2月16日にまだ青い顔で出社したクラウドを待っていたのは、同僚達の同情心一杯な眼差しと、溜まりまくったザックスの書類だった。
「な、なにこれ?」
「昨日あのザックスが鼻歌交じりに持ってきたんだ。」
机の上に置いてある書類を確認すると、今日が提出期限のものから先日のミッションの報告書まで、ザックスが提出するべき書類が一通り揃っていた。
「うそみたい……、全部揃っている。」
クラウドのつぶやきが聞こえたのか、クラスAソルジャー達が一斉に顔を青ざめた。
「なんだと?!あの書類を溜めるので有名なザックスが?!」
「天変地異か?!」
「いや、俺の部下が14日に3番街のレストラン『アンダー・ザ・シー』の前で、ものすごい美人を連れたザックスを見たって言っていたぞ。」
「そういえば、14日にザックスとあっていないや。そうか、エアリスとデートだったんだ。」
『アンダー・ザ・シー』というレストランは名前の通り深海にいる様な雰囲気のレストランで、最近出来たばかりのデートスポットになっていた。
そこにザックスがエアリスといたとなればデートに違いない。
しかもその日はバレンタインデーである、クラウドは思わず二人の幸せそうな笑顔を想像していた。
「ザックス、エアリスに何をもらったのかなぁ?」
まるで自分がもらったかのような笑顔のクラウドにクラスA仲間達が思わず見とれてしまった。
「おいおい、姫。その笑顔、禁止にするぞ。」
「え?なんで?」
「余りにも可愛い過ぎるから。」
「俺、男なんですけど。」
「そうなんだが、美少女にもみえてくるから不思議だ。お前の恋人が美人だとリック達から聞いているが、それが無ければ男が恋人ですと言われても違和感が無い。」
「え?リック達、どう言う事言っていたんですか?!」
「お前の恋人の事か?さらさらロングヘアーのすこぶる美人。年上だけどお前にべた惚れで、お前なしでは生きて行けそうにも無い人だって聞いたぞ。」
キースの言った事をクラウドは思わずセフィロスに照らし合わせて見た。
たしかにさらさらのロングヘアーで、神様が作ったとしか思えないほどの秀麗な顔だちをしているし、年上だけど自分だけを愛してくれている。
「ま、間違っていないや。」
呆れたような顔のクラウドがそうつぶやくのを聞いてクラスA仲間から笑顔が漏れた。
書類の不備を確認してクラウドがセフィロスの元へと書類を提出しに行くと、その足で特務隊の執務室へと出向いた。
扉を開けると中で喋っていた隊員達がいきなり整列し敬礼をしたので、思わずクラウドがとまどうとザックスが笑い飛ばした。
「いつまでも慣れねぇなぁ。」
「仕方がないでしょ?俺、一番の新入りなんだし。」
「それでも上官は上官だ。で?副隊長殿、本日の指令は?」
「特に無いよ。それよりもあの書類の山が片づいた理由が知りたいな。」
クラウドがザックスににこりと笑うと、後ろの隊員達から冷たい視線と罵声が飛んだ。
「ほぉ、サー・ザックスは何か良い事でもあったと見えるな。」
「そう言えば昨日、書類嫌いのサー・ザックスが鼻歌交じりで書類を片づけて見えましたねぇ。」
「サー・ザックスが書類を片づけた?!それは天変地異か?!」
リック、カイル、ジョニーの3人に、”サー”という称号をつけられて呼ばれたためしが今までなかったザックスが、思わず後ずさりをする。
「な、なんでい。俺が書類を提出すると何で天変地異が起こるんだよ?」
「お前が今まで率先してやったことがないから。」
ザックスの問いかけに声をそろえて3人が答えると、クラウドが思わず吹き出した。
「俺もそう思ったよ、でもエアリスに何か言われたのならそれも理解出来るけどね。」
クラウドの一言にザックスの顔が見る間に真っ赤になってデレデレと崩れた。
「うわ…ザックス、熱でもあるの?!」
「姫、違う違う。美人の彼女の事でも思い出したんだろうな。」
「えへへへへ……ク〜ラ〜ウ〜ドォ〜〜!!俺メチャクチャ幸せ!!一昨日手作りのチョコと手編みのマフラーをもらったんだぞ〜〜!!!」
普通女の子が手作りのチョコを贈るのは本命君にだけである。しかも手編みのマフラーまで付いているのであれば間違えなく”大好き”である証拠であろう。
「よかったね。でもお返しも大変そうだけど。」
「そうなんだよなぁ、バッグはこの間の誕生日に贈ったし…何を贈ろうかなぁ?やっぱり指輪かなぁ?」
デレデレとしまりのない笑顔をふりまきながらも、ザックスが自慢げに言うのでリック達の癪に障ったようであった。
いきなりジョニーがザックスの首を軽く締めると、リックとカイルが両横に別れて二人でくすぐりはじめた。
「馬鹿猿が、一人前に彼女が出来た途端に人格かえるな。」
「お前が人格を変えると俺達が対応に困る。」
「ヒャハハハハハハハハ!!やめろ〜〜!!」
ザックスが抵抗するが3人は辞める様子がなかった。
騒ぐ3人を制止する事もなくクラウドはなぜか固まっていた。様子をうかがうかの様にユーリが声をかける
「ひ…め?どうしたの?」
「お、俺…セフィロスの誕生日を……知らない。」
ぼそりとこぼされた言葉にその場にいた面子が思わずフリーズした。
「リック、知っているか?」
「いや、俺も知らない。」
「っつ〜か、クラウド。お前セフィロスとそう言う話をしたことがないのか?」
「うん、だって…聞けるタイミングがなかったと言うか……そういう話にならなかったんだ。」
「自分の誕生日の時に聞くとか…あっただろ?」
「あ、そうだね。」
今更ではあるが自分の誕生日の時はアイシクルエリアでのモンスター一掃とか、クラウディアのバースデイパーティーとか、あまりにも目まぐるしく過ぎていたので気が付かなかったのであった。
「うわ…でもイケナイよね?もう過ぎちゃっているとか…あるよね?」
「考えられるよな。なにしろもう出合って10ヶ月だろう?」
リックの一声にクラウドの顔が真っ青にかわり、大きな青い瞳からボロボロと涙がこぼれ落ちはじめた。
「誕生日も知らないなんて……お…俺、セフィのパートナー失格だよね。」
「うわ……泣くなクラウド!!」
「お前を泣かせたのがわかったら俺達が隊長に殺される!!」
ボロボロ泣くクラウドの周りを、屈強な男たちがおろおろとしながらも取り囲んでいる姿は滑稽でもある、しかし実際に男たちが恐れていた事が起こってしまったのであった。
書類を抱えてセフィロスが特務隊の執務室に現れたのであった。
扉を開けた途端、飛び込んできたのは、愛しい妻が隊員達に囲まれて泣いている姿であったので、持っていた書類をその場に落し、愛刀正宗をすらりと抜いて構え、地の底から聞こえるかのような恐ろしい声で愛妻を泣かせている男共に脅しをかけた。
「貴様達、クラウドを泣かせたな?」
「た、隊長殿!?と、とんでもありません!!」
リックがいきなり直立不動になって敬礼した、カイルもジョニーも同様にならっている、ザックスがすっと前に出てセフィロスの正宗の峰の部分を手で押さえた。
「セフィロス、落ち着けよ。ここの隊員があんたの嫁さんに手を出す訳がないだろ?それよりも、何で嫁さんに誕生日すら教えないんだよ。」
「誕生日?何故そんな事を教えねばならないのだ?」
「普通、恋人になったらお互いの事を知りたいと思うだろ?いつ産まれたのか?とか、どんな趣味をしているのか?とかさぁ。あんた、クラウドに自分の事はなしているのかよ?」
「クラウドが今まで聞かなかっただけで、私は不思議に思わなかったのだが、そう言う物なのか?」
「あんたに普通の感覚が無いってのはわかっていた事か、でもよぉ記念日である誕生日ぐらい教えるべきじゃないのか?」
ザックスが話している後ろで涙目のクラウドがうなずいているが、セフィロスの表情は変わらなかった。
「私は、自分がいつ産まれたのか知らないのだ。」
セフィロスの一言に隊員達が一様に驚いた表情をした。
「隊長殿、ご両親は勿論ご存じなのですよね?」
「一応名前は知ってはいるが母親は私を生んですぐ、父親はそうと知ってすぐに死んだ。いや、私が殺したのだったな。」
「え?!」
セフィロスの言葉に隊員達が更に驚いた。
「お前達もその場に居たのだがな、まあよい。とにかく私は自分の誕生日など教えてもらってはいないのだ。」
「管理タグを見る事はできないのか?」
「それが出来るのはヒゲだるまだけだな。」
たしかに治安部統括のハイデッカーならば、統括の権限で管理タグの内容を知りえることができる。しかしそんな事を頼もう物なら何を要求されるかわから無い。
「あと…わかりそうなのは?」
「ガスト博士かな?セフィのご両親を知っているからね。」
「ああ、そうなるな。」
クラウドとセフィロスの会話を聞いてザックスがすかさず携帯を取り出した。
何かキーを3つほど叩いてしばらくすると電話の相手が出たのか会話を始めた。
「あ、ザックスです。ガスト博士ですか?実はお聞きしたい事がありまして…セフィロスの誕生日をご存知無いでしょうか?」
「セフィロスの誕生日?寒い時期だと言うのは覚えておるが知らないな、済まない。」
「博士でもご存じなかったのですか。どなたかわかりそうな人をご存知無いでしょうか?」
「う〜ん、そうだな。ああ、ミハイルの奥さんならあるいは知っているかもしれんな。」
「ミハイルの奥さん??誰ですか、それ?」
「ああ、セフィロスのパートナーのクラウド君。彼の母親だよ。セフィロスの母親と彼の父親は仲がよかったから…もしかすると知っていると思う。」
「ありがとうございました。」
ザックスが携帯を切ると同時にクラウドがハッとした顔で自分の携帯を取り出した。
あわてて短縮ボタンを押して自分の母親に連絡を取った。
「あ、かあさん。ゴメンね時間を考えずに、でもどうしても知りたい事があって…。ねぇ、母さん。セフィの誕生日を知らない?」
「え?セフィロスの誕生日?う〜〜ん、昔のミハイルの日記とかを探せば出てくると思うけど…。ごめん、時間がかかってもいいかしら?」
「うん、ごめんね、変なお願いして。」
「いいわよ、まだ起きていたから。じゃあお休みなさい。」
ミッドガルとクラウドの故郷ニブルヘイムの時差は約9時間、こちらが昼の12時にニブルヘイムは夜の9時となるのである。
クラウドは改めて自分の故郷の遠さを実感した。
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