コーヒーを飲みながら、クラウドはゆっくりとイエロー・ダイヤを見比べていた。
そこへ穏やかそうな女性がトレイに何か持ってやってきた。
「貴方、キシュを焼いたのですけどいかがかしら?」
「ああ、ありがとう。いかがですか?サー。家内のキシュは美味しいですよ。」
そう言いながら女性からトレイを受け取りテーブルに置くと、手慣れた様子で一切れ口に入れた、それはまるで”毒など入っていない”と言っているような物であった。
「いただこうか。」
セフィロスは手を伸ばして2切れ取ると最初に自分が、そしてもう一つ取り分けたものをクラウドに食べさせた。
一口食べたクラウドが目を丸くした。
「美味しい。あ、あの。あとでレシピを教えていただけませんか?」
「ええ、お時間があるのでしたらお昼をご一緒しませんか?」
「それはいい、家内は料理上手ですよ。」
「クラウディア、どうしたいかな?」
「あ、あの。お料理を教えていただけますか?」
「ええ、喜んで。」
穏やかな笑顔の婦人にクラウドははにかんだ笑顔を返した。
婦人にクラウドが付いて行ってしまった為、セフィロスがため息をつくと、店主がゆるやかな笑顔をむけていた。
「すみません、家内も少し寂しかったのでしょう。息子も娘もすでに家から離れて、ミッドガルで自分の道を進んでいます。クラウディア様のような可愛いらしいお嬢様を見ると、かまいたくてしかたがないようです。」
「あれも、親元を離れているのでそれはかまわないのですが…まったく、この私を待たせるとは。」
仏頂面でクラウドの消えた扉を睨みつけているセフィロスに、店主がニコニコと愛想笑いでは無い笑顔をむけていた。
「サーもご一緒にいかがですか?」
そう言って店を副店長に任せるとセフィロスを先導するように自宅へと案内した。
裏口から扉を開けてすぐにこの店の店主の自宅があった。
玄関を開けると何処からかクラウドの声が聞こえてきた、明るい笑い声とはしゃぐような声に、セフィロスが思わず口元をゆるめた。
店主に案内されてキッチンに入ると先程の婦人と、クラウドがエプロンを着けて仲よさげに一緒に動き回っていた。
「パイ生地はパイ皿に敷いた後に空気を抜く為、フォークで穴を開けておくのよ。」
「フォークですか?」
フォークでパイ皿をちょんちょんと突き刺すクラウドに、婦人がニコニコとしていた。
そんな婦人に店主が声をかけた。
「エリカ、クラウディア様はモデルなのだから、怪我だけはさせないでくれよ。」
「あら、そうだったわね。ごめんなさいね、つい娘みたいで…」
「いえ、私もっとお料理が上手になりたいのです。少しぐらい指を切ったりする事ならいつもの事です物、慣れていますわ。」
天使のような笑顔でクラウドがにっこりと笑うと、婦人も店主も思わず見惚れてしまっている。
セフィロスも思わず苦笑を漏らしていた。
「ケガしたら後で治してやる。あまり婦人に迷惑を掛けるなよ。」
「あ、ごめんなさい。お待たせしてしまってすみません、サー。」
「わかってる。せいぜい美味しい料理を教えてもらえ。」
「は、はい。」
はにかんだ笑顔で再びキッチンに向かうと、婦人が先程のパイ皿に今度は具を並べていた。
「パイ生地を作れればキシュもパイもできるわ。ピーチ、アップル、チョコやバナナ、挽き肉、入れる物でずいぶん味が変わるのよ」
「先程頂いたのは?」
「あれはベーコンとほうれん草で作ったものよ、軽いブランチなどにいいわよ。」
はた目からすると仲のよい親娘にしか見えない。
和気あいあいとキッチンで作業する二人を見ていたセフィロスに店主が声をかけた。
「私では相手にならないかもしれませんが、暇つぶしにチェスなどいかがですか?」
「そうさせていただきます。」
店主とセフィロスがチェスに興じはじめると、しばらく静かな時間が流れた。
訪問客があったのか玄関のチャイムが鳴ったので、婦人があわててインターフォンを取った。
「あら、ノースさん何か御用ですか?はい あ、今来客中で…ええ。え?パーティーですか?ええ、存じています。ご了承して下さるかしら?今いらっしゃるから聞いて見ましょうか?」
会話からするとどうやらパーティーのお誘いの様であった。
セフィロスはチェスに没頭して聞いていないふりをしていたが、内心では思った通りの事になりそうなので、ほくそ笑んでいた。
夫人が済まなそうにセフィロスに近づいた。
「サー・セフィロス、休養中にすみませんが、こちらの商工会が今夜のパーティーにお招きしたいと言うのですけど?」
「商工会?あまり行きたくは無いが…クラウディア、どうする?」
「え、でも…奥様にこれほどお世話になっているんですもの…」
「そう言うと思ったよ。略礼装は持っていないがスーツ姿でよろしいでしょうか?」
「ええ、そうかしこまった場所ではありませんのでご安心下さい。ご宿泊先は、どちらでしたでしょうか?後でお迎えに参りますわ。」
「シェフォードのコテージに泊まっています。」
「まあ、シェフォードなら呼びに行く事も無いですね。後でお時間をお伝えします。」
婦人が振り返ってインターフォンに返事をした、相手は相当びっくりしていたようで、何かまくしたてる声がこちらまで漏れ聞こえてくる。
しばらくすると婦人が済まなそうな顔をしてセフィロスに訪ねた。
「あ、あの。サー・セフィロス。商工会の会長のノース・シュミット氏が是非お会いしたいと…」
「まったく、休暇なのだがな。」
皮肉めいた笑みを浮かべていると、目の前でクラウドが青い瞳に涙をたたえている。あらかじめ打ち合わせしていたこととはいえ、クラウドもよくやっている物だと苦笑する。
「わかったよクラウディア、そんな目で私を見るな。どうぞ、かまいませんよ。」
商工会会長のノース・シュミットとセフィロスがあっている頃、ザックスはジョニーからの電話を受けていた。
ジョニーがもたらした情報によると今夜シェフォードホテルにてパーティーが開かれる、その主賓がセフィロスとクラウドであるので少し警備に隊員をよこしてほしいとの事だった。
ザックスがジョニーからの電話を聞きながら判断した。
「リックとカイル、それとキッドだな。それからちょっと考えがあって、少し街に潜入したい。セフィロスが入った店を教えてくれ。」
「隊長殿の入った店はこの街最高の宝石店だ。おまえの給料では何も買えないぜ。」
「ううう…じゃあライバルの店は?」
「まあ、あそこなら行けないこともないか。ウィンドウ・モールの6ブロック。そこに”ゴールド商会”という店がある。そこならおまえの給料でも大丈夫だ。但しスーツで入らないと見下されるぞ。」
「了解!」
ザックスは携帯をたたむとリックとカイルに振り返った。
二人はザックスのすぐそばにいたので、ただ単にうなずいただけであったが、それはすべて了承したと言う合図であった。
「おっしゃ!行くぜ!!」
「頼むから田舎からやってきた買物客のふりをしてくれ。」
まるで遠足に行くかのような雰囲気のザックスに、悪態をつきながらもリック達はボートを用意し、海岸沿いに南に下ったところにあるセフィロス達が宿泊しているコテージを目指す事になった。
さほど時間が掛らないうちにコテージの海岸に到着した一行は、出迎えていたユーリから衣装を受け取り、すでに先行して会場の設営に入っているブロウディーとジョニーに加わった。
そしてザックスは持ってきたカバンからスーツを取り出すと着替えてネクタイを締める。
それを見てカインが茶化した。
「お、猿にも衣装。」
「で?何をする気だ?」
「ん?セフィロスが正面から接触しているんだから俺は逆から行く。まあ普通の観光客を装って探りを入れる程度だけどね。」
「隊長殿に迷惑を掛けない程度に頑張るんだな。」
ホテルマンの衣装を身につけてリック達がユーリに付いて行くのを見届けると、ザックスは教えてもらった宝石商へと歩いて行った。
宝石商はすぐに見つかった。店のウィンドウには信じられない値段の宝石が並んでいて、ザックスは思わず顔を青くした。
(うわ…ジョニーの奴、俺の給料知っているくせに!!)
いくら一般兵とはいえ同じクラスに所属するので、もらう給料は成規のソルジャーが100とすると、80%の給与をもらえるはずであった。
その他に危険手当やミッションの難易度に比較する出張手当などが入る事になっていて、カンパニーの寮に入っていれば寮費以外に使うことがないはずだったのであるが、ザックスの経済状況はあまり芳しくはなかったのであった。
ともかく店に入って見ようと「田舎の青年」を気取って足を踏み入れて見た。
なぜか店の雰囲気が騒然としていたようだったが、店員がザックスを認めてあわてておじぎをした。
ザックスはその店員に話しかけた。
「あ、あの。付き合いはじめた彼女に何か贈りたいんですけど。お、俺あまり予算がなくて…」
純朴そうな青年に店員が優しい笑顔をむけて、あまり高くないブローチのコーナーへと誘う。出された小粒の真珠をちりばめたブローチは考えていた金額よりも低めで、内心”ソルジャーをなめるな”とザックスは言いたかったが、ぐっと我慢した。
店員と話をしているうちにザックスの気性か、それとも店員の性格か何故店の中が慌ただしいのか理由が解った。
やはりライバル店に”神羅の英雄”と”世界の妖精”が現れた事で、この店の主人が荒れているらしいのである。
「ふ〜ん、神羅の英雄さんも宝石の知識はあまり無いのかねぇ。俺は事前に知りあいに聞きまくって、ここに来たんだけどなぁ。」
店員が思わずにっこりするようなリップサービスをすると、先程までとは格段と扱いが丁寧になる。ザックスはそんな店員に心の中で悪態をつきながら、エアリスに似合いそうなアクセサリーを探していた。
ああでもない、こうでもないと色々と注文を出していると店主らしき人物が近寄ってきた。この男がどこかハイデッカーやパルマーをほうふつさせる雰囲気を持っている。
(はは〜〜ん、こいつは…腹にイチモツ、手に荷物…って奴ね。) なんだか意味不明であるが、言い得て妙である。
何だか意味不明の言葉だが店主から感じる危ない香を感じ取ったらしい。
しかし、そんな事を感じさせないように相変わらず”田舎の青年”を演じていた。
店主がザックスの話を聞くと、ゴールドと真珠とでできている可愛らしいブレスレットを見せた。
「おお!!これいい感じじゃない!!でさ、聞いていい?普通エンゲージリングってどのぐらいする物なの?」
「物によりけりです。お客様の予算しだいでずいぶん変りますが、良く言われているのは給料の三ヶ月分です。」
「ん〜〜〜、すると9,000ギルって所か。」
目の前の田舎青年が見た目よりも高給取りと実感した店主の態度ががらりと変わった。今まで仏頂面で対応していたのが、いきなりもみ手で営業スマイル全開になった。
「9,000ギルの商品でしたら、この当たりですね。0・5カラットですがカット、カラー、クラリティ、どれも最高水準です。」
急に態度を変えた店主にあきれながら、教えられた指輪を見ると、ちょっと小ぶりなダイヤモンドが輝いている可愛らしい指輪だったので、思わずため息が出た。
「男って大変だな。」
ほんの小さな指輪が3ヶ月分の給料の値段と聞いて、ザックスは改めて宝石の希少性を実感した。
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