
「なるかな?」
「まさか…リーク(情報を漏らす事)は契約違反だぞ!」
「いや、シェフォードホテルのレストランを予約しておいただけだ。ちなみに今日、あのホテルは大手自動車会社の新車発表会がある、TVカメラや新聞のカメラで多分ごった返しているだろうな。」
「あきれた。」
 やり手のマネージャー,理解あるスタイリスト,瞬間的によい写真を撮ることのできるカメラマン。

 マダムセシルはこのスタッフなら上手にあの少年をリードしながら話題を作って行けると思った。
「ドレス一枚で私も忙しくなりそうね。」
「あ、お支払いいたします。」
「いいわ、宣伝料として、こちらがお支払いしないといけなくなりそうよ。」
 マダムセシルがにこりと笑うとスタッフもにこりと笑った

 その日シェフォードホテルでは、ティモシーが言った通り大手自動車会社の新車発表会が行われていて、TV局や新聞、雑誌の取材陣が大挙して押しかけていたのであった。
 そんなところへ神羅の英雄とまで呼ばれている男が、一人の美少女をきっちりとエスコートして現れたとなれば、当然取材陣の目も釘付けになると言うものである。
 セフィロスもホテルのスロープを低速で走っていて、ロビーの前にあったパーティーの案内板に気づき、思わず苦笑をしてクラウドに耳打ちした。
「クラウド、覚悟するのだな。ティモシーの奴にまんまとはめられたぞ。」
「え?何ですか?」
「今日はこのホテルで某自動車会社の新車発表会があるようだ。きっと中にはTV局や新聞、雑誌の記者達であふれかえっているぞ。そんなところに私がお前と一緒に入ると…どうなるかな?」
「え?ティモシーの奴何考えているんだよ。」
「お前を売り出す手段としては安上がりで一番早い。クックック…やるものだな。名前は決めたか?」
「え、あ…うん。さっきエアリスに聞かれて、クラウディアと…」
「ならばいい、フラッシュに目をつぶるなよ。」

 セフィロスがロビーの前に車を止めると運転席からすっと降り助手席に回る。
 丁寧に扉を開けてクラウドに手をさし伸ばすと、クラウドはセフィロスの手を取って助手席から降りた。
 ドアボーイの一人に車の鍵を渡すと、車を駐車場に回してくれた。
 セフィロスはクラウドをがっちりと抱き寄せると手を腰に回す、するとクラウドの頬は薔薇色に染まり目が上目づかいになった。
 そんなクラウドの顔にセフィロスは満足げに微笑んだ。
「クックック…いい顔だ。」

 二人がフロアへと一歩踏み出した。
 フロアの前で丁寧におじぎをしながらドアボーイが扉を開いてくれる。
 それと同時にロビーの中が一瞬しんと静まったかと思うと、いきなりざわめきが激しくなった。しだいに一つ、二つとカメラのフラッシュがたかれはじめると、雑誌の記者の一人がセフィロスに駆け寄った。

「サー・セフィロスではありませんか?本日は新車発表会へ?」
「いや、食事に来ただけだ。」
「お美しいお嬢さんですね、どちらのお嬢さんですか?」
「モデルだ、先日撮影で知り合ったばかりなのでそれ以外は知らぬ。」
「新しい恋人ですか?!」
「プライベイトな質問に答えるつもりはないが、そう取ってもらってもかまわん。」

 セフィロスの言葉に、いきなりクラウドの周りでフラッシュが次から次にまたたいた。
 思わずセフィロスの背中に隠れたいと思ったが、自分の腰に腕が回されていて逃げ出すわけにもいかず、そのままゆっくりとエレベーターに乗り込むまで、フラッシュの放列を我慢せねばならなかった。
 エレベーターでやっと一息ついたクラウドは思わずセフィロスに聞いた。

「あれでは、明日のゴシップ紙の1面ですよ。」
「ティモシーの狙い通りだ、お前の仕事も一気に増えるぞ。」
「もう…仕方がないなぁ。」

 今更ではあるがあの時セフィロスの言うことを聞いて、サインしなければよかったと思うが、よく考えてみれば公の場でセフィロスの隣に立つには自分が副隊長まで駆けあがるか、こうして女装でもしないと無理であろう。

 (す、好きな人のそばにいられるんなら…俺、我慢する!!)

 クラウドの小さな誓いはやがてクラウドのジレンマとなって跳ね返ってくるのであるが、それはまだかなり先の事であった。


* * *



 翌日、多くの新聞や雑誌の表紙に前日のセフィロスとクラウドの写真が大きく乗っていた。
 ルーファウスが社長室でその新聞を見て苦笑していたので、そばに控えていたツォンがいぶかしげに首をかしげていた。

「若、一体どうされましたか?」
「いや、凄いスタッフを彼に付けた物だと感心したよ。」
「どうやらその様ですね、かなりの数の契約が舞い込んできているようです。」

 ツォンの言った通り、スタッフの元にはイメージモデルの契約がかなりの数で舞い込んでいたのであった。
 しかしその頃クラウドはグラスランドへの遠征に行く為準備に忙しくしていた。
 テントや食料品を集めていると同じ隊のジョニーがそばにやってきた。

「よぉ、クラウド。昨日の写真凄かったなぁ、美人だったぞ。」
「ジョニーさん、内緒にして置いて下さいよ。」
「わかっているって。しかしよぉ、何もシェフォードホテルに行くことはないだろ?」
「マネージャーがあそこのレストランを予約してくれてたんだ。」
「すっげーマネージャだな、利用出来る事はなんでも利用する奴だな。」
「あ、うん。って、昨日あのホテルで何があったのか知ってるの?」
「ああ、シェフォード・ホテルには知り合いがいてな。お前にイメージモデルの依頼があったらよろしく頼むわ。」
「ふ〜ん、いいんじゃないかな?ティモシーに伝えておくよ。」

 遠征の道具をトラックにせっせと運び込みながら、休憩時間に携帯でティモシーと連絡を取って見たらモデル依頼が殺到しているという。
 クラウドがシェフォードホテルの依頼を確認すると「ある」というので、そこは優先するようにと伝えておいた。

 そしてグラスランドに遠征に行く日になった。

 リックの運転する助手席に座りナビゲーターを勤めながら、クラウドはリックとカイルから毎年恒例となっているグラスランド遠征訓練の理由を教えてもらっていた。

「実はさ、隊長殿が一般公開の日にカンパニーに居たくないというから、毎年腕試しがてらにグラスランドに行っているんだ。」
「うわ、隊長殿に逢いたくて見える人だって絶対居ますよね?」
「絶対どころか、大半はそのはずだ。」
「今年は鬱陶しい取材陣も大量に来ると思うな、お前美人だったぞ。」
「ぶう!」

 クラウドはリックとカイルのまん中でふくれっ面になりながらも、手元の地図をしっかりと見ていた。