翌朝。特務隊の隊員達が執務室に入ってくると、そこにはすでに隊長のセフィロスがソファーに座り片手で書類の束と格闘していた。
「隊長、お早いですね」
「ああ、もうそんな時間か。」
ブロウディーがセフィロスの近くに歩いていくと、毛布にくるまれてクラウドがひざ枕で寝ていたので、その可愛らしい寝顔に思わず目が釘付けになった。
セフィロスがブロウディーの視線に気がつくと、見せつけるかの如く左手でクラウドの頬をなでる。
そこへリックが食事を二人ぶん持って部屋に入ってきた。
「隊長、モーニング・サービスです。」
「ああ、気がつくな。こら、クラウドいいかげん起きろ。」
頬を触っている手でつんつんとクラウドをつつくと、ぴくぴくとまぶたが揺れ、やがてその青い瞳が開かれた。
「う……ん。もう朝?ごめんね…。今、朝食の……。ってうわ!!」
やっと意識がはっきりしたのか、クラウドが目の前にいる仲間の顔を見てびっくりすると、リックとカイルがにやにやと笑っていた。
「へぇ、寝起き悪いんだ。可愛いなぁ。」
「寝顔なんて邪気が無いからもっと可愛かったぜ。」
「知ってる?ブロウディー。昨日さ、こいつ……。」
「うわ〜〜〜!!!リック言っちゃやだ〜〜!!!」
クラウドが真っ赤になってリックの口を押さえていると、そこにザックスが入ってきた。リックに飛び付くように口をふさいでいたクラウドを見るなり、ザックスが口を開く。
「クラウド、お前いくら旦那が浮気したからって、目の前で浮気の仕返しか?」
クラウドが気がついて周りを眺めると他の隊員達が集まりはじめていた。
リックのさし出した食事を隣り合って食べている二人を眺めながら、ジョニーが食堂で交わされていたうわさ話を持ち出してきた。
「そういえば食堂で凄い噂を聞きましたよ。」
「ジョニー、まだ一般兵の食堂に行ってるのか?」
「いろんな場所でいろんな話を聞くのも特務隊の仕事の一つだろ?リック。ともかく隊長と姫の二人に今日の一般兵の食堂の噂の真相を聞きたい。」
「どういう噂なんだよ?」
「姫が恋人の浮気性に嫌気が差して別れたって噂がおおっぴらに流れている。」
リックがそれを聞いて思わず吹き出し、セフィロスがびっくりしたような顔をし、クラウドは思わず叫んだ。
「あ、アンディ達だ!!俺、昨日寮にかくまってもらう為に入ってきた時に、ひさしぶりに会って、元気が無いって言われて、そう答えちゃったんだ。」
「なんだ、姫の昔の仲間が出所か。」
「まあそう思われても仕方がない態度だったしなぁ、セフィロス!」
「だから、あれは任務中だったからだ!」
「グラマーなコンパニオンレディに囲まれて嫁さん無視していれば、誰だってそう思ってもしかたがないぜ。」
「実際俺だって隊長殿が姫の前で堂々と浮気しているようにしか見えませんでした。」
リックが真面目な顔で話すとセフィロスが少し顔をしかめた、その表情の変化を見逃すような特務隊の隊員達では無い、すかさずキッドが突っ込みを入れた。
「浮気?隊長殿が?よっしゃ!!俺、役所に行って離婚届もらってきてやる!!」
セフィロスがキッドを小突いた。
「だから!!誤解だ!既にクラウドも納得している。」
「ご、ごめんなさい。」
真っ赤になってうつむくクラウドに隊員達からため息が漏れるが、ブロウディがふと顔を曇らせた。
「その噂が一般兵からソルジャーに伝わっているかな?」
「間違いないって言うか、一般兵の食堂で下級ソルジャーが、食事を取っていることが当たり前だ、上級ソルジャーまで伝わっていたりするかもよ。」
「今ごろランスロット統括まで話が行っていたりして・・・」
「ありえないとは、言い切れないな。」
うなずきながらもカイルとリックがにやにやとクラウドを見ていると、ザックスがセフィロスを指差して言った。
「あんたの嫁さんは社内一もてるんだから、こんな噂が立ったらどうなるかわかってんの?」
「バレンタインの時みたいに争奪戦でも起こるとでも言うのか?」
「ピンポ〜〜ン!!間違いないぜ、覚悟するんだな。」
ザックスの脅し文句はすぐに現実のものとなった。
特務隊の執務室から出ようとした途端、クラス2nd、3rdのソルジャーが表にいたのであった。クラウドが思わずたじろぐと横からリックが顔を出す。
「お〜お、姫のファンクラブの連中だ。」
「俺のファンクラブ?」
「知らぬは本人ばかりなり。ザックスも言っただろ?お前はカンパニー1もてるって。」
「じょ、冗談じゃない!俺は男だぞ!!」
「男であろうと、カンパニー1可愛らしいのは変わりはないな。」
リックの言葉にクラウドが冷たい視線を向け、その視線をその場にいるソルジャー達に向けると全員が首をすくめた。
そこにランディとエドワードがやってきた。
「よぉ、姫様。迎えに来たぜ。」
「やっぱり囲まれてるようだな。」
「おや、わざわざクラスAソルジャーともあろうお二人が、まだ一般兵のクラウドを迎えに来るなど・・・・よほど俺達に扱かれたいのかな?」
「エディ、ランディ。噂がそっちまで行ってるのか?」
「さすがリックだな、大当たりだ。」
「噂通りなら俺達にもチャンスはあるだろ?」
ランディの言葉にカイルがリックを覗き込んだ。
「まあ、クラスAなら合格ぎりぎりか?」
「エディにはたまに負けるからダメとは言えないな。」
入り口で立ち止まって話していると後ろからセフィロスが現れ、絶対零度の怒気をはらみながら、その場にいる全員をにらみつけていた。
「ほぉ、ずいぶんと暇そうなんだな。」
「サ、サー・セフィロス!!」
「うわ!!」
クラスAソルジャー達は条件反射で思わず敬礼するとそのまま固まってしまった。
セフィロスが”氷の微笑み”を二人のクラスAに向ける。
「そういえば第21師団と第4師団にはふさわしいミッションが有った。クラウドを迎えに来るほど暇なら午後にも行ってもらおうか。」
「アイ・サー!!」
二人のクラスAソルジャーが敬礼から直るとあわてて駆け出して行った、道が開くとセフィロスがクラウドをともなって歩きはじめる。その不自然さにクラウドが青い顔を向けた。
「た、隊長殿。」
「クラスSの執務室はクラスAの隣だ、一緒に行くぞ。」
セフィロスの言葉にうなずいて、いつものように一歩後ろを歩こうとするクラウドを、軽く腕で抱き寄せるように自分のすぐとなりに立たせ、歩調に合わせて並んで歩いて行く。その後ろ姿を特務隊の隊員達が呆れたように眺めてから執務室に戻った。
クラウドが恋人と別れたと言う噂はやはりクラスSまですでに知れ渡っていた。
そこへセフィロスがクラウドを伴って入ってきたので、ナイツ・オブ・ランド達は一応に驚いた顔をしていた。
「おはようございます、キング。」
「今日は姫とご一緒でしたか。」
「やはりあれは噂なのですな?」
「噂だと?何の事だ?」
クラスS仲間と話しはじめたセフィロスにクラウドが敬礼してその場を去ろうとした。
「それでは隊長殿、自分はこれで失礼いたします。」
敬礼からなおるときびすを返してクラスS執務室を出ようとしたクラウドは、セフィロスに腕を引っ張られて思わずよろけた。とっさにセフィロスに抱き止められていきなり抱きしめられる。いきなりの事だったのでクラウドも抵抗出来ないままだったが、ここがクラスS執務室である事を思い出し真っ赤になって抵抗しはじめた。
握った拳でセフィロスの厚い胸板を叩くが、抱きしめられていてダメージが与えられない。しばらくたってやっと身体が離されたかと思うと、クラウドに向けて優しい笑顔でセフィロスがささやいた。
「いっておいで、浮気するなよ。」
「し、仕事場にプライベイトを持ち込まないって言ってたじゃないか!!だいたい特務隊の執務室だって仕事場なんだぞ!!」
「任務時間外だ!!」
「ク、クラスSの皆さんが呆れていらっしゃるじゃあないですか」
「フン、隙あらばお前を奪おうと思っているような奴らには思い知らせねばならん。」
「も、もう!!二度と一緒に来ませんからね!!」
ああ言えばこう言うセフィロスに耳まで真っ赤になったクラウドがクラスS執務室から駆け出して行った。
一連の二人の熱々ぶりに呆れてしまったのかナイツ・オブ・ラウンド達は何も言えなかった。
一方、耳まで真っ赤になったままクラスA執務室に入ったクラウドに、仲間はびっくりして周りに集まってきた。
「姫、顔真っ赤だぜ。熱でもあるんじゃないのか?」
「昨日一晩、外で寝て熱出したか?」
「俺、熱が出た訳でも外で寝たわけでもないから。」
キースたちの質問に答えたクラウドの言葉にブライアンがびっくりして聞き返す。
「え?旦那が浮気して、お前が別れるっていって、部屋を飛び出したって聞いたぞ。」
「あー、もう!!それは俺が誤解してただけで!!彼、浮気なんてしていないし、さっきまで一緒にいたよ。」
自分が聞いてきた情報と違っているので、ゴードンがクラウドに尋ねた。
「俺の前の部下がおまえが寮に暗い顔で入ってきて『恋人に振られた』って言っていたと聞いた、というのは嘘か?」
「ウェンリー?それは嘘じゃないです。俺実際あいつらと寮で出合ったし…」
「はぁ?!訳わかんねェよ。最初から全部話してくれ。」
「どうせみんな知ってるんだ、今さら隠すな。」
パーシーとブライアンに言われて、クラウドは渋々昨夜のランスロットの統括就任パーティーの事や、自分が仕事中にもかかわらず嫉妬してた事や、そのせいで一緒に住んでいる部屋を飛び出して、本来いるべき寮に逃げ込もうとした事や、セフィロスが追いかけてきて誤解を解いてくれた事を残さず全部話した。
「…と、言う訳。だから俺がバカだった訳で、彼に非は無いんだ。」
「はぁ?!なんじゃそりぁ!!」
「クラスA一の切れ者のお前が、そこまでおバカだったとは思わなかった。」
「おバカと言うか、なんというか……。」
「夫婦げんかは犬も食わないって奴?」
「しかし、どうするんだ?噂先行でお前が恋人に振られた事になってるぞ。」
キースが話しかけたところでクラウドの携帯が鳴った、携帯を取り出すと、統括であるランスロットからだった。
「はい、クラウドです。」
「姫、ミッションです。指令書を受け取りに来て下さい。」
「アイ・サー!」
クラウドが携帯をたたむとクラスAソルジャー達が囲みを解く、まわりの仲間をちらりと見渡した後、カンパニー本社の治安部統括の部屋へと駆けだした。
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