FF ニ次小説

 神羅カンパニー本社69Fにある社長室の隣りにはタークスの控え室があった。
 その部屋の中にパソコンで経済情報誌から三流ゴシップ誌まで何でも情報源にするために確認している男が居た。
 肩までの長い黒髪にオリエンタルチックな顔だち、タークスの証である黒いスーツに身を包んだこの男の名はツォン・リーウェイと言った。
 3流ゴシップ記事に目を通していたツォンがふと笑みを漏らした。
 画面にはセフィロスとそのフィアンセと名高い美少女モデルが、街のカフェでコーヒーを飲んでいる写真が写しだされていた。
「まったく思っていたよりも効果がありそうですね。」
 画面の美少女が本当は少年兵だなどと誰も想像出来ないであろう。それほどまでにすでにモデルのクラウディアは一人の少女として世間一般に認識されていた。

 その美少女は本日撮影でグラスランドまで行くことになっているはずだった。

 タークス所属のツォンがクラウドのスケジュールを把握している理由は、あくまでも行動把握の一端であって監視では無い。
 万が一、何かあって特務隊が飛び出して行かねばならない時の為に、何処に居るのか大体の事を把握していただけであった。
 グラスランドの今ごろの気候は爽やかで撮影にはもってこいであろう。
 そんな事を思いながらツォンは次のネット雑誌を確認しようとマウスを持とうとした時だった。

 不意にツォンの携帯が鳴り響いた。
 すかさず電話に出るとツォンの顔色が変わった。

「レノ、サー・セフィロスに連絡付けろ!脱走だ!!ルード、クラウディアをさらう手だてとその偽装工作をするぞ!」

 タークスが慌ただしく動きはじめていた。


* * *



 朝9時に待ち合わせの場所にクラウドがやってきた。
 ミッシェルとハイタッチで挨拶をして、ティモシーに一礼してグラッグの道具をひょいと持つクラウドに、スタッフがびっくりした。
「ダメです!ダメ!!美少女モデルがそんな重い物を持ってはいけません。」
「まだ変身してないんだけど。」
「じゃあ手っ取り早く変身しちゃおう!」
 ミッシェルが嬉々とした顔でクラウドに今日着せる衣装をひらりと見せる。
 白い袖の裾や前立ての所にチロリアンテープがあしらってあるどこかの民族衣装のような服だった。
 茶色のベストにオレンジ色のフレアスカートを見て、クラウドがぶすっとした顔をしているが、ミッシェルはおかまいなしに衣装を手渡した。
「さあ、今日は午前中で終わらせるんでしょ?さっさと行かないと終らないわよ!」
 そう言っているミッシェルの手元にはまだ13、4枚の衣装があった。
 ため息交じりにクラウドが衣装に着替えて戻ってくると、あっという間にクラウディアにされてロケバスに乗せられて移動しはじめた。

 ロケバスはクラウディアスタッフだけではなく昨日とは別の雑誌の担当者が一緒に居た。
 15分ぐらい経つとクラウドが次第に青い顔をしはじめる
 クラウディア・スタッフもクラウドが何度もセフィロスの運転する車にのって仕事場に来ていたので、まさか彼が乗り物に酔うとは思っていなかった。

「…ぅぐっ」

 口を押さえて気持ち悪そうな顔でクラウドが不調を訴えると、隣に座っていたミッシェルがあわてた。
「どうしたの?クラウディア?!」
「ご、ごめんな……ぅうっ!!」
 雑誌編集者があわててクラウディアに近寄ると、ミッシェルが意地悪そうな顔でクラウドに聞いた。
「クラウディア、まさか妊娠している訳じゃないわよね?」
「え?!ミ、ミッシェル。ちょっと!」
 真っ赤な顔をしながらも否定をしようとするクラウドの肩に手を置いて、ティモシーがミッシェルの言葉を継いだ。
「でもサーとは、そう言う関係なんだろ?あり得ないとはいい切れないぞ。」

 (ちょ……、ちょっとまったーーーー!!!)

 クラウドは大声で叫びたかったが、ティモシー達が小ずるそうに笑っているのを見て、呆れてなにも言えなくなっていた時、雑誌編集者が青い顔をして聞いてきた。
「ど、どう言う事なんですか?!」
「どう言う事も何も、クラウディアはサーと同棲しているんですから、あり得ない事もないでしょう?」
 赤い顔をしてうつむくクラウディアに、雑誌編集者は脳天を殴られたような気がしていた。
 清純と言う言葉があまりにもぴったりで、天使のような笑顔と純真さをもつクラウディアが、まさか、かの英雄と性的関係にあるとは今の今まで思いもしなかったのであるが、エンゲージリングをもらうような仲なのであるから、普通に考えれば当たり前と言えば当たり前だ。

 雑誌編集者が思わずため息をついた。

 クラウディア・スタッフの作り話はまだ続いていた。
 グラッグがティモシーのやりたい事に気が付いて彼に話しかけた。
「マネージャー、クラウディアがマジ出来ちゃった…なら、仕事どうすんだよ?」
「相手が相手だ、中絶させる訳にはいかないだろ?」
「まあ、そうだよなぁ。」
 ため息混じりにマネージャーが、クラウディアのスケジュールを調整しはじめていたのを雑誌編集者が青い顔をして見ていた。
 やがてロケバスがグラスランドエリアに到着してスタッフは撮影を始めた。雑誌編集者の離れた隙にクラウドがティモシーに先程の嘘の芝居の真意を聞いた。
「なんであんな嘘をついたの?」
「君があと2年でモデルを辞めねばいけない時の為の複線を引いたまでです。今回は車酔いという事にすればよいですが、これで引退する時に言い訳も出来ますからね。」
「流石。」
 今から複線を張る事にいささか早い気がするが、クラウドは自分のスタッフが自分の為に考えていてくれるのが嬉しかった。
「大体雑誌の撮影は時間を拘束されるので、ソルジャーの君がやる副業には向きません。仕事をポスターとTVCMのみに絞るためには、ありとあらゆる手を使いますのでご協力下さいね。」
 銀縁眼鏡の奥の瞳がきらりと光っているのを見て、クラウドはティモシーが凄くやり手のマネージャーであると確信していた。

 やがてあと一枚で撮影が終了すると言う時に、上空に迷彩色のヘリが舞い降りて来た。
 ヘリから人がするすると降りてきて、クラウディアをさらっていく。ロープ一本で空から降りて来たのはリックだった。
「リック、何があったんだ?」
「緊急招集だ、ミッションタイプS。嫌でも来てもらう。」
 リックがロープを片手に握り、片腕でクラウドの細い腰を抱きしめると、不安定なクラウドは首に腕を回し落されないように抱きつく。思わずリックが叫んでいた。
「役得〜〜!!」

 クラウドを抱きしめながらヘリに舞い戻ると、隊員達にリックが小突かれた。
「リック!!今度は俺の役だからな!」
「へへん、うらやましいか!このワザが出るものならやってみろ。」
「ところで着替えあるの?こんなカッコでミッションに参加したくないよ。」
「あん?綺麗だぜ副隊長!」
「ううう…いつかぶっ飛ばす!!」
「ほら、”特攻服”。装備も完備してる。御礼は操縦士に言うのだな。」
 カイルがクラウドに白のロングコートと装備一式を渡すと、受け取りその場で服を脱ぎ出した。
 リックがあわててクラウドを静止した。
「ひ、姫!!頼むからあっちで着替えてくれ!!」
「男の裸で赤くなるな!!」
 そう言いながらクラウドは服をひっつかんで奥のカーテンへと隠れると、リック達が前の方からくる冷ややかな空気に青い顔をしていた。

 クラウドが着替えて操縦席へと移動すると、銀髪の恋人が操縦桿を握っていた。
 となりにはザックスが指令書をもってふくれていた。
 クラウドの顔にはまだクラウディアの化粧が残っている、ザックスが目ざとくそれを見付けた。
「よぉ、姫君。今日は一段と綺麗だぜ。エアリスの次にな。」
「デート中だったんだ。でも俺なんて仕事中にさらわれたことになってる。今ごろ大騒ぎしてると思うけど。」
「タークスの連中がなんとかするさ。ともかく現地まであと10分指令書を読め。」
「わかった。」

 ザックスから指令書を受け取りクラウドが一瞥すると”脱走者の一掃”と銘打ってあった。
 クラウドの顔が暗く沈む。
「逃げたソルジャーを始末するのか。」
「クラウドは初めてだな。年に一度はこういう特務があるんだ。ちいと辛いぜ、知り会いだもんな。」
 ザックスがそう言うと全員が伏し目がちになった。

 軍を脱走する者がいないわけではない。
 自分の家族を守りたいがために故郷から出てきて、自分の故郷を制圧しにいかねばならない時だってある。
 当然自分の親を犠牲にしないといけなくなる可能性もある。
 それが嫌で軍を抜け抵抗組織へと身をゆだねるソルジャーとて少なくはない。

 場所はラウンドアイランド。
 セフィロスが鮮やかな操縦かんさばきで、グラスランドの北の端に一旦ヘリを降ろした。
 航続距離の関係でグラスランドエリアの北の端に輸送機を待機させていたのだった。
 輸送機でゴブリンアイランドへ一旦移動すると、隊員達が整列しセフィロスがミッションの説明をした。

「ただいまよりラウンドアイランドに潜伏する脱走兵の処刑のミッションに入る。ラウンドアイランドは絶海の孤島海からの進入は出来ないうえに平地も少ない。全員パラシュートによる降下にて上陸、ミッション終了までヘリはここで待機する。潜入は午前0時、同士討ちを避けるため日の出と共に行動を開始する。潜伏人数は10人クラス1st3人と2nd一人一般兵5人だ、相手は腐ってもソルジャーだ、3人一組になり行動せよ。ミッションコード00771399発動!全員生きて帰る事!」
「イェス・サー!!」
 隊員達が一斉に敬礼した。

 無言で装備を確認していたクラウドにザックスが声をかけた。
「クラウド、相手に恩情をかけるなよ。恩情をかけたらやられるぞ。」
「ああ、むこうも生き延びるのに必死だろうからな。」
 クラウドのとなりにリックがやってきて会話に参加した。
「この隊が小人数なのはこういう仕事に大人数が向かないからなんだ。同僚だった奴らを平気で殺す、それが”特務隊”の正体なのさ。」
 ちらりとクラウドが隊員全員の顔を見渡した、全員辛そうな顔をしているが”誰かがやらねば示しが付かない”のである。
 精神的にか弱そうなクラウドにそれが出来るであろうか?リックもザックスも不安だった。
 しかしクラウドは意志の強いまっすぐな目で隊員達を見つめていた。

「俺のことは心配するな。自分で何とかする、皆はみんなの仕事をしてくれ。そうだな、願わくば苦しまないで済むようにしてやってほしい。」
「わかってる。俺達もそうするつもりだ。」
 うなずいたリックの横でザックスが何ともいえない表情をしていた。
「いつのまにか上官らしくなったな。一番のひよっこが。」
「実は恐い、恐くてしかたがないよ。でも俺コレでも上官だからな。上官が恐がってたら部下は付いてこないだろう?違うかい?」
「おまえ、相変わらず可愛いなー!!」
 ひとしきりクラウドの頭をぐりぐりと撫でて、ザックスがパラシュートのザックを確認しはじめた。

 まだ突入時刻まで間が合ったのでゴブリンアイランドで野営をする。
 炎を中心にチームの仲間が銘々に簡単な食事を口にしていた。
 あと数時間の後には自分の腕だけを頼りに元の仲間と対峙せねばならない。
 そんな重苦しい事実にクラウドが思わずため息をついていた。
「皆がむやみに強い訳がやっと解ったよ。」
「お前がそれを言うか?」
「クラウドだってやたら強いじゃないか。」
「俺は入隊時に特別に鍛えられたから、皆だってクラスSソルジャーに直々鍛えらたらきっと強くなると思うよ。」
「俺達もう経験済みなんだけど。」
 クラウドの言葉にカイルが答えた。
 びっくりするクラウドにブロウディーが口をはさむ。
「特務隊に入る時に必ずクラスSにいじめられるんだ。今回みたいなミッションが必ずあるからね。」
「今回は特別キツいな、ソルジャーを相手に闘わなきゃいけないんだ。おまけに場所が場所だ、特殊な生態を持った動植物も居そうだしな。」
 キッドの言う通り、敵は脱走兵だけではなく、自然界の驚異も当然敵になる事もある。
 しかもラウンドアイランドはモンスターも生息未確認の島であった。

 隊員達の想いとは裏腹に静かに時間が過ぎていった。